人民新報 ・ 第1041号<統合134> (2001年11月15日)
  
                                目次

● 11・3憲法公布 56周年集会
    小泉さん、そんなに戦争がしたいのですか
    アフガンの人々を殺すな、憲法第9条を守れ!

● 11.3憲法集会講演(要旨)
    報復戦争に反対する私の立場 / 新崎盛暉

● 通常国会に歴史的悪法続々と準備 改憲のための国民投票法案など

● NTTの十一万人合理化に反対して電通労組などがスト・持ち株会社前行動

● 狭山再審闘争に勝利しよう
         石川さんは無実だ 10.31狭山中央集会

● 共同声明運動シンポジウム 運動を持続させ発展させよう

● 図 書 紹 介
         「医者 井戸を掘る アフガン旱魃との闘い」 著者・中村哲

● 複眼単眼 アメリカのジコチューとビンラディン



11・3憲法公布 56周年集会

 小泉さん、そんなに戦争がしたいのですか
   アフガンの人々を殺すな、憲法第9条を守れ!

 
支配層の改憲策動に対抗する
   広範な統一戦線の実現のため奮闘を


 小泉政権は米軍によるアフガニスタン戦争に参戦するための三法案を国会で強行採択した。
 これに抗議し、今後の反戦平和、改憲阻止の運動の在り方を考えるための憲法集会が、日本国憲法公布五六周年目にあたる十一月三日午後、東京の文京区民センターで「小泉さん、そんなに戦争がしたいのですか? 私たちはテロにも戦争にも反対です。アフガニスタンの人びとを殺すな!憲法9条を守れ!」というタイトルを掲げて開かれた。この集会は「許すな!憲法改悪・市民連絡会」に参加している首都圏の諸グループ(「STOP!改憲。市民ネットワーク」「婦人民主クラブ」「日本消費者連盟」「憲法を生かす会」「日本YWCA」「日本友和会」「キリスト者政治連盟」「草の実会」「平和憲法21世紀の会」「ピースアクション21」など)でつくられた実行委員会が開催したもので、約三五〇人の労働者・市民が参加した。
 司会は婦人民主クラブ共同代表の赤石千衣子さんと、「STOP!改憲。市民ネットワーク」代表の土井登美江さん。

   ※ ※ ※

 冒頭、実行委員会から高田健さんが要旨、次のように発言した。
 周辺事態法以降、「新たな戦前」に入ったと言われたが、いま、その「戦前」も終わり、いよいよ自衛隊が参戦する。この戦争は見えない戦争だが、われわれの想像力を働かせて、戦争の実態を把握しなくてはならない。参戦三法反対の運動は報道されているよりずっと広がった。闘いはこれからもつづく。つぎに来るのはおそらく国民緊急事態法案などと名づけるであろう有事法制と、国家安全保障基本法などと称する集団的自衛権行使の合法化だ。
 米軍のアフガニスタン戦争に反対し、自衛隊の参戦に反対する闘いをさらにすすめながら、有事法制や集団的自衛権これに反対し、憲法改悪に反対する共同戦線を作りあげよう。
   ※ ※ ※
 つづいて「アフガニスタン国境地帯視察報告」として、社民党の衆議院議員の阿部知子さんが報告した。
 講演は「派兵参戦と改憲の新しい段階」と題した憲法研究者の三輪隆さんと、「報復戦争に反対するわたしの立場」(要旨・三面別掲)と題した沖縄平和市民連絡会共同代表、許すな!憲法改悪・市民連絡会共同代表の新崎盛暉さんが行った。
 三輪さんは、今度の「テロ対策関連法案」が通ったことで自衛隊は派兵・参戦し、平和憲法のもとで初めて戦争に参加することになった。これを踏まえて明文改憲への新しい一歩が踏みだされた。アフガニスタンでは蛮行としかいいようのない戦争が行われている。これをいかに早急に終わらせるかは、さしせまった課題だ。世界で唯一平和憲法をもっている国に生きている私たちはこのことが平和憲法をつぶすテコになりつつある事実をしっかりと見据えなくてはならない。
 確かに今回の法律で政府は自衛隊を派兵・参戦させる法的根拠を得た。しかし、一方では政府は世論の動向を見ている。私たちの声が強ければつよいほど、それを限定したものとすることも不可能ではない。
 そして「テロ対策特措法」については、自衛隊の活動地域が「外国の領域」に拡大し、前線での武器使用が緩和されたこと。兵站活動は武力行使に不可欠で、参戦を意味すること。時限立法とはまやかしだし、事前承認が欠如していると指摘した。また自衛隊法改悪では、警護出動条件が緩和され、テロリストが攻撃してこないうちの先制攻撃も容認された。有事立法にかかわる防衛秘密条項も入った。これらは立憲平和主義への挑戦だ。国内における戦争準備態勢づくりを阻止していく課題だ。今後、参戦の事実・実績を踏まえた九条改憲の動きが具体化するだろう。軍事力は人間の安全を保障しない。さまざまな運動が連帯して改憲を阻止しようと述べた。
 さらに今年の五月三日の憲法記念日に「憲法集会」を「市民連絡会」などとともに六団体の共同で開催した「憲法会議」から、代表幹事の田中洋子さんが「今後もひきつづき共同を強めたい」と力強く連帯の挨拶をのべた。
 閉会の挨拶は「市民連絡会」事務局長の内田雅敏弁護士が行った。
 集会は、この間の一ヶ月半にわたるテロにも報復戦争にも反対し、自衛隊の参戦に反対するさまざまな闘いを経て、その到達点を確認し、また今後の課題をあきらかにしようとするものだった。そして、今後の改憲阻止の闘いの足場を固める役割を持っていた。多くの人びとの共同の力でこれらの目標は成功裡に達成された。

