人民新報 ・ 第1161 号<統合254号>(2005年3月15日)
目次
● 世界各地でNO WAR の声をあげよう WORLD
PEACE NOW 3・19行動の成功を
● 3月19日に向けWPNが記者発表
● 鉄建公団訴訟が結審 判決は9月15日に 勝利かち取る運動の前進を
● 国労東京委員長が鉄建訴訟を妨害
● 3・8国際女性デー(北海道・釧路) 高遠菜穂子さんが講演「イラクの惨状を語る」
● 辺野古沖新基地阻止へ 「もう駄目なんだろう
」と小泉
● 外国人労働者の雇用・権利確立を!
関西生コン労組に再び弾圧 権力弾圧に抗して闘いぬこう!
● 東京高裁も「横浜事件」の再審開始を決定
● 図書紹介 / 増田弘著 「自衛隊の誕生 日本の再軍備とアメリカ」
● KODAMA / 新日本文学会が解散
● せんりゅう / ゝ 史
● 複眼単眼 / 荒廃の極に達した日本経済
世界各地でNO WAR の声をあげよう
WORLD PEACE NOW 3・19行動の成功を
ブッシュ戦争理由は破綻
アメリカ・ブッシュ政権は、二〇〇一年の9・11事件を契機に「反テロ」戦争を発動し、アフガニスタンを攻撃し、次いでイラクに襲いかかった。イラク戦争に際して、ブッシュ政権は、フセイン政権は大量破壊兵器を保有し、それを使う時期が切迫していること、またアルカーイダと関係がありテロリストを支援しているとし、大量破壊兵器使用阻止を最大の「大義」とし、世界の反戦の声と多くの国々の反対を押し切り、国連決議もなく開戦を強行した。
だが、現在、ブッシュの掲げたイラク攻撃の口実はすべて明白に否定された。そして、アメリカの政権中枢にいた多数の人物からも、9・11事件の前から、すでにイラク攻撃のシナリオが存在していたことが暴露されている。今日、ブッシュの戦争が石油という戦略物資の産出する中東地域をアメリカの支配下におき、世界覇権を一段と強化させるためのものであったことは多くの人の知るところとなっている。イラク戦争はまったくのアメリカの利益のためになされたものだったのである。
にもかかわらず、ブッシュはイラク占領をつづけ、イラン・シリアなどにも攻撃を拡大させようとしている。しかも、アメリカはフセイン政権が崩壊すればイラク戦争は短期に終結すると意図していたのに、米英占領軍にたいするイラク民衆の闘いは継続し、さまざまな武装勢力もイラク国内に流入するなど、長期戦争の状況になった。
泥沼に陥るブッシュ
一月二〇日、ブッシュは第二期政権をスタートさせた。それは、「圧制の打破」「自由の拡大」を叫び、イラク、イラン、北朝鮮だけでなくより多くの国を敵としてあげ以前にも増して横暴な世界支配の強権政治をごり押ししようとしている。しかし、アメリカをめぐる状況にはきわめてきびしいものがある。世界支配の野望とは裏腹に、アメリカ自身の経済が直面する事態はそれこそ危機的なものといってよい。財政赤字と貿易赤字は膨大なものとなり、ドル安傾向は強まり、暴落の危機さえ言われはじめた。
イラクの情勢は一月下旬の暫定国民選挙以降も、米占領軍に対する反撃はすこしも減ることはなく、いっそう混迷と内戦状況を強めている。これにたいして、アメリカ軍は武装テロ勢力殲滅を口実に多くのイラクの人びとの虐殺を継続している。米兵の死傷者も増えつづけて死者は一五〇〇名をこえた。さきごろ発表されたイラク派兵米兵の自殺率はベトナム戦争のそれを上回った。米国内での厭戦気分は徐々にひろがり、ブッシュのイラク戦争政策にたいする支持は大幅に減少している。米陸軍の新兵募集も目標数を大幅に下回っている。ブッシュのヨーロッパ訪問でも米欧関係はいっこうに「改善」される状況にはない。それどころではない。イラク武装勢力に拘束され解放されたイタリア人記者スグレーナさんたちの乗った車が米軍に射撃され、イタリア特殊部隊員が殺されスグレーナさんも負傷する事件が起こった。このことによって、ブッシュの盟友ベルルスコーニ伊首相は窮地に陥り、イタリアでは反米気運とイラクからの伊軍撤退の声が広がっている。
米軍再編と日米同盟強化
まさにブッシュの「反テロ」戦争は、ブッシュの思惑とは逆に、アメリカ本土を含め世界をいっそう不安定化させ、アメリカは孤立し、各地で拡大する紛争の「泥沼」に足をとられているのである。その中で、ブッシュ政権は世界戦略の立て直しを迫られている。ブッシュは、米支持の二大柱である英、日との同盟関係を強化するとともに、米軍の世界的な再編(トランスフォーメーション)を行おうとしている。その目的は米本土防衛を中心に、東アジアから中東にいたる「不安定な弧」を対象にした海外での展開の調整・強化であるが、ドイツをはじめヨーロッパからの引き上げとアジア重視が特徴としてある。韓国では、在韓米軍の縮小と38度線からの引き離し、日本では陸軍第一軍団司令部のキャンプ座間への移転、空軍では横田・グアムの機能統合などがある。また普天間基地の「代替」と称して新鋭基地建設計画がある。
そして、二月一九日の日米安保協議委員会(2プラス2)は、日米軍事一体化を進め「共通戦略目標」を確認した。そこでは、北朝鮮、そしてあらたに中国を「仮想敵」にすえた。こうして、東アジアにおいては、在日米軍を軸に太平洋米軍の再編と日米軍事同盟強化で、北朝鮮と中国へむけたシフトと「不安定な弧」への出撃拠点づくりがおこなわれている。この在日米軍と自衛隊の共同作戦体制は、安保条約の「極東条項」の範囲をはるかに超えるもので、現行条約そのものの改定が不可欠なものだ。だが、日本政府は現行条約のままアメリカの要求を全面的に受け入れようとしている。アメリカから日本への要求は、ガイドラインなどによって、日本自衛隊がアメリカ軍の展開に緊密に結び付けられてきたが、それが世界的規模のものとなる。「アーミテージ・レポート」などによってあらわされる米政府の対日要求は、日米両軍による「集団的自衛権」行使と改憲として実現されようとしている。すでに小泉政権は、戦争のための有事法制、とくに国民保護法制の具体化によって戦争に反対する民衆の言論・行動を圧殺しようとしている。立川自衛隊官舎への反戦ビラ入れや関西生コン労組への弾圧などが続いている。しかし、弾圧に対する反撃は大きく広がるなど、闘いは各地で着実に展開されている。
