人民新報 ・ 第1195号<統合288(2006年3月5日)
  
                  目次

● 全国各地から米軍再編・強化反対の闘いをおこそう  「在日米軍基地再編反対2・23全国集会」

● 米国のイラク政策の破綻  ブッシュを支え続ける小泉

● たんぽぽ舎17周年の集い  「軍事と原子力」 ― 山崎久隆さんの講演 

● 防衛庁前で抗議行動  沖縄県民集会成功で米軍基地強化に反撃を

● 岩国住民投票に勝利しよう!

● 米軍再編に反対する自治体  神奈川県座間市では

● 第 10回市民憲法講座での講演  渡辺治さん(一橋大学教授)  「憲法と天皇制〜現代天皇制のゆくえ」

● 格差社会を許さず、労働者の生活と権利、平和を守る春闘の実現を!

● 書評    砂場 徹 著  「私の『シベリア物語』― 抑留生活四年をふりかえる」

● kodama  /  格差社会の実態

● 複眼単眼  /  農民領袖と土皇帝  そしてお見合いツアー



全国各地から米軍再編・強化反対の闘いをおこそう

 二月二三日、日比谷野外音楽堂で、平和フォーラムなど実行委員会の主催、WORLD PEACE NOWの協力で、「在日米軍基地の再編に反対し、基地の縮小・撤去を求める全国集会」が開かれ、労働者、市民二五〇〇人が参加した。
 集会のスローガンには「在日米軍再編に反対し、米軍基地の縮小・撤去を求めます」「日米地位協定の抜本的改定を求めます」「原子力空母の横須賀母港化に反対します」「憲法改悪・教育基本法改悪と<戦争できる国作り>を許しません」があげられていた。
 主催団体を代表して、平和フォーラムの福山真劫事務局長があいさつ。
 小泉内閣は、アメリカの要請をうけて、在日米軍の再編をおこなっているが、それは日本をいっそう米軍の戦争に結びつけるものだ。しかし、沖縄をはじめ、神奈川、山口など各地で幅広い反対運動が起こっている。自治体の首長も反対運動に参加し、連合も中央、地方で反対運動をおこなっている。国会では、社民党も民主党も反対の立場を明らかにした。最近の世論調査では、小泉政権に対する支持も落ちている。今日の集会を契機にいっそう団結して最後まで闘いぬこう。
 つづいて、WORLD PEACE NOWの栗原学さんが、小泉政権のイラク派兵を批判し、「終わらせようイラク占領、終わらせよう戦争の時代」を掲げて行われる三月一八日の反戦集会・パレードへの参加を訴えた。
 連帯挨拶は、原子力空母の横須賀母港問題を考える市民の会の呉東正彦弁護士。
 昨年、横須賀に原子力空母が配備されることが発表された。横須賀は、東京から四〇キロしか離れていない。そこに原子力艦船を配備すると言うのは巨大な原発を首都圏にもってきたというに等しい。アメリカ政府は、安全だと言い続けているが、信じることはできない。海の上、港に停泊中の原子炉はつねに事故をおこす危険にさらされている。すでに潜水艦をはじめ原子力艦船の事故は数多く起こっていることは周知の事実だ。もし、事故がおこったなら、その被害は破局的なものになることは間違いない。一〇万人以上の死者、一〇兆円以上の経済的損失が発生するだろう。原子力空母をいったん入れたら、少なくとも二一世紀中は居座るだろう。しかし反対運動も着実に広がっている。現在、母港化反対署名はすでに三八万筆集まっているが、三月までには五〇万にして、市、県、そして小泉に届けたい。ともにがんばろう。
 国会からは、民主党の平岡秀夫衆議院議員、社民党党首の福島みずほ参議院議員があいさつし、その他参加した国会議員が紹介された。
 つづいて各地からの活動報告。
 沖縄平和運動センターの山城博治事務局長。
 沖縄はまるごと米軍の出撃基地とされている。米軍再編ではアメリカはやりたい放題だ。こうしたものの集大成が三月にまとめられる。なんとも許すことの出来ないことだ。沖縄は戦争を許さない。辺野古新基地建設・基地強化を身体をはって阻止している。再編協議に対する怒りをぶつけていこう。
 山口県平和運動フォーラムの中繁尊範さん。
 山口県の岩国基地へ神奈川の厚木基地から米軍艦載機を移転させ、夜間離発着訓練を行おうとしている。岩国では、いっそうの騒音など被害が予想され、多くの人が反対運動に立ち上がっている。岩国市長も国に白紙撤回を求めている。岩国では、三月一二日に、住民投票が行われる。投票率が五〇%以下だったら不成立だ。基地賛成派はさまざまな形でうごいて、住民投票を失敗させようとしている。山口では住民投票の勝利・基地強化の白紙撤回を求めて全力をあげて闘っている。
 自治労青年部からの報告、集会アピールが確認され、国会へのデモ行進に出発した。
 衆議院・参議院の議員面会所では、民主党・社民党の国会議員が、デモ隊を出迎え、ともに、米軍再編を阻止しようとシュプレヒコールをあげた。

