人民新報 ・ 第1163 号<統合256(2005年4月5日)
  
                  目次

● 憲法改悪阻止! 国民投票法案を廃案へ

● 都教委が教職員を大量処分  日の丸・君が代の強制を許すな

● 3/20  イラク戦争2周年  世界同時行動 in ヒロシマ

● 4・1 勝利へGOALを!  ロード人らしく生きよう 1047km完走 72時間ハンスト貫徹集会

● 佐高信さんが講演  郵政民営化を監視する市民ネットワーク立ち上げ集会

● 日弁連主催でシンポ「外国人の社会参画のこれから」

● 住金の女性差別裁判で差別を認定する画期的判決

● ブックレット紹介  /  『電通の正体 マスコミ最大のタブー』

● KODAMA  /  心理学の問題ではない

               横浜事件再審開始決定

● 複眼単眼  /  天皇に対等の視点で立ち向かった明治初期の青年たち



憲法改悪阻止! 国民投票法案を廃案へ

 衆参両院の憲法調査会は五年間の「調査」をまとめた最終報告書発表の段階に入り、憲法改悪をめぐる攻防は一段と激しさを増している。
 三月二九日午後、参議院議員会館で、約一〇〇名が参加して「『憲法委員会』設置と国民投票法案に反対する3・29院内集会」が開かれた。よびかけ団体は、憲法を愛する女性ネット、戦争反対・有事をつくるな!市民緊急行動、平和を実現するキリスト者ネット、平和をつくり出す宗教者ネット。
 キリスト者ネットの門間幸枝さんの開会のあいさつにつづいて、は、日弁連・憲法委員会の内田雅敏弁護士が国民投票法案に対する日弁連の立場を報告した。日弁連は、二月一八日「憲法改正国民投票法案に関する意見書」を出した。第一に、投票は一括ではなく個別の条項ごとに賛否の意思を表示できる投票方法とすべきであるということだ。
 そして、表現の自由、国民投票運動の自由が最大限尊重されなければならないということで、投票者にできる限りの情報提供がなされ国民的議論が広くなされることが保障されることが必要だ。しかし、提案される法案では国民投票運動に多くの禁止制限規定があり、公務員、教育者や、外国人の運動の禁止、マスコミの規制などがある。こうした禁止規定は表現の自由を著しく制限するものというべきである。
 第三には、三〇日以後九〇日以内の内閣が定める日と非常に短期間となっている。これでは憲法改正を国民的に論議する期間としてはあまりに短期に過ぎる。こうした問題については相当長期にわたる考慮期間が絶対に必要だ。
 また、憲法改正に対する賛成投票の数が有効投票総数の二分の一を超えた場合に国民の承認があったものとするとしているが、少なくとも総投票数の過半数とすべきであし、投票率に関する規定を設けるべきだ。
 法案では、国民投票無効訴訟について提訴期間は投票結果の告示の日から起算して三〇日以内としている。しかし、憲法改正という極めて重要な事項についての提訴期間としては、あまりに短かすぎる。
 そのほかにも、一八歳以上の未成年者に対して憲法改正の投票権を否定しているが理由に乏しい。
 このように 法案骨子には重要な問題点が多い。
 日弁連は、この意見書を政府、政党、各機関に送った。弁護士会も市民運動と一緒に行動していきたい。
 政党からは、共産党と社民党の国会議員が参加し、民主党議員の秘書も出席した。
 共産党は山口富雄衆議院議員があいさつ。国会の憲法調査会の報告が出されるが、改憲派は新しい人権条項を入れるということで、九条を含めた改憲を行おうとしているが、それは九条改憲のための口実に過ぎない。新しい人権などは今の憲法でも十分に認められており、それを充実すればよい。報告書では、多くのおかしな表現がある。例えば国際協力だ。改憲派は軍事力でやるといい、それと九条の立場で行うとういうのが一緒にされて国際協力に「賛成」とされ、あたかも改憲が多数となっているような表現がある。国民投票法案では国民の声が反映されるようなものになっていない。国会内外の力を合わせて危険な事態を国民に宣伝し、反対の運動を強めていこう。
 つづいて無所属の糸数慶子参議院議員があいさつ。沖縄選出の議員として発言したい。一九七二年の沖縄の「復帰」の原点は、日本国憲法の外にあった沖縄が、平和憲法の日本に復帰するということだった。しかし、現実は米軍基地の強化、核兵器の存在など沖縄県民の願いは裏切られている。いま、改憲の動きがある。絶対に憲法をかえてはならない。
 社民党党は福島瑞穂参議院議員(党首)があいさつ。憲法を刺し殺す包丁が研がれている。それが憲法委員会の常設化とと国民投票法案のもつ意味だ。いま要求すべきことは、第一に、憲法調査会はまっとうな報告を出せ、第二に国民投票法案を出すな、第三に憲法調査会は終わりにせよ、すなわち常設化はするな、ということだ。今年は戦後六〇年にあたるが、平和を発展させるために精一杯がんばっていこう。
 フォーラム平和人権・環境の五十川孝事務局次長、海員組合の藤丸徹教宣部長、ピースボートの渡辺里香さん、憲法を愛する女性ネットの久保田真苗元参議院議員、鷲野忠雄弁護士、市民緊急行動の国富建治さんが発言した。
 許すな!憲法改悪・市民連絡会の高田健さんが当面の運動方針を提起した。
 今日、私たちが取り組んでいる「憲法改悪のための『国民投票法案』に反対する請願署名」六〇〇〇筆を提出した。四月末を第二次集約として、署名の数を増やし、この法案の危険性を広く知らせる運動をやっていきたい。これから五月三日の憲法集会などさまざまの取り組みがあるが、協力してそれらを成功させていきたい。共産党、社民党と一部の無所属の国会議員は改憲反対の立場をはっきりさせているが、問題は民主党の動きだ。民主党の国会議員にたいするロビー活動の強化が重要になっている。今一六二国会で常設憲法委員会設置のための国会法「改正」と国民投票法案を許さず葬り去る闘いを進めていこう。
 最後に、宗教者ネットの石川勇吉さんが閉会のあいさつ。
 六〇年前の戦争で多くの宗教者は戦争に協力・加担した。宗教者の第一に守るべきことは、殺してはならない、すなわち不殺生戒ということだ。また、戦争の道に進もうとする勢力が力をもってきている。問題となっている二法案は、民主主義と憲法の破壊に結びつく。宗教者は先の戦争での教訓を思いだし、多くの人々とともにさらに声を大きくして反対運動を進めていかなければならない。