沖縄辺野古の闘い
沖縄では、普天間基地代替の名護市辺野古沖新基地建設のためのボーリング調査が現地の陸海にわたる果敢な闘いによって阻止されている。いま、小泉政権も辺野古断念を口にしはじめた。また、米陸軍第一軍団司令部移設が予定されているキャンプ座間を包囲する反対運動がおこるなど日米軍事同盟強化に反対する闘いが各地で前進を遂げた。ラムズフェルド米国防長官は「歓迎されないところには米軍基地はおかない」と言った。昨年九月米軍ヘリ墜落事故をおこした沖縄普天間基地について、日米政府は大規模な反米行動が起こるのを恐れて早期機能移転を画策して、辺野古沖に新基地を建設しようとしたのだが、そこでの反対運動にかれらは後退せざるを得なくなったのだ。いまこそ、全国で米軍基地撤去の運動を展開させるべき時である。
この三月一九〜二〇日に国際的に闘われる反戦行動は、アメリカ・ブッシュ政権とそれに追随する小泉などの戦争と民衆支配に対して、全世界の労働者・市民が断固としたNOの回答をあたえる闘いである。この行動を大きく高揚させることで、イラク占領と中東・北朝鮮などへの戦争の拡大を阻止する力を示しそう。
多くの人びとの参加で国際的な反戦の行動を成功させよう。
WORLD PEACE NOW3・19行動に参加しよう。
3月19日に向けWPNが記者発表
「3月19日、世界はNO WARと言いつづける そして平和はワタシ・タチが創るもの」「終わらせようイラク占領 撤退させよう自衛隊」というスローガンを掲げて、「WORLD PEACE NOW3・19」の国際共同行動が準備されている。すでに、先のポルト・アレグレでのWSF(ワールド・ソーシャル・フォーラム)に参加した各国の市民有志団体(三三カ国)によって、三月一九〜二〇日の国際共同行動が呼びかけられている。日本では昨秋来、WORLD PEACE NOW(WPN)によって三・一九反戦行動が呼びかけられたもの。
三月四日午後、WPNは国会で記者会見を開き、三月一九日の行動の計画と主旨について発表した。
記者会見は市民連絡会の高田健、アジア平和連合の小倉利丸、ピースボートのチョウ・ミス、アジアンスパークの須黒奈緒、フリージャーナリストの志葉玲の各氏が出席した。
小倉氏は今年一月二六〜三一日にブラジルのポルト・アレグレで開催された第五回世界社会フォーラムの反戦運動総会の決議を紹介し、三月一九〜二〇日に日本を含む三三カ国以上でイラク戦争と占領に反対するグローバル行動デーが確認されたことを報告した。特に、この決議の中では沖縄辺野古のたたかいへの連帯と、広島・長崎被爆六〇周年の行動も呼びかけられていることも強調した。
チョウさんは二月二日、東京で開催されたGPPAC東北アジア地域共同宣言運動を紹介し、憲法第9条を掲げた「東京アジェンダ・平和のメカニズム創造に向けて」が採択されたことを紹介し、平和への新しい動きが東北アジアで始まったと述べた。この動きと連携し、ピースボートも3・19に取り組むと報告した。
須黒さんは一九日の行動につづいて、翌二〇日もWPNの主催する若者たちを中心にした「講演と映画」の集いが開かれることを紹介した。
イラク戦争開始から二年になるこの日、札幌、仙台、大阪、広島、福岡、長崎、那覇など全国各地で集会や行動が行われる予定だ。
鉄建公団訴訟が結審 判決は9月15日に
勝利かち取る運動の前進を
鉄建公団訴訟は提訴から三年余り、三月七日に結審をむかえた。一〇時に一〇三号法廷が開廷し、原告側は文字どおり血涙くだる最終陳述を行った。これに対して被告側弁護人は、もう時効だ、こうなったのは原告たちの自己責任だと暴言。そして、裁判長が、判決言い渡しを九月一五日に行うと宣言し、弁論は終わった。判決は予想されていた五月から九月へと大幅に延期された。この時間を活かして勝利へむけての闘いの体制を作り上げなければならない。
昼デモ、駅頭宣伝の行動を終えて、午後六時半から、教育会館大ホールで「報告集会」が開催された。
二瓶久勝・国鉄闘争共闘会議議長が主催者あいさつ。
結審をむかえて共闘会議は戦線の整備をおこない、国鉄闘争勝利に向けて闘う体制をかためた。しかし、国労本部は、訴訟をおこした二二名の処分、生活援助金の凍結、そしてまた闘争団の入っている行動に参加するなとするなど依然として態度を変えていない。しかし、鉄建公団訴訟は、全動労、第二次訴訟、動労千葉が訴訟に参加し、解雇者一〇四七名の統一がかち取られつつある。判決の時期が延びたが、私たちに与えられた時間を使い出来るかぎりの手段・行動で政府・JRを追い込み勝利しよう。そして、国鉄闘争の勝利で日本労働運動の再生を実現しよう。
共闘会議の内田泰博事務局長は、東京地裁民事第36部にむけた「不当労働行為を認め公正な判決を求める五〇万署名運動」の取り組みについて報告した。 北海道・オホーツク連帯する会、西部全労協、闘争団支援関西連絡会、鉄建公団訴訟原告団を支える会(九州)から活動報告があった。
ビデオプレス制作の鉄建訴訟の提訴から結審を迎えるまでを記録したビデオが上映された。
