人民新報 ・ 第1087号<統合180> (2003年2月25日)
  
                                目次

 ベトナム反戦を上回る一大国際共同闘争  全世界六〇〇都市で千数百万人 東京・渋谷でも大集会

            反戦運動の様相の一大転機が進行

● STOP THE WAR  私たちはイラク攻撃に反対する

● 「日の丸・君が代」強制をはねかえす! 2・15神奈川集会・デモ

● イラク攻撃NO! 有事法制廃案!  2・16 ヒロシマ集会

● 「働く権利! 働く者の権利! 人間としての権利!」  2・18 けんり総行動

● 東京南部で 「イラク現地報告会」

● 労働法制改悪・許さない!いらない!通さない!  二〇〇三春の共同行動がスタート

● 戦争への道か、平和への道かが厳しく問われるている   二〇〇三年 西日本 春闘討論集会

● 新自由主義・グローバリゼーション反対  WTO非公式閣僚会議(東京)に抗議して行動

● 国際労働研究センターの定例研究会での報告より 

      「コミュニティ・ユニオン運動の到達点と展望」  小畑精武さん(江戸川ユニオン初代書記長)

● 追悼 広沢さん  ( G生 )

● kodama   原発事故に思う  (山田道美)

● 複眼単眼   /  潮目の変化を読み取る感覚を研ぎ澄ませ



ベトナム反戦を上回る一大国際共同闘争

    全世界六〇〇都市で千数百万人 東京・渋谷でも大集会

    反戦運動の様相の一大転機が進行

 「STOP THE WAR」の声が週末の東京・渋谷の繁華街に響きわたり、沿道からデモに加わる人びとが相次ぎ、先頭集団が宮下公園に到着した時には最後尾の部分がまだ公園をでていなかった。「一周コース全部つながったぞ!」と声があがった。

 二月十五日午後六時半から「世界の人々とともにイラク攻撃を止めよう!2・15ピースアクション in 東京」の集会が始まった。主催は「戦争反対!有事法案を廃案に・市民緊急行動」や「ピースボート」、「グリーンピース」など十数団体による実行委員会で、「WORLD PEACE NOW実行委員会」が後援したもの。
 宮下公園に集まった数千の人びと(デモ途中参加が多く、五〇〇〇人に膨れあがった)を前に、司会の高田健さん(市民緊急行動)が「本日の集会は全世界六〇ヵ国、六〇〇箇所の集会に連帯し、全国の北海道・釧路から沖縄・那覇までのたくさんの集会と連帯して開かれている。とりわけイラク・バグダットで平和行進をする喜納昌吉さんとチャンプルーズの仲間たち、韓国・ソウルの集会に参加している生田卍さんと直接に連帯している集会です。そしていまこの場からイラクにむかって出発するピースボートなどの仲間たちを送り出す集会です。国境を超え、世代の違いを超え、日常の活動のエリアを超えて大きく連帯する集会です」と宣言した。
会場にたくさん参加している外国人の仲間たちのために、この発言やデモ指示は英語の通訳付きで伝えられた。
 「ピースボート」のチョウ・ミスさんたちのイラク訪問団が挨拶した。
「戦争をとめるために私たちはイラクに行ってきます」との力強い挨拶に会場から「いっらっしゃい」というコールが一斉に起こった。
 集会に先立って午後五時から行なわれた渋谷駅ハチ公前でのパフォーマンスでは、多くの人びとが足を止め、「アジアン・スパーク」や「ピースボート」の若者たちのダンスが注目を集めた。宣伝カーからは「世界の人々とともにイラク攻撃を止めよう!2・15ピースアクション in 東京」のアピールが繰り返された。ハチ公前はさながらイラク反戦集会のようになった。近年には見られなかった反戦の気分を表す光景だった。
 
 この日の国際共同行動はイギリスの「STOP戦争連合」が呼びかけたもので、米国のANSWERをはじめ全世界の人びとが連帯して行動を起こした。行動はアメリカ、イギリス、スペイン、イタリアなど、政府が戦争を推進する側に立っている国々でより大規模なものとなった。イギリスのロンドンでは二〇〇万人、スペインのマドリードでも二〇〇万人、同じくバルセロナでは一五〇万人、イタリアのローマで三〇〇万人、米国のニューヨークで三七万人、サンフランシスコで二五万人、ロサンゼルスで一〇万人など、全世界で千数百万の統一行動となり、かつてのベトナム反戦運動の規模を超えるものとなった。
 これらの運動の高揚を恐れた小泉首相は「イラクが正しいという誤ったメッセージを送らないように注意しなければならない」などと批判した。また福田官房長官も「武力攻撃が前面にでているから反戦運動になっているかも知れないが、イラクが大量破壊兵器をもっていることが問題だ。そのことに世界の世論が一致すべきだ」などと述べた。
 国連安保理の討論では日本の原口国連大使は、世界的な世論や「イラク査察継続」を主張するドイツ、フランスなど国連加盟国の圧倒的多数の主張に抗して、米国に追従し、武力行使を前提とした国連決議の採択を主張、非常任理事国などへODAを使って支持の獲得の工作までおこなった。
日本政府の戦争加担政策を絶対に許すことはできない。
いまこそいっそうの反戦闘争の展開と世論の高揚をもって小泉内閣を包囲しなければならない。二・一五の「世界の人々とともにイラク攻撃を止めよう!2・15ピースアクション in 東京」の成功につづいて、万余の結集で三・八「WORLD PEACE NOW」の成功をかちとることで、小泉政権の戦争政策に痛打を浴びせなくてはならない。


