人民新報 ・ 第1209号<統合302(2006年9月18日)
  
                  目次

● 小泉を超える反動政治と対決しよう  安倍新政権の改憲・教育反動化阻止へ

● 9.11から5年 孤立し敗北しつつあるアメリカ  WORLD PEACE NOW 9・9反戦行動

● 教育基本法改悪を阻止しよう! 「日の丸・君が代」強制・処分反対!  8・30都教委包囲デモ

● 郵政民営化は労働者、市民にバラ色ではない ! (大阪郵政労働者 K)

● 鉄建公団訴訟を軸に国鉄闘争に勝利しよう  連帯ロード2006

         広島での取り組み

         関西での取り組み

● Kodama  /  四国ピースサイクルを終えて

● 複眼単眼  /  ルペンの日本版の安倍  「茶色の朝」は要らない




小泉を超える反動政治と対決しよう

    
 安倍新政権の改憲・教育反動化阻止へ

 自民党総裁選での最有力候補の安倍晋三が総裁となり、国会での指名をうけて次期首相となれば日本の政治は小泉政治のツケと世界的な情勢の大きな変化によって一気に流動的な展開をみせる可能性がでてくる。
 この間の小泉政治の五年間は、ブッシュの「反テロ」戦争を支持し、陸海空三自衛隊を海外派兵させた。靖国神社参拝を強行し、アジア諸国との関係を最悪のものとした。新自由主義の構造改革攻撃で社会的格差を大幅に拡大した。にもかかわらず小泉は独特の二者択一のパフォーマンスとワンフレーズ答弁で、その政治の危険性を覆い隠し、かつてない大衆的な支持率を誇った。安倍は小泉政治の後継者としてブッシュ政権への追随と新自由主義「改革」を続ける。歴史認識では小泉以上に戦争美化の姿勢を明らかにし、新政権の優先課題を憲法と教育におくとしている。とりわけ、憲法の改悪とアメリカの世界的な軍事戦略に自衛隊を密接に繋ぎ米軍の戦争の一翼を担う集団的自衛権の行使の問題は、小泉段階を大きく超えるものとなっている。

 安倍は、九月一二日、日本記者クラブ主催の自民党総裁選についての公開討論会で、憲法を遅くとも五年以内に変えると公言した。
 それは、改憲について、五年近くの期間で考えなければならない、しかし、国民的議論が進み、国会で三分の二の合意が得られる目安がつけばさらに前倒しもありうる、という内容だ。
 安倍は、総裁選の政権公約で、新憲法の制定を打ち出しているが、今回の発言はさらに一歩踏み込んだものとなっている。
 その上、安倍の新憲法構想なるものは、昨二〇〇五年一一月に発表された自民党の新憲法草案よりも反動的なものになるだろう。
 大半のマスコミが、自民党草案は、それ以前の、愛国心や天皇制伝統を強調する中曽根康弘元首相ら伝統派の主張を弱めたものと報道したが、そうした評価は誤りである。
 しかし、自民党の改憲に向けての動きは、これまでも二転三転の様相を示しながらも、着実に現憲法の平和主義などの諸原則を破壊するものとして形成されてきている。
 一昨年二〇〇四年一一月に発表された「憲法改正案起草委員会」の「自民党憲法改正案大綱(たたき台)」は、九条関係の部分では、現役自衛官の吉田圭秀陸上自衛隊二佐が作成した原案がすべて取り入れられた。これは大問題となり、「大綱(たたき台)」をつくった自民党「憲法改正案起案委員会」(座長・中谷元)は凍結され、「大綱(たたき台)」は白紙撤回された。こうした事態に、自民党は森喜朗、中曽根、宮沢喜一、海部俊樹ら首相経験者などを網羅した挙党体制の自民党新憲法起草委員会をつくった。委員会は、二〇〇五年四月に「新憲法試案のための起草委員会要綱」(一〇の小委員会によるもの)を、七月に「自民党新憲法起草委員会・要綱第一次素案」が発表された。八月には、条文形式の「新憲法第一次案」が出されたが、党内外からの異論の多かった「前文」は留保された。
 一〇月には、第一次案に「前文」を加えた「新憲法案」が自民党の政策審議会・総務会で了承された(一一月に党として確認)。この「前文」は、これまでの自民党の復古・伝統主義的なもの、とりわけ〇五年四月の小委員会で出されたものを大幅に書き換えたものであった。それゆえ、中曽根は、「日本の歴史、文化、伝統、国柄が完全に抜け落ちている」と批判したのであった。
 自民党の新憲法案提出の意図は、自民党らしい復古調を薄め護憲派の決定的な反発を受けないように配慮したものであるが、その一方で、自民党の支持基盤である右翼的なナショナリズム・国家主義の主張もしっかりとふくまれているのだ。こうした自民党「新憲法案」にたいして、マスコミは誤って「穏健なもの」と報じるところが多かった。
 ところが、安倍は、一一日の発言で次のように述べた。憲法「改正」問題では。民主党などとの合意を優先するとしながらも「『前文』はもうちょっと…」と言っている。「前文」も状況によっては、変える気があるということであり、安倍の復古主義的な本質のあらわれである。