在日米軍再編反対2・23全国集会アピール


 横須賀を出航した米海軍のイージス艦は、イラクを攻撃する最初のミサイルを発射しました。
 同じく横須賀を母港とする空母キティーホークの艦載機は、イラクの人々の頭上に爆弾を降らせました。沖縄の海兵隊員はファルージャに派遣され、多くの民間人を殺戮しました。日本から出撃した米軍兵士が、イラク侵略の中心になったことを、私たちは忘れるわけにはいきません。
 沖縄国際大学への墜落事故を起こした普天間基地からは、いまもヘリコプターが飛び立っています。嘉手納基地ではF15戦闘機が墜落しましたが、事故原因も不明のまま、飛行訓練が続いています。米兵による殺人・強盗・暴行事件も、立て続けに起こっています。生活や生命が脅かされるなかで、米軍基地周辺に住む人々が望んでいるのは、基地の強化ではなく撤去です。
 しかし、私たちの願いとは逆に、日米両国政府は、在日米軍基地を再編・強化する協議を進めています。米国は、アフリカ東岸から東アジアにかけての地域を「不安定の弧」と呼び、この地域を軍事力で支配するとしています。そのための米軍の司令部と実戦部隊を、日本に集中配備するというのです。また自衛隊と米軍を一体的に運用する計画も話し合われています。
 私たちは、他国を侵略する米軍兵士が、日本から出撃することを許すことはできません。自衛隊員が侵略戦争に協力することを、見過ごすわけにはいきません。米軍基地の撤去を求める人々の声に、耳を閉ざすわけにはいきません。
 本日の集会に参加した皆さん。労働組合と市民団体、平和運動と国会、地域と全国を結んで、在日米軍基地再編に反対する、大きな声を作り上げましょう。自衛隊のイラクからの撤退を実現しましょう。「戦争のできる国づくり」を進める小泉内閣を、私たちの力で倒しましょう。

二〇〇六年二月二三日

 「在日米軍基地再編反対2・23全国集会」参加者一同


米国のイラク政策の破綻  ブッシュを支え続ける小泉

 在日米軍再編で日本全土をアメリカの前線出撃基地にしようとしているブッシュ政権は、自衛隊を米軍の一翼として使うための要求をエスカレートさせてきている。
 二月二六日の共同通信によると、「米政府が最近、日本政府に対し、陸上自衛隊幹部らをイラク南部バスラに派遣し、治安・行政能力向上を目的とした新規事業『地方復興チーム(PRT)』に参加させるよう打診」「C130輸送機を使った航空自衛隊の活動地域を首都バグダッドなど二カ所に拡大するよう日本側に要請している」と「複数の日米関係筋が明らかにした」と報じた。
 イラク情勢はますます「混迷」を深めている。
 二月二七日の米紙ワシントン・ポストによると、「イラク中部サマラで二二日起きたイスラム教シーア派聖廟爆破事件以降の衝突や拉致で、イラク人一三〇〇人以上が死亡した」。同紙によるとこの死者数は「これまでの米軍発表やメディア報道の三倍以上」となり、イラクは「内戦状況に突入する可能性が大きい」という。
 イラク占領の長期化と米兵死傷者の増加、米戦費の激増は、ブッシュのイラク戦争政策が破綻していることを示し、米政権は、この泥沼からの脱出策を模索している。その頼みの綱が、「イラク軍・警察」の育成による「戦争のイラク化」だが、その治安部隊そのものが宗派対立による激突の立役者となっているという構造がある。同時に、イラクでのシーア派勢力の拡大は、同じシーア派を国教とするイランの影響力を飛躍的に増大させている。
 アメリカからの航空自衛隊のみならず陸上自衛隊ものイラク長期駐留の要請は、孤立するイラク米軍のついたてとして最大限に日本の力を利用するものにほかならない。
 イラクだけではなく、アメリカはイランとも対決の構えを強めている。イランの核施設の爆撃をも視野に入れているとも言われている。アフガニスタン、イラクにつづいてイランへも戦争を拡大しようとしているのだ。そしてパレスチナ選挙では、アメリカ・イスラエルによってイスラム原理主義のテロ組織とされている「ハマス」が大躍進し政権党となった。こうなったのもイスラエルのパレスチナ人弾圧政策とアメリカの中東侵略に対する反発のひとつの現われなのであるが、アメリカ・イスラエルは従来の政策をいっそう押しすめることによって、パレスチナの声を圧殺しようとしている。イラク・中東地域でアメリカはきわめて危うい位置にたたされている。その劣勢挽回のために小泉はいっそう米軍の戦争に加担の度合いを深めている。


たんぽぽ舎17周年の集い

   
 「軍事と原子力」 ― 山崎久隆さんの講演      

 二月二五日、反原発市民運動団体たんぽぽ舎の一七周年記念の集いが開かれた。
 総会につづいて、記念講演が行われた。
 『軍事と原子力』と題して、劣化ウラン研究会の山崎久隆さんが、劣化ウラン兵器、核兵器、原子力空母など日本における原子力と軍事の関係について講演した。
 また、「地震国日本と原発五四基」をテーマに、菅井益郎國學院大学教授の「地震と原発を考える意義について」、地震がよくわかる会の柳田真さん、今井孝司さん、原田裕史さんが報告した。

「軍事と原子力」 (山崎久隆さん)