STOP THE WAR 私たちはイラク攻撃に反対する

 二月十九日夜、日比谷野外音楽堂で、連合傘下の一部労組などで組織された「平和フォーラム」と、市民緊急行動などによる「STOP THE WAR『私たちはイラク攻撃に反対します』2・19集会」が開かれ、集会後、五千人のデモ隊が銀座を行進して、イラク反戦を訴えた。
 司会を富山洋子さん(日消連)が行い、民主党副代表の横路孝弘氏と社民党党首の土井たか子氏が挨拶した。
横路氏は政府の国会答弁と国連での行動の違いを指摘し、二枚舌だときびしく批判した。
土井氏は院内では少数でも世論の多数が反戦だと指摘し、運動のいっそうの高揚をはかる決意をのべた。
 連合からは阿部道郎・総合組織局長が挨拶、政府によるイラク戦争協力に反対する旨、決意を述べた。
 NGO市民団体からは障害者インターナショナル日本支部の金政玉さん、JVCの熊岡路矢代表が挨拶した。
 集会アピールの提案は市民緊急行動の土井とみえさんが行なった。
 最後に参加者は「STOP THE WAR」「イラク攻撃反対」「日本の戦争協力反対」をコールした。


「日の丸・君が代」強制をはねかえす! 2・15神奈川集会・デモ

度重なる右翼の妨害に抗して

二月十五日、「『日の丸・君が代』の法制化と強制に反対する神奈川の会」主催の集会が横浜開港記念会館ホールを会場に開催された。今回で五回目となるこの集会は、九九年八月の「国旗・国歌法」制定後一段と猛々しくなった強制の動きに対し、反対の意思表示をしていこうと二〇〇〇年二月に桜木町駅頭でリレートークを行なったのが最初。この時はおしかけた右翼団体による暴力的な妨害で集会・デモは中止に追い込まれた。右翼暴力団が参加者を追い回し、ビラをもったメンバーを袋叩きにする、盾をもった機動隊員が電車にまで乗り込んで参加者を右翼から隔離するという異常な事態が白昼展開した。
 二回目以降も毎回右翼による威圧・妨害が繰り返され、昨年二月の集会では、会場前に「日の丸」を掲げた数十人の右翼が整列して参加者を威嚇し、デモ行進もがなりたてる数十台の街宣車、つきまとい隙をみては襲いかかる右翼に妨害されて、機動隊に全くのサンドイッチ状態にされたまま、シュプレヒコールも道行く市民に届かない無残なものとなった。それ自体「日の丸・君が代」強制の実態を象徴する右翼の横暴に屈せず、今年も集会が開催された。

教育基本法改悪を徹底批判ー小森陽一さん講演

 集会のメインは東大教員の小森陽一さんの講演。教育基本法改悪の中教審中間報告を、報告書の文章に沿って丁寧に批判しながら、教育基本法改悪の策動は、「日の丸・君が代」強制の総仕上げ=法的追認・固定化に他ならず、戦争する国、戦争できる国民の育成をめざすものであると喝破。戦前の国体明徴運動の中で使われた「涵養」という言葉がキーワードになっていることに注意を喚起しつつ、「心のノート」にも触れて、それが人を丸ごと管理統制する洗脳教育に他ならないことを鋭く突き、教育現場でしきりに言われる「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」はオーム真理教のようなカルト集団がメンバーをがんじがらめにするのに使った手法であり、広島の県立高校長の自殺も県教委の同じやり口に追い詰められてのものだったと指摘。一・一八の国際反戦行動のうねりが国連安保理での議論に反映している、市民の運動は決して無力ではない、市民運動と学校教育現場の運動とが連携して閉塞状況を打破していこう、と訴えた。

強まる強制、抗する市民

 続いて、高校の現場から「国旗・国歌法」制定以降、それまでの「指導要領にあるから・・・」という文言が県教委の通知から消え、「日の丸」を式場正面に掲げる、「君が代」斉唱を式次第に位置付ける、教職員の業務分担を明確に定める、厳粛な雰囲気で式を行なうなど、一層立ち入って儀式性を強調するものになっていることが報告された。
 高校のPTA会長をしている市民から、式の際座ったままでいたら後で校長に呼び出されるなど圧力を受けた、県のPTA総会では「国旗にお直りください」などという式進行
が行なわれている、三月の卒業式でも座っている決意でいる、と生々しい発言があった。
 横須賀で強制反対の運動している方からの報告、三月二一日に東京で集会を予定している「『日の丸・君が代』の強制反対の意思表示の会」からの連帯挨拶の後、集会アピールを採択し、買物客で賑わう伊勢佐木町商店街を元気にデモ行進した。主催者から県警本部に対し厳重な申し入れを行なったこともあり、要所要所に警備陣が配置され、右翼の妨害は封じられた。やればできるのだ。
 デモ解散後、多くの参加者が夜の宮下公園での「ピースアクション in 東京」に参加するべく渋谷へと向った。(横浜通信員)