 同じ討論会で、集団的自衛権の行使についても積極的な発言をしている。いままでの政府の解釈では禁止されていた集団的自衛権の行使そのものの検討や研究はいいのだと言う行使を前提としなければ検討・研究を進めることは可能だという。しかし、行使を前提にしないのなら検討・研究の必要はないはずだ。あえてやるのは、行使の気があることを前提としている。
 総裁選に向けては、集団的自衛権の行使は、憲法九条に違反し、もし行使するなら憲法「改正」の後だという主張も出されている。ここで、安倍があえて集団的自衛権行使を実質上容認する主張をしているのは、改憲よりも前に、集団的自衛権の行使=日米両軍による共同作戦の可能性があるためである。
 世界の反対を押し切ってアメリカ・ブッシュ政権がはじめた世界覇権のための戦争は、イラク、アフガニスタンで重大な岐路に立たされている。すでにアメリカの勝利は不可能となった。当初から戦争に反対した国際世論はもとより、ブッシュの戦争に加担した国ぐにも戦線から離脱しつつある。スペイン、イタリアは親米政権が打倒された。イギリスでもブレアは退陣要求に抗しきれなくたっている。中南米でも反米政権が次々に誕生している。
 ブッシュにとって、日本の位置は上昇するが、それは、自らの作戦の補強のためであり、日本政府をいっそう侵略戦争に加担させ、自衛隊を米軍の尖兵にしようとするものだ。二〇〇〇年一〇月に、当時の米国務副長官たちによって作られた対日要求書である「アーミテージ・レポート」は、日米同盟のためには、日本が集団的自衛権の行使を禁じていることが問題だとして、憲法九条を変えることを迫った。これに応えたものが、小泉の五年間の政治であり、その後継者である安倍の集団的自衛権容認発言なのである。安倍は、憲法を変える前にも、政府の憲法解釈の変更だけによって集団的自衛権の行使は可能だとしているのだが、それは、ミサイル防衛での日米による共同の対処、公海上で日米の艦船が並走していたときに米艦が攻撃された場合の日本艦船の対処、イラクなどでイギリス軍がおそわれた場合の自衛隊の対処などについて、いずれも武力行使は可能だとするものである。これらを契機・口実にして米英軍など外国軍隊と自衛隊の共同作戦体制に移るというのが狙いだ。

 教育「改革」について安倍は一四日に自民党本部で開いた総裁選討論会で、首相になったら、首相直属の諮問会議をつくると述べた。また、教員免許の更新制や大学の入学時期を九月としその間を奉仕活動にあてるなどの構想を示し、教育「改革」には「大きな反発があるかも知れないが、もう待ったなしだ。しっかりと前に進めていく」とも発言している。関連法案については来年の通常国会にも提出したいとも言った。教育基本法の改悪とそれを具体化する教育反動化法案は、日米軍事一体化、改憲とともに戦争のできる国家づくりのためのものであり、決して許すことのできないものである。

 臨時国会は九月二六日に招集されることになった。先の通常国会で提案され先送りとされている、共謀罪新設法案、教育基本法改悪法案、改憲手続きのための国民投票法案、防衛庁の省昇格法案、米軍再編を具体化する法案などを巡って厳しい闘いが必要とされる。われわれは、通常国会で悪法案の成立を阻止した闘い、とりわけ共謀罪新設法案に対する闘いの教訓を生かしてこの秋からの闘争を構築していかなければならない。共謀罪新設法案は、その内容が知られれば知られるほど反対運動はひろがった。マスコミも大いに取り上げるようになった。そして与党議員の中からも反対の声が出始めるようになった。そうした状況で、政府与党は追い詰められたのである。共謀罪法案だけではない。その他の法案もきわめて危険な内容をもっていて、それが大衆的に理解されれば法案成立阻止は可能である。
 新政権の基盤とそれを取り巻く状況は決して安定したものではない。ブッシュと小泉が作り出した負の遺産が重くのしかかってくるだろう。
 小泉の「劇場政治」は幕を閉じる。これからは、自民党の反動政治との真の対決の時期となるだろう。反戦・改憲阻止、搾取・格差拡大に反対する大衆的な運動を国会闘争と結びつけ、反動安倍政権と断固として対決し闘おう。