都教委が教職員を大量処分

    
日の丸・君が代の強制を許すな

 三月三一日、東京都教育委員会は、卒業式で「君が代」を起立斉唱するよう求めた職務命令に従わなかったことを理由に、都内の公立学校四十校の教員五十二人の処分を発表した。六カ月の減給十分の一が四人、一カ月減給一〇分の一が一〇人、戒告が三八人。都教委は、昨年度においては卒業式・入学式に関って二四八名の大量処分をおこなったが、またもや大量の処分を強行した。

 石原都政下の日の丸・君が代の強制と処分は、お上の命令にはどんなものであっても唯々諾々と従わせる戦争動員への思想改造にほかならない。
 政府・与党は、日の丸・君が代法制化の時に、絶対に強制はしないなどと逃げ口上で成立させた。とりわけ個人の人格形成にむけて思考力・創造力・判断力・批判力等を養う教育の場において、強制による奴隷根性を植え付けるようなことはあってはならない。しかし、都教委は「職務命令」を乱発し、各自の思想・良心にもとづきそれに応じない教職員に処分をおこなっている。だが、そもそも、その「職務命令」それ自身の違法・違憲性が問われているのである。不当な処分をうけた教職員たちは、市民・生徒などとのとのさまざまな連携を拡大しながら闘いをすすめている。都人事委員会への不服審査請求や東京地裁への解雇撤回訴訟の提訴などの闘いがある。人事委員会の審理では一年間を経ても公開口頭審査も行われていない。都教委側が被処分者の申し立てにたいする反論ができないからだ。
 東京地裁では、服務事故再発防止研修処分取消等請求訴訟が闘われている。都教委側は、被処分者にたいして「再発防止」を理由に「研修」を行って、屈服を強要しようとしているが、被処分者たちはその取り消しと損害賠償をもとめている。昨年の七月二三日に、東京地裁は「研修」による思想改造の違法性を警告する決定を下している。にもかかわらず、昨年夏の「研修」は大勢のガードマンに守られながら実施された。
 今年も卒業式を前に、都教委は、「君が代」不起立等については「厳正な処分をする。被処分者には再発防止研修を行う」と表明した。また、卒業式へのビラ入れなどに対する警察の弾圧も各地で行われた。
 またも繰り返された処分に都高教など労組や市民団体は抗議の声明を出し、被処分者はただちに都人事委員会に不服審査を請求するなど新たな闘いの態勢を固めた。
 石原都知事・都教委の不法・違憲の処分を批判し、撤回させる運動を広げよう。


3/20  イラク戦争2周年

       
世界同時行動 in ヒロシマ

 イラク侵攻二周年となる三月二〇日、広島原爆ドーム前で世界同時行動の一環として集会とピースウォークが行われた。
 これは、この間のイラク侵攻に反対して数々の行動に取り組んできた「ヒロシマ・ピープルズ声明」の呼びかけ人会によって主催されたもので、約一二〇名が参加した。
 折りしも三連休の中日であり、さまざまな行事と重なっていささかさびしい参加数ではあったが、時折、小雨がパラつく中でも、参加者の熱気あふれる行動であった。
 集会はまず、主催者を代表して空辰夫さんが挨拶した。空さんは広島に大本営が置かれた日清戦争以来の歴史を振り返り、「日清以来、一度侵略するとまた次へと、侵略が繰り返された。第二次大戦で廣島が果たした加害の歴史を忘れてはならない。上海から上陸した廣島の第五師団が中国で何をやったか、その結果が被爆であり軍都廣島の終わりであった。いま、ヒロシマからイラクへの派兵を許すならば、侵略の歴史を繰り返すことになる。何としても止めさせよう」と、侵略と被爆を結びつけて考えようと訴えた。
 続いて、NO・DUヒロシマプロジェクトの森滝春子さんがイラクの現状報告を行なった。森滝さんは湾岸戦争の前後にイラクを訪問し、つぶさに劣化ウラン弾被害の実情を見てきた経験から、「二年前に六千人の人文字行動に取り組み、その写真でニューヨークタイムズに意見広告を出したが、侵攻を止められなかった。慙愧の思いで一杯だ。アメリカはヒロシマからの訴えすらこれはフセインに踊らされたプロパガンダだ』と言ったが、事実はどうか。イラク侵攻は街の破壊と子供たちが毎月何千人も死んでいく結果しかもたらさなかった。過日イラクからヒロシマに招いた二人の医師は、日本で劣化ウランの治療法を学び国に帰ったが、ファルージャでの虐殺の際、川を越えて市街地に入ろうとした同僚十数名が米軍に殺され、病院も占拠されて何もできない状況に追い込まれている。その一人ムハマドは『もう死にたい。ボクには何もできない』と悲嘆にくれている。破壊や虐殺、劣化ウラン弾が都市の中心部で湾岸戦争以上に使われた被害について、世界のNGOは中に入れないのでまったく伝えていない。そうしたイラクへヒロシマから派兵されていくことに、いてもたってもいられない。イラクの人々を少しでも救える者は救い、普通の生活を取り戻すことはヒロシマにも責任がある」と述べた。
 集会の最後に栗原貞子さんの詩が朗読された。去る三月六日のくしくも午後八時一五分に亡くなった栗原さんを偲び、「産ましめんかな」と「広島というとき」の二つの詩が朗読され、参加者は今の状況と重ね合わせながら込められた遺志を痛切に想った。
 集会終了後、横断幕と歌を先頭に、日曜で混み合う広島の繁華街をデモ行進に移った。
 歌とシュプレヒコールがアーケードにこだまする。多くの市民が手を振ってこたえる。外国人の集団がビデオや写真を撮っている。きわめて好意的反応の中をデモ隊は進み、一周してドーム前に戻り、行動の締めを湯浅一郎さんがおこなってすべての行動を終えた。
 四月五月と行動は続いていく。占領と派兵を止めさせるときまで……。