     …………………………

11.3憲法集会講演(要旨)

  
報復戦争に反対する私の立場

                      新崎盛暉


 九月十八日に沖縄の市民連絡会で「いまこそ暴力の悪循環を断ち切り、平和のために行動しよう」というアピールをだして以降、いろいろな形で活動してきた。今日の集会のテーマは「テロにも報復戦争にも反対」だが、これは私たちにも共通のテーマだ。
 しかし、テロと報復戦争を同一次元に置くことはできるのかという思いもしている。
 報道などを見ていながら、弱者の抵抗手段としての暴力と強者の利益追求や支配の手段としての軍事力の行使とを同じ次元におけるのかという疑問が浮かんでくる。
 九月十一日は突如として起ったのではなく、ひとつの結果だ。テロ攻撃自体はこれまでのアメリカの政策にたいする報復であることはまぎれもない事実だ。それがついにあそこまで来てしまったということだ。
 あの日、私は「アメリカはほとんど軍事攻撃をうけた体験を持たなかった、それが攻撃された側の悲惨さを持ちうるきっかけになるのではないか」とチラッと思ったが、それは思い違いだった。偉大なるアメリカが傷つけられたことへの屈辱感にアメリカ人を巻き込んでいった。アメリカはこんなに底の浅い国だったのかというのが、偽らざる思いだった。私は高校時代から沖縄の基地問題を含めてアメリカのやり方に反対する運動をやってきたが、それでもアメリカは日本よりも多様性がある、懐の深い国だという幻想を抱いていたのではないかと思った。
 このテロはあれだけ組織的な行動でありながら、要求・展望をもたない絶望的な攻撃であった。これまでのテロにはそれなりの要求があった。これには何の要求もない。ただ、これまでのアメリカにたいして一撃を加えずにはおかないということだけだった。私たちは非暴力主義で運動をしてきた。暴力の悪循環を断ち切ろうというビラを配りつつ、無力感、虚脱感がある。今回の事件を通じて、現代という時代を根底的に考え直すきっかけにしなければならないのではないかと思う。
 人びとがなおかつ批判してやまないのは「道づれ攻撃」の非倫理性についてだ。自爆した飛行機にのっていた人びとや攻撃されたビルで働いていた人びとはアメリカ帝国主義の政策決定に携わっていた人びとではなく、さらに救出にかけつけた消防隊員も多く亡くなった。自分の目的を達成するために多くの罪のない人びとを巻き込んだ非倫理性を指摘する。
 しかし、これを機会にして、あのテロ攻撃だけが罪もない人びとを道連れにしているのかということを考えてみなくてはならないと思う。いまのアメリカのアフガン攻撃は多くの罪もない人びとをわかっていて道連れにしていることは明白ではないか。これまで道連れをともなわない軍事攻撃があっただろうか。これをきちんと考えないままに、テロと報復戦争を同列において論じてはならないのではないか。むしろ、強者の支配のための暴力の行使が、結局、ああいう形でハネ返ってしまった。それがここまできてしまった意味を考えなくてはならないのではないか。
 あの広島・長崎に対する原爆投下はトルーマン以来、常に正当化されてきた。早く戦争を終わらすための、犠牲者を相対的に少なくするための手段だと言われてきた。このこと自体がだいぶインチキであるということが明らかにされてきている。なぜ無警告で原爆を投下しなければならなかったかを正当化できなくなってきた。この原爆の犠牲者も、沖縄戦の犠牲者も、普通の市民だ。これらに何らかの責任があったとすれば、日本の戦争を止められなかったことだ。だとすれば、我々みんながいまのようなアメリカや日本の政策をとめられていないことも考えなければいけないのではないか。
 あのテロ攻撃を拍手喝采したアラブ人がたくさんいたように、あの原爆投下を拍手喝采した朝鮮人もいた。しかし、朝鮮人でこの原爆の犠牲になった人もいる。今回のテロもアメリカ人だけが犠牲になったのではなく、八十数カ国の人びとが犠牲になり、日本人も二十数人死んでいるので、われわれも攻撃されたのだという議論がされることがあるが、そういう時にこの問題だけではなくて、現代における軍事力を中心とする暴力の持つ意味を根底的に問いかけるきっかけをあの事件は与えているととらえかえす必要がある。
 あの時に「リメンバー・パールハーバー」が叫ばれた。あの日本の卑劣な奇襲攻撃がアメリカ国民を鼓舞するきっかけになった。しかし、アメリカの内部では、アメリカの権力者たちは日本海軍の暗号電文を解読しており、予期していたのではないかという議論がこの五〇年間、づうっとつづけられてきている。ロバート・B・スティネットは新しい資料を総括して「あきらかにルーズベルトは真珠湾攻撃を知っていた」と断定している。ブッシュ大統領らはテロ攻撃を知っていて黙っていたかもしれない。ルーズベルトが真珠湾攻撃を知っており、チャーチルがドイツによる空襲を知っていてなおかつ、数万のイギリス市民の命を犠牲にしたとも言われる。テロも戦争も人間の命を政治的に利用している。利用の角度はさまざまだが、これ幸いと利用している。小泉首相もこのテロに反対すると称して、自衛隊にたいする軍事的な制約を一挙に突破した。
 この事件を契機に沖縄では米軍基地の警備がものすごく厳重になった。幹線道路は交通渋滞を起こしている。修学旅行のキャンセルが相次いだ。観光産業は大きな打撃をうけている。予想もつかなかったようなことだ。沖縄県の副知事などは、これは風評被害で、危険はないなどといった。しかし、県下の首長たちの多くは日本全体が標的になりうるし、特に沖縄は危険だと認識している。にもかかわらずまだそれは基地撤去には向かわない。県は営業補償を求める方向で、いわばもの乞い的な方向で対処しようとしている。しかし、基地被害は一過性のものではなく、存在している限りつづく。
 私たちの大学はヤマトの大学との間で共通に単位を取得できる学生交流をしている。今年は二桁の学生がきている。それらの学生の親から「沖縄は危ないから早く帰ってこい」という電話やメールがきている。
 そこで「どうしたの」と学生に聞いた。学生は「しかし沖縄の人たちはそういう中で生活している」と書いて送り返した。すると「そこが悩ましいんだよね」と言ったという。これを聞いて、六十年代の核つき返還論を思い出した。沖縄の人たちは「核を置いたままでも返還してもらったらいい」というのにたいして「そうじゃない。日本には非核三原則がある。核つき返還ではこれはくずれる」という議論があった。「では沖縄はどうなるんだ」ということを理解しない。似たようなことがいま起っている。
 私たちが主張している非暴力平和主義の正しさはますます立証されている。しかし、にもかかわらずわれわれの力はあまりにも弱い。ここをどうするのか。今後、動きながら一緒に考えていきたい。(文責・編集部)