 昨年一〇月、アメリカは、ニミッツ級の原子力空母ジョージ・ワシントンの米海軍横須賀基地母港化を発表した。これまでの通常動力型空母キティホ一クの後継艦として、〇八会計年度から配備すると言うのだ。
 アメリカは空母一一隻体制で、その内の五を大西洋、六を太平洋に配備するとしている。原子力空母配備に対して、横須賀基地を監視している市民団体はもちろんのこと、地元の横須賀市や神奈川県も反対の声を上げている。
 ニミッツ級原子力空母の動力は約三五万キロワットで、美浜一号機とほぼおなじくらいの原子炉である。それが東京湾に置かれるというのだ。
 これまでも原子力戦艦カール・ビンソンや原子力潜水艦はたびたび日本に入港しているが、常駐するのは今回がはじめてだ。空母は広大な海をカバーするために出航し、事故、損傷、修理、休息のために横須賀に帰ってくる。原子力艦は定期的に原子炉燃料交換を行う。アメリカの資料によると三年にわたって行われる。
 太平洋などの米海軍の主に寄稿するのは、インド洋のディエゴ・ガルシア島(英領)と日本列島、沖縄、佐世保、とくに横須賀だ。
 米軍は横須賀で原子力事故に対処する訓練を行ったが、それは横須賀を原子力空母の母港にするという想定で行われているようだ。
 アメリカ側は原子力艦の事故は起こっていないと言うが、それはウソだ。ロシアの原潜はよく事故を起こし、原子炉とともに海に沈んだ事件を起こしているが、アメリカも同様なことをやっている。
 事故がおこればどうなるのか。一九八八年に、日本の市民団体が、横須賀基地で原子力艦鉛の原子炉事故が起きればどうなるかということを、当時米カリフォルニア大学教授だったジャクソン・デイビス氏に分析を依頼した。それによると、日本の港に停泊した軍艦による核事故(原子力艦の原子炉が火災で四時間たわたって燃えた場含を想定)で、約七万七千人が急性放射線障害や後遺障害で死亡するとの結果が出た。これは、全損事故ではない。もっと大きな事故となったらその被害ははるかに巨大なものとなるだろう。
 これまでにも原子力艦船は、沈没、火災、座礁、さまざまな理由による原子炉の緊急停止などを起こしている。原子炉の暴走・爆発寸前の事故も起こっている。アメリカ側は「これまで日本に米核艦船は二〇〇〇回も寄港しているが、一度として放射性物質の流失などをおこしていない」と説明しているが、こうしたことは信じるに値しない。


防衛庁前で抗議行動

  
 沖縄県民集会成功で米軍基地強化に反撃を

 ア辺野古への海上基地建設・ボーリング調査を許さない実行委員会による毎週月曜日の防衛庁前抗議行動が、二月二七日に行われた。
 辺野古からの電話メッセージで、平和市民連絡会の当山栄さんさんは次のように報告した。
 今、全力で3・5県民大会を成功させるために頑張っています。辺野古現地でも専用の宣伝カー一台、立看板一〇〇枚、ビラ二万枚を配る運動を展開し、確実に運動を広げてきております。また、全県的にも大きな盛り上がりを作りつつありますが、三月三日、一〇万人近い県民大会を成功させて、沿岸案を阻止していきたいと思って頑張っています。
 つづいて、うちなんちゅの怒りとともに!三多摩市民の会、労働運動活動者評議会、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックが発言し、明治大学駿台文学会の「辺野古崎への新基地建設計画の白紙撤回を求める要請書」が読み上げられ、防衛庁職員に手渡された。
 「……二月のはじめ、防衛庁首脳は、『最終報告は国と国の考えを示すものであり、地元とはその後も引き続き説得を続けていく』と述べ、最終的には地元の同意が得られなくても再編案の最終報告をまとめる考えを示したと報道されている。
 つまり、いくら、市民・関係自治体が反対していても、それには一切耳をかさず、再編案を押し進めることを意味しているのではないか。このような既成事実を積み重ねる行為は、市民を愚弄する行為であり、政府の『基地負担軽減』も欺瞞にすぎないことを露呈している。防衛庁・施設庁は態度を改め、市民の声を真摯に受け止め、再編案を即時撤回すべきである。…」

 普天間基地の移転先としての辺野古沖案は、地元の海上阻止行動とそれを支える全国の支援の闘争によって断念せざるをえなかった日米両政府は、今度は沿岸案なるものを示している。それは、大浦湾からキャンプ・シュワブ南沿岸部の地域に一八〇〇メートル滑走路などを建設するものだ。これは、かつて計画されたが、騒音や環境問題をもたらすと言うことで結局立ち消えになったものだ。沿岸案には県民七割以上が反対している。稲嶺恵一知事も、県議会も反対の態度を明らかにしている。

 沖縄では、三月五日に、米軍再編・辺野古新基地建設に反対する大規模な集会が開催される。この「知事権限を奪う特措法制定反対 普天間基地の頭越し・沿岸案に反対する沖縄県民総決起大会」は、宜野湾市海浜公園において、午後三時から平和イベントが開かれ、四時からは県民総決起大会となる。
 政府は、沖縄の米軍基地負担の軽減を言っているが、実際はよりおおきな犠牲が押し付けられようとしているのだ。集会の成功は、米軍再編協議の最終報告に重大な打撃となる。
 沖縄の闘いを先頭に、全国各地で、米軍再編・基地強化・日米軍事一体化に反対し、ブッシュのイラク戦争と自衛隊派兵に反対し、そして憲法改悪阻止に向けた運動を前進させよう。


岩国住民投票に勝利しよう!

