人民新報 ・ 第1146 号<統合239(2004年10月15日)
  
                  目次

● 侵略戦争の「大義」はデッチ上げだった  イラク反戦闘争のいっそうの前進を勝ち取ろう

● イラク復興会議に抗議し、占領軍の即時撤退を  WORLD PEACE NOWが記者会見

● 横須賀を原子力空母の母港にするな  反対集会に三八〇〇人

● うつぞ鉄建!リストラの原点を暴く

● 胎動する韓国社会と労働運動の「いま」

● 安全保障と防衛力に関する懇談会報告書「未来への安全保障・防衛力ビジョン」批判 …… @  /  佐藤 史朗

● 辺野古沖新基地建設反対  ボーリング調査阻止行動への支援カンパを

● 共謀罪新設法案を阻止しよう!

● 複眼単眼  /  クマの被害はなぜ多い その対策要項




侵略戦争の「大義」はデッチ上げだった

  イラク反戦闘争のいっそうの前進を勝ち取ろう


 アメリカ・ブッシュ政権のイラク侵略戦争は開戦の「大義」なるものを完全に失った。大統領選を前にしたブッシュは大きな打撃を受けた。イギリス・ブレア政権も批判の矢面に立たされている。ブッシュ、ブレアは厚顔にも、それでもイラク開戦は正しかったと開き直っている。しかし、かれらはますます孤立を深め、イラク占領はいっそう「ベトナム化」の様相を深めている。多国籍軍のなかからもイラクから撤退する国がつづいている。
 窮地に立っているのは小泉政権も同様だ。この問題もひとつの契機にしながら郵政民営化反対をはじめ自民党内からも反小泉勢力の動きが公然化している。野党勢力もいっそう勢いづく。われわれは、この情勢の中で、イラク・朝鮮反戦、有事法制具体化阻止、郵政民営化・増税反対、憲法改悪阻止の闘いを強め、超反動の小泉政権の打倒をめざして闘い抜かなければならない。

 一〇月六日、イラクの大量破壊兵器捜索に当たっていた米調査団ドルファー団長は、上院軍事委員会で、イラクには大量破壊兵器は存在しないと証言した。ドルファーは中央情報局(CIA)特別顧問でもある。
 ドルファーは次のように証言した。核兵器開発計画でフセインは研究者の知識と計画の重要部分を保持しようとしたが、実際にはイラクの核兵器製造能力は衰えていった。イラク戦争後、一部の化学兵器が発見されたが、いずれも湾岸戦争以前のものだった。軍事的に意味のある大量破壊兵器がイラクに隠されているとは思わない、と。
 この問題について、パウエル米国務長官は一〇月一日、フセイン政権の大量破壊兵器について「彼が備蓄を持っていなかったことを知った」と明言している。
 フセイン政権は昨年三月のブッシュによる侵略戦争開始時には、大量破壊兵器を持っていなかった。これは、イラク戦争開始についてのブッシュ政権の主張を完全に否定するものである。
 もう一つの開戦理由となっていたフセイン政権とオサマ・ビン・ラディンのアル・カイダとの関係はどうか。
 一〇月四日、ラムズフェルド米国防長官は、フセイン政権とアル・カイダとの関係について「両者を結び付ける固い証拠は見たことがない」と述べた。ところが、ラムズフェルドは同日夜になって「発言は誤解で、両者には関係がある」という声明を発表して、発言を撤回した。すでに超党派の調査委員会は、「関係なし」の結論を出しているが、国防長官の発言、そのブレは、この開戦理由についてもブッシュ政権が守りに追い込まれていることを物語るものとなっている。
 ところが、大量破壊兵器の存在を公式に否定する調査団の報告について、ブッシュは、フセインは大量破壊兵器を製造するための知識・手段、意図を持ち続けていた、大量破壊兵器は存在しなかったかも知れないがフセインの脅威はあった、またフセインが大量破壊兵器に関する情報をテロ組織に引き渡す可能性があった、「フセインは無類の脅威であり、米国の不倶戴天の敵」だったとして、イラク戦争の正当性を主張した。
 だが、世界世論の反対を押し切って戦争を発動し、イラク市民に多大の犠牲を与えているブッシュ政権にとっては、開戦の根拠が「デマ」であったということは致命的な打撃である。
 小泉政権も大変な事態に直面している。
 小泉は、ブッシュに追随して、大量破壊兵器は「いずれ発見される」などという発言を繰り返してきた。開戦時にフセイン政権が大量破壊兵器を保有していなかったことが明らかになった一〇月七日時点でも、戦争の原因は旧フセイン政権が国連の査察を拒否したことにあると話をそらして、開戦支持の正当性を改めて強調した。しかし、小泉が「大量破壊兵器があると思っている」との発言を繰り返してきたことは周知の事実だ。細田官房長官も記者会見で「いまのところ、まだ見つかっていない」と言うなど未練がましい態度を取っている。谷川秀善副外相は、報告書と「イラクへの自衛隊派遣やイラク開戦とは別の問題だ」とも言っている。
 小泉政権は、この窮状から脱出するため、開戦の責任はフセインにあるとの論理で突破しようとしているが、小泉政権の開戦支持の判断の是非が問われることは確実だ。臨時国会が一二日に開会されるが、民主党をはじめ野党は、小泉政権のイラク戦争への参戦は、誤った情報に基づく政治判断、そして誤った情報だと判明した後にも開き直る政治姿勢に対する批判を軸に対決を進めようとしている。
 計り知れない人的犠牲、物的・財政的負担をもたらすのが戦争だ。イラク戦争という不正義には、開戦前から全世界の多くの人びとが反対の声をあげた。そして持続的な反戦・反占領の闘いが継続している。
 われわれは、イラク侵略戦争の「大義」がデッチあげだったということが明らかになった情勢で、ブッシュ・小泉の戦争政策に反対する運動を一段と強めて行かなければならない。
 イラク戦争・占領反対、自衛隊のイラクからの即時撤退、日米軍事同盟強化反対、普天間基地撤去、辺野古海上新基地建設阻止の闘いを前進させ、小泉政権打倒にむけ奮闘しよう。