通常国会に歴史的悪法続々と準備 改憲のための国民投票法案など

 十一月九日、憲法調査推進議員連盟(中山太郎会長)は、「憲法改正のための国民投票や、改憲のための国会の手続きなどを定めた憲法改正国民投票法案と国会法改正案を、来年一月からの通常国会に議員立法で提出することを確認した。
 また報道によれば、九月末に中山会長は中曽根元首相、小沢一郎自由党党首と会談し、法案の通常国会提出と協力を確認した。また中山会長は民主・公明両党の幹部にも法案提出の計画を伝えているという。
 この国民投票法案は、
@国会の改憲発議以降六十日から九十日以内に行う、
A有効投票総数の二分の一を超えれば内閣はただちに改正公布の手続きを行うなど。
 国会法改正案は、
@改憲案の提出は衆院では議員百人、参院では議員四〇人以上、
A審議は委員会審議を短縮・省略できる「中間報告」規定は適用しない、などが盛り込まれている。
この改憲のための「国民投票法」制定の動きへの反撃はいよいよ緊急の課題となった。
 すでに衆議院憲法調査会は十一月二六日に名古屋で第三回目の地方公聴会を開こうとしているし、来年の通常国会中には「中間報告を出す」(中山会長発言)方向にある。最近の調査会の議論では「首相公選制」などの導入には消極的な傾向が見られるが、「憲法第九条」の改憲には、小泉首相の発言や今回の「参戦三法」強行の動きとあわせて、強引な積極論が相次いでいる。
 一方、今臨時国会でのPKF凍結解除やPKO法改定の動きと合わせて、通常国会に集団的自衛権の行使を合法化しようとする「国家安全保障基本法案」や、本格的有事立法の「国民緊急事態法案」などの提出も与党の一部で準備されている。これらを通じて、支配層は日本を平和憲法を抱えたいびつな帝国主義から普通の帝国主義に塗り替えようとしている。
 いよいよ反戦平和運動の正念場だ。国際的な民衆連帯を強めつつ、国内で広範な統一戦線を作り出して、これに反撃しなくてはならない。


NTTの十一万人合理化に反対して
  電通労組などがスト・持ち株会社前行動


 十月二十五日、NTTは十一万人合理化を正式発表した。その内容は、NTT東西両地域会社で、電話受付、故障受付、設備保守、料金業務などで働く六万人、NTTーMEなどのグループ会社で働く五万人の計十一万人を、新たに地域ごとに設立されるアウトソーシング会社(業務受託会社)へ移し、五十一歳以上の労働者は一旦解雇し賃金を二〜三割カットしたうえで再雇用、また五十歳以下の労働者は勤務地の限定なしで在籍出向させるというものだ。NTTはこうした合理化の理由について「厳しい財務状況と経営環境の悪化」をあげている。しかし、NTTの経営悪化は、米国ベリオ社の買収(約六〇〇〇億円)やNTTドコモが一五%出資するKPNモバイル(オランダ)株の四〇〇〇億円評価損など海外投資の失敗や経営見通しの誤りなど自らが招いた経営施策の破綻にある。にもかかわらず、その責任を一切取らず、また将来ビジョンも示さないまま、犠牲を労働者に一方的にしわ寄せするものであり、断じて許されるものではない。NTT合理化は、かつての国鉄の分割・民営化と同じくきわめて悪らつな手法で労働者に大きな犠牲を強いるものであり、完全失業率がすでに五・三%を突破している状況をより悪化させ二十一世紀大合理化の突破口としてある。この攻撃に対する闘いは、ひとりNTT労働者の生活にかかわるだけではない。日本の労働者全体の将来を決定する重要な問題となっている。NTT合理化に対する闘いは、11・2の行動を契機に決定的な段階に突入した。