第二部は弁護団が登場。鉄建公団訴訟弁護団の萩尾健太事務局長が、今回の結審まで長いようで短く感じる期間だった、最終準備書面は弁護団が何日も徹夜して書き上げたもので素晴らしいものになったと思っている、と述べた後で、登壇した弁護団の皆さんを紹介した。
弁護団長の佐藤昭夫さんは、裁判では問題点を全部明らかにした、結審後は大衆運動で不当な判決を出させない状況を作ること大事だと述べた。
主任弁護人の加藤晋介弁護士は「鉄建公団訴訟提訴から結審までを振り返って」と題して裁判報告。
訴訟の経過と意義、争点、判決日が伸びた理由の三点にしぼって報告したい。
中労委は不当労働行為があったことを認めた。東京地裁はそのことを否定する判決を出し、それ以降の裁判闘争が闘われてきた。しかし、国労本部は当事者である中労委が裁判で争おうとしているのに、後ろから弾をうつようなことをやった。二〇〇三年の最高裁判決では残念ながら不当な判決が出された。しかし五人の裁判官が三対二にわかれての判決だった。負けたとはいえ、多数意見でさえ、不当労働行為があったとすれば、それは旧国鉄・清算事業団・鉄建公団にあるとした。そう言わざるをえなかったのだ。これはわれわれの闘いの結果だ。鉄建公団を相手にする訴訟は、国鉄闘争を前進させるための中軸の闘いとなっている。しかし国労本部はいまも混迷している。中曽根は国鉄の分割・民営化で国労をつぶし、総評を解体させるつもりでやった。しかし中曽根は大きな誤算をした。それは闘争団や原告団をうみだしてしまい、闘いが堅持され前進していることだ。これこそが鉄建公団訴訟の意味だ。
次に争点だが、むこう側の弁護士はたった四九ページの最終準備書面を出しただけだ。それも法律論だけで、事実調べはいらない、三年の間就職斡旋をやった、それ以降は解雇できる、もう時効だ、などということを主張している。かれらは鉄建公団訴訟でも前の裁判同様に勝てる、いわば柳の下の二匹目のどじょうを狙っているわけだがそうはいかない。今回の訴訟はそれぞれの個人がどう不利益を被ったかの個別立証で闘った。まえのような国労がどうしたこうしたと言う話ではない。公団側は、自分たちは独立行政法人で裁判の判決が出ないと動けない、などといっている。しかし、職員調書はみんなかれらがもっているのだ。解雇されて当然という自分たちの主張が正当だというならそれを裁判で出せばいいのだ。しかしひとつも出してこない。こちらは本人尋問をおこなう。解雇に値するというなら、かれらも尋問すればいいのだ。しかし「必要ない」という。やましいことがないならやればいいのだ。国鉄改革法が是か非かという前にとにかく不真面目なのだ。われわれは、われわれの正しいと思うことを淡々とやってきた。あとは裁判官が良心をもっているかどうかだ。
最後に判決が九月に延びた理由だ。当初、難波裁判長は自分の法廷で早期に判断する気だったようだ。しかし、その後、全動労、第二次、動労千葉が訴訟を提起した。われわれだけではなくなった。難波だけの判断ではできなくなったようだし、当分、かれも東京地裁にのこるようになったらしい。判決が延びたのは決して不利なことではない。われわれは、難波が勇気をもって正しい判決を書けるように一押しする運動をつくらなければならない。
そして鉄建公団訴訟原告団・鉄道運輸機構訴訟原告団が壇上で決意表明し、参加者は拍手で激励した。
最後に、共闘会議の星野良明副議長が閉会のあいさつを行い、団結がんばろうで意志一致をかちとり、集会を終えた。
労東京委員長が鉄建訴訟を妨害
三月七日の鉄建公団訴訟結審報告集会でも、二瓶久勝共闘会議議長が触れているが、国労本部・国労東京地本などの鉄建公団訴訟に対する敵対的態度はまったく改善されていない。2・16けんり総行動においても、国労本部側は以下の国労東京地本部阿部力委員長名の東京全労協・けんり総行動実行委員会への申し入れを行っている。労働組合としてあるまじき異常な強圧的・脅迫的文書である。資料として掲載する。
東京全労協議長 押田五郎殿 / 二〇〇五けんり総行動実行委員会代表 押田五郎殿
二〇〇五年二月四日
国鉄労働組合東京地方本部執行委員長 阿部力
緊急申し入れ
二〇〇五年一月二八日付けで、「2・16けんり東京総行動の実施と動員・協力要請について」の指示文書が出されているが、その中には、「鉄建公団訴訟原告団・全動労争議原告団・鉄道運輸機構訴訟原告団」主催の行動が含まれてます。
国労方針を逸脱して独自活動している一部の闘争団員に加担する行動計画は、加盟団体への内部介入であり、共闘の原則および信義則からして断じて容認できないので、すみやかに指示文書を撤回するよう求めます。
なお、撤回がなされない場合は、二〇〇五けんり春闘実行委員会から脱会し、また東京金労協の加盟についても検討せざるをえないことを申し添えます。 以上
3・8国際女性デー(北海道・釧路)
高遠菜穂子さんが講演「イラクの惨状を語る」
三月五日釧路で、第95回国際女性デー・第44回釧路集会が開かれた。
昨年四月にイラクで武装グループに拘束され、その後国内外の大きな支援の下、無事解放された高遠菜穂子さんが「命に国境はない」をテーマに講演を行った。会場はに三〇〇名を越える市民が集まり立見の人もでる盛況となり、マスコミで触れられないイラクの深刻な現状を熱心に聞き入っていた。
高遠さんは冒頭「昨年は皆さんにご心配とご迷惑をおかけしたことをお詫びします」と述べたが、すぐ会場からは「何も迷惑なんか掛けていないのだから謝ることはないよ」との声がかかる中で講演が始められた。
アメリカ軍に許可された従軍記者でなく、現地の友人から高遠さんへ特別に提供されたイラク人の視点で撮影された生々しい写真とビデオを交えてイラク中部の都市ファルージャへの米軍の総攻撃に至る実態を次のように述べた。