9.11から5年 孤立し敗北しつつあるアメリカ

          
WORLD PEACE NOW 9・9反戦行動

 二〇〇一年の9・11事件から五年が経った。アメリカ・ブッシュ政権は、この事件を契機に「反テロ戦争」を叫び、同年一〇月にアフガニスタン、二〇〇三年三月にイラクに侵略戦争を開始した。
 唯一の超大国としてのアメリカは、国際世論を省みることもなく単独覇権主義の強権政治を行ってきた。こうした戦争によって、産油地帯である中東地域を支配し、アメリカの世界支配を強固の固めるとともに、戦争を拡大して軍需産業の利益を図ろうとしたものであった。だが、ブッシュの目論みは破綻しつつある。アフガニスタン、イラクでの米英による占領政策はガタガタになってきている。アフガニスタンでは旧タリバン政権のゲリラ戦によってイギリス兵の死傷者が激増し、パキスタンは一部のアフガン武装勢力と協定を結び、米英の封じ込め戦略は重大な局面に立ち入ろうとしている。イラクでは、内戦状況に陥り、アメリカ軍は撤退しようにも出来なくなっている。
 覇権確立を目論んで開始した反テロ戦争は、逆にアメリカの支配を弱体化させているのである。アメリカはいっそう孤立し、アメリカ国内でも反戦の声は高まり、ブッシュ政権の支持率は急速に低下し、一一月の米中間選挙ではブッシュ与党である共和党の敗北は必至と見られる。
 ブッシュはイラク開戦の口実に、イラクの旧フセインの大量破壊兵器保有と「国際テロ組織」=アルカイダとの協力関係をあげていた。大量破壊兵器保有についてはすでにブッシュ政権自らが誤りの情報であったことを認めたが、この九月八日には米上院情報委員会が、フセイン政権が、アルカイダを「政権への脅威」と位置付け、アルカイダからの支援要請を拒否していたとする報告書を公表した。〇四年には、9・11事件を調査した米独立調査委員会の報告書が、アルカイダと旧フセイン政権との協力関係を否定していたが、議会が正式に認めたことで、ブッシュ政権のイラクへの戦争がまったくの「デマ」にもとづいたものであることがはっきりした。またブッシュは六日の演説で「テロ容疑者」を収容する秘密収容所の存在をしぶしぶ認めた。
 アメリカ・ブッシュ政権だけではない。イギリス・ブレア政権も、アフガニスタン・イラク戦争で窮地に陥っている。
 最近ブレアは、与党・労働党内で高まる早期退陣要求に屈し、「一年以内の首相辞任」を自ら認めた。ブレア退陣要求の背景には、イラク戦争参戦、アフガニスタン増派、最近のレバノン情勢でのイスラエルへの暗黙の支持などブッシュ寄りの中東政策が、イスラム諸国民の反英感情を強め、イギリスをテロの危険にさらしたとの大衆的な不信の高まりがある。ブッシュの最大の盟友も反戦の声に追い詰められている。労働党の支持率はイラク戦争以降、低迷を続け、世論調査では三一%となり、野党保守党の四〇%に大差をつけられ(ガーディアン紙)、次期総選挙(〇九年想定)での政権交代の可能性が高まっている。
 ブッシュの戦争を断固として支持したスペインのアスナール、イタリアのベルルスコーニに続き、ブレアもまた退陣するとなれば、もともとイラク開戦に反対だったフランス、ドイツをふくめヨーロッパのほとんどがイラク戦争から手を引くことになる。

 こうしたイラク・アフガニスタン戦争をめぐる状況の変化に、日本政府は対応にヤッキとなっている。イラク戦争の開戦の口実が完全に破綻し、開戦を支持した各国で政変が連続し、アメリカでもブッシュ批判の高まりと中間線選挙で予想される共和党の敗北などは、日米軍事同盟基軸、ブッシュ追随の自民党政権の足元を直撃している。テロにも報復戦争にも反対して闘い抜いてきた反戦運動の主張の正しさは立証された。世界中のいっそう広範な人びととともに、ブッシュらの侵略戦争反対、占領反対、そして米軍を支える航空自衛隊(イラク)、海上自衛隊(アフガニスタン)の即時撤退の闘いをいちだんと強めていく秋である。

 九月九日には、東京・明治公園で、「イラクにも日本にも、世界のどこにも軍事基地はいりません」「海・空自衛隊はインド洋やイラクからすぐもどすべきです」「イスラエルの武力行使に抗議します」「9条は世界への不戦の誓いです」「『海外派兵のための恒久法』に反対します」のスローガンをかかげて「終わらせようイラク占領 終わらせよう戦争の時代 WORLD PEACE NOW 9・9 戦争も暴力もない世界を」行動がおこなわれ、原宿駅周辺など繁華街でのパレードには約一〇〇〇名が参加した。
 集会では主催者を代表して、WPNの大塚照代さんがあいさつ。アフガニスタンでも、イラクでも、パレスチナ、レバノン、イスラエルでも戦争がつづいている。一番の被害者は私たちとおなじ市民だ。WPNはこれまでいろいろな活動をしてきたがこれからも続けていかなければならない。アメリカで戦争に反対する団体からメッセージが送られてきているが、戦争が止められないのが歯がゆいといっている。まったく同感だ。一緒に戦争に反対していこう。
 
 明治公園では、正午から、BE―INによる「平和を祈る、愛といのちとARTのまつり」が行われた。


卑劣な右翼テロを許すな !  言論封じに反対する共同アピールで記者会見

 八月一五日の夕刻、元自民党幹事長の加藤紘一衆議院議員の自宅(山形県鶴岡市)が放火によって全焼させられた。加藤氏は、小泉首相らは靖国神社を参拝すべきでないと批判をしており、右翼勢力から連日にわたって執拗な抗議・脅迫を受けており、放火犯人も現場で割腹自殺未遂の右翼であった。「テロには決然として対決する」と言っていた小泉はこの事件に対して、当初だんまりを決めこんだ。これは、小泉の反テロなるものが、民主主義の破壊や自らの靖国神社参拝批判者に対する無法な暴力には反対せず、逆に裏で支持するというものであったことを暴露するものとなった。右翼の野蛮な暴力、テロを助長しているのは、自民党の反動政治であり、右傾偏向マスコミである。だが、その他のマスコミ、労組、市民団体なども有効な反撃の行動をとれていないが、こうした事態を放置すれば、かつての戦争に突入した時のように、右翼テロの跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)を許すことになる。あきらかな右翼による卑劣な政治テロに、決然と対決しなければならない。