 イラク復興会議に抗議し、占領軍の即時撤退を

       
WORLD PEACE NOWが記者会見

 一〇月一三〜一四日に東京で、イラク復興会議が開催される。
 東京では、信託基金に資金を拠出している国と基金の運営をする国連や世界銀行による第三回イラク復興信託基金ドナー委員会会合、それと同時にドイツ、フランス、ロシア、アラブ諸国など将来的に資金を提供し得る国ぐにを集めた拡大会合が開かれる。
 しかし、この復興会議なるものは、米英軍による占領とイラク・かいらい政権を前提としたものであり、「復興」の名のもとに、アメリカ・ブッシュ政権とその追随者たちによる戦争・占領を側面から援護することにしかならない。

 一〇月八日、国会議員会館で、WORLD PEACE NOW実行委員会によるイラク復興支援会議にかんする記者会見が行われた。
 はじめに、WPN実行委員の高田健さんが発言。
 WPNは昨年の開戦前から若い人たちを中心に反対の運動を持続的に取り組んだ。イラクに大量破壊兵器はなかったことが明らかになったにもかかわらず、小泉首相は自衛隊を撤退させようとしない。しかし、このままではイラクに残っているのは米軍と自衛隊だけになってしまうということもおきかねない。私たちは復興会議に参加する各国の代表に戦争に反対する日本の市民の声を届けたいと思っている。だが、未だに、会議場も発表されていない。テロを口実にしているが、この会議は市民や社会から隠れたぶざま会議と言うべきだ。WPNは一三日に復興会議に対して要請文を渡すとともに意見発表やパフォーマンスの行動を行う。
 WPNの声明が紹介され、ジャーナリストの志葉玲さん、ATTAC・Japanの、秋本陽子さんが発言した。
 
イラク復興信託基金ドナー会議のあり方に抗議し、占領軍の即時撤退を求める声明(要旨)

 ……この東京会合は、総額で約三二〇億ドル(約三兆五、〇〇〇億円)に達する巨額なイラク復興資金を使って、侵略戦争を合法化し、米国をはじめとする占領国側の中東地域支配を固め、その利益を追求しようとするものです。国際社会は、国連による法の支配の回復を通じて、占領軍の即時撤退を実行させ、広範なイラクの人びとを真に代表しうる独立した民主主義的なイラク国家の形成というイラクの人たちの願いへの障害を取り除き、その上でイラク人びとの対話を通じて、イラク社会・経済の復興に貢献すべきです。
 この復興信託基金ドナー会議において日本が議長国をつとめていることは、日本が米国のイラク侵略へ一歩進んで加担することを表すばかりでなく、米国を始めとする外国によるイラクの人たちへの支配に、経済的、人的側面でさらに積極的に一体化する姿勢の表明に他なりません。日本政府は、まず米国のイラク侵略への支持を撤回し、「多国籍軍」の一部となった自衛隊をイラクから即時撤退させなければなりません。さらに日本政府は、イラクを破壊し、夥しいイラクの一般の人たちを殺戮してきた占領軍の一員として、イラクの戦争被害者と物的被害にたいして賠償する責任をとらなければなりません。復興支援はそこから始まると考えます。

 WORLD PEACE NOW実行委員会


横須賀を原子力空母の母港にするな

       
反対集会に三八〇〇人

 神奈川県の横須賀港には、アメリカ海軍の基地がある。一九七三年には、空母ミッドウェーがはじめて積須賀を母港にし、その後、インディベンデンス、キテイーホークと配備が続いているが、ミツドウェーはベトナム戦争に、インデイペンデンスは湾岸戦争に、キティーホークはイラク戦争に参加するなど、横須賀はアジア・中東への出撃拠点となっている。
 現在配備されているキティーホークは通常動力の航空母艦だが、老朽化のために二〇〇八年に退役し、後継艦として、原子力空母が配備されようとしている。