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集会アピール

 大量破壊兵器の保有の疑いを大義として、米英軍が、国連憲章や国際法をも無視して一方的なイラクへの先制攻撃を開始してから二周年になります。その後、大量破壊兵器がなかったことを認めざるをえなくなったにもかかわらず、今度は、「中東の民主化」のために必要だったと居直り、今も事実上の占領を続けています。しかし、国民議会選挙が行われた今も、事態は一層深刻化しているだけです。他方で、米英軍は、劣化ウラン弾やクラスター爆弾など非人道的な兵器を湯水のごとく使用し、一〇万人とも言われる多くのイラク市民を殺害しました。劣化ウラン弾は、取り返しのつかない環境破壊をもたらし、人々の健康へのさらなる被害が懸念されています。私たちは、この戦争犯罪を決して忘れるわけにはいきません。

 更に日本政府は、米英両国をいち早く支持し、イラク「復興支援」特別措置法により自衛隊のイラク派兵を続けています。特に広島市内の海田から自衛隊が派兵され、ヒロシマが米占領軍に荷担するという暴挙を許すわけにはいきません。イラクへ派兵する国が相次いで撤退している今こそ、日本は、自衛隊の撤退を決断すべきです。

 本日、私たちは、「イラク占領の停止と、自衛隊の派兵中止・撤退を求め」被爆地・広島の原爆ドームに集まり、「3・20 イラク戦争二周年 世界同時行動 in ヒロシマ」を開催しています。イラク占領の中止を求めて世界中の市民が同時に行動を起こしており、力による政治を変えるために、それぞれの地で、取り組みを強めています。不当なイラク占領を今すぐ止めさせましょう。
 自衛隊員が殺されたり、イラク市民を殺したりしないうちに自衛隊をイラクから撤退させよう! 憲法九条を何としても堅持しよう!。

 市民が動かなければ世の中は変わりません。世界の人々が行動するこの日−−原爆ドーム前からも、世界に向けて、NO WAR! NO OCCUPATION! 世界に平和を!の声を届けましょう。
          二〇〇五年三月二〇日

 3・20イラク戦争二周年 世界同時行動 in ヒロシマ 参加者一同

 イラク派兵を許さない!ヒロシマ・ピープルズ声明呼びかけ人会(共同代表:岡本三夫、宮田喜久代、河合護郎、空辰男、池上 忍、三末篤實)


4・1 勝利へGOALを!
 