 十一月二日、NTT十一万人合理化に反対して、東京・大手町のNTT持株会社前で、十一万人合理化白紙撤回と労働条件の切り下げに抗議するNTT労働者など一四〇〇名が、座り込み・持株会社への抗議・申入れ行動を行なった。この行動は、ストライキ闘争で決起した全労協傘下の電通労組全国協議会とNTT関連合同分会、全労連・通信労組によって展開された。集会はそれぞれ別個に開催されたが、相互にエールを交換し、ともに連帯し闘うことを確認しあった。また、この闘いにはNTT労組の有志も加わり決意を表明した。
 ストライキで決起し午前十時からNTT持ち株会社前での座り込み集会に入った電通労組などの集会では、電通労組全国協議会の前田裕晤議長(全労協常任幹事)が、「今回のNTT合理化攻撃は黒字企業での大合理化ということで国鉄と違う面もあるが、違法・脱法的な手段で労働者を切り捨てるというその本質はまったく同一だ、私たち労働者は合理化を認めず会社に残って闘い続けていく、十二月に開かれる全労協大会ではNTT・郵政・国鉄の闘いを重要闘争課題として位置づける方針を確立し運動を展開していく」と挨拶した。全労連・通信労組の岩崎俊委員長は、ともにNTT合理化に反対していこうと発言した。また全労協、郵政ユニオン、全労協全国一般全国協、東京労組、国労闘争団、全統一など多くの労組が連帯の挨拶を述べた。
 通信労組と電通労組は相次いでNTT会社に申し入れを行った。電通労組は、日本電信電話株式会社の宮地純一郎社長に対して、@NTTグループ全体として「財務状況の悪化」を招いた経営責任を明らかにし、今後の全体の収益の見通し、アウトソーシング会社の経営見通し等について具体的資料を提示し、組合と誠実に交渉を行うこと、A違法、脱法の「十一万人合理化」を中止し、アウトソーシング会社化の撤回、五十一歳以上の社員の退職再雇用と勤務地限定無しの強制、大幅な賃金切り下げを撤回し、国民のための通信事業確保のため、現在のグローバル化路線を見直すこと、を要求している。
 NTT合理化問題では、多数派の御用組合・NTT労組が十月三十日に合理化案を呑んでしまっている。NTT労組は十月二十三日からを決戦の山場と設定していたが、NTTはそれをまったく無視し計画を二十五日には正式発表したのである。会社側は、NTT労組の形だけの「スト権一票投票」や「時間外拒否闘争」を当然にも意に介すわけはなかった。もちろん、この正式発表をNTT労組が事前に承知していたことは周知の通りで、NTT労組の臨時中央委員会(十一月八日)での正式承認という手続きが終われば、いよいよNTTとNTT労組一体となった首切り合理化・低賃金再雇用・労働条件悪化という事態がNTT労働者を待ち受ける状況になる。
 こうした中で、電通労組や通信労組などは、合理化の不可欠の条件である「労働者本人の同意」を最大限に活かして闘おうとしている。この条項は、合理化を強行しようとしているNTTとNTT労組にとって大きな弱点となっており、闘う労働者の武器である。
 大合理化の突破口=NTT十一万人合理化に反対して、すべての労働者は団結して闘おう。

     …………………………

 集会アピール

   
NTT十一万人合理化攻撃を打ち砕こう
    小泉構造改革路線と対決し、NTT包囲の全国運動を


 NTTは「聖域なき構造改革」という十一万人合理化攻撃を行なおうとしています。
 大幅な営業所廃止、成果主義賃金制の導入という合理化に続き「人と労働条件」に手をつけ、NTT合理化の総仕上げを図ろうとする今回の合理化は、かつて無い規模と内容で進められています。
 「五十一歳退職・子会社再雇用」により、多くの中高年労働者の労働条件は、一挙に引き下げ六十歳定年制の形骸化、実質的な五十一歳定年を強要するものです。
 更に、五十一歳未満の出向と合わせ、十一万人の新会社以降の業務量確保のためとして、多数の非正規雇用労働者の雇用打ちきりを行なおうとさえしているのです。
 このリストラ攻撃に、多くのNTT職場では、かつてない程の怒りの声が充満していますが、多数組合のNTT労組は「雇用確保」の名のもとに黙殺し、大会で反動的なリストラ策受け入れを決定しました。
 そして、アリバイ的な「激変緩和策」要求と、下部労働者の怒りをそらす目的のストライキ配置等、NTTと一体となり「自発的退職」を推進しています。
 NTT十一万人合理化は、小泉政権の掲げるグローバル化のための「不良債権処理」という大企業救済と、痛みを伴う「雇用・賃金・権利」の破壊の流れの中軸をなす攻撃で、グループ全体で莫大な利益をあげる黒字優良企業NTTが、労働者切り捨てのリストラに成功すれば、あらゆる企業に拡大されることは必至です。
 NTT十一万人合理化攻撃は、極めて違法・脱法性が強く、労働法制の根幹にかかわる反社会的で不正義なものです。
 同一企業内での一方的労働条件切下げが不可能なため、労務コスト削減の「アウトソーシング」なる子会社をでっち上げ、会社分割であるにもかかわらず、労働条件の大幅な切下げを行なうため、本年四月から施工された「会社分割法」「労働契約継承法」を逃れる「アウトソーシング」なる手法を生み出しました。
 判例で確立している「解雇のための四条件」を否定し、就業規則でも明記された出向転籍規定さえ無視して退職強要という解雇を行なおうというものです。
 NTTの今回の手法に、自由法曹団の声明など、法曹界からも数多く批判が出されています。私たちは、NTT十一万人合理化攻撃との闘いは、小泉構造改革との闘いでもあり「反失業・反リストラ」の視点から、全国のNTT労働者はもとより、社会全体の雇用・労働条件を脅かす全労働者的課題として訴え、「白紙撤回」を掲げ闘ってきました。
 NTT内部で闘う労働者の共闘を追求し、各地域でシンポジウムや集会を重ね、ともに闘う共闘組織を全労協の仲間など、組合の枠を超えて進めてきました。
 来年度第一四半期の実施に向けて、既にNTTとNTT労組一体となった退職強要攻撃が開始されています。
 まさに闘いの正念場で、NTTを包囲する全国的な運動を更に強化していくことが必要です。
 私たちは、「五十一歳退職・再雇用反対!」「改革の白紙撤回!」を掲げ、本日の十一・二NTT持ち株会社包囲闘争を第一歩として全国で闘いの先頭で闘い抜く決意を固めています。
 小泉改革反対! 反失業! NTT十一万人合理化反対! の全国的な労働者の反撃を作り出していくために共に闘いましょう。