拘束される以前からバクダットから西に六〇qしか離れていないファルージャへ医薬品など運ぶ支援を行っていたが総合病院といってもシーツも枕もなくベッドには段ボールがひかれている状態であった。米軍への抗議デモに参加して撃たれ入院中の一五歳の少年の家族からは「日本はいい国なのに何故米軍に加担するのか」と激しく詰め寄られたことがあった。ファルージャで米軍に反対する動きが活発化した理由としてアルカイダなどのテロ組織の存在がよくいわれるが、最初は侵攻してきた米軍が全ての学校を占拠しため、困った親たちが地元の部族長を通じて明け渡しを交渉したがまったく取り合ってもらえなかった。そうした中で米兵が子供たちにヌード雑誌を見せたことをきっかけに一気に反米感情が高まりデモが拡がる事態となった。そのデモに対して米軍が威嚇発砲を行ったことに反発して投石が行われ遂には米軍の発砲で死者やけが人が多数発生する事態となった。その後現地住民の反米感情に乗じて外国人武装組織が介入してきたが、彼らは地元の青年に「病院に爆弾を仕掛ける命令」を出すなどして今や完全に住民の支持を失ってきていること、彼らと区別するために自分たちをムジャヒデン(イスラムの聖戦士)と呼ぶのを止め英語のレジスタンスを使うようになってきた。昨年一一月の米軍の総攻撃では全住民が抵抗勢力とみなされ全てのモスクが破壊された。また横暴な家宅捜査を深夜に繰り返し容疑者がいなくても自分たちの「うんこ」を腹いせに部屋の壁に塗りたくったり、子供の人形の目をくりぬくなどのいやがらせを数多く行った。ファルージャ市内の二八区画中の六区画だけで七〇〇名の遺体が米軍から返されてきた。その多くが顔も判らないくらい腐敗が進行していた。蛆が全身に取り付き中には頭の後ろに至近距離で撃たれ大きな弾痕が残っている遺体の映像がある。ファルージャ郊外で多くの住民が集まり埋葬する映像の中で一人の住民は「これが米軍のくれた民主主義なんだ。他のイラク人も見に来るべきだ」と怒りをあらわに叫んでいた。
こうしたイラクの現状をたんたんと語った高遠さんは現在取り組んでいることとしてバクダット市内のストリートチルドレンの自立支援プロジェクトをあげた。
以前からシンナーをやめさせるなど支援を続けてきた少年たちの中の三名が職業訓練をやり遂げて家具職人として就職することが出来たこと。そして当時高遠さんが穴の開いた靴下を履いていたことを覚えていた少年たちから黒のストッキングをプレゼントされたことをうれしそうに語った。またファルージャを中心に学校の再建プロジェクトに取り組んでおり、これまで三校を修復し更に増やしたいとして多くの賛同を呼びかけ講演を締めくくった。
講演後の質疑の中で「自己責任論をどう思うか」と問われた高遠さんは「私は最初から自己責任で活動しているのでイラクに入れたと思う。ただ一部の政治家のいう自己責任論は違うと思います」ときっぱりと答えていた。
昨年の帰国時のマスコミ映像の印象とはまったく異なる、元気でたくましくイラクの民衆支援を続けている高遠さんのお話は、非道な米軍とそれに追従する小泉政権と自衛隊派遣に反対する大きな力を与えてくれるオーラを感じさせるものがあり、機会があれば読者の皆さんの地域でも講演会を企画されてはと思った。 (釧路通信員)
辺野古沖新基地阻止へ 「もう駄目なんだろう 」と小泉
日米政府を追い詰める
沖縄辺野古沖新基地建設阻止にむけての闘いが頑強につづけられているが、ここにきて闘いが日米政府を追い詰めている状況が一段と明らかになってきた。
米軍普天間飛行場の「移転」問題は昨年のヘリ墜落事故で待ったなしの状況となっているが、名護市辺野古沖への移設計画については現地の陸・海での激しい闘いで阻止しつづけている。こうした中で、小泉純一郎首相は、二月一六日、日米安全保障協議委員会(2プラス2)の説明に訪れた外務省の河相周夫北米局長、防衛庁の飯原一樹防衛局長に対して、「もう駄目なんだろう」として、見直しを指示した。これに対し、飯原局長は、「普天間」には直接触れず、「日米特別行動委員会(SACO)最終報告の着実な実施」という文言を共通戦略目標に掲げることで理解を求めた。そして、2プラス2では、普天間飛行場移設を含むSACO最終報告の着実な実施を盛り込んだ共通戦略目標を共同発表した。
対中抑止力基地機能強化
自民党内でも見直しの主張が出ている。三月八日の自民党・日米安保・基地再編合同調査会(額賀福志郎座長)では、移設計画について、集中的に論議していく方針を決めている。
在日米軍基地の七割以上が存在する沖縄の「負担軽減」は、日米政府も言わざるを得ないが、しかし、普天間基地機能については沖縄県内への分散移転を視野に議論を続けようとしている。戦後長きにわたって基地被害を受けつづけてきた沖縄の人びとは、普天間飛行場について「代替なしの早期返還」を強く求めている。
だが、2プラス2では中国に対する抑止力と台湾問題についても明記された。これは、沖縄の基地機能を削減させるということに逆行する。小泉政権は、それをうけて、沖縄米軍の再編・強化のための基地機能分散移転案が浮上してきた。
基地機能分散は負担増
防衛庁は次のように言う。普天間飛行場には三つの機能がある。それは、第一に海兵隊を輸送するヘリコプターのヘリポートとしての機能、第二に空中給油機の拠点としての機能、第三に緊急時の物資集積地としての機能だ。
政府は、普天間基地の三つの機能を、@ヘリ部隊をキャンプ・シュワブ内にヘリポートを建設して移す、A空中給油機部隊を山口県の米軍岩国基地に移す、B沖縄の下地島飛行場や九州の自衛隊基地などに分散移転させる、としている。