イラク攻撃NO! 有事法制廃案!  2・16 ヒロシマ集会

 二月一六日、広島県庁前広場において、「イラク攻撃NO! 有事法制廃案を求める2・16ヒロシマ集会」が開かれた。
 この集会は、平和運動センターをはじめとする三〇団体によって共同で開催され、一八〇〇人が参加した。
 集会は護憲広島の司会で始まり、はじめに、大型トラックの荷台をステージにした壇上に並んだ賛同団体が紹介され、続いて主催者を代表して平和センターの田中議長が次のように挨拶した。
 昨日のイギリスの平和運動が呼びかけた国際共同行動には、四一ヶ国以上の約一〇〇〇万人が「イラク攻撃にNO!」の声をあげた。日増しに反対運動は大きな高まりを見せている中で、日本政府の態度が問われている。平和を誠実に希求するなら、日本政府がアメリカに追随するのでなく反対を表明すべきで、そうすれば戦争をとめられるのだ。
 海外からのメッセージが紹介され、金子社民党衆議院議員が国会報告を行った。金子さんは、かつてイラク査察団メンバーだったリッターさんの証言を引き合いに出しながら、国会と運動を結合し誤りなき政策を、と発言した。
 昨年末イラクを訪問した森滝春子さんたちが壇上で写真をかざしながら、劣化ウラン弾の被害に苦しむイラク民衆の実情を報告した。湾岸戦争時、アメリカの発表でも三〇〇トンも使用された劣化ウラン弾は、確実に人びとの健康を蝕み、経済制裁によって、まともな治療も受けられず、幼子を中心にバタバタと亡くなっている状況がある。にもかかわらず、ホワイトハウスは「その因果関係は明らかではない」などと「千年に一度の大ウソ」をつき、再びこの地で再び使おうとしている。三月二日にはここヒロシマに全国から集い、反戦の人文字を書いて戦争を止めよう。
 最後に、集会宣言が採択され、ガンバローの掛け声で集会を終了し、広島の繁華街を長蛇のデモ行進を行った。
 1・18に続く国際共同行動に合わせた集会であったが、東京などとは違ってオールドユニオニズムの面影が色濃いものであった。集会に参加していた外国人がインタビューで述べた「広島は平和都市といわれるわりには反戦や反核運動への市民参加が少ない」という指摘に応えきれていない。まだまだ、広範な共同行動の必要性が認識されていないな、とつくづく反省させられる集会ではあった。
 3・2ヒロシマの人文字行動の成功に向けがんばっていこう。(広島通信員)

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2・16ヒロシマ集会アピール イラク攻撃阻止・有事法案を廃案にしよう

 ブッシュ政権は、米国の利益のためには、国運憲章も国際法も踏みにじる権利を持つと公言し、はばかりません。
一方、日本政府は、米国などのアフガン攻撃を支援するため世論誘導を行い、対テロ特措法により呉基地などから自衛艦を出航させました。引き続きイラク攻撃を前提とした戦争協力の準備を進め、世論の反対を無視してイージス艦「きりしま」、揚陸艦「しもきた」の派遣まで強行しました。そして、朝鮮半島の緊張を利用して、戦争ができる国としての体制を整えるために有割去制を強行成立する構えです。これは、アジア、特に朝鮮半島の緊張を高めるだけです。そもそもこのような法案が日本国憲法第九条のもとで議諭されていること自体が許せないことであり、世界に誇る憲法九条をもつ日本がすべきことは、有事にいたらないよう日常的外交努力をし、近隣諸国と友好・信頼の関係を築く平和外交に徹することです。
 私たちは、被爆地ヒロシマの県民として、アメリカの対イラク戦争を絶対に許してはなりません。そのため、世界中の「イラク攻撃NOの声」に連帯し、米国のイラク攻撃を阻止しましょう。さらに、日本国民を戦争に巻き込む有事法制に全力を挙げて反対しましょう。


 「働く権利! 働く者の権利! 人間としての権利!」  2・18 けんり総行動

 二月一八日、小雨混じりの寒風をついて、「働く権利! 働く者の権利! 人間としての権利!」をかかげて、二〇〇三年けんり総行動が闘いぬかれた。
 朝九時半の、みずほ銀行(組合否認・全統一光輪モータース、リストラ工場閉鎖・全造船いすゞ分会、全造船ヤサカ分会)を始めに、三井住友銀行(整理解雇・東洋印刷、倒産・東部労組高砂支部)、あさひ銀行(組合否認・岩井金属)、NTT大手町(解雇・木下さん)、国土交通省(解雇・国労一〇四七名)、東京スター銀行(倒産・埼京ユニオンカメラのニシダ)、GM(リストラ工場閉鎖・全造船いすゞ分会、全造船ヤサカ分会)、昭和シェル(賃金差別)、フジTV(解雇・反リストラ産経労)、USB(解雇事業所閉鎖・埼京ユニオンミニットジャパン)、タイムライフジャパン(解雇・ネットワークユニオン東京)、大熊整美堂(解雇・吉本さん)、郵政事業庁(4・28郵政不当処分解雇)、日逓(賃金差別・郵政全労協日逓支部)、厚生労働省(労働条件分科会審議会への要請)、由倉工業(不当労働行為・全国一般全国協由倉工業労組)、大塚製薬(四名解雇・全国一般全国協)に対して抗議と要請行動を行った。