 十一・二 NTT十一万人合理化反対!  NTT持株会社前行動参加者一同


狭山再審闘争に勝利しよう
                
川さんは無実だ 10.31狭山中央集会

 十月三十一日、日比谷野外音楽堂で、「寺尾判決二十七カ年糾弾! 狭山再審要求! 異議審闘争勝利 中央総決起集会」が開かれた。
 狭山事件は、一九六三年に埼玉県狭山市でおきた女子高校生誘拐殺人事件の犯人を取り逃がした警察が威信回復のため被差別部落に対する予断と偏見に満ちた見込み捜査を行い、石川一雄さん(当時二十四歳)を部落民であるからという一点で犯人とした権力による部落差別事件である。 権力は、一審の死刑判決、二審の無期懲役判決、最高裁での上告棄却、二度にわたる再審請求の棄却と差別判決を繰り返し、無実を訴える石川一雄さんを三十二年間も牢獄に閉じこめてきた。そして、九五年の仮保釈後の今もなお殺人犯の汚名を着せ続けているという権力犯罪そのものである。

 狭山中央集会は部落解放同盟中央本部組坂繁之委員長の開会挨拶ではじまった。
 国会議員など各界の挨拶につづき、狭山再審弁護団(山上益朗主任弁護人、松本健男・藤田一良・中北龍太郎・中山武敏弁護人)からの報告が行われた。
 現在の異議審闘争において、弁護団は、八通の新鑑定を提出している。そのうち元鑑識課員の齋藤保さん(指紋鑑定士)による四通の鑑定は決定的である。それは、これまで証拠の主軸とされた脅迫状が石川さんとまったく結びつかないことを明かにしている。とくに、脅迫状に書かれた被害者の父親の名前が犯行当日より以前に書かれたものであるという新事実は衝撃的でさえある。これは被害者と面識もない石川一雄さんを誘拐・殺人犯人とすることの無理を明らかにしたものである。弁護団は、こうした科学的な最先端の技術と鑑識のプロによる鑑定によって、東京高裁・高橋裁判長をおいつめている。そして、石川さんの指紋がないこと、脅迫状の筆記用具が自白と食い違っていること、筆跡が明らかに違うことなどと合わせれば、東京地裁寺尾判決が石川さんを有罪とした物証がことごとく石川さん無実の証拠になっているのである。にもかかわらず、東京高裁高橋省吾裁判長は、まだ検討中と述べるだけで膨大な未開示証拠資料があるにもかかわらず証拠開示に応ぜず、鑑定人尋問にも応じていないし、事実調べにはいろうとしていない。高橋裁判長が六月四日に補充書提出を締め切ってからすでに五カ月になろうとしている。現在、異議審はいつ判断が出されてもおかしくない緊迫した状況にある。事実調べ、再審開始を実現するためには、まだもっと大きな世論をつくりあげる必要があり、その力で再審闘争を前進させよう。
 部落解放同盟の高橋正人書記長の基調報告につづいて、連帯アピールが、インドの被差別民ダリットのブースィ・スニール・バーヌさん、狭山事件を考える延岡地区住民の会、狭山二十四時間マラソンに取り組んだ部落解放大阪青年共闘から行われた。
 大きな拍手の中で登壇した石川一雄さんは、今が最大の山場であり、なんとしても高裁・高木決定の不当性を取り消させ、東京高裁での事実調べを実現させるために皆さんとともに頑張る、と元気に挨拶・決意を表明した。
 さいごに集会決議が採択され、「差別裁判打ち砕こう」の歌声の中で、デモ行進が出発した。
石川一雄さんは無実だ!
 狭山差別裁判打ち砕こう!
 大きな力を結集して、狭山第二次再審闘争の完全勝利をかち取ろう!