だが、地元自治体の反発が当然にも予想され、具体的な調整には入れないでいる。政府の案では基地機能強化につながるのは明白であり、新たな負担増も必至だ。
米軍基地撤去へ
下地島などへの移設・新基地建設が強行されれば、住民の負担は巨大なものとなり、辺野古と同様の闘いが起こるのは必然で、日米政府にとって問題は簡単ではない。
基地反対の運動の前進は、稲嶺恵一沖縄県知事にも圧力となっている。
三月一〇日、在日米軍司令官のブルース・ライト中将は、在沖米軍トップのロバート・ブラックマン四軍調整官、トーマス・ライク在沖米総領事らと稲嶺知事を訪ね、沖縄の基地負担軽減などについて意見交換したが、会談は米側の要望により非公開で行われた。稲嶺知事は、海兵隊の県外移転や普天間飛行場の危険性除去、嘉手納基地の運用改善、金武町キャンプ・ハンセンの都市型戦闘訓練施設建設中止を訴えたという。
稲嶺知事は三月一二日に訪米して米政府関係者に基地の負担軽減を訴えるが、前回二〇〇一年には「強力要請に行く」としていたが、今回は「交渉に行く」と言っている。訪米に先立ち、稲嶺知事は一一日に、東京で細田博之官房長官、町村信孝外相、大野功統防衛庁長官、小池百合子沖縄担当相らと会う。アメリカでは、国務省、国防総省、国家安全保障会議の実務担当者らと面談予定。ハワイでは、米太平洋軍司令部などを訪ねる。訪米での沖縄県として要請は、@海兵隊の県外移転、A嘉手納基地の運用改善、Bキャンプ・ハンセンの都市型戦闘訓練施設の建設中止、C日米地位協定の抜本的見直しを柱としている。
沖縄の過重な基地負担の解消は早急に解決されなければならない。多くの県民の切実な願いだ。
だが、そのためには、基地機能の県内移転では問題は解決しない。日本本土への移転も許すことはできない。沖縄から、そして日本からすべての米軍基地を撤去させなければならない。
外国人労働者の雇用・権利確立を!
けんり春闘・全国実の行動の一環として、「外国人労働者の雇用・権利確立の行動」が闘われた。この行動は、資本のグローバリゼーションに対抗する労働者のグローバリゼーションをめざし、外国人労働者の雇用と労働条件の改善を実現するために取り組まれた。
三月六日には、「外国人労働者に安定した雇用の確立を! 集会とデモ」が展開され、東京のほかにも、九州(福岡)、関西(大阪)、北海道(札幌)でも行動か行われた。
東京の行動には外国人労働者、日本人労働者三〇〇名が参加した。
東京・渋谷の・宮下公園での集会では、全統一労組の鳥井一平書記長が主催者を代表してあいさつ。
外国人労働者の雇用・権利の確立を求める行動は、一九九三年の三月八日からはじまった。オーバーステイの外国人労働者が勇気をもって声をあげたのだった。あれから一〇年以上たった。もう一度、日本にはこれだけの外国人労働者がいる、日本のために働いている、しかし待遇は悪く、怪我や賃金未払いなどがあいついでいる。それだけではない。街をあるいているとすぐ職務質問され連れていかれる。外国人労働者をこういう状態においたままにして喜んでいるのは悪徳経営者だ。日本はすでにさまざまな民族の労働者によってなりたっている。日本の労働組合としても、働く仲間がどこにいるのかはっきり見ていく必要がある。外国人、日本人の働く者同士が手をとりあってパレードをおこなおう。
つづいて、移住労働者と連帯する全国ネットワークの矢野まなみさん、けんり春闘事務局長の中岡基明さん、大阪ゼネラルユニオンの山原克二さん、東京全労協議長の押田五郎さんなどがあいさつ。また、全国一般東京なんぶ英会話学校NOVA分会、外国人分科会からの発言、ペルーの歌やブラジルの武道のパフォーマンスがあり、最後に全員で「インターナショナル」を歌い、デモに出発した。
七日には、外国人労働者総行動として、午前中に住友重機、NOVAへの抗議・要請行動が、午後からは霞ヶ関で各省庁交渉が行われた。
関西生コン労組に再び弾圧
権力弾圧に抗して闘いぬこう!
再び全日本建設運輸連帯労働組合関西生コン支部に四名の不当逮捕・強制捜索という新たな弾圧が加えられた。これは一月一三日に続く権力弾圧である。
三月九日の早朝、関西地区生コン支部事務所と個人宅の八ヵ所に家宅捜索がなされ、武執行委員長および片山執行委員と新たに二名の執行委員が再び強要未遂および威力業務妨害の容疑で逮捕された(武委員長と片山執行委員は再逮捕)。同労組は抗議声明を発し、組合活動に対する弾圧と運動つぶしに対して断固闘うことを明らかにした。
弾圧をはねのけて闘う陣形を拡大していこう。
* * * *
新たな権力弾圧に抗議する声明
(全日本建設運輸連帯労働組合中央執行委員長 長谷川武久、近畿地方本部執行委員長 戸田ひさよし、関西地区生コン支部執行委員長 武建一)
三月九日、全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部に新たな権力弾圧が加えられた。
同日早朝、大阪府警が、執行委員二人を大阪府八尾市の旭光コンクリートに対する強要未遂と威力業務妨害容疑で不当逮捕。さらに午後、一月一三日に大谷生コン事件で逮捕、起訴され、大阪拘置所に勾留されていた、武建一支部執行委員長、片山好史執行委員の二人も同じ容疑で再逮捕したのである。
また、大阪府警は同容疑で、生コン会館をはじめ計五カ所を強制捜索すると同時に、捜査中と称する背任容疑を理由にあげて、支部の会計担当事務局員の自宅など五カ所も強制捜索した。