 
 ロード人らしく生きよう 1047km完走 72時間ハンスト貫徹集会

 鉄建公団訴訟(東京地裁民事36部)は三月七日に結審し、判決は九月一五日に確定した。一〇四七人の解雇撤回・地元JRへの復帰をめざす国鉄闘争はいま大衆運動を強化し、世論を形成し、社会問題化して勝利の条件を形成していかなければならない。
 「不当労働行為を認め公正な判決を 鉄建公団訴訟要請署名」では、@鉄道運輸機構(鉄建公団)は原告らとの雇用関係確認し、今日までの未払い賃金を支払い、年金視資格を回復すること、A少なくとも、鉄道運輸機構は原告らに地元JRに採用されたら得られたはずの賃金、退職金、年金分を損害賠償として支払うこと、B鉄道運輸機構は原告らに謝罪し、地元JRに原告らを採用するよう要請すること、C鉄道運輸機構は原告らの一八年の苦難に対し慰謝料を支払うこと、を要求している。この五〇万署名を成功させるとともに、さまざまな行動が展開されている。
 三月一日には、中野勇人さん(北見闘争団)が高知県庁から一〇四七`bを東京をめざしてスタートした。
 三月二九日には、国会前で一三名がハンストに突入した(午後三次五〇分)。支援の人びとを含めたハンスト突入集会では、突入者全員の決意表明が行われ、「突入宣言」が読み上げられた。
 四月一日午後四時半、一〇四七`を完走した中野さんが鉄建公団前にゴールイン、出迎えた大勢の仲間たちにに迎えられて胴上げされた。 
 午後六時半からは、東京しごとセンター講堂で「勝利へGOALを! ロード人らしく一〇四七`b完走 七二時間ハンスト貫徹集会」が開かれた。
 第一部は、ビデオ「人らしく生きよう パート2」でも「光のエチュード」を歌っている歌手の趙博さんが友情出演して歌い、また中野勇人さんと三人の家族とのかけあいトーク。中野さんは、一日平均三六〜七`を走り、その間、六甲おろしや鈴鹿おろしなどすさまじい雨や雪も経験したが、最大の難所と思っていた箱根などは逆に伴走者と楽しく走破できたこと、各地で新聞に取り上げられたり、沿道で支援者の歓迎を受けたことなどを報告した。
 第二部の集会では、共闘会議の二瓶久勝議長があいさつ。一〇四七`走破もハンストもはじめは辞めた方がいいのではと止める立場だったが、中野さんはじめみんなの決意が堅く、支援の体制をつくることにした。この行動は新聞・テレビも取り上げ、一〇四七名の解雇撤回の闘いが広がった。鉄建公団訴訟は、第二次、全動労、動労千葉など一〇四七名の大きな統一が出来た。しかし国労本部は妨害の態度を変えていない。いろいろ意見の違いはあっても、鉄建公団訴訟に勝利するために闘うことだ。これからの闘いは極めて重要だ。金と運動がもっと必要になる。われわれの目標は、国鉄闘争に勝利し、日本労働運動を再生させることだ。
 北海道から上京し鉄建公団・国土交通省に要請行動を行った佐々木隆博道議会議員(民主党)など四名の道議があいさつ。
 つづいてハンストを貫徹した一三名が発言。
 七四歳で最高齢の佐久間忠夫(東京闘争団)は、中野さんの打ち上げた花火はでかい花火だった、ハンストもきれいな花火だった、こうした行動で一日も早い勝利をかちとるためにがんばっていこうと述べた。

          ………………………………………………………………  

国鉄労働者1047名の解雇撤回!政府、鉄道運輸機構は紛争を解決せよ!

 
72時間(突入者トータル1047時間)ハンガーストライキ突入宣言文
 

 …(前略)…

 私たちは、当事者が納得する解決を求めて、JRと共に不当労働行為を行った、もう一方の共同正犯である「国鉄=国鉄清算事業団」(権利・義務を引継いでいる鉄建公団=現略・鉄道運輸機構)を相手に、二〇〇二年一月に地位確認、損害賠償、慰謝料を請求する鉄建公団訴訟を提起した。裁判は三年余の歳月を経て、本年三月七日の第二一回口頭弁論をもって結審し、九月一五日に東京地裁民事三六部により判決が出される。

 私たちは、二〇〇三年一二月に、最高裁第一小法廷が示した「不当労働行為があったとするならば、国鉄、次いで国鉄清算事業団がその責任を負う」とした内容に基づき、国鉄の責務を引継いでいる「鉄道運輸機構」が、解雇された当事者の意に添ってこの紛争を解決するよう強く求めるものである。
 また、政府は、国策によって引き起こした紛争の当事者としての責任を自覚し、問題解決に向けて、解決交渉を具体化するよう、鉄道運輸機構に働きかけるべきである。

 一九年に及ぶ闘争の中で、一〇四七名の被解雇者のうち、これまで三二名が病で他界している。これまで放置した国の責任は重い。
 裁判所は、憲法により「人権の最後の砦」として位置づけられている。東京地裁は裁判所の持つ本来の責務を果たし、現存した不当労働行為の事実に目を向け、崇高な精神で一〇四七名を救済する明快な判決を出すべきだ。

 私たちは、解雇撤回を求めてこれより七二時間(突入者トータル一〇四七時間)ハンガーストライキに突入する。併せて、三月一日から一ヶ月かけて四国から東京まで、一〇四七キロランニング・マラソンに北見闘争団の中野勇人君が果敢に挑み、解雇撤回を訴え、四月一日東京へのゴールを目指し、走り抜いている事を報告する。
 これらの事を、政府及び、鉄建公団は重く受け止めよ。七二時間(突入者トータル一〇四七時間)ハンガーストライキの突入を高らかに宣言する。