   
圧倒的多数で移転受け入れに NO! を

三月一二日(三月五日告示)に、山口県岩国市で住民投票が行われる。
 岩国には、アメリカ海兵隊の基地があり、海上自衛隊も共同使用しているが、日本政府は在日米軍再編の一環として米空母の艦載機部隊を受け入れ、そして夜間離発着訓練(NLP)を行おうとしている。日米政府による米軍再編中間報告によると、神奈川県にある米海軍厚木基地の空母艦載機五七機を岩国に移す。それをめぐっての住民投票だ。米軍基地の受け入れについての住民投票は沖縄県名護市に次いで二番目となる。
 岩国市では、大きな反対の声が上がっている。基地移転によって騒音被害など住民の生活に大きな影響がもたらされるが、この決定が政府によってまったく地元に相談なくの頭越しに進められたことに対する反発は大きい。昨年には、さまざまな市民団体、労働組合による反対集会が開催され、また人口の半数にあたる約六万人の反対署名があつまり、井原勝介市長も「白紙撤回」を求めてきた。市議会も全会一致で移転反対を決議した。
 しかし、国の力を背景に受け入れ派のすさまじい巻き返しがはじまった。保守の一部が賛成派として活動を活発化させ、市・市議会一体となった反対の態勢が崩れた。このため市長は、住民投票を打ち出した。
 朝日新聞社が、二月下旬におこなった世論調査では、「移転反対」が七一%(「賛成」一一%)に達している。だが、住民投票にどれだけの人が出かけるかは予測できない。
 いま、岩国では、住民投票で基地強化「白紙撤回」を実現するための活動が展開されている。住民投票成功に向けて「米軍犯罪を許さない岩国市民の会」などを中心に幅広い結集で「住民投票を成功させる会」がスタートした。この会は「投票率五〇%以上の達成」「圧倒的な多数票で移転案を撤回させる」ことを目標に、投票への参加を呼びかけるビラの市内全世帯約五万戸への配布、三月五日(住民投票告示日)には沖縄県民大集会にも連帯して市民集会がもたれる。岩国住民投票の成否は、岩国にとどまらず、三月末にもまとめられる在日米軍再編協議最終報告の行方にも重大な影響を与えるものとなる。

 毎週月曜の防衛庁前抗議行動を行っている辺野古への海上基地建設・ボーリング調査を許さない実行委員会は、「なんとしても岩国市の住民投票に勝たねばならない〜岩国住民投票を成功させるためにカンパを集めましょう〜」というアピールを出した。それは、「東京の私たちにできること」として、@運動資金の援助、Aビラ入れの人手の支援、B全国的世論の喚起と市当局への激励」を呼びかけている。
 カンパのあて先は、口座番号00280―1―131711 口座名「辺野古実行委員会」(*通信欄に「岩国住民投票を成功させるためのカンパ」と明記してください)。


米軍再編に反対する自治体

    
 神奈川県座間市では

 神奈川県座間市のホームページの「米陸軍第一軍団司令部のキャンプ座間移転に反対する活動について」(今年二月)は、「米軍再編 国の説明は具体性に欠ける」と題して次のような記事を載せている。
 「……二月三日、キャンプ座間米陸軍第一軍団司令部等移転に伴う基地強化に反対する座間市連絡協議会会長(星野市長)と副会長(木村市議会議長、近藤市自治会連絡協議会会長)は、米軍再編におけるキャンプ座間への米陸軍新司令部(UEX)および自衛隊中央即応集団司令部の設置について改めて理解を求めるために訪れた、防衛庁大古防衛局長、高見澤横浜防衛施設局長らに面会しました。
 国からこれまでの本協議会の質問に対し回答がありましたが、その内容は抽象的で、具体性に欠け、到底受け入れられるものではありませんでした。近日中に再度回答を受けることとなりました。また、本協議会は地元負担軽減策について確認しましたが、明確な回答はありませんでした。
 本協議会は、今後ともキャンプ座間への米陸軍新司令部(UEX)および自衛隊中央即応集団司令部の設置が示された中間報告の白紙撤回を求め、市民の皆さんと一体となり活動を続けていきます。ご理解とご協力をお願いいたします。
 キャンプ座間米陸軍第一軍団司令部等移転に伴う基地強化に反対する座間市連絡協議会事務局」

 在日米軍再編による基地機能強化に反対する動きが全国で起こっているが、座間市の対応もそのひとつだ。


第 回市民憲法講座での講演

   
 渡辺治さん(一橋大学教授)

      
 「憲法と天皇制〜現代天皇制のゆくえ」

 二月二五日、文京区民センターで、許すな!憲法改悪・市民連絡会主催による第一〇回市民憲法講座が開かれた。会場に入りきれないほどの人が参加した。
渡辺治さん(一橋大学教授)が、多くの資料を示しながら「憲法と天皇制〜現代天皇制のゆくえ」と題して講演した。二回に分けて掲載する
(文責・小見出しは編集部)

社会統合のための天皇制

 女性天皇問題や皇室典範改正論をめぐって保守支配層内で、これを認めるという意見と強い反対の激しい対立がおこっている。これは、靖国神社問題をめぐる対立とも連動している。女性天皇制をめぐる問題では、おおむね郵政民営化に賛成か、それとも抵抗勢力かの色分けに重なるが、郵政民営化で推進派の安倍晋三、麻生太郎などは女性天皇には反対というねじれもある。
 いま、こうした問題が起こっているのは、グローバリゼーションと構造改革の中で、解体しつつある日本社会を再建する統合の役割が天皇制に期待されているからだ。
 国民の半数を占める女性を中心に女性天皇にたいする支持には強いものがある。国民統合のためには女性天皇を認めたほうが有利だ。しかし、天皇は「万世一系」にもとづく伝統的権威というものであり、それにのっとって民族の伝統がある。そう右翼は主張している。女性天皇はいいが女系はだめだ、女系では天皇の権威の源泉が失われるとも言っている。
 こうした対立には、これからの日本社会をどう構想するのか、天皇をどういうものとして位置付けるかの違いがある。