今回の不当弾圧も、先の大谷生コン事件と同じ時期に、アウトサイダー業者である旭光コンクリートに対し、組合が大阪広域生コン協同組合への加入を要請、説得した活動が事件にされている。これも、中小企業と労働者が協力してすすめてきた政策闘争つぶしをねらったものであり、正当な労働組合活動に対する不当極まりない権力弾圧以外の何者でもない。
先の弾圧に対する抗議声明で明らかにしたとおり、われわれがとりくむ政策活動は、ゼネコンとセメントメーカーが支配する生コン業界の改革をめざすものである。この改革は、中小企業が圧倒的大多数である生コン業者が、法律で認められた中小企業協同組合の下に団結すること、そして、その団結を労働組合も支援することを通じて、大企業であるゼネコンの安値買い叩きやセメントメーカーの販売拡張政策という過当競争圧力を防ぎ、それによって、中小企業の経営安定、労働者の雇用安定、さらには、高品質な生コンを消費者である市民に供給する責任をはたすことをめざすものである。
この道理と合理性ある中小企業と労働者の共闘を破壊することで利益を得るのは、ゼネコンとセメントメーカー、そして、彼らに追随して目先の私的利益追求に奔走する一部企業だけである。大阪府警、そして、検察と裁判所は、この不当な権力弾圧が、一体だれを喜ばせるものであるのか、冷静に再考すべきである。
われわれは、一月以来の権力弾圧のなかで、中小企業と労働者の生きる道が、この政策闘争の成功以外にはないことを改めて確信するに至っている。われわれは、いかなる権力弾圧を受けようとも、その確信を曲げたり、捨てたりすることはない。
われわれは、この間、多くの労働者、労働組合、民主団体、中小企業家、中小企業団体、政党から激励を受けてきた。その貴重な励ましをも糧としながら、この不当な権力弾圧を粉砕する闘いを強化して、仲間の早期奪還、無罪獲得をめざすとともに、政策闘争のさらなる前進を勝ちとる決意である。
以上
二〇〇五年三月一〇日
東京高裁も「横浜事件」の再審開始を決定
三月一〇日、東京高裁(中川武隆裁判長)は、横浜事件第三次再審裁判で一審・横浜地裁の再審開始決定を支持し、検察側の即時抗告を棄却する決定を行った。
横浜事件は、第二次世界大戦中に出版人など約六〇名が治安維持法違反で逮捕され、約三〇人が有罪判決を受けた天皇制軍国主義下での大弾圧事件である。一九四二年九月一四日に、警視庁は雑誌『改造』(同年八・九月号)に掲載された政治評論家の細川嘉六氏の論文「世界史の動向と日本」を共産主義の宣伝だとして同氏を出版法違反などで逮捕し、これを発端にして神奈川県警特高課が多数の人びとを逮捕し、権力は「共産党再建」の治安維持法違反事件としてでっち上げたのである。そのために特高警察は激しい拷問を行い、それにより獄中で四人が虐殺された。そして、日本敗戦後の一九四五年八月末から九月中旬にかけて、横浜地裁で「有罪が確定」した。
この事件に対しては、「拷問で虚偽の自白をさせられた」として再審請求の闘いがおこされ、一九九八年には第三次再審請求訴訟が、勝部元さん、畑中繁雄さん、そして板井庄作さんの当事者三人と木村亨さんの遺族などによっておこされた。勝部さん、畑中さん、そして二〇〇三年三月三一日には板井さんも亡くなられた。板井さんは亡くなられる直前まで、社会主義運動の前進そして横浜事件裁判勝利にむけて奮闘していた。そして板井さんが亡くなられて半月後の四月一五日、横浜地裁(矢村宏裁判長)は、「訴訟資料が存在しなくても、再審請求はできる」とし、「四五年八月一四日に日本政府がポツダム宣言を受諾し、それが国内法秩序に変化を与え、これと抵触する治安維持法は実質的に効力を失った」として、「各再審請求について再審を開始する」という判決を出した。
それにたいして、横浜地検は、ポツダム宣言受諾と治安維持法失効は関係がないとして東京高裁に即時抗告を申し立てた。こうした横浜事件を巡る状況も、反戦平和・自由と民主主義、言論の自由の流れとそれに逆流する勢力の闘いとしてある。
今回の高裁判決は、横浜地裁判決につづく大きな勝利としてある。とりわけ小泉内閣によって進められる日米戦争同盟、治安弾圧体制の強化、そして憲法九条の改悪という情勢を考えるとその画期的な意義が見えてくる。だが、立川反戦ビラ入れ事件と同様に、権力・検察側は決してこの判決を受け入れることはないだろう。横浜事件再審の運動を、他の多くの闘いと連携して完全な勝利をかち取るまで闘いぬこう。
板井同志は亡くなる二〇〇三年の「人民新報」紙(一月一日号)への年賀あいさつで横浜事件について述べている。高裁判決に際して一部を再録する。
「いままた戦争の足音が聞こえてくるようです。……私も横浜事件の当事者として、再び戦前・戦中のようなことになるのを黙ってみているわけにはいきません。しかし、国内的にも世界的にも、戦争に反対し平和を守ろうとする力も段々に育ってきています。われわれは、気持ちを新たにし、階級観点を堅持して、いまの困難な時代でも、未来に向かって闘う志を持続し、団結を拡大して、力量を大きくしていくために奮闘しましょう」。
図 書 紹 介
自衛隊 ― 陸・海・空。それぞれ異なる成立事情
増田 弘著 「自衛隊の誕生 日本の再軍備とアメリカ」
中公新書 2004年12月 820円
一九五四年七月一日にできた自衛隊は五〇年たった今日、さまざまな分野での発言力をつよめつつある。増田弘「自衛隊の誕生」は、最近解禁・公開されたアメリカの公文書館の史料をもとに、自衛隊創設を、アメリカと日本、そして両国における政治諸潮流の交錯・対立、戦後「民主化」から東西冷戦への国際情勢の変化などの背景にして描き出している。増田は、石橋湛山研究で大きな業績をあげてきたが、その過程の「戦後の公職追放」研究(『公職追放』<一九九八年、岩波書店>、『政治家追放』二〇〇一年、中央公論新社』)のなかでの旧陸海軍将校のとりあつかいについての疑問から本書を書いた。本書の課題は、@自衛隊誕生における不透明さに光をあてる、A陸・海・空三自衛隊誕生の過程には差異があり、「公職追放を免除された旧陸海軍将校の動向に着目しつつ、三自衛隊の個々の経緯を明らかにし、それらの相違点を描き出す」、B「米国側の視座から自衛隊誕生に至る日本再軍備の過程を分析し、解明する」ことだ。