 九月五日、弁護士会館で、「共同アピール」についての記者会見が行なわれた。
 会見には呼びかけ人のうち七人が参加した。
 斉藤貴男さん。事件に小泉はすぐにはコメントしなかったが、むしろ歓迎しているようだった、私たちの抗議運動に対しては冷笑するむきもあるが、これに負けてはならない。
 きくち・ゆみさん。戦争をするためには自由にものが言えなくなる雰囲気を作らなければならない。ここで反対の声をあげなければならない。
 佐高信さん。自民党には昔はハトがいた。汚れたハトでも話はできた。問答無用か問答有用かが問われている。
 石坂啓さん。首相の靖国神社参拝はアジアの人の心を理解していない。もしアメリカが原爆祭りをやってそこで大統領が歌って踊ってとなったら日本人はどんな気がするだろうか。
 西川重則さん。かつての戦争のときにも多くの予兆があった。戦争を許したのは内閣だけではない。予兆の時に反対しなかった私たちの問題もある。
 小倉利丸さん。かつて富山の美術館で昭和天皇のコラージュの展示が右翼の妨害でできなくなった。美術館のカタログも焼却された。一つ一つの弾圧に抗しないと原状回復できなくなる。
 内田雅敏さん。この事件にはそれぞれの人が地域・職場で反対していかねばならない。今日を第一歩として、燎原の火のようにひろげていかなければならない。弁護士会にもアピールやデモをやるように働きかけている。加藤邸前でも大集会を開き山形発の運動が行う必要がある。

共同アピール 
加藤紘一氏宅放火事件 〜私たちは「言論封じ」のあらゆるテロを許さない

 六十一回目の敗戦記念日となった八月十五日夕刻、元自民党幹事長加藤紘一氏の山形県鶴岡市にある実家と事務所が全焼した。敷地内で腹部を切って倒れている男が発見され、男は東京都内の右翼団体幹部であることが判明した。簡易鑑定では、火の気がなかったとされる実家一階奥の寝室で金属製の缶二個が見つかり、周辺からは油類が検出された。状況はこの男の放火であることを示している。確保された男は一命をとりとめたが取り調べに応じられない状態で、真相はなお多くの点で捜査の解明をまたなければならない。
 十五日早朝、小泉首相はA級戦犯が合祀される靖国神社に参拝した。中国、韓国などアジア諸国からの非難、国内では賛否両論のなかでの強行だった。加藤氏は自民党内で首相の靖国参拝に疑問を呈し、メディアでも「参拝するべきではない」と批判を繰り返していた。男の所属する右翼団体は、過去にも天皇訪中に関連し宮沢首相(当時)の私邸前で割腹自殺未遂事件を起こしている。
 この放火は加藤氏の言動を敵視する者による、まぎれもない「言論封じ」のテロである。

 近年、右翼は靖国問題をめぐる活動を活発化させている。
 昨年は小林陽太郎富士ゼロックス会長宅に銃弾が郵送され、今年一月には自宅玄関前に火炎瓶が置かれた。今年七月には日経新聞東京本社に火炎瓶様のものが投げ込まれた。小林会長は「新日中友好二一世紀委員会」座長として、昨年から小泉首相の靖国参拝を批判していた。日経新聞は靖国参拝の是非をめぐる論議を呼んだ「昭和天皇発言」の富田メモを入手、スクープしていた。
 事件とこれらの関連性は、実行犯が真意を明らかにすることをしないため、推測の域を出ない。
 だから卑劣なのだ。実行犯は語らなくとも、目的は達せられている。事件は自由な発言への恐喝、脅しであり、言論の自由への封じ込めに結果することだけが明白だからだ。
 自由な発言が守られなくて民主主義はない。民主主義にとって、政治テロはけっして許されてはならない敵である。

 私たちは、こうした「言論封じ」を目的とした卑劣な政治テロを断じて許さない。
 戦後だけでも、わが国で右翼によるテロはこれまで絶えることがなかった。一九六〇年、浅沼社会党委員長刺殺事件。一九六一年、嶋中中央公論社社長宅殺人事件。放火事件では一九六三年の河野建設相宅放火事件があり、一九八七年には朝日新聞阪神支局への「赤報隊」による事件があり、一九八九年には本島長崎市長への狙撃事件があった…。
 今一度思い起こそう。戦前、政治家が次々とテロに倒れ、気づいた時すでに政党政治は形骸化し、戦争へと真っ直ぐに進む道だけが残されていたことを。
 加藤氏は「政治家である以上、どんな状況でも今後も発言していく」とテロに屈しない決意を語っている。しかし、政治テロとの闘いをひとり被害当事者だけに委ねてはならない。民主主義が脅威にさらされている。

 勇気の結束を示すため、私たち一人ひとりが声をあげよう。

 私たちは「言論封じ」のどのような政治テロも許さない!

二〇〇六年八月二十八日

呼びかけ人  

 石坂啓(漫画家)、上原公子(国立市長)、内田雅敏(平和の灯りを!ヤスクニの闇へ キャンドル行動実行委員会事務局長・弁護士)、小倉利丸(ピープルズ・プラン研究所共同代表)、鎌田慧(ルポライター)、きくち ゆみ(グロバルピースキャンペーン発起人)、木村庸五(弁護士)、斉藤貴男(ジャーナリスト)、佐高信(評論家)、三瓶 愼一(大学教員)、高田健(許すな!憲法改悪・市民連絡会)、西川重則(平和遺族会全国連絡会代表)、横田耕一(憲法学者・九州大学名誉教授)

 (あいうえお順 九月二日現在)


教育基本法改悪を阻止しよう! 「日の丸・君が代」強制・処分反対!