東京南部で 「イラク現地報告会」

 一月二五日、東京南部の地で「イラク現地報告会」が、四〇名の参加で開催された(主催は「有事立法」に反対する東京南部連絡会)。
 集会では、国際ボランティアセンクー代表理事の熊岡路矢さんが、経済制裁下そして「戦争前夜」のイラク現地の報告を行った。
 熊岡さんは、不十分な医療休制のなか、出産時の母子死亡率や乳児死亡率が増えていること、必要な薬、血清がなく、厳しいなかで闘病する自血病、血友病の子供たちについて、次のように報告した。

 厳しい経済制裁は中産知識階層、労働者層の生活を直撃している。「学校に行くよりは、稼ぐ」ことを要求される小学生の非通学率も上がっている。近代化の過程で向上していた成人女性の識字率もいま下がっている。しかし、情勢は厳しいが希望もある。経済制裁が解除されれば、外部支援を必要としない社会を取り戻せる大きな潜在能カを持っているし、イラン、シリア、トルコ、サウジアラビアなどの周辺国との話し合い、地域協議が続けられている。非戦への運動が「1・18」でみられたように世界各地域で広がっていることや、一九歳で湾岸戦争に従軍したアメリカの元海兵隊員が「戦争というより一方的な殺戮」だったとして、自発的な「人間の盾」として戦争をとめようとし、たとえ戦争がはじまってもイラク人と生死をともにすることを選んでいることなどが「希望」の根拠だ。そして、「戦争で壊した道路や橋や建物を直しましょう」という日本政府の「戦争後の平和構築、再建」の姿勢は強く批判されなくてはならない。
 私は、二三年間、戦乱の場で働いてきたが、「正義のための戦争」など見たことがない。戦争は石油をはじめとした自然資源の争奪戦であり、先進国を中心にして大量製造した兵器を消費しようとする大きな力が原動力にある。「経済制裁に対しては人道支援の展開で、ミサイルに対しては、非戦をめざす国境を超える想像力と共感の力で対抗していかなければならない。いま時間は限られている。
 集会は最後に、イラクの子供たちにカンパを集め、今後の行動を確認して「イラク報告会」は終了した。
 なお、南部連絡会は、二月二日には「イラクの人たちを殺すな!」という駅頭ビラ情宣を行った。(東京南部通信員)


労働法制改悪・許さない!いらない!通さない!

       
労基法改悪NO! 二〇〇三春の共同行動がスタート

 今通常国会は、労働法制の大改悪の攻防の場となる。この国会では、労基法だけでなく労働者派遣法、職業安定法、雇用保険法などの改悪がもくろまれており、文字どおりの労働国会の側面をもつ。二月一八日、厚生労働省・労働政策審議会は、解雇の原則自由化、有期雇用期間の上限延長、裁量労働制の緩和などの労働基準法改悪の法案要綱を答申した。昨年一二月の「建議」にあった、裁判で解雇無効が認められても、労働者の職場復帰を阻止できる「使用者に裁判所に金銭解決の申し立てを認める」ということは消えていた。これは、改悪反対運動の力が実現したものである。法案は三月上旬に国会に提出される。すべての労働者、労働組合の団結した闘いで、労働法制の大改悪を阻止しなければならない。