「そもそも今日に至る自衛隊の法的ないし制度上の暖昧さの起源は、自衛隊の前身である『警察予備隊』の創設にあり、その創設は一九五〇年六月の突発的な朝鮮戦争勃発に由来するといわれてきた。つまり緊急出動した在日米軍の穴を埋めるために、憲法に抵触しない形で治安部隊の創設を急いだとの解釈である。しかし事実はそうではなかった。」
一九四八年の春から秋にかけて、米国の対日占領政策が転換するが、その過程では深刻な対立が生じた。
東西冷戦開始に対応して、国務省のケナン政策企画室長、陸軍省のドレイパー次官らが推進する日本再軍備案に対して、当時、連合国最高司令官(SCAP)兼米極東軍司令官(CINCFE)で東京に君臨するマッカーサー元帥が「断固反対」を唱えた。マッカーサーは、@極東諸国は依然日本を恐れている、A日本再軍備は当初の基本方針に反する、B日本を再軍備させても、せいぜい五流の軍事大国にしかならない、C日本の経済復興にマイナスの影響を及ぼす、D日本人はもはや軍隊をもつことを歓迎しない、をあげて日本の再軍備構想を全面的に否定し、さらに、対日平和条約発効後の占領軍の完全撤退を主張し、平和条約の軍備関連規定では、@市民警察、A国内騒乱に対処するための小規模な警備隊、B密輸業者等を取り締まるための小規模な沿岸警傭隊だけを許す、日本はいかなる形態といえども空軍を保持できず、民問の航空産業も保持できないと言明した。これはポツダム宣言の趣旨に沿った「対日厳罰主義」の考え方を示したものだ。
しかし、四八年一〇月、アメリカの国家安全保障会議「NSC一三/二文書」は大きな転換だった。それは、日本の「非軍事化・民主化路線」を「経済的旨立化」路線=極東における反共の防波堤へと変えるものだった。しかし、マッカーサーにやや譲歩して、警察力強化論に基づく<限定的>な日本再軍備方針を固めたものの、マッカーサーから抵抗をうけた。
増田は言う。「ワシントンと東京間の、いわば『もう一つの冷戦』こそが、日本の再軍備問題を中途半端な状態へと陥れた」。
つぎに、自衛隊創設への日本側とくに旧軍人たちのうごきだ。マッカーサーは、ワシントンの旧日本軍人や経済人の「追放解除」を拒否したが、マッカーサーのお膝元の参謀第二部(G2)は公職追放に例外を設けた。将来の対ソ戦に備えるために、米占領軍に忠誠を誓う有能な旧軍人を確保していた。それが、第一復員局(陸軍省の後身)、第二復員局(海軍省の後身)だ。そこで確保された連中が再軍備の担い手となった。しかし、三自衛隊には違いがある。増田は言う。
陸上自衛隊。「警察予備隊」↓「保安隊」↓「陸上自衛隊」と変遷する陸上部隊の最大の特色は、終始一貫して「米軍事顧問団」が編制・訓練・装備・統制などあらゆる側面で指導ないし監督したことである。「陸上部隊発展の影に、米軍事顧問団が<黒子>のように存在したという事実は案外知られていない」。
海上自衛隊。「海上警備隊」↓「警備隊」↓「海上自衛隊」と変遷を遂げた海上部隊は、「戦後、日本側が潔い敗者として、ただ事態を傍観し、米国側の再軍備政策に唯々諾々と従ったとの通説は誤りである。近年、<Y委員会>を中心とする旧海軍関係者による資料公開が進むなかで、すでに占領初期から旧海軍関係者による極秘の会合が行なわれて、慎重ながらも積極的な再軍備計画が検討されていたという実態が明らかになりつつある。海上自衛隊は、こうした旧海軍関係者による自立性・独自性の強い海軍再建構想に立脚し、同時に米極東海軍の支援を受げて誕生するのである」。
航空自衛隊。ここでは、旧陸軍航空関係者による先駆的な航空部隊再建研究があったが、旧海軍関係者は海・空を一体化させる再軍備を模索していたが、「米軍中枢部が、ソ連の対日侵攻が『陸上作戦』から『空襲作戦』へと変更されたと見るや、陸・海から分離した<単独>の空軍構想を推進した。こうして旧日本陸軍関係者の願望と合致することによって、日米合作による航空部隊の誕生をもたらすのである」。
こうした経過から、増田は、「パージを特別免除された旧陸海軍将校(将官クラスや佐官クラス)が水面下で国軍再建の構想を練り、その実現の原動力となった事実に瞠目せざをえない。そして、陸上自衛隊が米軍主導で誕生し、逆に海上自衛隊が旧日本海軍関係者主導で誕生したのに対して、航空自衛隊の誕生は、旧日本陸軍航空関係者と米空軍当局との協同合作によるものであった」としている。
小泉政権の日米軍事同盟強化政策の下、自衛隊がアメリカ軍との「共同作戦」・集団的自衛権にむけて、憲法の枠を突き破ろうとしている今日、自衛隊の形成、そのアメリカ軍事戦略の中での位置を知るための好著だ。(MD)
KODAMA
新日本文学会が解散
三月六日、神楽坂の日本出版クラブで開催された「新日本文学会六〇年・解散記念講演会」に足を運んだ。何かの縁で私にも案内状が届いていた。講演は「新日本文学」最後の編集長を務めた鎌田慧さんの他に中沢けい、栗原幸夫両氏。それと大西巨人氏(代表作「神聖喜劇」を私は五回は読み返した)を囲んでの対談があった。それぞれに興味深く聴いたが、大西氏の衰弱ぶりが、氏の場合殊のほか痛々しく感じられた。