                            8・30都教委包囲デモ


 石原都知事とその下での都教委による「日の丸・君が代」強制・処分は教育基本法改悪の先取りだ。

 八月三十日、石原・中村都教委の暴走をとめよう!都教委包囲・首都圏ネットは、「教育を破壊する東京都教育委員会に怒りのつぶてを!」「『日の丸・君が代』強制・処分の都教委10・23通達は違憲だ!」「処分のエスカレートを許さず、教職員、生徒、保護者などみんなの力で憲法と教育基本法の改悪をとめよう!」をスローガンに四百人が参加して、都教委包囲デモを行った。
 新宿西口の柏木公園で出発集会が開かれ、主催者からのあいさつ、「日の丸・君が代」不当処分撤回を求める被処分者の会、そして「教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会」の呼びかけ人である三宅晶子さん、大内裕和さんが発言した。

 集会を終えてデモに出発し、「石原・中村の暴走を許さないぞ!」「『日の丸・君が代』不当処分糾弾!」「生徒の内心の自由を守れ!」「教育基本法改悪反対!憲法改悪反対!」などのシュプレヒコールをあげて都庁へ。すでに、都教委を人間の鎖で包囲している都高教などの仲間と合流していっそう大きな抗議の声をあげた。

 デモを終わって、新宿文化センターで交流集会が開かれた。
 はじめに主催者あいさつ。
 都教委包囲行動は今回で三回目だ。今回は四〇〇名が参加したが、街宣車を四台に増やし集会がはじまる前から市民への宣伝を行った。反石原・中村の運動をいっそう強めていこう。
 つづいて教育基本法の改悪をとめよう全国連絡会の大内裕和さんが「教育基本法改悪阻止へ向けて」と題して講演した(別掲)。予防訴訟を進める会、被処分者、被解雇者などからの発言があり「闘争宣言」(別掲)を確認し、団結ガンバロウで秋からの闘いのスタートをきった。

「教育基本法改悪阻止へ向けて」(大内裕和さんの講演)

 次期首相最有力の安倍晋三は公約として「改憲と教育」をあげた。自民党は秋の臨時国会で教育基本法改悪法案を成立させることを至上命題としているが、公明党も選挙のこともあり自民党と同一利害だ。そして、九月からは、自民党だけでなく民主党も各地で「教育改革」集会、文科省は「教委改革フォーラム」で教育基本法改悪世論を拡大するキャンペーンを行う。
 教育基本法「改正」法案の問題点は、@「個人の価値」の尊重から国家にとって有用な人材育成ヘ、A主権者にとっての教育から教育行政・政府にとっての教育ヘ、B格差社会化を推進する理念と制度、C新自由主義・国家主義の全面化を生涯学習、家庭から地域まで広めていく、D平和憲法との切断ということだ。
 すでに東京では教育基本法改悪・憲法改革の先取りがなされている。都教委の10・23通達は、行政の教育への介入を排除する教育基本法第一〇条違反であり、憲法第一九条の思想及び良心の自由への違反であり、「日の丸・君が代」の強制は平和教育への攻撃である。
 「10・23通達」は、二〇〇三年一〇月二三日にだされたが、直後の一二月二三日には教育基本法改悪反対!一二・二三全国集会を日比谷公会堂で開き、翌二〇〇四年三月から四月にかけて、不起立・不伴奏などの「日の丸・君が代」強制反対運動が展開され、四月二四日には「教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会」が結成された。そして、一一月六日の「教育基本法の改悪をとめよう!全国集会」では、集会アピールで「多くの教職員が処分を覚悟で不起立を貫いたことは、教育現場の自由を守る貴重な闘いであると同時に、教育基本法改悪の実質的な先取りに対する抵抗運動であるといえます。彼らの闘いは、教育基本法の改悪を阻止する運動そのものであり、私たちは心からエールを送ります」と確認した。
 自民党は「国家戦略としての教育改革」をかかげて。二〇〇七年の通常国会に教員免許更新制法案を提出しようとし、同じく二〇〇七年の四月には小六・中三全員約二四〇万人を対象とする全国学力テストが行われ、その結果は、小・中学校の序列化と学テヘ向けての競争激化、地域間格差の拡大、階層の固定化がもたらされることになるだろう。
 いま、「自由権」、「抵抗権」に加えて、「社会権」としての教育が求められている。社会権とは、労働運動と社会主義によって獲得された権利である。新自由主義による社会権の解体、格差社会の拡大、規制緩和、「官から民へ」、経済的自由主義、「小さな政府」は右派の思想だ。社会的規制の強化、公共部門の拡大、平等主義、「大きな政府」は左派の思想である。
 支配層は新自由主義の展開によって反戦平和勢力の中軸である官公労の解体を狙っている。いま、改憲阻止の闘いと新自由主義=構造改革批判の連携が重要になっている。
 教育基本法改悪法案は継続審議となっているが、臨時国会で政府与党は成立のために全力をあげてくるだろう。教育基本法改悪を阻止するためになさなければならないことは、@教育基本法改悪の問題点を知ること、伝えること、A労働組合、マスコミ、議員、政党への働きかけ(申し入れ、投書、請願)、B国会闘争院外(大衆運動)から院内ヘ、ということだ。
 全国連絡会の運動スケジュールとしては、臨時国会に合わせて、国会前集会、院内集会、一〇月末に教育基本法改悪反対意見広告掲載、そして一一月一二日には、日比谷野外音楽堂での「教育基本法の改悪をとめよう!全国集会」と銀座パレードを考えている。