 二月一七日、総評会館で、「戦争も雇用破壊も許さない! こんな解雇ルールはいらない! 労基法改悪NO! 二〇〇三春の共同行動スタート集会」が開かれた。
 主催者を代表して、鎌倉淑子さん(全統一千葉市非常勤組合)は、いま世界で巨大な反戦運動のうねりがまきおこっているが、困難な局面にある労働運動でもわれわれは微力ではあっても無力ではないことを感じさせてくれた、運動の大衆的な高揚で労基法改悪を許さない態勢をつくりだしていこう、とあいさつした。
 基調の講演は、「労基法・派遣法改悪の内容と問題点」と題して、鴨田哲郎さん(日本労働弁護団幹事長)が行った。
 政府は通常国会で、労働基準法・労働者派遣法の大改悪を進めようとしている。それは、@使用者に解雇自由を求める解雇ルール、A労働契約期間を原則一年から三年に延長、B裁量労働制の緩和と対象の拡大、D派遣労働の対象を製造業などに拡大し期間も延長すること、を重点としている。解雇ルールについては、「改正」論者は、いま雇用についていろいろ面倒な規制があるがそれが緩和されれば雇用は増える、またいろいろな働き方が認められることは労働者側のニーズにも応ずることになると言っている。しかし、解雇がしやすくなれば雇用が増えるのか。とんでもない暴言だ。
 今回の労働法制の改悪はひどいものであるが、いろいろと変化もうまれている。ひとつは、審議会が当初一月に予定されていたものが、二月にずれ込んだこと。そして、建議にあった「金銭和解」が「法案要綱で」は削られていることだ。こんなことは今までなかったことだ。これまでは「建議」即「要綱」ですんなり通されていた。これは画期的な成果だ。しかし、「使用者は、この法律又は他の法律の規定によりその使用する労働者の解雇に関する権利が制限されている場合を除き、労働者を解雇することができる。ただし、その解雇が、客観的かつ合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」となっていて、使用者の解雇自由はそのままだ。労基法は、負傷・疾病や産前産後の労働者の解雇制限はあるが、解雇自由などの規定はなかった。それは、労基法が、「労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべき」労働条件を定め、この基準を下回るものを「罰則」で禁止している労働者を保護する法律だからである。その労基法に「解雇自由」を書き入れる意味は大きい。
 そうなれば、これまで、解雇のときに、使用者が、なぜ解雇をしたのかを立証しなければならなかったが、これからは、解雇された労働者の側が、解雇が「客観的かつ合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」ということを立証させられるようになる危険が大きい。例えば、解雇が正当か否かについて「グレイ」の範囲の場合は、いままでなら、労働者の勝利となってきたが、逆に使用者の言い分が通る可能性が大きくなるということだ。
 次に、派遣についてだが、いちばん大きな問題は、これまで認められなかった「物の製造」への派遣ができるようになることだ。すでに、製造現場には、業務請負というかたちで、労働者が送り込まれている。法律が変わったら、すぐに派遣という形にしようとしているわけだ。これで、企業としては、低賃金の労働者を必要なときだけ使うことができるようになる。派遣期間の延長ももくろまれている。そして、注意しておかなければならないのは、労働法だけで不十分なところは、小泉内閣が進めようとしている「経済特区」で、さまざまの規制をまったく無視してやってしまうという事態になっていることだ。
 今回の改悪の裏には、「できるだけコストのかからない労働力を」という経営側の意志が貫いているということだ。
 つづいて、渡辺英俊さん(移住労働者と連帯する全国ネットワーク)が、移住労働者に対する労基法の完全適用と均等待遇の実現などの問題提起を行った。
 集会の半ばで、「ちょっと息抜きみんなで声を出して」ということで、全統一の鳥井一平書記長の音頭で、「労基法改悪NO!」「許さない!いらない!通さない!」コールで気勢を上げた。
 闘いの行動提起では、共同行動事務局の高須裕彦・全国一般東京南部書記長が、キャラバン行動などで全国各地で改悪反対の運動をおこし、四月二日には、東京に終結して、「戦争も雇用破壊も許さない!こんな解雇ルールはいらない!労基法大改悪NO!中央行動・集会」を行うことなどを報告した。
 闘いの現場から二分メッセージでは、均等待遇アクション二〇〇三、自治労都庁職、青梅信金えん罪事件のまさみさん、全統一千葉市非常勤職員組合、日経スタッフユニオン、郵政全労協、首切り自由社会を許さない実行委員会、全労働省労働組合、大塚製薬労働組合、埼京ユニオンなどから発言があった。
 最後に、集会アピールが採択され、団結頑張ろうで、労働法制大改悪阻止の闘いの前進を確認し合った。


戦争への道か、平和への道かが厳しく問われるている   二〇〇三年 西日本 春闘討論集会

 二月一四日と一五日、徳島で、二〇〇三年西日本春闘討論集会が開かれた。

 一四日は、大塚製薬争議団への連帯行動。
 大塚製薬は徳島を起点に全世界に支店を展開する大企業だ。大塚製薬は、昨年夏に、一つの事業部である大塚アッセイ研究所の営業権を(株)BML(埼玉県)に譲渡した。従業員も「譲渡」となり、転籍か退職の選択を迫られたが、これは整理解雇そのものである。労働組合のなかった大塚製薬の労働者たちは、新たに労組=大塚製薬労働組合(別宮裕一郎委員長)を結成し、組合員三人が地位保全・解雇撤回を闘っている。徳島市川内町の大塚アッセイ研究所正門前には、地元四国をはじめ関西や中国、九州などから全労協や全港湾などの労働者約一二〇名が結集。午後五時から「三人を職場に戻し、即刻解雇を撤回しろ」などの横断幕を掲げて「リストラ反対」「社会的責任を取れ」などとシュプレヒコールを行った。なお、参加者は、門前集会の前、当日午後に徳島地方労働委員会で開かれた大塚製薬労組の不当労働行為救済申し立ての第三回審問を傍聴した。