 一〇月二日、横須賀ヴエルニー公園で、「普天間基地無条件返還、辺野古代替基地建設反対、日米地位協定改定、在日米軍基地強化反対」をスローガンにして「原子力空母横須賀母港化を許さない 10・2全国集会」(主催・原子力空母横須賀母港化を許さない全国連絡会)が開かれ、地元神奈川県を中心に全国から三六団体、三八〇〇人が参加した。
 集会は、はじめに宇野峰雪・全国連絡会共同代表が主催者あいさつ。横須賀が空母ミッドウェーの母港となってから三二年になる。当初三年だけと言っていたがこんなにも長くなった。今度また原子力空母を認めたら、三〇年、五〇年、一〇〇年と居座るに違いない。原子力空母の横須賀母港化は断じて許すことはできず、何としてもとめなければならない。今日の集会をスタートにしてみなさんの力を合わせて二〇〇八年母港化をやめさせよう。
 つづく沖縄からのアピールでは、山城博治・沖縄平和運動センター事務局長が、沖縄米軍基地の撤去、とりわけ辺野古海上新基地建設反対運動の状況の報告と沖縄の闘争への全国的な支援を訴えた。
 横須賀からアピールは、呉東正彦・原子力空母横須賀母港化を考える市民の会共同代表。家族・子どもたちが幸せに暮らすこと、それが私たちの願いだ。しかし、いまそれができなくなるような動きが多くなってきている。原子力空母横須賀母港化はアメリカの利益のために私たちの生活を破壊するものだ。原子力艦船は海上に原子力発電所を走らせているようなものだが、原発よりいっそう危険だ。原発は、安全が重視されていることになっているが、原子力艦船は、軍事性が優先され安全面がおろそかにされる。原発でも事故が頻発しているのに、原子力艦船が安全なわけはない。その事故は大きな災害をもたらす。首都圏での事故では何百万、何千万という人びとが犠牲になる。この問題は生命にかかわる問題だ。私たち一人ひとりに脅威となる問題であり、原子力空母母港化を絶対に許してはならない。
 つづいて政党あいさつ。
 民主党衆議院議員の稲見哲男さん、社民党参議院議員の又市征治さん、神奈川ネットワーク運動の県会議員の仙田みどりさんが、母港化反対運動の前進にむけてともにたたかう決意を表明した。
 原子力資料情報室沢井正子さんが、原発、原子力艦船の危険性について報告した。
 アジア太平洋平和フォーラムなどの連帯あいさつがあり、小泉首相、町村外相、べーカー駐日米国大使にあてた「原子力航空母艦の横須賀母港化に反対し、在日米軍基地の縮小・撒去を求める申し入れ」文(別掲)が提起され、拍手で確認された。
 集会を終わって、デモ行進に出発し、途中、米海軍横須賀基地正門前では、母港化阻止、米軍基地撤去のシュプレヒコールをあげた。

 * * * *

 原子力航空母艦の横須賀母港化に反対し、在日米軍基地の縮小・撒去を求める申し入れ(要旨)


 横須賀港には米海軍の基地が置かれ、航空母艦キティーホークが母港としています。キティーホクは二〇〇八年に退役しますが、米太平洋軍司令官は三月三一日の米下院議会公聴会で「最も能力の高い空母が交代で配傭されることを期待している」と証言しました。後継艦として、原子力空母の配備を示唆したものと考えられます。地上の原子発電所と比べても、狭い船内に原子炉を積み込む原子力艦船は構造上危険です。横須賀港に原子力空母が配備されれば、東京湾に原子力発電所が建設されること以上の事故・放射能漏れの危険性を、関東一円の人びとが背負うことになります。また空母艦載機は、厚木基地を使用しています。一九七三年の空母ミッドウェー配備以来、厚木基地周辺の市民は、騒音や事故による被害を受け続けてきました。市民の生活を侵害し、生命を危険に陥れる、横須賀港への原子力空母配備に、私たちは反対します。同時に、横須賀港からの空母の撤退を求めます。
 ……(中略)……
 米軍は在外米軍の変革・再編(トランスフォーメーション)を進めています。ヨーロッパ、韓国の米軍は削減されますが、在日米軍は増強されています。このままでは日本は、米軍が紛争に介入する際の中継基地となってしまうでしょう。市民の生活や生命は、脅かされ続けてしまうのです。
 以上のことに鑑み、私たちは、以下の事項を申し入れます。

  記

 一、横須賀港に原子力空母を配傭しないこと。
 二、横須賀港の空母母港使用を中止すること。
 三、普天間基地を即時返還すること。
 四、名護市辺野古での代替基地建設は行わないこと。
 五、低空飛行訓練や夜間発着訓練など、危険で市民生活に被害を与える訓練は、中止すること。
 六、在日米軍基地を縮小・撒去すること。


うつぞ鉄建!リストラの原点を暴く

 政府・旧国鉄とJRに不当労働行為責任をとらせ、国鉄労働者一〇四七名の解雇撤回とJR復帰を実現する裁判である鉄建公団訴訟は、この秋から来年春にかけて最大・最終の山場に突入する。
 