二〇〇五年三月二九日

       鉄建公団訴訟原告団


佐高信さんが講演

   
郵政民営化を監視する市民ネットワーク立ち上げ集会

 四月三日、日本教育会館で「郵政民営化を監視する市民ネットワーク 立ち上げ集会」が開かれ、一六七名が参加した。集会案内のポスターには、「このポンプはどこにつながっているのだろう 私たちのお金が流れていく。郵貯・簡保三五〇兆円が……全国二万四七〇〇か所の郵便局が……」とあったが、小泉内閣が強行しようとしている郵政の民営化のとんでもない本質を暴露し宣伝していくことが求められている。
 郵政民営化を監視する市民ネットワークは、@郵政民営化を監視し、公共サービスとしての郵政事業を守り発展させる、A現在の郵政事業の問題点を明らかにし、「もうひとつの郵政改革」を市民・利用者の立場から発信することを目的としている。
 評論家の佐高信さんが郵政民営化とは何かを講演した。
 郵政民営化を考える上でいちばん重要なことは、誰がそれを望んでいるかということだ。それは銀行だ。小泉はそれにせっつかれてやっているのだ。小泉の親分は福田赴夫元総理で、大蔵族だった。その流れ・考え方が小泉にも染み込んでいる。郵政民営化は小泉自身の考え方というよりは銀行そのもの考えなのだ。小泉が首相になった時に、富士銀行(現・みずほ銀行)の山本頭取は「(小泉は)若い頃からわれわれ全銀協の考えと同じであり、この姿勢で進んで欲しい」と言ったが、小泉と銀行の関係はそうしたものだ。二月の下旬に銀行、生保、損保などが郵政民営化推進の大きな広告を出したが、それは民営化が自民党の抵抗で進まないことへの反応だ。自民党内での民営化反対の中心人物に綿貫民輔がいるが、彼は旧田中派だ。その前には野中広務だった。利権構造からいえば、郵便局の田中派と銀行の小泉たちという対立になる。
 諸悪の根源は銀行だ。銀行はバブルでおかしくなった。いろいろなところへ金を貸付け、バブルの崩壊で不良債権となった。それを巨額の税金を投入して救済した。銀行再編が行われて、大きいことはいいことだと称して巨大なものが生まれたが、どうにもならないものがいくら一緒になっておおきくなっても良くなるわけがない。みずほ銀行は、富士銀行、日本勧業銀行、第一勧業銀行が一つになってできたが、発足時点でオンラインで大事故をおこした。ところが前田という頭取は「実害はなかった」といった。大変な迷惑を多くの所にかけたのに責任感のひとかけらもない。そして前田はまだ辞めていないのだ。これほどに銀行は腐っている。今回の郵政民営化は銀行が郵貯・簡保の金が欲しいからだ。
 銀行だけではない。さらにアメリカがいる。小泉は北朝鮮制裁で、安倍晋三などとはちがった対応をしているが、あれはアメリカがいまのところ北への制裁は出来ないと思っているからだ。日本のタカ派・右翼は親米右翼だ。小泉はアメリカとの友好を言う時、アメリカとだけの友好しか考えない。中国のことなどはすっかり抜け落ちてしまう。これでは二次方程式は解けない。安倍に至っては一次方程式でも解けないというべきだろう。
 現在、アメリカの国債を一番持っているのは日本だ。他の国はその保有割合を減らそうとしているのに日本だけは増やしている。実額はどのくらいかはっきりしないが、石原慎太郎は三〇〇兆円あると書いている。とにかく巨額だ。やがてアメリカ国債は紙切れ同然になる。日本経済の最大のガン、不良債権だ。このアメリカが郵政民営化でもっと国債を買わせようとしていることは間違いない。
 小泉にしろ、郵政民営化担当の竹中平蔵、民営化主張の先鋒となっているオリックスの宮内義彦などみんな腐ったとんでもない連中だ。そういう連中と闘うにはフェアプレーはだめだ。もっと積極的に切り込んでいかなければならない。
 そして、効率・小さな政府などという論点に騙されず、公共サービスという点で市民との連携を強めていくことが必要だ。
 佐高さんの講演につづいて、ブラジルのポルトアレグレで開かれた世界社会フォーラム(WSF)で民営化についてインタビューしたビデオの上映、そして、ふぇみん婦人民主クラブ、郵便局へのトヨタ生産方式導入のモデル局越谷郵便局のある越谷市の住民、ATTAC Japan、大阪城東郵便局のゆうメイト、松戸市議の吉野信次さんなどからの発言があり、最後に今後の活動として、各地での集会・講演会の開催、議員へのロビー活動などが確認された。