 一五日には、徳島グランドホテルで、西日本春闘討論集会が開催された。
 はじめに、藤崎良三全労協議長があいさつ。
 〇三春闘は戦争への道か、平和への道かが厳しく問われる緊張した情勢の中で闘われる。労働運動総体も、その進むべき道が問われる春闘である。イラク戦争反対、有事法制三法案を廃案への行動展開、「解雇原則自由」の「解雇ルール」の法制化に反対して、〇三春闘に勝利しよう。
 中岡基明全国一般全国協委員長が「生活できる社会をめざす〇三春闘を」と春闘方針を提案した。
 つづいて各参加労組から闘いの報告。吉井郵中労委員長が、郵政公社をめぐる闘いを報告し、三月三〇日に大阪で開催される「郵政公社を監視する全国シンポジウム」の意義と賛同組合のお願いと参加を要請した。広島県労協の井上事務局次長が、2・21春闘総決起集会(福山で開催)などの春闘行動を報告した。各労組・各地域からの闘争報告のあと、大塚製薬労組から抗議行動の支援のお礼と決意表明が行われた。
 最後に地元徳島の労組員の力強い団結がんばろうで閉会した。


新自由主義・グローバリゼーション反対  WTO非公式閣僚会議(東京)に抗議して行動

 WTO(世界貿易機関)非公式閣僚会議は、二月一四日から一六日まで東京で開催され、九月にはメキシコ・カンクンで第五回閣僚会議が予定されている。WTOは、アメリカを中心とする新自由主義・グローバリゼーション推進の機関として、多国籍企業や強国の思い通りの世界のルールをつくり上げようとしている。一九九九年のアメリカ・シアトル閣僚会議では、世界中から集まったNGOや労働組合、市民団体が、途上国政府と呼応して、グローバリゼーション反対の大闘争を展開し、その結果、シアトルでは何も決めることはできなかった。しかし、多国籍企業と先進国は巻き返しをはかり、かれらに有利な世界をつくりだす活動を強行しようとしている。 

 二月一四日、労働スクエア東京ホールで「シンポジウム 命とくらしは売り物ではない! 〜 WTOは誰のため?」(主催・WTOは誰のため?東京行動実行委員会)が開かれた。
 シンポジウムでは、各運動体からのアピールとして、農業・北準一さん(北海道農民連盟)、サーピス(郵便)・須藤和広さん(郵政全労協)、医薬品・川田悦子衆議院議員、遺伝子組み換え・山浦康明日本消費者連盟副代表が発言した。
 休憩の後、タイに拠点をおく「フオーカス・オン・ザ・グローバルサウス」のウォルデン・ベローさんが、「WTOとは何か・何が問題か」と題して講演し、カン・ビョンギさん(韓国・全国農民会総連盟政策委員長)とリアン・フォッカーさん(オックスファム・インターナショナル)が連帯のあいさつを行った。
 最後に、川口外務大臣・WTO事務局長・WTO東京非公式閣僚会議に参加する各国大臣あての要請書をシンポ参加者全員の総意として確認した。それは、WTOによる「合意形成プロセスは、きわめて不透明」であり、「@今後非公式ミニ閣僚会議やグリーン・ルーム会議などの非民主的会合を開かないこと、Aできるだけ多くの国の議論への参加と交渉プロセスの透明性を確保するメカニズムを早急につくること、B先進国が発展途上国に対して、個別的に政治的・経済的圧力をかけること通じてコンセンサスを強要するのをやめること」を要求している。
 翌一五日には、日比谷野音で、日本をはじめアジア、アメリカ、ヨーロッパの市民、農林業者など一万人が集会を開催し、銀座パレードを行った。


国際労働研究センターの定例研究会での報告より 

           
 「コミュニティ・ユニオン運動の到達点と展望」

          小畑精武さん(江戸川ユニオン初代書記長)

 二月一五日、国際労働研究センターの定例研究会が開かれ、小畑精武さん(自治労本部オルガナイザー、江戸川ユニオン初代書記長、コミュニティ・ユニオン全国ネットワーク初代事務局長)が、「コミュニティ・ユニオン運動の到達点と展望」と題して報告を行った。