 一〇月六日、東京・中野ゼロ小ホールで、「うつぞ鉄建!リストラの原点を暴く総決起集会」が開かれた。
 主催者を代表して二瓶久勝共闘会議議長があいさつ。
 国鉄闘争はきわめて重要な段階に入った。鉄建公団訴訟は個別立証に入り、今年中にも判決がでるかも知れない。共闘会議は昨日の幹事会で当面の課題を決めた。第一には、裁判闘争でわれわれの正しさを立証するとともに、大衆運動でこれを支援する闘いに取り組むことだ。第二に、一〇四七名全体の統一をかち取ることだ。三〇〇名の原告団、まだ訴訟に参加していない闘争団、全動労争議団、千葉動労争議団の統一を実現し、訴訟をやろうとしていない国労本部をも巻き込んでいくことをめざして闘う。第三に、この闘いのために資金カンパ集中させることだ。第四に、国鉄闘争を勝利させて日本労働運動を再生させていくことだ。共闘会議は文字どおり全力あげて闘う。
 基調講演は、鉄建公団訴訟主任弁護人の加藤晋介弁護士。
 八月の国労大会で、本部は鉄建公団訴訟について、「慎重なあつかい」とか「万策つきた時の手段」などという方針を決めた。これは、訴訟に国労本部は入らないと言うことだ。これで鉄建公団側は解決にはのってこない可能性が大きくなった。情勢は非常に厳しいことを覚悟しなければならず、われわれの今後の闘いはまさに「背水の陣」という決意で臨まなければならない。国労本部は「うって出ない」とは言っていない。われわれの訴訟の判決が出るのを待っているのだ。負ければ、われわれが国鉄闘争を壊したと言い、勝てば、入り込んで来てイニシアチブを取ろうとするだろう。われわれは、いまさら国労本部にあれこれ言うことはない。われわれ自身が闘う、目にもの見せてくれるという心意気で闘うのだ。全動労、千葉動労の争議団とも手を携えて訴訟を拡大していくことが勝利の道筋をつけることだ。われわれの闘いは、単に一〇四七名だけの闘いではない。国鉄の分割・民営化が公共性と安心して暮らせる社会を破壊したということを裁判官と国民に理解させ、貶められた日本社会にたいする反撃の起点を定める闘いであることをもう一度、確認しよう。四党合意で国労本部は道を大きくそれたが、それは国労組織だけが大事というところからきている。国鉄闘争は国労だけの闘いでなく、多くの労働者、労組の支援を受けていた。それに対する裏切りが行われた。われわれは、こうした大国労主義の驕りによる誤りを絶対に繰り返さない。国労組合の歌に「正しい心と赤い血で」とある。われわれは、この最後のチャンスに総力を上げよう。
 つづいて、昭和シェル労働組合の滝中央執行委員と全動労争議団の渡部副団長が連帯あいさつ。
 田中哲朗さんのコンサートにつづいて、宮坂要元国労本部書記長をはじめ原告証人が決意表明を行った。
 最後に、闘争団が壇上に上がり団結ガンバローで、これからの闘いの意思一致を行った。


胎動する韓国社会と労働運動の「いま」

 一〇月一日、東京・後楽園会館で「胎動する韓国社会と労働運動の『いま』」(主催・実行委員会、後援・東京全労協)が開かれた。
 集会では、韓国の民主労総の劉徳相(ユ・ドクサン)元副委員長・公共部門労組代表者会議委員長が講演し、韓国労働運動の歴史を報告するとともに、新自由主義との闘いについて次のように述べた。た。
 現在、新自由主義という怪物が労働者の前に立ちはだかっている。
 金泳三大統領の時に、労働者は賃上げを求めて闘った。一九九五年五月のことだが、金大統領は「労働者のストは国家を転覆させるものだ」といい大弾圧を加えた。私は韓国通信労組の委員長だったが、その時逮捕されて、大変「有名」になった。サイン攻めにあったこともたびたびだった。一九九六年暮れには、金泳三は新自由主義の労働法を強行採決し、労働者はストライキに入り、九七年三月までつづき、延べ三五〇万人が参加した。そして労働法の再改正をかち取った。この闘いで労働運動は韓国社会の中で基盤をつくった。かつては労働者であることが恥ずかしいことと思われていたが、社会の主人公としての誇りをもって闘い抜いた。
しかし、その後のアジア経済危機のなかで、グローバリゼーション、新自由主義の時代にはいると、労働者にとっての状況は急速に悪化した。資本の危機が労働者の危機へ、そして底辺民衆の危機へと波及していっている。一九九八年からは労働者は塗炭の苦しみを強いられている。中間層が縮小し、二割りの持てるものと、八割の持たざるものへと社会が分解している。そして、解雇、非正規雇用が増え、ストもできないような状況がつくられていった。
 かつて社会主義運動、労働運動が強かった時は、労働者の生活が改善され、福祉国家の時代とも呼ばれた。資本は苦境に立たされ、反転攻勢を狙っていた。それがグローバリゼーション、新自由主義となって実現された。いま資本のポイントは雇用の削減ということだ。資本にとって一番いいのは労働者の解雇だ。生産をやめて金融資本主義となって株や為替で手っとり早く金を儲けることだ。
 こうした資本に立ち向かうために一国的ではなく、国際連帯で闘い抜くことこそが求められている。