敗戦と天皇制の存続

 戦後保守政治は一貫して天皇を政治利用してきた。戦前の天皇はきわめて強力で、日本を占領した連合国は、日本改革のためには軍隊以上に天皇を対象にした。かつて第一次大戦に敗北したドイツは短期間で軍国主義を復活させた。
 アメリカは一九四一年頃からすでに日本占領と改革について検討を始めている。それは、日本軍国主義を壊滅させ、そして再び復活させないような社会改革が必要だというもので、戦後の天皇制をどうするかが重要事項になっていた。
 日本の保守勢力も、ポツダム宣言を受諾するにあたって、どうやって天皇制を残すかが大問題で、そのために戦争が長引いた。しかし、昭和天皇は「万世一系」を断絶させないために、受諾に踏み切った。

天皇・元首的か象徴的か

 戦後の天皇制については、日本の保守勢力も、大日本帝国憲法下の天皇制そのままの存続はむりで、改作しての利用と言うことになった。侵略戦争は軍部が起こしたもので、軍部が「統帥権の独立」を振りかざして天皇制を利用したのが悪かった、内閣のコントロール下に軍があればああした戦争は起こらなかったと言う形での改作だ。しかし、そのうえで、元首的天皇像を打ち出した佐々木惣一、美濃部達吉らと、象徴的天皇像の津田左右吉らの対立があった。
 前者はそもそも明治憲法にも「統帥権の独立」などと言うものはなく、軍部による誤った解釈によるもので、それが正されれば、帝国憲法そのままでよいという意見だ。一方で津田は、創刊された『世界』四六年二月号「建国の事情と万世一系の思想」で次のように書いている。
 「天皇は自ら政治の局に当たられなかったので、いはゆる親政のおこなはれたのは、極めて稀な例外とすべきである。この意味においで天皇は政治上の責任の無い地位にゐられたのであるが、実際の政治が天皇によって行はれなかったからこれは当然のことである。皇室が皇室として永続された一つの理由はここにある」
 津田は、天皇不親政こそがあるべき姿で、天皇を政治と切り離し、社会的文化的伝統による国民統合の象徴となるべきだとしたのだった。しかし、これは保守の主流とはならなかった。
 当時の憲法論議では、軍部の横暴をおさえての天皇制の改作という議論が主流で、天皇制の廃絶と共和制を主張するものは、共産党以外には高野岩三郎の私案を除いてなかった。このことは、日本における共和主義の未成熟を物語るものだった。
 占領権力も天皇制を改作して利用するということでは日本保守勢力と一致した。マッカーサーが、天皇を絞首刑にせよという意見に反対して、存続させたのは、日本の敗戦時に天皇の一声で戦争が終わったことを見て、この力を占領政策に使いたかったからだ。そして、天皇を軍・政治と遮断した。この構想は津田のそれに良く似ている。

保守合同と天皇制

 講和条約が発効して占領軍が引き揚げると、日本支配層は、共産党や労組の運動の活発化に恐怖し、天皇を政治権力(せめて立憲君主)としてそれら勢力に対抗させようとした。憲法九条の改正と天皇の元首化が保守勢力の目標となった。
 一九五五年の保守合同で成立した自民党の憲法改正案における天皇の規定は次のようになっていた。
 「一 天皇は日本国の元首であって、国民の総意により国を代表するものとする
 二 天皇は内閣の進言に基いて憲法に定める行為を行い、内閣がその責任を負うものとする
 三 天皇の行う行為に左の諸件を加える
 (一)予算の公布
 (二)国会の停会
 (三)宣戦講和の布告
 (四)非常事態宣言及び緊急命令の交付
 (五)条約の批准
 (六)国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の委任状、並びに大公使の信任状の授与
 (七)外国大公使の信任状の受理
 (八)大赦、特赦、減刑、刑の執行免除及び復権
 四 皇室財産の規定は法律に譲る
 五 憲法改正の発議に天皇の認証を要するものとする」
 まさに天皇の元首化を目指すものだ。しかし、その「附」は次のようになっている。「皇室典範を改正し、女子の天皇を認めるものとし、その場合その配偶者は一代限り皇族待遇とする。但しその場合摂政となることを得ないものとする」と女性天皇は認めているのである。
 そうした上で、自民党の「憲法改正案における天皇の規定についての解説」では、「軍の最高指揮権は内閣総理大臣に置き政治に対する軍事の従属を明らかにして、いわゆる統帥権の独立の弊害は厳に防止することにした」「象徴という意義不明瞭な天皇の地位をより明確にすると同時に、過去に体験した天皇政治の弊害の陥らないよう配慮し、他方国民の精神的拠り所としての要望に応えようという趣旨」「(天皇の権限の復活は)一部の人々の憶測するが如く天皇を実権者とし、あるいは明治憲法下におけるそれに復せんとするが如き(ものではない)。」
 これが、戦前の失敗から学んだ自民党としての方針だった。津田的な天皇論にきわめて近いものになっている。
 中曽根康弘は、天皇制について次のように述べている(自民党憲法調査会議事録より)。
 「@天皇の地位というものは現在の象徴的地位でいいと思う。したがって権限については、実質的権限を増やすことについては私は消極的であります。
 A天皇は決して単なる偶像的存在でなく、天皇はやはり日本の文化生活や国民社会生活の中に、現実に躍動してくるような身近かな天皇にならなくちゃ行かぬ、…。日本は、天皇と言いますか、皇族というものは国民大衆の生活の中に染み込むような天皇…人間天皇というものを確保しなくちゃいけないと思うのです。
 Bそういう点から私は女帝を認めてもいいと思うのです。…人間として解放するという点から見れば男も女も同じなのであって、何も女性天皇になれないということは変じゃないか。…それから皇族や天皇の取り扱いというものをあまり昔のように華族の藩屏で取り組むというやり方は感心しない。…たとえば皇太子が結婚する場合も、学習院出でなければならぬとか、公爵以上の血縁でなければいかぬとか、そういう考え自体が非常に古い考えです。極論をいえば、田舎の百姓の娘でも聡明で、健康で代表的日本人なら、私は結婚の資格があると思うのです。
 Cですから、退位の自由も認めてもいいのじゃないかと思う。
 Dそういう点で人間天皇宣言以前のにおいが今日のマッカーサー憲法においてすら私はややするように思います。」
 こうした方向の中で、一九五九年、明仁皇太子(当時)の正田美智子との結婚となった。しかし、昭和天皇自身は、政治に復帰したいと考え、またキリスト教徒(異教徒)が皇室に入ることには内心では反発していた。