 ミュニティ・ユニオンは、七〇年代から八〇年代にかけて、雇用多様化、不安定化、パートの拡大、外国人労働者の増大を背景にして形成された。
 当時、総評地域労働運動の高揚があり、江戸川など東京の東部地域でも、争議支援、中小労働運動、相談活動、パート一一〇番、下町反戦、自治体闘争などが取り組まれた。
 その中で、組織化概念の拡大ということあがったが、全国一般などからはミュニティ・ユニオンは労働組合ではないなどという批判も寄せられた。
 私たちは、地域の見直しからはじめた。「ふれ愛、友愛、たすけ愛」を合い言葉に、相談、助け合い(共済)の活動を強め、「一人の首切りも許さない」をめざして、地域共闘の交渉力を強めることによって争議解決、自治体交渉で成果をかち取ってきた。
 地域では、パート、小零細企業労働者が多く、解雇の不安、友達がほしい、共済・労金を利用したいなどのニーズがあったが、企業内組合ではそうしたことにこたえられない限界があった。
 そして「誰でも・一人でも入れるユニオン」をつくってきた。
 その後の全国的な動きでは、総評の解散と地域労働運動の終焉の危機を迎え、「地域労働を強める全国集会」も終わってしまったが、八九年には、ミュニティ・ユニオンの全国交流集会を開き、ネットワークを結成した。
 コミュニティ・ユニオンが提起した課題としては、パートに典型的な新しい不安定労働者を組織化して、@地域小零細企業労働者(不安定雇用)対策、Aパート地域最賃引き上げ、均等待遇、パート法改正などがある。各ユニオンは、パートなどの労働者の均等処遇を求める調査・政策提言活動、パート議員連盟の発足、公務パート(臨時・非常勤、自治労)との連携、外国人労働者の医職住の保障、労災、賃金未払いなどの活動を闘ってきた。
 昨年の一一月には、全国の多くのミュニティ・ユニオンを結集して全国コミュニテイ・ユニオン連合会が結成された。そこでは、@パート等非正規労働者の均等待遇立法闘争推進、合理的理由のない有期雇用禁止の立法化、Aパート、派遣、契約杜員など非正規杜員のユニオンヘの組織化、B「あらゆる働き方に権利を」労働者が真に選択できる労働権を確立、C杜会的賃金闘争の推進、全国一律最賃制・リビング・ウェイジ条例、D新自由主義rグローバリズム」のもたらす競争と差別に反対し・平和で公正、公平な杜会をめざす、Eジェンダーフリーなユニオン運動をすすめる、F誰でもが参加でき、よりどころになるユニオン運動、を課題として運動している。
 そして、連合への一括加盟が承認された。
 しかし、連合に加盟しないミュニティ・ユニオンもあり、それらのユニオンとの「コミュニティ・ユニオン全国ネットワーク」も存続している。
 コミュニティ・ユニオン運動は、地域杜会により深く根ざす共通財産として、社会的労働運動=社会運動としての労働運動をめざさなければならない。そして、新たな雇用形態にある不安定労働者を組織化して、生活・権利を確立し、そして労働者の職業杜会、職能杜会、企業杜会の形成を実現して行きたい。人権確立、反差別・均等待遇、自立と連帯、新しい働き方の追求、NPO、労働者協同組合、コミュニティ・ビジネス、ワークシェアリングなど多面的な運動が必要とされている。
 労働組合運動でいつも困難なのは、組織的財政的な確立である。組合員を拡大して解決金依存傾向からの脱却がはって、専従者の確立とオルガナイザーの養成を実現するとともに、サポーターの拡大(NPO的運営)、行政などからの補助(公益性の認知)、事業活動の拡大・推進(協同組合、コミュニティ・ビジネス)を考えて行かなければならない。
 そして、企業、産業、職能、職業、地域とあらゆる雇用関係の労働者を「構造的に組織する」ことができる新しい労働運動の構造をつくって行きたい。
 私はひとつの組織仮説をもっている。
 それは、労働組合の二階建て構造というもので、一階はコミュニティ・ユニオン(ローカル・ユニオン、労働NPOなど)で各地で独自の活動を行い、二階は複数の全国組織(全国ユニオン、産別組織)で全国課題の政策・制度要求や争議解決の推進力となる。そして、横(地方組織)の協力相談、活動支援、縦(単産)との協力政策、専門的課題を追求する。
 そうなれば、ミュニティ・ユニオン、産別組織含めて労働運動の活性化がかち取られるのではないだろうか。


追悼 広沢さん

            G生
 
 この一文の表題を広沢さんがかつて本紙に山川暁夫さんの追悼文を書いて、そのタイトルを「山川さん」としたことに習ってつけたい。
 その日は「世界の人々とともに戦争を止めよう!2・15ピースアクションin東京」のために終日駆け回っていて、夕刊の訃報を見る時間もなかった。おそらく、この日の行動の成功を一番よろこんでくれるはずの一人が広沢賢一さんだった。
 広沢先生は二月十五日、午前三時、心臓の発作でなくなられた。一九一九年生まれ、享年八三歳。社会党の鈴木茂三郎委員長の秘書や浅沼稲次郎の高弟として、本部書記局員などの仕事に付き、木村経済研究所の役員でもあり、一時期、社会党の代議士をつとめた。
 八十年代後半から社会党の変質に疑問を強め、またソ連のスターリン主義への批判も鋭くなった。八十年代末から、労働者社会主義研究会の顧問を山川暁夫氏、寺尾五郎氏らとともにつとめ、後輩の育成に力を入れた。市民講座の「金曜連続講座」で経済学の講師をしている最中に倒れ、以来、病と闘いながら執筆活動などで活躍した。常に左翼の統一戦線の形成の必要性を強調し、社民党、新社会党、共産党などの党員とも親交を結び、労社同の結成をわが事として喜んでくれた。
山川追悼文で先生は要旨、次のように述べた。
「六十年代、社会党は元気だった。この時、若きジャーナリスト山川さんは、われわれから先生といわれ、国際政治の指南役だった。その後、社会党の退潮、総評解散、社民党への分解がはじまり、多くの党員や支持者の自信喪失がはじまった。そのとき再び山川さんがわれわれの前に現れ、そして元気づけた。再び、平和憲法擁護の闘志と歴史的確信を奮い起こし、社会主義への情熱と確信をうえつけ、二十一世紀におけるアジアこそが世界史の主役になると言い遺した」と。
 本紙の新年号では次のような檄を飛ばした。
 「人類の宝、国連憲章と平和憲法を守れ。地球環境保全・核兵器廃止に逆らうものは、全人類の敵であります。さらに、南北格差を拡大する新自由主義は弱者反抗(テロ)の根源。これらを克服しなくては、二一世紀の安定・幸福はありえません。ともに力をあわせて闘いましょう」
 先生、一緒に夢見た道はまだ遠くても、その先に曙光が見える時代が到来しつつあります。後からその道を歩くであろう人びとが生まれつつあります。私たちも先生の後輩としてその道を歩みます。


kodama

原発事故に思う  (山田道美)