日米同盟のもと本格的で全面的な帝国主義への飛躍をねらう戦略計画書

  
安全保障と防衛力に関する懇談会報告書「未来への安全保障・防衛力ビジョン」批判 …… @

海外でのすべての紛争に「国益」掲げて自衛隊派兵を提唱

                                           
佐藤 史朗

【はじめに】

 小泉首相の私的諮問機関である「安全保障と防衛力に関する懇談会」は一〇月四日、首相に報告書を提出した。報告書A4版四八ページにのぼる膨大なもので、加えて米国にいち早く報告したいといわんばかりに英文版五三ページと合わせて冊子になっている。
 この懇談会は本年二月に設置されたもので、座長は荒木浩東京電力顧問、座長代理は張富士夫トヨタ自動車社長、メンバーは五百旗頭真神戸大教授、佐藤謙元防衛事務次官、田中明彦東大教授、西山徹也元統合幕僚会議議長、樋渡由美上智大教授、古川貞二郎元官房副長官、柳井俊二前駐米大使、山崎正和東亜大学長である。
 いずれも名うての防衛族や右派論客であり、財界と自衛隊制服組の意向を反映するに好都合な人選であった。
 「二〇〇一年九月十一日、安全保障に関する二十一世紀が始まった」という文言で書き出すこの防衛懇報告書が持つ意味は、尋常なレポートではない。報告書は、海外のすべての紛争に自衛隊を派遣することが「国益」にかなうと提言しているのである。これは今後の国政の方向に重大な影響を与えるものであり、日本帝国主義の歴史にあっても画期をなすものとなるにちがいない。
 報告書は二〇世紀最後の一〇年を経て、世界の唯一の超大国となった米帝国主義が行う反テロを大義名分にした先制攻撃戦略、およびグローバリズムにもとづく新たな国際軍事戦略に、日本の支配層があくまで追従し、その下で国際的レベルでの任務分担を行おうとするものである。そしてこれによって、自らもまた世界的規模における帝国主義的な野望を実現しようとするものである。
 あえて言えば、これはブレアの英国型帝国主義に似た、「従者の覇権」の道を進もうとするものである。
 この点で憲法九条など平和憲法の縛りと日米安保体制の併存の戦後体制の下で、自前の国際的な軍事戦略をもてないという従来の日本帝国主義の特殊な状況(敗戦帝国主義状況)を突破し、米国の戦略を前提とし、それに追従する形ではありながらも、名実共に「普通の国」=帝国主義国家として国益を追求するための国際軍事戦略を確立しようとする野望に満ちたビジョン=「未来への安全保障・防衛力ビジョン」である。
 これはまさに憲法の破壊であり、戦後日本帝国主義体制の清算を企てるものである。報告の終章が「さらに進めるべき課題〜憲法問題」としているのはまさにこのことを意味している。
 このような危険な「報告」を絶対に許してはならない。この「報告」を暴露し、広めることは緊急の課題である。

【基盤的防衛力整備構想の放棄と「多機能弾力的防衛力」整備構想、新防衛計画の大綱策定へ】

 報告書を貫いている基本的な立場は、ブッシュ政権の「テロとの戦い」を軸とした安全保障戦略への積極的呼応である。
 「報告書」は先に引用したように「二〇〇一年九月十一日、安全保障に関する二十一世紀が始まった」で始まることにより、この時代認識を前提にして、従来の日本帝国主義の軍事戦略の「転換」の必要性を強調する。つまり「超大国米国の中枢部が、国家ならぬテロリストによって攻撃にさらされ、戦争にも匹敵する大被害を被った。国家からの脅威のみを安全保障の主要な課題と考えていればよい時代は、過去のものとなった。もはやテロリストや国際犯罪集団などの非国家主体からの脅威を正面から考慮しない安全保障政策は成り立たない」という主張が、「転換」の切り札の役割を果たしている。
 「報告」では、これが客観的な分析の上で主張される「路線転換」ですらなく、極めて恣意的な状況認識にもとづいて主張されている。その誤りはブッシュ大統領を取り巻くネオコンと軍事覇権主義者による米国政府のアフガン、イラク攻撃キャンペーンと、今日におけるその破産を見れば明らかである。「報告」はすでに破産が証明されつつあるブッシュ米国大統領の戦略に、これまでのブレア英国政権のごとく追従しようとしている。
 その上で、「報告」は従来の防衛大綱の基本路線=「基盤的防衛力」構想にかわる新たな日本の「統合的安全保障戦略」として、@日本防衛、A国際的安全保障環境の改善という「二つの目標」をあげ、その変更を迫っている。
 第一の「日本防衛」に関しては、まず東アジア地域に特徴的な安全保障問題として、二つの核兵器国(ロシアと中国)と核兵器開発を断念していない国(北朝鮮)が存在していると指摘する。これに対応するのが一九七六年の防衛大綱以来の「基盤的防衛力」構想であったが、「報告」は「冷戦後十数年を経て、日本に対する本格的な武力侵攻の可能性は大幅に低下している」と判断している。この戦略観は従来でも防衛白書などにも登場してきた立場であるが、それをここで確認しようとしている。しかし、これを確認すれば日本の軍事力強化の必要性がなくなる。
 そのために「テロリストなどの非国家主体による攻撃は従来の国家間の抑止という概念ではとらえにくい脅威が深刻になった」というのである。そこで「基盤的防衛力」構想の見直しとあらたに「報告」が提唱する安全保障概念=「多機能弾力的防衛力」整備への転換が主張されている。
 そしてさらに報告は「日本への直接的な脅威に対処するための自助努力は、自衛隊のみが行うものではない。日本全体で総力をあげて行う防衛活動である」として、従来の平和主義の影響による「国民の防衛への非協力」傾向を克服して、国家総動員態勢による日本防衛を主張しているのである。合わせて「情報収集・分析能力の恒常をベースに政府の危機管理体制を確立する必要がある」などと指摘している。
 有事法制論議のときにはおずおずと主張されていたことが、もはや「防衛懇談会報告」ではあからさまに展開されている。
 引きつづき自衛隊を強化し、海上保安庁や警察との協働と治安担当能力の向上、地方自治体を含む公的組織の協力、さらに民間の協力が必要だなどと総力戦による日本防衛を主張しているのである。これこそ私たちがその危険性を指摘してきた有事法制が目指す国家総動員態勢である。