共同声明運動シンポジウム
                   運動を持続させ発展させよう


 十一月十日、東京の文京区民センターで「アメリカの報復戦争と小泉政権の参戦に反対する十一・一〇シンポジウム」が開かれ、一三〇名の参加者が日本の参戦状況についての認識を深めあった。この集会は「共同声明 米国のテロ報復戦争に反対し、日本政府の戦争支持撤回を求める!呼びかけ人会」によるもの。
 集会はコーディネーターの中山千夏さん(作家)の「傍観している時ではなくなり、共同声明の呼びかけ人になった。さらに何か行動しなければならないと感じている」旨の発言からはじまった。
 発言者の武藤一羊さん(ピープルズ・プラン研究所)は「事件翌日の九月十二日から共同声明を集め始めた。一八日には三〇名ほどの呼びかけ人で共同声明を主催することになり、ネットで流した。次々ひろがり、わずか一〇日ほどで二〇〇〇名を越える署名になった。署名にコメントが添えられているのが今回の特徴で、何らかの態度を表明したり、実行しなければという思いの表れだ。署名は現在二八五九名になっている。
 アジアが横につながろうということでアジア平和連合の会議も開かれ、米軍は爆撃をやめろ、軍事と人道援助を切り離せなどをかかげ、十二月九〜一〇日に各国の米大使館への一斉行動なども準備されている」と報告した。
 つづいて中東研究者の藤田進さんが、九・十一と中東・パレスチナについて報告した。
 藤田さんは九・十一のようなことは二十世紀に中東では何十回もくりかえされていること、それには石油、軍事、イスラエルがからんでいること、またイスラムは多様性の共存をはかる文化であることなどを資料を使い詳しく語った。
 吉川勇一さん(市民の意見三〇の会・東京)は「反戦運動とベトナム・湾岸・報復」について話した。 
 「ベトナム戦争では反戦運動がもりあがったが、湾岸と今回はもりあがらないというのはマスコミがつくりだしたものだ。三つの戦争を比べると、@スピード、A米国の傲慢さ、B日本の戦争加担への責任の三点で大きく異なる。今回は市民緊急行動などですでに一〇波にわたるスピードある対応をした。今後の運動をどう持続させるかについては、@スローガンとしてはアメリカはアフガンから手を引け、アフガンはアフガン人の手に、日本の自衛隊は撤退せよ、などは役立つのではないか。A自衛隊一一〇番など、軍への働きかけ、Bたくさん学習会などが計画されているが、学習した成果をどう行動に生かすかが大切で、少し先の時期でもいいから、こうした個々の動きの結集点になる、共同した大きな行動を提起してもらいたい」


資料
      
予告されたアフガニスタン戦争

        
元ランド研究所員・現大統領補佐官・ザルメー・カリザット

 十月二三日の読売新聞はワシントン特派員からの報道として「アフガン出身 米大統領補佐官 テロを昨年末に警告」という記事を掲載した。
 それはザルメー・カリザット大統領特別補佐官が昨年末、『ワシントン・クォータリー』に掲載した「ならず者国家の統合」と題する論文だ。
 このカリザットという人物は、カブール生まれで、レーガン政権の国務省、国防総省の政策担当職を歴任したあと、米国防総省系の有力シンクタンク「ランド研究所」にいて八人の戦略問題研究者のひとりとして、ランド研報告「米国とアジア」をまとめた中心人物だ。「ランド報告」は本紙でも紹介したが、昨年のアーミティージ報告につづくアメリカ政府の対アジア戦略を示す重要文書で、中国と台湾の衝突を想定して、その場合、米軍が沖縄の下地島などの空港から派兵できるようにする必要があると説くなどで注目された。
 その後、ブッシュ政権の特別補佐官兼国家安全保障会議上級部長に就任した人物で、ブッシュ政権の政策に重要な影響力のある人物だ。
 カリザットはこの論文で、九・十一のテロ事件が起るより一年も前に、「世界でもっとも暴力的なテロ」を予告し、ビンラディンだけでなくタリバン政権を打倒することを呼びかけ、「パシュトゥン人の穏健派や元国王」を援けて新しい政権を樹立するなどの意見を提案している。その現在の米国政府の対アフガニスタン政策との類似性はおどろくばかりだ。
 以下は読売新聞による同氏の論文の大要。


 ※ ※ ※

 タリバンがアフガニスタンを支配する限り不法行為は続く。米国の国益を守るにはタリバンと対決する以外には選択肢はない。
 タリバンを放置すると、アフガンは世界で最も暴力的なテロが行われる基地となる。ビンラーディン個人に焦点を当て、大きな流れを無視するのは間違いだ。ビンラーディンが死んでもテロは続く。テロに対抗するためには世界中の政府の支持が必要となる。テロをかくまう国がある限り、暴力は猛威をふるい続ける。
 米国はタリバン弱体化に向け、以下の六つの措置を取るべきだ。

@力のバランスを変える

 タリバンは力で国土を制圧できないと悟った時、初めてテロや人権で国際社会の要求に耳を貸す。米国は反タリバン勢力を援助すべきだ。北部同盟をはじめ現行の反タリバン勢力は力のバランスを変えるには弱すぎ、多数派であるパシュトゥン人との協力が欠かせない。タリバンの最大の敵はタリバン自身だ。多数派パシュトゥン人の支持基盤を崩せれば弱体化できる。

Aタリバンのイデオロギーに反対

 タリバンに反対するだけでなく、考え方に対抗しなければならない。

Bパキスタンに圧力を

 同国はタリバンの最も重要な後援者であり、その悪行に責任を負う。米国は強硬な対応に出るべきだ。

Cタリバンの被害者を支援

 援助はアフガンの苦難を軽減する助けとなる。人道援助はタリバン弱体化を目的として実施する。

D穏健派の支持

 米政府はタリバンを倒すだけでは十分でなく、タリバンに代わる指導層を確立しなければならない。タリバン主義に反対する穏健な人々が、政治的に組織され、反タリバンのメッセージを広げられるよう資金援助すべきだ。アフガンの伝統である「国民大会
議」を開く。ザヒル・シャー元国王が統一の源泉として貢献する。