郵政民営化を監視する市民ネットワーク http://www.mm-m.ne.jp/dave/index.htm


日弁連主催で

   シンポ「外国人の社会参画のこれから」


 日本国籍でないことを理由に東京都の管理職試験受験を拒否された韓国籍で保健師の都職員の鄭香均(チョン・ヒャンギュン)さんは都のやり方は法の下の平等を定める憲法違反だとして賠償などを求めた国籍条項訴訟をおこし、東京高裁は一九九七年に受験拒否は憲法違反だとする判決を出した。しかし、その上告審判決で、最高裁大法廷は、今年の一月二六日、鄭香均さんの請求を棄却するという逆転判決を言い渡した。この判決を都知事石原慎太郎は大歓迎した。
 三月三〇日、弁護士会館で、シンポジウム「外国人の社会参画のこれから〜東京都管理職選考国籍条項を是とする二〇〇五年一月二五日最高裁大法廷判決を受けて〜」(主催、日本弁護士連合会・東京弁護士会・第一東京弁護士会・第二東京弁護士会)が開かれ、弁護士、市民が参加した。
 はじめに日弁連の前田豊副会長があいさつ。
 日弁連は、最高裁大法廷判決に関する会長談話をだしたが、「東京高裁の判決は、管理職の職務が広範多岐に及ぶことに着目し、一律に昇任の途を閉ざした都の対応は違憲であるとしていたものであって、当連合会が昨年一〇月の人権擁護大会において採択した『多民族・多文化の共生する社会の構築と外国人・民族的少数者の人権基本法の制定を求める宣言』に照らしても、その高裁判決を破棄した今回の最高裁の判決は残念である」としている。
 「宣言」では、外国人・民族的少数者の人権基本法が必要だとして八点があげられている。@外国人に対しても基本的人権を原則として等しく保障し、さらに民族的少数者固有の権利を確立すること、A永住外国人等への地方参政権付与をはじめとする立法への参画、公務員への原則的な門戸開放による行政への参画、司法への参画を広く保障すること、B医療・年金・生活保護その他社会保障制度全般について、外国人に対しても可能な限り日本人と同様の保障を及ぼすこと、C外国人労働者につき、労働法制に基づく権利を実質的に保障すること、D外国人女性などの人身取引、ドメステイツク・バイオレンスなどの被害を防止し、被害を受けた者の救済のための施策を充実すること、E国際人権条約上保護されるべき難民・家族・女性・子ども及び人道上の配慮を要する外国人の在留の安定に向けた諸施策を講じるとともに、入管手続全般につき適正手続保障と透萌性確保に努めること、F外国人の子どもへの日本語教育の充実等の施策を行うとともに、公教育における母語・母国語等の教育の機会や、公教育、民族学校、外国人学校を含む多様な教育の機会を制度的に保障すること、G人種差別禁止のための法整備を行い、その実効性を確保するために政府から独立した人権機関を設置するとともに、差別禁止と多文化理解に向けた人権教育を徹底すること。
 シンポジウムのパネリストは、鄭香均さん(東京都管理職選考国籍条項訴訟原告)、金敬得弁護士(東京都管理職選考国籍条項訴訟原告代理人)、江橋崇法政大学法学部教授、丹羽雅雄弁護士(日弁連人権擁護委員会第六部会長)。
  鄭香均さんは次のように述べた。
 私は差別の中で育ったが、都に保健士として入った。すごい差別があるのではないかと思っていたが、職場でも住民からも何の差別もない五年間を過ごした。日本社会にはもう差別がなくなったのかと思うほどだった。職場の上司から管理職の試験をうけたらどうかと言われ応募したところ、電話があり「駄目だ。受け付けられない」と言う。外国人は管理職になれないという法的な規定はないが、外国人は公務員にはなれないという「当然の法理」とかいうもので何の説明も受けることなく、受験が認められなかった。裁判をおこしてもこの社会は変わるのか、このまま黙って草の根で黙々と仕事をしたほうがよいのではないか、など悶々と悩んだ。しかし、差別に対しては誰かがやらなければならない。外国人を排除・差別する「当然の法理」は一九五三年に出てきたものだが、これは侵略戦争・植民地支配を正さない日本社会がつくったものだ。受験拒否は、こうした差別社会と向き合い正すチャンスでもあると思い裁判をおこし、意見陳述をおこなった。日本はいま、人口減で少子高齢化社会となり、ひきこもり、ニート、HIVがひろがっている。外国人は労働者としても消費者としても日本社会に必要になっている。経済界でもそういう声が出てきている。最高裁でも勝てると思っていたが、あまりにもひどい判決だった。行政の裁量によって制限される人権は人権とは言えない。憲法は入管法などの法体系の最下位にあるのか。日本は外見的だけの立憲主義国家だ。今回の問題では外国籍の人権だけが否定されたのではない。日本国籍者もしっかりこの判決を見ていかなければならない。


住金の女性差別裁判で差別を認定する画期的判決

 三月二八日、住友金属工業の女性差別裁判で大阪地裁は、差別を認定し、六三〇〇万円の賠償を命じる判決を出した。

 住友金属工業では女性と男性との賃金格差が年々拡大し、九九年に退職した女性労働者の場合、八年遅く入社した男性との年収差は二三〇万円にもなっていた。このため女性労働者四人は、一九九五年、会社が女性の昇進を遅らせ賃金を低く抑えたのは男女差別であり不当として、差額賃金の支払いなどを求めて裁判をおこした。同じ時期、住友グループの住友電気工業、住友化学両社の女性社員も提訴したが、こちらの裁判はすでに和解が成立している。だが、電工判決(二〇〇〇年)、化学判決(〇一年)では、会社の男女差別は認めたものの、「(差別が行われた)昭和四〇年代は性別役割分担意識が強く、女子が結婚・出産により短期間で退職する傾向にあった」「男女別雇用管理は公序良俗違反とはいえない」と制度を容認したものであった。
 しかし、今回の住金判決は、男女差別・格差そのもののが問題とされつづけた。
 原告らの訴えにたいして、会社側は男女格差は性別による差別ではなく、本社採用と事務職採用という採用区分の違いにすぎないと主張してきた。
 しかし、大阪地裁は、会社の主張は男女間の顕著な昇進・賃金格差と合理的関連性を持つものではなく、格差を正当化する根拠にはならないとして、格差は性差別に基づくものであり、「内部の人事制度で昇進や賃金に差別的取り扱いをしているのは公序良俗に違反する」という判断を下した。
 原告側勝利の判決をかちとる決め手となったのは、「闇の人事制度」についての内部資料の存在だった。原告はこの資料を裁判闘争がはじまって以降に入手した。この会社の極秘文書は、事務職の職員を、イ・ロ・ハ・ニ・ホの五段階に分ける。評価の最上位の「イ」に「大卒男性」、「ロ」に「高卒男性」とし、女性はすべて最低位の「ホ」とすると明記したものだ。会社は自らの主張とは違って事前に女性を最も低く扱うことを決めていた。どう見ても、能力の有無にまったく関係ない男女差別である。まさに判決が言う「性別のみによる不合理な差別的取り扱いとして違法」としか言いようがないものだ。
 大阪地裁判決に対して、原告団と弁護団、住友金属男女差別裁判を勝たせる会などは、「男女差別の本質を的確に認定した、大きな勝利判決」とする声明を発表した。
 (会社側は三月三〇日、大阪地裁判決を不服として、大阪高裁に控訴した)。