【新たな対外的軍事戦略の確立を目指す「国際的安全保障環境による脅威の予防」論】

 今回の「報告」の特徴は日本の国際軍事戦略を明確に打ち出したところにある。それは海外派兵を「国益」の名の下に正当化し、自衛隊の本来任務に格上げするものであり、現行自衛隊法にある考え方の根本的な転換である。
「報告」は自衛隊法が「自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略および間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とする」としている点、この自衛隊の基本任務の考え方を転換しようとしているのである。
 これは従来の国政における保守本流派が主張してきた「専守防衛」論のしばりからの解除を狙うものである。これは日米安保体制の下で、解釈改憲を積み重ね、「非核・軽武装」による専守防衛論のもとで日本の経済成長を遂げるという路線の清算の主張である。これが保守本領に代わる中曽根→森→小泉などにいたる新自由主義、新国家主義路線に呼応して主張されているのである。
 「報告」はこの立場から一九九〇年代以来の自衛隊による「国際平和協力活動」を再定義し、当初は「自衛隊の本来任務とは異なるもの」としていたが、実はこれらの活動は「まさに『国際的安全保障環境の改善による脅威の予防』という目標のために行われてきたと見るべきだ。このような変化は公式の戦略や政策に反映されなければならない」と意義付けの転換、再定義を主張している。
 湾岸戦争、カンボジア派兵、いくつものPKO派兵、そしてアフガン特措法派兵、イラク特措法派兵は、日本による「国際協力」という意味にとどまらず、実は日本のために「国際的安全保障環境の改善による脅威の予防」を進めてきたものだったという論理が公然と登場したのである。「国益」のための海外派兵であったというのである。
 これはこの間、財界が対外進出と海外での経済活動の拡大の中で主張してきたことである。かつて日本帝国主義は「満蒙は日本の生命線だ」などとして、朝鮮・中国に対する軍事侵略を国家の防衛のためのものだとした。いまブッシュ米国大統領は自国の安全は自国が守ると言う旗印を掲げて、アフガンを攻撃し、イラクを攻撃したのである。「報告」は日本もこの論理を公然と採用しようと提言したのである。
 「報告」は「日本が行ってきた二国間の開発援助は、多くの国々の国づくりに役立ち、……実質的にわが国の安全保障に寄与してきた」などとして、経済的・文化的・軍事的なさまざまな対外活動が「実は間接的に安全保障につながる役割を果たしていることを認識すべき」だと説いているのである。そして「日本は資源・エネルギーの大半を海外に依存しているため、中東から南西アジア、東南アジアを経て、北東アジアに到地域が不安定化したり、そこを通る海上交通路が脅かされたりすれば深刻な被害を被る」として、この地域における外交活動、経済活動の活発化を主張している。
 別様に考えれば、この報告の指摘は、従来、われわれがその帝国主義的な危険性を指摘してきたことを、支配層自らが積極的に主張していると言うことでもある。
 日本帝国主義の対外活動はここまで来たのである。小泉内閣の危険性は極めて露わになってきた。(つづく)


辺野古沖新基地建設反対

    ボーリング調査阻止行動への支援カンパを


 沖縄・辺野古への海上基地建設のためのボーリング調査が強行されている。
 調査作業は陸と海から新入してきている。陸上の進入路は座り込みによって阻止しているが、海上では抗議船が調査を阻止するためのせめぎ合いが続いる。
 「ヘリ基地反対協」は、この闘いに勝利するために全国にカンパ呼びかけている。

 《《 ヘリ基地反対協議会の呼びかけ文 》》

 名護市辺野古沖への新基地建設反対、ボーリング調査阻止行動への支援カンパを呼びかけます
 九月九日、那覇防衛施設局は辺野古漁港前での座込み現場から逃げ出し、南部の漁港から調査船を出港させ施設局職員と調査業者を米軍キャンプシュワーブからひそかに乗り込ませ潜水調査を強行実施しました。
 施設局の県民を頭越しにした無謀な調査強行を絶対に許すわけにはいきません。辺野古現地では座込み行動は九月一九日で、六ヵ月目に突入し、ボートやカヌーによる海上での阻止行動が連日闘われています。
 反対協では、闘いの長期化に備え漁船のチャーターを増やし、より有効な海上阻止行動を計画しています。
 全国の皆さんに、海上阻止行動のための漁船チャーター資金カンパを訴えます。私たちは全国的支援によって闘いは必ず勝利すると確信し闘い続けています。心からの支援を呼びかけいたします。