私自身は新日本文学会とはごくわずかな関わりしかない。二年ほど前から解散の議論があり、昨年末に「新日本文学」終刊号が発行されていたということも知らなかった。手元にあるバックナンバーは一九七九年一二月号「特集ー中野重治 人とその全仕事」一冊だけ。七〇年代の初めに東中野の会館で開かれた「作家との午後」という企画で、中野重治の謦咳に接する生涯一度の貴重な経験をしたことがあった。そのことだけで、何やらこの会に恩義があるような気がして参加したような次第だ。
しかし、終刊号を手にとって、思った以上に新日本文学会ゆかりの人々が私の中で大きな位置を占めていることを知った。中野重治はもちろん、佐多稲子、野間宏、花田清輝、長谷川四郎、井上光晴、藤田省三・・・いずれも今は故人・・・終刊号に寄稿している小関智弘、黒井千次、佐木隆三、鶴見俊輔といった人々の作品はいずれも集中的に読みふけった一時期があった。他にもまだいるだろう。雑誌を手に取ることはあまりなかったが、新日本文学会の恩恵には少なからず与ったことになる。
解散の経緯は終刊号を読んで推測するしかない。「こんないい雑誌をつぶさないで!という声があるのはまことに光栄ながら、あなたがごらんになっているのは、私の知人同様おおかたメッキの部分なのですよ。」終刊号で小沢信男が吐き捨てるように書いている。同じく針生一郎が故藤田省三の言葉を引用している、「どんな運動も現状否定の実験精神を失って護教的になり、見返りや報酬を求めて自足すると、あらゆる私有欲を吸収する『安楽全体主義』体制の一部になり、運動としては死滅する・・・」と。新日本文学会解散の深い意味は測りかねるが、この藤田の言葉は重いものとして私にも受け取られた。関わっている同盟の運動にしても、労働組合の運動にしても、この視点で点検する必要があるに違いない。(Q)
せ ん り ゅ う
大空襲いまだイラクは煙の中
庶民にはわからぬ株の奪いあい
中古屋が豊にみせる買いどころ
ゝ 史
二〇〇五年三月一〇日
○ 中流の不要品がただ同然でリサイクル店に入ってくる。リストラ組の下流や人生の終わりのお年寄り、幼児をかかえた若夫婦、外国人労働者らが超安値をあさっていっときの豊かさを幻想している。アルバイトでそういう現場に居合わせて自分にもいやしい欲が起こったり、つくづく世の中の縮図を感ずる。リサイクル店社長はしゃれたBMW車を運転してたまに顔を出す。
複眼単眼
荒廃の極に達した日本経済
日本経済がひどく荒れている。
長期の不況の中で経済には一向に回復の兆しが見えないだけでなく、「勝ち組」と「負け組」などという無慈悲な流行語ができるほど格差拡大の進行はすさまじい。政府の大企業優遇支援対策によって、企業倒産は二五ヶ月連続で減少しているとはいうものの、なお月間一〇〇〇件超の企業倒産件数は異常な数字だ。うち、販売不振、売掛金回収難などの不況型倒産の占める割合は七割もある。資金繰りが困難で、破産の危機に直面する中小零細企業の経営は極めて厳しい。
他方、今回の西武鉄道株をめぐる証券取引法違反事件で逮捕された堤義明・前コクド会長の事件は、この西武という巨大資本の暗部の一端を暴露した。堤義明は読売の渡辺恒雄などと組んで小渕恵三や三木武夫、小泉純一郎など与党政治家と癒着し、権勢をふるってきた。父親の堤康次郎から受け継いだコクド計画興業の不動産業や鉄道事業から、観光開発に事業を拡大し、プロ野球の経営にも進出したし、日本アイスホッケー連盟会長や日本オリンピック委員会の会長なども務めた。企業グループ内では封建独裁体制並みの独断専行支配を強め、異常なワンマン体制を敷いてきた。社員は王様にかしずく奴隷扱いで、周囲には社員には「頭のいい人間はいらない。体力さえあればいい」と豪語し、経営の全ての面で自らだけが「頭脳」であることを主張し、実践した暴君だ。この人物が数年後に迫った株券の電子化(ペーパレス化)という波のなかで株式の不正処理、虚偽記載などのスキャンダルダルでつまずき、自己の力を過信して破綻、昨年末には西武鉄道株は東京証券取引所の上場廃止という前代未聞の事態にいたった。こうした資本家にモラルを求めるのが妥当かどうかはさておき、義明の異母兄でセゾングループの創設者の清二は「事件の質の悪いことに驚いた。経営者のモラルから見ても重大な逸脱がある」と厳しく批判した。
同時並行して日本経済を揺るがせたのがホリエモン(堀江貴文・ライブドア社長)によるニッポン放送株大量取得事件(?)だ。スポーツ紙などの報道によって、普段、資本などには縁がない庶民まで、にわかホリエモン評論家になっている。
二月八日午前七時、ライブドア取締役会はニッポン放送株買い増しと、米国リーマン・ブラザーズ証券を引受先とする八〇〇億円の下方修正条項付き転換社債型新株予約権付き社債の発行を決議。午前八時過ぎから六回に分けて、時間外取引という奇手でニッポン放送株を約三〇%取得、さらに同社の支配をめざして株を買いすすめて、これにフジテレビがフジ・サンケイグループの危機だと応戦し、世間を揺るがしたのだ。フジテレビの日枝会長の発言も見苦しい限りだが、政界からのホリエモンバッシングも恥知らずだ。
「カネさえあれば何でもいいと力ずくでやれるという考え方は今の日本の教育の成果なのか」(森喜朗元首相)
「企業家が利益だけ上げればいいと言うことで、企業活動していいのか」(亀井静香・自民党元政調会長)。
べつにホリエモンの味方をするわけではないが、「よくいうよ」と思いませんか。
カネさえあればの風潮は誰が作ってきたのか。「外国資本にメディアが支配される危険がある!。法律をかえても対処せよ」だって。金融機関はすでに大規模に介入されているし、なによりも日本の政治そのものが外国に支配されているんじゃなかったっけ? (T)