ブックレット紹介

 
 『週刊金曜日別冊ブックレット8

  
 『電通の正体 マスコミ最大のタブー』

             
735円  A5判 96頁

 大手広告会社の二〇〇三年度決算概要では、電通は売上高一兆四〇〇〇億円。博報堂やADKなどを大きく引き離している。「世界売上トップの広告代理店」「広告に依存するマスコミ最大のタブー」「政財界・メディアを陰で支配する巨大企業」の電通は、経済だけでなく政治その他の分野で強大な影響力をもっている。しかし、電通はその真の姿を自ら隠してきたし、取材についても大きな妨害を行ってきた。
 『週刊金曜日』の別冊ブックレット「電通の正体 マスコミ最大のタブー」は「その知られざる正体」に迫るものだ。
 目次の主なものは、「広告業界制覇のカラクリ」、「テレビを支配するメディアの地主」、「新聞にも圧力」、「永田町との深い関係」、「葬式から五輪・万博まで」、「ブランド人材を買い漁る」、「テレビと広告に転機はくるのか」、それに「対談 大下英治×佐高信 『小説 電通』の作者が語る舞台裏」だ。
 電通は日本政治を動かす一翼にいる。沖縄県知事選挙についてはつぎのように書かれている。
 「一九九八年一一月、基地の整理・縮小に尽力した『沖縄の顔』大田昌秀が、新人候補・稲嶺にまさかの大差で知事の座を奪われた。テレビが稲嶺当選を速報した直後、大田は那覇市内の選挙事務所で報道陣にもらした。『やられましたね。県政不況(の宣伝)でうまい具合にやられた』。知事選告示の直前、沖縄県内の至る所に、『9・2%』と刷り込まれた黒字のポスターが貼られた。県内の失業率だが、掲示の主は隠されていた。『県政不況』というキャッチコピーもあふれた。『祖国復帰』後も米軍基地に圧迫されている沖縄では、保守県政でも革新県政でも本土の二倍近い失業率が続いている。まして当時は全国的な不況。それを大田県政の失策にすりかえるデマまがいの宣伝は、かなりの効果を発揮した。告示後には電光表示板が登場する。車の横につけられた大きな画面に登場する人々は、それぞれの夢を語った。髪型を変えたい。結婚したい。『不景気をどうにかして』といった声もある。出演者が最後に『チェンジ』と叫ぶと、画面には『CHANGE 11・15』という文字が浮かび『今が変える時』というナレーション。巧みな『反大田』キャンペーンだった」。これを請け負ったのが電通。電通は県知事選のために沖縄に社員五〇人を送り込み広告宣伝技術を駆使して選挙戦を主導した。
 小泉首相のワン・フレーズ・ポリティクスのアドバイスをしたり、愛知万博批判を封じ込めたり、日本中で開かれたイベントにはかならず電通の影がある……とかの「実力」がある。
 そうした「実力」は歴史=人脈が支えている。電通のルーツは、一九〇九年に広告業の日本広告社と通信業の電報通信社が「日本電報通信社」と統合したことだが、一九三六年に電通の通信部門が分離した(日本総合通信社と統合して同盟通信社。同盟通信社は敗戦後に共同通信と時事通信に分離)。電通は一九四七年に吉田秀雄が社長になると占領軍に追放されていた政財界人、旧満鉄社員、旧軍人や特務機関員であったものなどを採用した。米占領軍、保守党などとの密接な関係をつくりあげる。
 現在は、中曽根康弘元首相をはじめ政治家・元高級官僚など多彩な「顧問」がおり、日本経団連会長(トヨタ自動車)の奥田碩、キャノン元会長の賀来龍三郎、平沼赴夫元経済産業相、宝珠山昇元防衛施設庁長官などの有名人子弟を社員として囲いこんでいる。安倍晋三の妻も元電通社員だ。
 ブッシュの戦争も広告会社のキャンペーンに支えられている面は大きい。商品の広告にとどまらず、「世論」を危険な方向に誘導する電通について知っておくことはますます重要なことになっている。


KODAMA

    
心理学の問題ではない

 八四万人のニートの存在が報道された。ニートとは働かない学ばない職業訓練を受けない若者たちのことをいう。
 一九六〇年代高度経済成長期所得倍増政策の中で合理化運動が推進された。労働運動は合理化賛成派と合理化反対派と二つの労組が対立し様々に論戦があった。
 賛成派は、工場や事務所のロボット化によって将来労働者は半日労働の社会になり、半日の余暇を過ごすためのレジャー・文化産業が繁栄し、またロボット製造業も栄えるので雇用機会の喪失という心配はまったくないし、非常に豊かな労働者天国になる。それに、後進国日本は合理化によってこそ先進欧米諸国に追いつき国際的な対等国になることが出来ると論じた。
 反対派は、ロボット導入の莫大な設備投資の回収のために二四時間工場稼働が強いられ、労働強化、深夜労働の日常化は資本の運動の必然であり、相対的労賃は低下して大量の失業者で都市のスラム化が進み、貧富の差が拡大して歴然と階層分化する。生産のロボット化は社会主義国でこそ可能でなことであると論じていた。
 合理化賛成・反対の論議はこのようなものだったと記憶する。
 八四万人のニートは、あれから半世紀後の現実になった結論の一つかと思う。ニートの出現は。いまどきの若者の自由勝手などではない。教育の質の低下のせいでもない。我々の、我が国の選び築いてきた社会的責任が問われる。二〇〇五年三月二八日   ( 安藤裕三)