 ヘリ基地反対協議会(海上ヘリ基地建設反対・平和と名護市政民主化を求める協議会)
 代表委員 安次富浩、大西照雄、又吉秀夫、宮城幸

  * * * *

 カンパ先……ヘリ基地反対協議会
 カンパ方法……郵便振込み
 郵便振替番号……01700―7―66142
 加入者名……ヘリ基地反対協議会
 住所……沖縄県名護市大西5―5―6 電話0980(53)6992


共謀罪新設法案を阻止しよう!

 臨時国会で共謀罪新設法案が論議・可決されようとしている。
 この法律は、「犯罪の国際化及び組織化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」として、二〇〇三年三月にはじめて国会に提出された。言論・表現の自由を侵害するこの法律は市民・労働組合・法律家などからの強い反対を巻き起こした。その後、衆議院は解散して一度は廃案になった。それが、今年の二月の通常国会に再び提出された。今度は「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」として、「サイバー犯罪条約」にも対応するとして、@通信履歴の保全要請の新設、A不正指令電磁的記録作成・取得罪の新設、Bネットワークを介したデータ差し押さえなど警察の権限がいっそう拡大されたものになっている。現在、継続審議となっていて、この臨時国会で立法化の動きが強まっている。

 一〇月一日、文京区民センターで、「話し合うことが罪になる! 10・1共謀罪に反対する市民の集い」が開かれた。

 集会では、海渡雄一弁護士(日弁連国際刑事立法対策委員会副委員長)が、「究極の処罰の早期化・共謀罪にストヅプをかけよう」と題してつぎのように報告を行った。
 二〇〇三年春に国会に提案された共謀罪は、提案から一年半を径過した。これまでは、刑務所での虐待問題や司法改革によって法務委員会の審議日程が逼迫する中で、審議入りすることなく経過してきたが、この秋の臨時国会で焦点になろうとしている。
 犯罪には、@共謀(犯罪の合意)、A予備(具体的な準備)、B未遂(犯罪の実行の着手)、C既遂(犯罪の結果の発生)の四段階がある。これまでは、殺人罪や強盗罪、爆弾関係のごくかぎられた重大犯罪だけに「予備罪」というものが適用されてきた。また、これまでも「共謀」を罪に問う場合があった。「共謀共同正犯」というのがある。それでも、処罰のためには少なくとも犯罪の実行が着手されていることが必要だ。共謀罪は「共謀共同正犯」とは違う。「共謀共同正犯」では処罰のためには少なくとも犯罪の実行が着手されていることが必要だったが、「共謀罪」は、合計五〇〇を超える、長期四年以上の刑期を定めるすべての犯罪について、同じ団体の構成員が合意しさえすれば、犯罪の合意だけで共謀罪が成立するとしている。結果が発生することはおろか、電話を掛けるとか凶器を買うなどの準備行為に取りかかることすら必要ないのである。
 しかし共謀罪では、予備罪より以前に、ただ「話し合った」だけで罪になってしまうのだ。犯罪の前倒しだ。
 なぜ、いま共謀罪なのかと言えば、法務省は、二〇〇〇年末に国連総会で採択された越境組織犯罪防止条約の国内法化のためだとしている。この条約は、マフィアなどの国境を越える組織犯罪集団の犯罪を効果的に防止することを目的に起草されたものだが、法務省が提案している法案は、この条約が求める範囲をはるかに超えている。法案には越境性の要件はなく、また団体に組織犯罪集団という限定もないのだ
 それでは、共謀罪が適用されるとどうなるのか。例を上げてみよう。会杜でもNPO法人でもどんな「団体」でもよいが、その同じ団体に属するAとBがRを「やってしまおう」と合意したとする。こうした会話はあいまいで多義的なものであることが大部分だ。しかし、捜査機関はAとBにはこの段階で殺人、傷害などのいずれかの共謀罪が成立すると考えるだろう。Bがこの会話の録音テープを持って警察に出頭すればBは刑を減免されることが法案に定められている。Aは何の準備も始めていなくても逮捕され、Bが「やる」というのは「殺る」の意味でしたといえば五年以下の懲役刑に、傷害の合意であると説明すれば二年以下の刑に処せられることとなる。Aが裁判でこの会話が単なる冗談であったと主張しても、Bが検察官側の証人として法建に出廷して、「Aは真剣で本当に殺害する意味に私は理解しました」と証言すればおそらくAの主張は認められないだろう。
 共謀罪が尊入されれば、犯罪の捜査のあり方が一変する。共謀罪では人びとの会話や電話・メールの内容そのものが犯罪とされてしまう。盗聴法の適用範囲の拡大、室内盗聴の導入、サイバー犯罪条約で導入が提案されているメールのリアルタイム傍受などが次々に提案されたり、市民団体へのスパイの潜入も日常化するだろう。いま、ほとんどの街の主な街灯に監視カメラが設置され始めているが、このカメラに人間の顔の認識システムを装備し、それと高性能マイクが連動したら、街頭の会話からも共謀罪が立証できるということになる。
 警察権力が市民生活の隅々にまで入り込み、密告が奨励されるような社会の到来を防ぐため、日弁連は共謀罪の導入に強く反対してきた。日弁連は、専門のワーキンググループの立ち上げを決め、各地の弁護士会での取り組みも強化していくことになっている。国会では、共産党と社民党は反対しているが、最大野党の民主党は党内に弁護士を中心に強い反対意見がありながら、党としての見解をまとめるに至っていない。しかし民主党は盗聴法の時には頑張った。いまは自民党と対決姿勢をしめすためにも法案反対にまわることも考えられる。労働組合も平和フォーラムなどに結集するところは反対の立場を明らかにしている。宗教団体でも、公明党・創価学会と対立する立正佼正会などは反対運動に熱心だ。
 共謀罪は民主主義と相容れない「超監視社会」の入り口だ。共謀罪反対の声は強まってきているが、これまでよりも一回り大きく広げ、自民・民主二大政党化の今の国会の状況の中でも、勝負になる闘いを組んでいこう。