E米国内でのアフガンの重要性を高める

アフガニスタン問題に関心を集める必要がある。総合政策を調整する特使を任命すべきだ。今行動しないと、タリバンは勢力を拡大し、数年内により危険な問題となる。


図 書 紹 介

  
 ともかく生きておれ 病気はあとで治せる

 「医者 井戸を掘る アフガン旱魃との闘い」 著者・中村哲


                  発行所・石風社 一八〇〇円 四六版二八四頁
              
 国会での報復戦争参戦三法の審議に際して参考人に招かれたペシャワール会の中村哲医師は、質問に答えて「自衛隊の派遣は有害無益である」と発言した。これに色をなした与党の委員が「自衛隊に失礼だ、取り消せ」と迫ったが、中村さんは動じなかった。「机のうえの議論ではない。事実に即して語っただけだ」と言いたかったのではないか。
 中村哲医師の話を聞いた友人が「日本のNGOに中村さんのような人物がいたことを、日本の市民として誇りに思う」と言った。私もそう思った。小柄な、口ひげを生やした、背広を申し訳なさそうに着ている白髪混じりの男性が、アジるわけでもなく、とつとつと語りながら、時にはこみあげてくるものに言葉が詰まって沈黙し、またゆっくりと語り始める。話を聞いたときは、九月。まだアフガニスタンにアメリカの爆撃がはじまっていない時だった。彼の話を聞いて以来、わたしは少しはアフガニスタンの民衆に近づくことができたように思っている。
 十月下旬に本書が出版されたのを知って、書店に注文したが、在庫がなくなって増刷中ということで待たされた。その間に中村さんが同じ出版社から昨年だした「ペシャワールにて 癩そしてアフガン難民」を購入して読んだ。今回取り上げた「医者 井戸を掘る アフガン旱魃との闘い」も書かれたのは今年の夏である。だから空爆下のアフガニスタンは書かれていない。しかし、読者は本書を手がかりに、それを想像することができる。本書は世界で最も富んだ国、アメリカによる、世界でもっとも貧しい国のひとつ、アフガニスタンへの戦争の実態を理解する上では必読の書であると思う。
 中村さんは最新の「ペシャワール会報」の巻頭で次のように書いている。
 題は「首都カーブル貧困層一〇万人に緊急食糧配布 私たちは帰ってきます 「アフガンいのちの基金」にご協力を! PMS(ペシャワール会医療サービス)院長中村哲」。
 少し長くなるが本書の紹介に代えて引用する。

 二〇〇一年九月十三日、私は米国の報復近しと聞き、帰国予定を急遽変更して、再びアフガニスタンのジャララバードに入った。強い「邦人退去勧告」がパキスタンの日本大使館から出され、やむなく日本人抜きの現地プロジェクト継続を図るためである。この三日前まで実はカブールにいて、巨大な難民キャンプと化した同市の五つの診療所を強化すると共に、新たに五ヶ所を増設、更に東部一帯で進められていた水源確保(井戸・灌概用水路)の作業地をも、現在の六六〇ヶ所から年内に一〇〇〇ヶ所に拡大、予想される餓死者数百万と云われる未曾有の旱魃に対して、可能な限りの対策を準備して帰国しようとしていた矢先である。九月十一日のニューヨークにおけるテロ事件は、寝耳に水の出来事であった。(中略)
 意外に町は平静であった。その静けさが異様でさえあった。黙々と日々の営みが行われていたが、それは事情を知らないからではない。相変わらずBBCはパシュトー語放送で米国の実情を伝え続けていたし、職員の誰もが日本人大衆よりは驚くほど正確に事態を判断していた。実際、ジャララバードには三年前も米国の巡航ミサイル攻撃が集中した。今度は更に大規模な空爆が行われるだろうとは百も承知の上のことである。
 粛々と何かに備えるように……といっても、米国憎しと戦意をたぎらすわけでもなく、ただひたすらその日を生き、後は神に全てを委ねると述べるのが精確であろう。緊迫した決意であっても、そこに騒々しい主張や狼狽はいささかも感じられなかった。
 私は集まった職員たちに手短に事情を説明した。……「諸君、この一年、君たちの協力で、二十数万名の人々が村を捨てずに助かり、命をつなぎえたことを感謝します。今私たちは大使館の命令によって当地を一時退避します。すでにお聞きのように、米国による報復で、この町も危険にさらされています。しかし、私たちは帰ってきます。PMSが諸君を見捨てることはないでしょう。死を恐れてはなりません。しかし、私たちの死は他の人々のいのちのために意味を持つべきです。緊急時が去ったあかつきには、また共に汗を流して働きましょう。この一週間は休暇とし、家族退避の備えをして下さい。九月二十三日に作業を再開します。プロジェクトに絶対に変更はありません」
 長老らしき者が立ち上がり、私たちへの感謝を述べた。
 「皆さん、世界には二種類の人間があるだけです。無欲に他人を思う人、そして己の利益を図るのに心がくもった人です。PMSはいずれかお分かりでしょう。私たちはあなたたち日本人と日本を永久に忘れません」
 これは既に決別の辞であった。……
 帰国してから、日本中が沸き返る「米国対タリバン」という対決の構図が、何だか作為的な気がした。淡々と日常の生を刻む人々の姿が忘れられなかった。昼夜を問わずテレビが未知の国「アフガニスタン」を騒々しく報道する。ブッシュ大統領が「強いアメリカ」を叫んで報復の雄叫びをあげ、米国人が喝釆する。湧き出した評論家がアフガン情勢を語る。これが芝居でなければ、みなが何かに憑かれているように思えた。私たちの文明は大地から足が浮いてしまったのだ。(後略)