安保闘争の衝撃

 一九六〇年に安保改定が行われた。安保反対闘争が大きく盛り上がる中で窮地にたった岸信介首相は、アイゼンハワー米大統領の訪日と天皇との会見を実現して政治的な挽回策を狙った。当時、科学技術庁長官だった中曽根は反対した。安保闘争が最大に盛り上がりを見せていた五月三一日に中曽根は閣議で、米大統領の訪日を延期すべきだと発言している。
 「元首や天皇には内閣は無過矢責任をとらねば申し訳ない。万一にも不詳事故があってはならぬ。天皇は自民党の天皇であるとともに、社会党の天皇でもなければならぬ。必然的に現勢下では天皇を利用する結果となり、時期が悪い。天皇を政争の渦中に絶対入れてはならぬ。とくに現憲法下にも、法律上は別として、精神的には国民の間に天皇は神聖不可侵である。万一御料車が長時間ストップするごときことがあれば、天皇の威信は崩れ、天皇制の前途に由々しき結果を引き起こすであろう」
 昭和天皇は「石を投げられても出たい」と言ったそうだが、安保闘争の高揚は、天皇元首化の動きを決定的に押しとどめることになった。

高度成長の中の天皇制

 六〇〜七〇年代に、企業社会、高度経済成長の中で天皇制はそれに見合ったものとして「完成」される。高度成長の最終段階の一九七三年の中曽根の天皇制論は次のようなものだった(「中曽根康弘氏のわが天皇論」『サンデー毎日』一九七三年六月二日号)。
 @「私は日本の天皇は、昔から今日まで本質的性格はいまの象徴天皇的存在であったと思っている。天皇制が二千数百年の歴史の中で維持されてきたのは、実際は政治権力を持たないで、その政争や勢力闘争に入らず、すべての勢力の上に超然としていたからであろうと思う」「明治憲法下における統治権の総攬者としての天皇というのは、日本の万世一系の天皇の伝統にはそぐわないものであった。」
 A「明治になって、王政復古ということになったが、私はあの明治憲法を作ったときにその出発が間違ったと思っている。御存知のように、明治憲法はプロシャ的憲法ですね。その内容は、立憲君主制という形ではあるけれども天皇に権力を集中させていったわけですね。」「これはそれまでの天皇制からすれば、本来の姿とは離れていると私は思う。そのために天皇に非常に災難が及ぶというか、迷惑をかけることになった」
 B「佐藤内閣や田中内閣が倒れても日本は永遠だ。なぜ精神的に日本は永遠なのか。永遠であるというのはどこから来ているのか。背後に、われわれの後ろに象徴天皇制がれっきとして、過去にも未来にも精神的に核心として存在するからにほかならない」
 津田的な天皇像の普遍化といえる状況だった。しかし、それは、グローバリゼーションと構造改革そして軍事大国化の九〇年代に入ると天皇像は再び大きく転換することになる。 (つづく)


格差社会を許さず、労働者の生活と権利、平和を守る春闘の実現を!

 小泉政権の構造改革攻撃、企業リストラ、格差拡大に抗し、生活できる賃金を求めて06春闘が闘われている。
 三月一五日に自動車総連、一五〜一六日に電機連合など民間大手の集中回答日を迎えるが、空前の大儲けをしながら大企業経営者は労働組合の賃上げ要求にまともに対応しようとしてはいない。大手組合の賃上げ要求は定昇別で一〇〇〇〜三〇〇〇円というささやかなものだが、経営側は急増する設備投資、国際競争力の維持などを賃上げ困難の口実にしており厳しい回答が予想される。自動車総連の加藤祐治会長は「何としても一律ベアゼロから脱出する元年にする」とアピールしたが、世界一の自動車会社となり、その会長・奥田碩が経団連会長をつとめ、「儲かっているところは賃上げを」とも言っていたトヨタ自身がいかなる回答をだすか注目されるところだ。
 しかし、賃上げ交渉も、結局は労資の力関係で決まる。
 反リストラ、賃上げ、公務員・民営化・賃下げ攻撃反対、労働法制改悪反対、中小・非正規・外国人労働者の権利拡大・均等待遇の実現、国鉄闘争勝利そして反戦、憲法改悪反対を掲げて、職場・地域から闘いを作り出していこう。