 海渡弁護士の報告に続いて、パロディストのマッド・アマノさんが「表現の自由と監視」をテーマに話した。


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  クマの被害はなぜ多い その対策要項


 今年はクマの被害報道がいつになく多いのが気になる。特に東北各県、新潟や福井、富山、石川など北陸地方に多いようだ。おそらく推定出没件数は一〇〇〇件、人間がけがをした件数は一〇〇件近くにのぼるのではないか。これらはツキノワグマで、日本にはほかに北海道にヒグマがいる。ツキノワの成獣は身長一メートル、体重七〜八〇キロになる。とくに秋は冬眠の準備で栄養を蓄えるために、エサ探しに熱中する。ブドウやドングリは大好物。木登りは上手だから、枝に載ってブドウの蔓を引っ張って食べるらしい。
 普段は人里には出てこないが、秋、 冬眠の準備のエサさがしに熱中すると、柿や栗を食べに里山から降りてくる。人びとが被害に遭うのはこうした場合と、人のほうが山に入って遭遇する場合がある。
 夏の繁殖期はクマが活発に動き回るので人が山に入ると遭遇する場合がある。かつてしばしば訪ねた尾瀬ヶ原では、東電小屋の付近でよく熊に出くわして驚いたという話がある。子を連れた母クマも驚いたに違いないのだが。
 子どもの頃は、熊に出会ったら死んだふりをすればいいということを信じていた。息を止めて、クマがくすぐるのに耐え、笑ってはならないと思っていた。これは大間違い。こんなことをしたら大けがをするだけだ。
 そこで、クマに遭遇したら、どうするか、参考までに書くことにする。
 筆者は山ではカウベル(クマ用鈴)をつけて歩く。この音は疲れた体をリズミカルに激励する意味でも役立つし、なによりクマに「人間が来たよ、近づかないで」というサインだ。ラジオの音をつけっぱなしにするのもいいと聞く。しゃべりながら歩くとよいという人もいるが、山では興ざめでおすすめできない。クマは耳がよいから、遠ざかる。クマのほうから人を襲うために近づくことはない。これにまさるクマ対策はない。
 遠くでクマを見たら、こちらから近づかないことだ。写真を撮ろうなどとしてはならない。子熊でも近づかないことだ、近くに必ず親がいる。
 二〇メートル以内のような近くで遭ってしまったら(筆者はこの経験がない)、一目散に逃げてはならない。クマから目を離さず、静かに後ずさりする。向こうがじっとしていれば刺激してはならない。
 攻撃されたら(筆者は経験なし)杖でも棒でも使って反撃するしかない。しかし、この場合はけがは避けられない。頭や頸動脈が狙われる。ここを最大限気をつける(なんともこわい話だが)。
 それはそうと、なぜ、今年はこんなに頻繁にクマが出るのか。
 第一に異常気象が考えられる。この夏の猛暑と雨不足で山の果実や木の実が不作だったし、好物のハチや蟻の繁殖も不調だった。それらに山の果実の不作の周期が重なったようだ。加えて本州を何度も襲っている台風で、木の実や果物が熟さないうちに墜ちてしまったのだ。要するに凶作だ。
 第二には人間が開発などでクマの生息地を荒らしてしまったことだ。まあ、とにかくやりすぎだ。あるいはジュースを山に捨てたり、残飯を捨てたりした結果、人間の食べ物の味を憶えてしまったこともある。人間が棲み分けを破ったのだ。
 クマの出没はこうして人間の行為にも由来するのだから、人里に出てきたからといって、猟友会がすぐ追いかけまわして射殺してしまうのはどうだろうか。大変でも生きて捕獲し、奥山まで運んで放つ(奥山放獣)べきだろう。危険を知ったクマは再びおりてくることはないだろうから。 (T)