これぞたくまざる憲法三原則の実践

 本書の冒頭に「これは二〇〇〇年六月から始まったアフガニスタンの大旱魃に対するPMSの、一年間の苦闘の記録である」と書かれている。読み終えてこの膨大な記録がわずか一年の記録であることに感嘆せざるをえない。十七年間、パキスタン、アフガニスタンで医療活動をしてきた中村さんたちが、地球的規模の異常気象とユーラシア大陸中央部を襲った大旱魃に際しての、闘いの記録である。
 中村さんは言う。
 私たちは、赤痢の大流行で幼い命がつぎつぎと奪われるのをアフガン国内のPMS診療所で目撃し、問題が飲料水不足によることを知った。問題は医療以前であった。飢饉で栄養失調になった上、半砂漠化して飲料水まで欠乏すれば、コレラ・赤痢などの腸管感染症で容易に落命するのである。旱魃地帯では農民たちが続々と村を捨て、流民化していた。医師たる私がいうべきことではなかろうが、「病気はあとで治せる。ともかく生きのびておれ!」という状態であった。何はさておき、飲み水を確保して住民の生存を保証することが急務であった。
 こうして中村さんたち「素人集団」の井戸掘りへの挑戦が始まった。あとは山あり、谷ありの連続である。読み進むうちにアフガニスタンの問題が語られる。ペシャワール会の活動の偉大さがわかる。しかし、中村さんはそれを自慢しているのではない。あくまでアフガンの人びとのよろこびをともにできることを自らの「役得」と考える立場を貫いている。
 そして中村さんは日本を考える。
 「(小泉政権を登場させた日本国民の不満とは何であったのか)平和憲法の改正が俎上に上るに及んで、その軽率に複雑な思いがした。確かに平和は座してえられるほど消極的なものではない。しかし、戦後、米国の武力で支えられた『非戦争状態』が本当に『平和』であったとは言えないのだ。……日本国憲法は世界に冠たるものである。それはもう昔ほどの精彩を放っていないかも知れぬ。だが国民が真剣にこれを遵守しようとしたことがあっただろうか。それは何やら、バーミヤンの仏像と二重映しに見えた。時代錯誤だと嘲笑されてもかまわないが、私は古い日本を引きづっていた。日本が人びとから尊敬され、光明をもたらす東洋の国であることが私のひそかな理想でもあった。それは『八絋一宇』などという、きな臭いものではない。『平和こそわが国是』という誇りは、自分の支えでもあった。ところが、日本全体が面妖な『西洋貴族』の群と化することによって、私は現地でも日本でも孤立感を覚え、内心忸怩たるものがあったのである。……平和憲法は世界の範たる理想である。これを敢えてこぼつはタリバンに百倍する蛮行にほかならない。だが、これを単なる遺蹟として守るだけであってもならぬ。それは日本国民を鼓舞する道義的力の源泉でなくてはならない。それが憲法というものであり、国家の礎である。祖先と先輩たちが、血と汗を流し、幾多の試行錯誤を経て獲得した成果を、『古くさい非現実的な精神主義』と嘲笑し、日本の魂を売り渡してはならない。戦争以上の努力を傾けて平和を守れ、と言いたかったのである」
 この堂々たる憲法論に付け加えるべきものをいまは持たない。(S)


複眼単眼

     アメリカのジコチューとビンラディン


 アメリカの自己中心主義というか、ユニラテラリズムもここまで言うものかと思わせるのが、ウサマ・ビンラディン問題にまつわる迷走ぶり。
 九・十一無差別テロ事件がこのビンラディン氏が犯人だとする決定的な根拠は何もない。だから日本のマスコミも彼の呼称には「氏」を付けている。しかし、ブッシュは彼が犯人だと決めつけ、生死にかかわらず捕まえよとウオンテッドをだし、それをかくまうものも敵だという論理で、アフガニスタンを実効支配している政権(タリバンと呼ばれる)を打倒するとして爆撃している。これらの背景には謀略説を含めてさまざまにシナリオはあるが、ここでは省く。
 一九七九年、イランにイスラム革命(ホメイニ革命と言われた)が起こり、アメリカはこれと敵対した。ソ連軍はアフガニスタンに侵攻した。翌年、イラン・イラク戦争が激化した。アメリカもサウジアラビア王朝もイラクを支援した。
 問題のビンラディンは、サウジの大富豪の息子であり、この時、すでにアフガニスタンで反ソ連の戦闘に参加していた。反共・イスラム戦士(ムジャヒディン)に志願したのだ。CIAもサウジもこのムジャヒディンを支援し、武器や資金を送った。
 十年後、ソ連はアフガニスタンから撤退した。アフガニスタン人のゲリラ戦に手を焼き、とうとう支配できなかったのだ。これがソ連という社会主義を標榜した国家の歴史的な命取りの一つの要因になった。
 ところが九一年の湾岸戦争では、サウジはイラクと戦うためにアメリカと手を組んで米軍を駐留させた。ビンラディンは自分たちアフガン帰還兵でイラクと戦いたかったが、サウジの王朝に無視され、その結果、イスラム革命をなしとげたばかりのスーダンに亡命したという説もある。そしてその後、彼はテロリストだとされてアメリカに狙われ、アフガニスタンに入ることになる。
 これで明らかなように、ビンラディン氏を育てたのは、ほかならぬアメリカ自身なのだ。
 アメリカはすべてを九・十一事件から語ることで、この歴史的経過、ビンラデイン問題は身からでたさびであることを隠している。東京新聞のカイロ駐在員は「米国自身の過去こそがいま闘っている相手だ」と指摘した。
 ましてともかくも「法治主義」を原則にしてきたアメリカが、「自由世界の防衛」などという旗印を振りかざして、「報復」を実行するという、西部開拓という名のアメリカ西部侵略の時代、西部劇の時代に逆戻りしてしまったかのような、ブッシュのリンチの論理だ。
 本紙三面で資料としてその要旨を紹介した米国大統領補佐官ザルメー・カリザッドの昨年の「ワシントン・クォータリー」の論文「ならず者国家の統合」と合わせて、アメリカの覇権主義・自己中心主義を暴いておく必要があろう。(K)