横浜事件再審開始決定

 戦時中の大弾圧・虐殺事件である「横浜事件」の再審が確定した。三月一〇日、東京高等裁判所第三刑事部(中川武隆裁判長)は、横浜事件第三次再審請求事件(再審請求人は、勝部元さん、畑中繁春さん、板井庄作さんの当事者三人と木村亨さんなどの遺族)について、横浜地方裁判所の再審開始決定(二〇〇三年四月一五日)に対する検察官の即時抗告を棄却する決定を行った。
 高裁の判断は、治安維持法による確定判決は拷問ないしその影響下になされた自白に基づくものであるとしたことだ。それは、拷問を加えた警察官らに対して有罪判決等がだされていることによって明らかだとしている。
 横浜地裁の決定では、再審開始の理由について日本政府のポツダム宣言受諾によって治安維持法が実質的に失効したということをあげているが、高裁は、この判断については理由については「にわかに是認することはできない」としている。この決定は、横浜地裁が判断しなかった「拷問があり、それにより強いられた自白」という冤罪だとして再審開始を認めたものだ。
 検察側がいかなる態度をとるかが注目されたが、東京高検は東京高裁決定についての抗告期限の一五日、最高裁への特別抗告はしないと発表した。こうして再審開始が確定し、横浜地裁で再審公判が開始されることとなった。 
 マスコミは、再審では「無罪」の判断が出される可能性は大きいと伝えている。当然のことだ。拷問の当事者だけでなく、その上司、弾圧体制を指導した連中の、弾圧・冤罪でっち上げの罪が追及されなければならない。戦前・戦中の特高警察の不当なやり方は、今日の立川反戦ビラ入れ弾圧をはじめとする強引な逮捕・長期勾留・起訴に引き継がれている。「横浜事件」再審請求の闘いは勝利した。再審の場においても警察・検察の不当性を暴露して闘わなければならない。(MD)


複眼単眼

  
天皇に対等の視点で立ち向かった明治初期の青年たち

 福島県のほぼ中央部に位置する町で、三春町という地方自治体がある。
 西隣は郡山市で、東隣の船引町などは今回の大合併で田村市という自治体になる。郡山市と田村市に挟まれてしまうことになるこの町は古い町で、戦国時代は田村公、幕末は秋田公の三春藩五万石の城下町だった。戊辰戦争を前後して河野広中らの志士たちが旧体制とたたかい、自由民権運動を展開する。三春は自由民権運動では全国でも有数の拠点であった。
 「三春駒」という木馬の民芸品でこの町の名を知っている人もいるかも知れないが、実は三春駒は今では郡山市に属する高柴デコ屋敷というところで作られるので、厳密にいえば三春町産ではない。
 町の名前の由来は梅・桃・櫻がほぼ一緒に開花するからだという説がある。櫻といえば三春の「滝櫻」は有名で、樹齢千年とかいわれる。この名の由来は開花したその姿が滝が流れ落ちる滝のようだからだという説があるが、これはマチガイで、櫻のある場所が三春町滝という地名に由来する。
 ここで、突然、三春町について書きだしたのは、最近、岩波新書の「自由民権」(色川大吉著)がアンコール復刊されて、所持している。それがボロボロになっていたので、書店で買い求めた。改めて読んでいて、この三春町の自由民権期の青年たちの活躍に気が惹かれたからだ。
 しばらく前、筆者はこの欄で一八八四年(明治十七年)の秩父困民党の反乱で、乙大隊長をつとめた風布村の大野苗吉青年が「お畏れながら天朝様に敵対するから加勢しろ」とのすさまじいばかりのオルグの言葉で農民を組織してかけ歩いたという話を書いたことがある。
 その二年前、一八八二年(明治十五年)四月、福島県田村郡和田町の柳沼亀吉は三春町で開かれた演説会で「(そもそも人間は同等同権なる者であって)決して君臣上下の差異なし、然るに帝とか王とか云ふ悪人に高位を授け、みだりに威権をあたへ、其帝王が無限の権威を逞うし、下民を牛馬の如く制圧すると雖も、かえってそれを道理と思ひ怪しまざるは、実に習慣の然らしむ処にて実に誤謬の甚だしきと云ふべし、吾国も慣習を以て成り立ちたる則ち国体なり」と断じて警官にしょっ引かれたと色川さんは書いている。さらに同年八月、三春町の民権士族岡野知荘が福島町の演説会で、フランス革命のおりは、人民は愛国のためにルイ十六世を斬首したとして、「天皇陛下へご忠告申し付くる。否間違ひ、申し上ぐる決心なり」と「放言」して解散命令を受けたと色川さんは続けている。
 これらに当時の革命的青年たちの気概を垣間見ることができる。天皇の「権威」が民衆の心の中にまで深く入り込んで強化されるのはこれより少し後のことである。アンコール復刊だから容易に手にはいるので、この本はぜひ読んで欲しい。
 これと関係があるかないかは別として「平成の大合併」などといわれる昨今の市町村合併の動きにこの町が背を向けているかのように見える理由は筆者は寡聞にして知らない。しかし、先頃、三春町の教育は教育長を公募したりして注目を集めた。教育委員会では教育改革推進の柱を「創造的教育観と教育方法の改革」「生涯学習や学校教育のための施設・設備の改革」「地域住民の教育参加」の三点に置き、「子どもの夢が育つ学校づくり」「教師の夢も育つ学校づくり」を目指しているといわれ、昨今の「学校の荒廃」問題などのなかで関心を集めているようだ。(T)