闘 争 宣 言

 一九九九年、改憲論者・石原が都知事に当選し、横山を教育長に、米長らを教育委員に任命した。その都教委は二〇〇一年、「教育目標」の本文から「日本国憲法及び教育基本法の精神に基づき」の文言を削除した。
 二〇〇三年には、「国旗・国歌の適正な実施は、…学校経営上の最大の課題」として「10・23通達」を出した。その後、「卒・入学式」等における「日の丸・君が代」強制は段階を画して強まり、これまでに延べ三五〇人以上の教員が処分され、「再発防止研修」が強要されている。この三月には、根津さんに三ケ月の停職、長期研修中の増田さんには解雇、の処分を出すに至っている。
 四月に入り、「学校経営支援センター」は教育内容への露骨な介入を開始し、都教委は職員会議での挙手禁止の「通知」を出し、一般教職員の声を封じ込めようとしている。
 七月には都教委は、都立中高一貫校での「つくる会」公民科教科書を採択し、来年度からは、全都立高校に「奉仕活動」を強制しようとしている。
 また、昨年夏「つくる会」歴史教科書が採択された杉並区では、九月三目(日)に行われる防災訓練に、自衛隊とともに区立の全小中学生を動員しようとしている。
 こうして、東京都では「教育正常化」の名の下に、教育基本法が踏みにじられ、ナショナリズムを煽る教育が段階を画して進行している。反対する教職員に対しては、処分と賃金差別、不当人事を繰り返し、「日の丸・君が代」強制に反対する保護者、市民をも、警察権力まで動員し治安弾圧の対象にしている。
 ところで、石原は昨年の浜渦辞任問題、今年の米長スキャンダル問題などで打撃を受けている。東京オリンピック誘致活動は、こうした石原への打撃をかわし、来年四月に予定されている都知事選のための選挙活動でもある。石原は、そのためと称して浜渦を都政に復帰させた。まさに石原による都政の私物化である。
 教育基本法の改悪は、行き着くところ東京都の実態の全国化であり、一部権力者らによる教育の私物化に他ならない。そしてそのすぐうしろには憲法改悪と、戦争が控えている。
 しかし、都教委が根絶やしにしようとした不起立闘争は堅持され、人事委員会・裁判闘争も闘われている。都の「教育改革」のひずみも噴出しつつある。また、先の国会では、教育基本法改悪法案は、「共謀罪」法案とともに成立が阻止された。
 政府は、秋の臨時国会の最大の課題に、教育基本法「改正」を掲げている。
 本日の「八・三〇包囲デモ」は、その秋の闘いに向かっての第一歩である。
 私たちは、石原・都教委の暴走をこれ以上許さないために、また教育基本法改悪法案の成立を阻止するために、ともに力を合わせて闘うことをここに宣言する。


郵政民営化は労働者、市民にバラ色ではない !

 この八月に、朝日新聞は「動く民営郵政」という特集記事で二日にわたって民営化にむかう郵政の厳しい実情を伝えた。
その「 岐路に立つ地域網」(八月二二日)は、「国民、気付かぬうち」「局員去る 町寂れる」と北海道や石川県などの住民が、民営化後の郵便局の機械化・無人化構想に大きな不安を感じていることを報じた。
 これに対し郵政公社のホームページは、「『動く民営郵政』について」(二四日)で、朝日の報道を「誤った記事」として「遺憾」の意を表明した。公社の反論は、@匿名の発言引用、A郵政民営化の法令の仕組みを説明していない、B郵便局のネットワーク水準は維持し、代替施策をして現行のサービス水準を維持する、というものであった。だが、それはまったく反論になっていない、実に非現実的なものでしかなかった。
 今回の公社の計画は、全国の集配・貯金・簡易保険の外務活動をおこなっている四七〇〇の郵便局のうち集配特定局一〇四八局について外務員を「近くの(?)」普通局に移動させ、そこから外務活動をおこなわせるというものだ。
 北海道・九州などの山間僻地また離島などでは、この計画が発表される前から七〇の自治体が反対を表明していた。さらに本年六月末に正式発表されてからは、全国各地の被再編局住民から不安と不満の声がひろがっている。
 大阪では三局がそのターゲットとなった。だが、都市化されたところとそうでないところでは大きく差がつけられている。都市部に近く農業が盛んなところは、家々も点在し家族・車・子どもが見られる。しかし、一方茨木局に再編される大岩局区域は、集落化しておらず、独居・バス・老人というところで、山の傾斜もきつく子どもは都市部で生活している状況となっている。この茨木では大岩区域まで七・四キロメートルもあり、郵便局の赤いバイクでも二〇分以上かかってしまう。民営化反対のビラまきをしていて、地元の人たちの話を聞くと「市の支所・農協もなくなった」ということだ。不満と不安と憤りがひしひしと感じられる。これまで郵便局は地域と密着していたが、その時間すらなくなってしまうことになる。
 大阪のこの三地域では、すでにポストの収集は一日一回だけとなっている。民営化前に公社はATMの撤去、切手販売所の廃止、特定局の廃局などのサービスの質の低下をおこなっている。
 みなさんも知っておられると思うが、郵政民営化法では郵便局の設置基準は決めないで、総務省令で過疎地七法に適応する地域にのみ郵便局一局以上を設置することにとなっている。これで大手を振って民営化郵政はリストラを断行できることとなったのだ。
 現在、生田郵政公社総裁は、「郵便局改革のマスタープラン」で、特定局長の特権をはぎとるとして、その一環としてこの再編計画があると言っている。しかし、この再編計画自体は、サービスの切捨て以外のなにものでもない。
 いま、外務員の労働負荷は相当に増加している。交通事故の増加は現在進行中だが、民営化となれば外務員の健康障害・過労死が本格化することになるだろう。それは、いっそうの地域へのサービス低下と切り捨てに確実につながっていく。生田氏は自転車・徒歩からバイク・車に変わったんだから、離れた所からでも配達は出来ると言っているが、生田自身が現場で働いたということは聞いたことがない。
 いまこそ、郵政労働者と地域住民とが、手を結んで小泉改革の押付ける格差社会にNO!と大きな声をあげる時期だ。「公共サービスのおわりのはじまり」にさせないために、声をあげていこう。(大阪郵政労働者 K)