書 評 
   
   かけがえのない記録 ……

    
砂場 徹 著  「私の『シベリア物語』― 抑留生活四年をふりかえる」

               2006年1月  技術と人間刊


○ 抑留生活の暗と明 

 本書が酷寒の地での鉄道敷設作業の過酷さに多くの頁を割いているのは当然のことだが、敢えて紹介を省く。到底「要約」は不可能で、直接本書を手にとってもらうしかないと思うから。「賃金」や「ノルマ」の問題も興味深いが紙幅の関係で割愛する。
 ここでは厳しい労働を一層耐え難いものにした暗の要素と、苦しい日々の中でも一抹救いとなった明の要素とについて触れたい。
 収容所内に軍隊内務班の秩序がそのまま持ち込まれたことが二重に抑留生活を酷いものにした。暖かい寝台を占めた上官たちが上半身裸で暑がっている時に、凍りつく片隅で初年兵が凍死する。食事の量を初年兵の何倍か掠め取った上官たちがゴロゴロしている傍らで飢えた初年兵が働きづめに働いている。苦労して雪を溶かしお湯にしておしぼりを上官に献上するという、軍隊にもなかった日課まで登場する。しかし砂場青年は、怒りを鬱積させながらも抗うことはできない。上官への畏怖が払拭されるのはだいぶ後でのことだ。
 そんな砂場青年の救いとなったのは、ロシアの人びととの触れ合いであった。重い凍傷にかかって入院した青年は手厚い看護を受ける。「兵隊に入って以来人間らしく扱われることはなく、死にかけていた私が思いがけず『敵国』の病院で助けられ親切にしてもらっているとは。あるときいろんな感情が一挙に吹き出し、思わず涙をながし、声になってしまった。そばに居た看護婦さんが驚いて『シト、シト』(なに、なに)と聞くのだが言葉が通じないし黙っていた」翌日通訳をつれてきた看護婦さんに「私は一気に胸のうちをぶちまけた。ことばが通じるということ、話し合えるということの嬉しさをこれほど感じたことはいまもまだない」
 一体に本書に登場するロシア人群像は好意的な筆致で描かれている。作業を実施するかどうか捕虜の前で「口角泡をとばしてケンカする」収容所長と作業長。恋人が訪ねてくると仕事を砂場青年に押し付けて部屋にこもってしまう、そして共に「鮭捕り」に興じる測量技手、気前よく食事やタバコを振る舞ってくれる、女房の尻にしかれている測量技師。折あればたちまち見事な合唱を響かせる女性たち。厳格で煙たいが信頼関係はあった作業監督・・・大半が何らかの受刑者であったらしいことと関係するのだろうか。

○ 民主化闘争と民主運動

 収容所内でも続いた旧軍隊秩序も次第に破れてくる。砂場青年は古参兵と殴り合いを演じるまでに自己主張するようになる。食堂ができて食事の差別がなくなり、捕虜同士の会話ができるようになったことが、自然発生的な反軍・民主化闘争の契機になったという。大衆集会で幹部(上官)たちをクビにし、新しい代表を選出する。捕虜同士互いに「さん」付けで呼び合うようになる。この変化の中で次第に自発的な生きる意欲が湧いてくる。
 他方、ソ連側肝煎りの民主運動が展開される。学習会がもたれ、これには渋々参加の砂場青年も、文化活動の歌や踊りは大好きになる。しかし、ソ連側の工作で再度幹部の入れ替えが行われるが、青年には納得できず反発する。上からの民主化はついに青年の心を捉えない。しかし、夫婦が腕を組んで散歩する姿に瞠目し、女性駅長のテキパキした仕事ぶりに感心し(帰国した青年の目に日本女性の歩き方は「実にちょこまかとしたものに写った」)、ダンスパーティでの作業長夫婦の優雅な踊りに「惚れ惚れと見とれ」、総じて男女平等、対等な関係性、「自分の好みや意志をはっきり主張できるということ」、そしてまた決して捕虜を差別せず、一度も暴力を振るうことなかった収容所側の規律等は確実に砂場青年の心を捉え、帰国後の思想的転回を準備しただろう。

○このようでない日本を求めて

 まさに著者は「天皇制の野蛮と帝国主義的侵略戦争の害悪とを、犠牲をはらって知った人びと」「諸民族、わけても民主主義諸国家の生活、社会、政治を苦労して知ってきた人びと」の一人であり、そうであることによって「日本の民主主義革命を仕上げ、侵略戦争の復活を防ぐために」戦後一貫して奮闘したのである。資本の論理を剥き出しにする新自由主義的改革の下で格差・差別が助長され、未だ旧軍隊的な陰湿な精神構造を払拭できずにいる(例えばリストラ合理化の過程ではそれが端的に再現されているだろう)日本の現状を前に、著者が漏らす「最近、なぜかシベリアが懐かしいのだ」というつぶやきは、「このようではない日本」への熱い希求なのだと私は思う。
 最後に、長年著者に連れ添った砂場恵美子さんの絵画と短歌がこの本に彩を添えていることを付記する。お連れ合いの支えがなければ本書の完成も難しかっただろう。心からのねぎらいと祝福を送ります。 (佐山新)

 本の注文先は、許すな!憲法改悪・市民連絡会へ。 TEL03(3221)4668、FAX03(3221)2558)


kodama

   
 格差社会の実態

 日本社会に急激な格差が広がっている。これが小泉の構造改革政策の結果であり、その基礎に一〇年程前に当時の日経連によって提起され、その後、蔓延した非正規労働者の激増がある。
 連合は二月六日に<小泉総理の「格差社会」認識を問う>という文書を出した。面白いものだ。格差が拡大する日本社会の実態を示す多くの数字が紹介されている。
 
 小泉は、一月二五日の参議院本会議で、日本には格差拡大はないと次のように述べている。
 「統計データからは、所得再分配の効果や高齢者世帯の増加、世帯人員の減少といった世帯構造の変化を考慮すると所得格差の拡大はない」「資産格差についても明確な格差の拡大は確認されないとの報告・所得格差、資産格差は、国際比較においては、日本では格差はそれほどないという報告を受けている」「成功者をねたむ風潮とか、能力のある者の足を引っ張るとか、そういう風潮は厳に謹んでいかないとこの社会の発展はない」「貧困率が高くなっているという認識は、データを拝見し、データに基づいた説明を伺っていると、各国と比較してますます増えていく状況ではない」「ただし日本の所得格差は緩やかな拡大を示している」……。
 「格差を言う奴は成功者を妬む者だ」ということか。よくも言ったりというところだ。