 今回の名古屋高裁金沢支部の「もんじゅ」判決は画期的であり当然のことと思う。安全性に問題があり、事故が起こればその被害は甚大なものになるということだ。われわれ左派が運動してきた反原発運動が正しかったことの証明であろう。原発は結局のところ原爆なのだ。それが日本に多数ある。原発事故は核兵器の爆発だ。忘れてはならないのは、広島・長崎の原爆投下である。
 地球を救え! 原発反対!


複眼単眼

   
潮目の変化を読み取る感覚を研ぎ澄ませ

 最近、しばしば山川暁夫さんを思い出す。山川さんは二〇〇〇年二月十二日に亡くなった。
 彼は時代の変化の兆候を捉まえ、人びとに警鐘乱打しながら、戦いの課題を提示することにかけては名手というべき人だった。それを全国各地で講演し、人びとに語ってあるいた。それは「山川節」とよばれ、聴衆を惹きつけた。時に、それは「予言的言説にすぎる」などと批判を受けたりもした。しかし、「プロレタリアートの斥候」たらんとした山川さんは、亡くなるまで自らに課した、その「斥候」の仕事をつづけた。
 二十一世紀初頭、私たちは世紀が変わっても二十世紀の遺産である帝国主義による戦争と破壊と富の収奪がつづいている現実を見てきた。その厳しい現実に失望する人も、絶望する人も、少なくなかった。
 しかし、いま時代の潮目が変わってきたのではないかと思うようになっている。時代が何か大きく変化しつつある。それは「硬直化した戯画的な進歩史観」としての理解ではない。
 この変化をとらえ返し、それに合わせて自らの闘い方を変え、前進することができるかどうか、いまその前進か、停滞かの分岐点にたっているのではないだろうかと思う。きっと山川さんが生きていたら、この変化の重要性を眼光鋭く、指摘したに違いないと思うようになった。
 一月十八日、アメリカのアンサーが呼びかけた全世界的な共同行動につづいて、二月十五日、ロンドンの「STOP!戦争連合」が呼びかけ、オーストラリアからオーストラリアまで、地球を一周した共同行動、あたかも津波のよ
うに全世界を駆けめぐった反戦の民衆運動は、ベトナム反戦闘争以来の規模であり、それを大きく上回ったと言われる。
 この日、全世界六百都市で一〇〇〇万人以上の人びとによる同時行動が展開された。「反戦運動には影響されない」と力説した米国政府や日本政府を含めて、各国政府がその政策に大きな影響を受けたのは間違いない。
 そしてもうひとつの変化は国連安保理やECなどの動きだ。一月末にもありうるとされていたアメ
リカのイラク総攻撃はすでに一月以上、引き延ばされている。イラク攻撃をいそぐ米国に「ノー」の立場を鮮明にする国々が相次ぎ、国連ではアメリカは孤立している。この問題をめぐって世界は大きく分化した。おそらく二十一世紀の歴史において、この様相は大きな時代の変化の兆候を示すものとなるに違いない。この面でもいま世界が大きく変わろうとしている。
 そしてわが日本の小泉政権は、国連の場でも、ブレアの英国とともに米国の戦争政策につき従う国としての立場を鮮明にした。
 すでに平和憲法を超越して日本軍(自衛隊)がアラビア海で戦争を遂行している米軍への補給作戦を行なっている。私はさまざまなところで語っているのだが、日本はもはや「戦後」でも「新たな戦前」ですらもなくなった。まさに平時ではなく、ある意味で「戦時」に入っていると認識しなければならないのだ。
 この「あらたな戦前」という規定は、山川暁夫さんの造語だ。彼はすでに八〇年代にこの用語を使っていた。いま山川さんはこの潮目の変化をなんと表現するだろうか。
 日本の反戦運動も大きく飛躍しようとしている。一月十八日、日比谷の七千人、二月十五日の渋谷の五千人の参加。若い世代の人びとを先頭に、既成の大組織による動員ではない、自覚した市民による大結集をはたした意味は大きい。そしていま三月八日の日比谷公園ではさらにこれを上回る勢いで万余の結集による行動が準備されている。
 まだ日本では運動の規模はベトナム反戦を上回ってはいないが、たしかにそれに向って流れている。
 ねがわくば、諸君よ、時代の後追い的な解説にとどまらず、その潮目の変化を読み取り、その波頭にたってほしい。
 いま必要なことは一〇〇の解説より、一〇〇枚のビラだ。(T)