鉄建公団訴訟を軸に国鉄闘争に勝利しよう  連帯ロード2006

サイクルキャラバン『連帯ロード二〇〇六』は、南の九州から八月二六日、北の北海道では九月七日から開始された。この『連帯ロード二〇〇六』は、鉄建公団訴訟闘争団を支える大衆行動の一環として取り組まれ、国鉄闘争を支え各地の闘争課題と結びつけ、国内世論を喚起する闘いとして展開された。
鉄建公団訴訟は、昨年九月一五日、東京地裁で不当労働行為を一部認める判決を出した。この判決は、不当な内容を含みつつも司法の場で始めて不当労働行為が認められた画期的なものでもあった。闘いは鉄健公団訴訟を軸とする国鉄闘争の早期解決に向けて大きな手がかりを掴み、引き出すことに成功したといえる。

広島での取り組み


 鉄建公団訴訟闘争に連帯する私たちは、広島県労協を初めとする「鉄健公団訴訟に連帯する会・広島」とともに、八月二九日、三〇日に「連帯ロード」を受け入れ、交流集会を開催した。
二九日の受け入れ集会は四〇名が参加し、福山での到着集会には三五名が結集した。
 広島県労協の構成組織である郵政ユニオンは、夏の8・6、8・9に向けて取り組まれているピースサイクル運動の経験を生かし、今回のサイクルキャラバン『連帯ロード二〇〇六』に積極的に取り組んだ。
 三〇日当日の実走者は中野勇人さん(国労北見闘争団、四国常駐オルグ)を先頭に六名で、伴走車はオートバイを含め六台の総勢一三名が行動に参加。参加者全員は黄色いTシャツを着て前には『連帯ロード2006』が、背中には太文字で『怒りをひとつに』とプリントされていた。
 黄色いTシャツの集団は多くの人々に注目されながら、広島駅前を八時に出発。途中、呉、三原、尾道駅で宣伝カーを通じてアピールを行った。真夏のピースサイクルと比較すれば走りやすい陽気・天候ともいえるが、走行距離は広島・福山間が一三五キロという長いコースとなった。
 走行途中では、畑仕事の手を休めて激励の声をかけてくれた老夫婦、沿道から応援してくれた学生、海の船の中から応援してくれた漁師さん……。こうしたことが瀬戸内の海岸を眺めながらの一層気持ちのいい走行となった。宣伝カーは、元首相の中曽根康弘がNHKのインタビューでの国労潰しを「意識して、しかも第一義的に」行ったと、自らが不当労働行為を認めたビデオテープを何十回となく流し続けた。中曽根ら政府の首脳こそが国家的不当労働行為の確信犯であったのだ。
 午前中のスピードアップがこたえたのか昼からはペースダウン。そして福山には一八時三〇分に到着した。一三五キロはさすがにキツイ走行距離だった。
 しかし、到着集会では中野さんから「広島の仲間の行動に大変感謝している。自転車で一三五キロを一緒に走ってくれる仲間は何処にもいないだろう」と言われた。私たちの「言葉での連帯ではなく、行動での連帯」で闘争団の思いにこたえることが出来たのが最大の成果であったと言えるだろう。
 また到着集会では、JRの管理者たちが、姑息にも喫茶店の中から監視していることが報告された。JR当局は私たちの行動に脅えているのだ。まさに、敵の嫌がることを行うことが敵を追い詰める事であると、確信できた。
 中野さん、東京まで頑張って無事に到着してください。広島の仲間は応戦しています。(N)

関西での取り組み

 国あげての不当労働行為の国鉄分割民営化から二〇年目を迎える。そして一〇四七名の国鉄労働者が数度の首切り攻撃を受けながらも闘いつづけ、いま大きな山場を迎えています。こうした中で昨年に引き続き、国労闘争団の中野さんが鹿児島から東京までサイクルキャラバンを繰りひろげています。関西地区も元気に情宣活動をしながら走り抜けました。大阪も大阪駅・吹田駅・茨木駅・枚方駅と街頭宣伝をしながら元気いっぱい走りぬきました。参加者は皆さん黄色いTシャツを着込み背中に「怒りをひとつに!」と染めぬきアピールをしながら炎天の下で走行を行い、八幡駅(京都)で京都サポートにバトンタッチをしました。(P)