 連合の文書は「所得・資産の格差拡大」について、次のような数字をあげている。
<低所得層の増加>
 ○ 年収三〇〇万円世帯は三割近い(二〇〇三年、二八・九%)、一九九九年(二三・八%)より大きく悪化している
 ○ 年収二〇〇万円以下の世帯は、およそ五世帯に一世帯(一八・一%)、同様に一九九九年(一四・二%)より悪化している。(いずれも厚生労働省「国民生活基礎調査/二〇〇三年」)。
<資産格差の拡大>
 ○ 貯蓄ゼロ世帯二三・八%(二〇〇五年/金融広報中央委員会調査)、一九六三年調査開始以降で最高。
<働き方の二極化>
 ○ 非正社員の増加男一九八二年七・六%↓二〇〇二年一四八% 女三〇・七% 五〇・七%(総務省「就業構造基本調査」)
 ○ 非正社員は四割近く(三七・二%)が月給一〇万円以下。(二〇〇三年九月見込み/厚生労働省「平成一五年就業形態の多様化に関する総合調査」)
 ○ 正規労働者三六〇〇万人(二〇〇一年)↓三三〇〇万人(二〇〇五年) 三〇〇万人の減少(一〇年間で四〇〇万人減少)パート・派遣など非正規従業員は二〇〇万人以上の増加(一〇年間で六五〇万人増加)
<生活保護世帯の増加>
 ○ 生活保護世帯六〇万世帯(一九九七年)↓七八万世帯(二〇〇一年)↓一〇四万世帯(二〇〇五年)
<最低限の生活が送れない人の増加>
 ○ 母子世帯(一・六七人の子供)の収入 公的扶助を含めて二一・六万円、税・社会保険料を含めた実質的な支出は二三・五万円。
<格差に関する国民意識>
「日本の貧富の格差は」広がっている…七〇%、広がっていない…二五%
  ………
         (H) 


複眼単眼

   農民領袖と土皇帝  そしてお見合いツアー


 二〇〇〇年五月、中国社会科学院農村発展研究所のT研究員は湖北省の農民から一通の手紙を受けとった。
 手紙は「私の名前はS。今年三一歳。村の小学校で五年間教えた後、現在は農民。将来も農民でありたい」で始まる。
 Sは中学の頃から、農民はなぜこんなに貧しいかを考えていた。その原因を知りたいと思った。農業技術を身につけ、模範農家になろうと思った。それでも村の幹部が要求する費用や手数料が払えず苦悶した。苦労して国の「農村政策法規選集」を入手した。以降、これで村の幹部に対して遵法闘争を始めた。村の農民にも呼びかけた。幹部は「おまえは払わなくていいが、ほかの人に呼びかけるな」と声を潜めて言う。そして農民たちを逮捕した。Sは省政府と掛け合ったがらちがあかず、やむを得ず北京に行く。その結果、いっそう嫌がらせを受ける。村民委員主任に立候補しようとしても阻止される。北京では新華社記者が二回取材し、内部刊行物にも報道されたが、解決しない。地元の幹部は「土皇帝」と呼ばれる。「見ろ、お上に逆らってもうまくいかない」などと言い放つ。明らかに上級は彼らを保護している。我々は闘いをやめない、と。
 この手紙をもらったT研究員は、Sの身の上を心配し軽挙妄動はやめろと忠告する。われわれはまだ法制国家にいるのではなく、官治国家にいるのだ。あなたが向き合っているのは少数の幹部ではなく、体制そのものだ。勝利は不可能だ。払う代償は半生、いや一生だ。あなたの生活を変えよ。まず豊かになれ。政治理論を学び、四〇歳くらいになったら、合法的に政治の世界に入れ。あなたならできる、と。
 しかしSは思う。この社会で志を立て、社会に有益なことをしようと考えている人は本質的に私と同じことを考えているはずだ。かれらは退却するかも知れないが、私は退かない。われわれの悲劇はある日必ず社会の動乱として爆発する、と。
 Tは思う。Sのような「農民領袖」は少なくない。全国に数万の郷や鎮があるが、それぞれから一人のSがでても少なくないだろう。これはわれわれの体制の重大な欠陥なのだ、と。
 以上の物語は「講談社文庫」の「中国の農民」(清水美和著)の一節。この本は現代中国の農村の実情の一端を示しているに違いないと思う。おすすめの本だ。
 最近、滋賀の幼稚園で集団通園をしている一人のお母さんが、同乗させていた同じ園の子どもを二人殺害したという事件が起こった。胸が痛む事件だった。このお母さんは二〇〇〇年七月にいわゆる「日中お見合いツアー」で夫と出会い、結婚して日本にきた黒竜江省の農村生まれの中国人女性だという。
 どんな契機であれ、二人の若者が出会って結婚したら、その幸せを願うばかりだが、しかし、やっぱり悲しくはないか、腹立たしくはないか。
 男たちが仲介業者の案内で中国に五日間の日程で見合いツアーに行く。最低でも三〇〇万円かかるとか。結婚までは一〇〇〇万はかかるとか。日本側も中国側も最近では法を厳しくして取り締まっているが、悪質業者はあとを断たない。
 どこに問題があるというのか。人を買う人、人を売る人、売られる人、みんな人間なのだ。人を買う人がいる社会、人を売る人がいる社会、売られる人がいる社会、こんな社会が許されていいはずがない。だからこそ、かの国では農民領袖が生まれている。 (T)