Kodama

    四国ピースサイクルを終えて


 はやいもので、あの熱い夏のピースサイクルから、ひと月あまりが過ぎようとしている。
 八月六日〜九日への様々な平和追求の行動が一方でありながら、かたや平然と靖国を参拝する小泉がおり、それに手を振る国民もまた存在する。
 われわれ四国ピースサイクルは八月一日に呉を出発し高知の須崎にて高知水道労組の青年部と合流し、高知の窪川〜宇和島〜八幡浜を経て四国電力伊方原発まで自転車で歩を進めた。
 伊方原発の周辺自治体に対し、原発からの脱皮、プルサーマル計画の断念を四国電力に対しはたらき掛けるよう要請行動をおこなった。
 伊方原発に対してはプルサーマル計画の撤回を求め抗議文を手渡した。政府地震調査会でさえも伊方原発前の伊予灘にA級の活断層の存在を認めている。そして、東海から南海までの太平洋プレート付近はいつ地震がおきてもおかしくない状況だといわれている。直下型地震による原発崩壊も怖いが、それにも増して四国沿岸一体に到達する津波が起こす被害が最も怖いとのことである。地震対策は万全と豪語する電力会社も、津波対策はその範躊にない(?)ゆえにその廃炉を求め、引続きわれらは、四国ピースサイクルを継続するつもりである。
 広島ピースは、山陽ルート、四国ルートを主ルートにしているが二〇年の歴史を持つピースサイクルも実走参加者の固定化や減少にともない、「見直しをせよ」の声も聞こえてくる。しかし、どのルートでも同じだろうが、ピースが結ぶ各地域の平和・人権団体や、原発に反対するグループ、地域の労組、反戦グループ、お寺や教会などなどその時と場所は必ず訪れるわけではないが熱烈な歓迎をうける。
 自転車にまたがっているピース隊は、暑さとしんどさを少し我慢すれば、汗の代わりに美味しいビールが待っている。それは、ある意味で大人のキャンプ、遊びにも通じたところがある。たしかに、年を重ねるごとに準備は充分する必要がある。装備もそうだが体力、気力の充実も怠ることはゆるされない、全体でささえあう態勢もいる。しかし、そのピース隊を掛け値なしに歓迎してくれる地域の人々の「暑いさなかを自転車をこぎ、ご苦労様」の気持ちの方がはるかに強いのではないだろうか!と感じる。
 平和のメッセージを届ける役目や、地域を結びつける役割、熱烈歓迎をしてくれる人々への想いなど、中々簡単には捨て去れないものだ。されどピース参加者を飛躍的に増やす上手い策など持ち合わせてはいない。これまで同様、地道にピース参加への呼びかけを強めていくしかないであろう。そして、熱烈歓迎の輪の中に飛び込む。ひき続き、互いの場所において奮闘を誓いつつ「来年」を約束しよう。8・6のヒロシマ集結だけでなく各ルートごとに参加者を増やす工夫、四国ルートで云えば、「伊方原発前の抗議行動に実走者とは別に抗議部隊を派遣できないか?」と考えるがどうであろうか…!
 ギンギラの暑い太陽の陽ざしの中の木陰で、冷たいお茶を口に含む私がいる。07ピースは私の胸の中では、すでに走りだしているのだ。 (ピースサイクル四国ルート参加者)


複眼単眼

   ルペンの日本版の安倍  「茶色の朝」は要らない


 九月五日、安倍晋三は、「(集団的自衛権の行使について)現行の憲法解釈の中で、あるいは新しい解釈があるのかどうかも含めて検討するべき」と言い、八日には「(集団的自衛権について)いまの解釈のままでいいか考えないといけない。(政府に)検討の場を設けていい」と語った。
 憲法第九条によって、歴代の政府も固く封印してきた「集団的自衛権の行使」をいよいよ検討すると言うのだ。
 五年前、同じく自民党総裁選の終盤で小泉純一郎も「四〇年前の政府解釈にこだわっていて国益を損なってはいけない」などと発言して、集団的自衛権についての政府解釈を変更する姿勢を示したことがある。当時、その前年の一〇月には例の「アーミテージ・レポート」が出され、「集団的自衛権の行使に踏み切ることを歓迎する」などと、日本に強く要求した経緯があった。
 小泉はその後、首相になって動揺し、「望ましい形で言えば、誤解のない形で憲法改正の手続きをとった方が望ましい」などと言うに至り、この問題は鎮火した形になった。それがまたぞろ、復活したのだ。それどころか、史上初めて、公然と「自分の手で憲法を書き換えたい」と言い、改憲に着手すると公言する安倍晋三の発言なのだ。
 昨今の自民党内の議論を聞いていると、改憲派でならした山崎拓が「中道派」に見えるほど、右派的言論が強まっている。自民党の三人の総裁候補のうち、最もハト派といわれる谷垣候補ですら、改憲反対ではなくて、改憲をして集団的自衛権が行使できるようにすべきだという立場にすぎない。保守本流の「宏池会」はどこへ行ったのかとでもいうような無惨なすがただ。
 安倍の著書「美しい国へ」などは噴飯物だが、ここにみられる思想との闘いはゆるがせにしてはならないと思う。安倍政権とは、戦後、最も極端な右派政権の誕生なのではないかとおもうのだ。フランスで前の大統領選挙に際して、社会党のジョスパンを破って右派のルペンが登場したとき、フランスの民衆は一挙に「茶色の朝」の到来に警戒心を強め、これと闘って、追い落としに成功した。日本の我々にはその力があるだろうか。
 あるいは米国ではネオコンに支えられたブッシュ政権がいま落日の様相を見せ、英国ではこのブッシュの盟友であるブレア政権が一年後の退陣を表明した。我々はそうした状況を作り出せるだろうか。
 九月九日の東京新聞は「安倍氏ブレーン どんな人?」として、「思いっきり保守五人組」という特報を掲載した。メンバーは伊藤哲夫・日本政策研究センター所長、西岡力・東京基督大学教授、島田洋一・福井県立大学教授、八木秀次・高崎経済大学教授、中西輝政・京都大学教授だ。「美しい国へ」のゴーストライターは、おそらくここらにいるに違いない。この連中は従来は保守言論界の中でも一種異端視されていた者たちが多い。あまりに荒唐無稽な右派的言論だからだ。ところがこの連中が今日では大手を振って歩いているところに時代の変化がある。
 これらが引き続きこの国の言論界の中心でいられるのかどうか、ひとえに我らの闘いにかかっていると考えなければなるまい。 (T)