人民新報 ・ 第1210号<統合303(2006年10月2日)
  
                  目次

● 改憲・反動・格差拡大の安倍内閣と対決しよう  安倍「現行憲法下でも集団的自衛権の行使は可能」「五年以内の改憲」

● 教育基本法改悪阻止 !  首相官邸にむけてシュプレヒコール

● 国鉄闘争の勝利解決へ   9・15に諸行動

● 共謀罪新設法案を完全につぶそう!  市民・表現者・議員が院内集会

● 東京地裁判決  都教委の「日の丸・君が代」強制は憲法と教育基本法に違反する

● 田中宇氏のブッシュ政権論について

● 複眼単眼  /  今日のマスコミ状況を考える一つの視点




改憲・反動・格差拡大の安倍内閣と対決しよう

   
安倍「現行憲法下でも集団的自衛権の行使は可能」「五年以内の改憲」

 九月二六日、第一六五臨時国会が始まり、安部晋三新内閣が発足した。安倍政権は、憲法と教育基本法の改悪を中軸に、小泉政権の積み残し法案だけでなく、それをより悪質なものにしながら攻撃を準備している。臨時国会の会期は、一二月一五日までの八一日間となるが、ここでの攻防はきわめて重大なものとなる。

「美しい国、日本」の正体

 安倍は自民党総裁選で圧倒的な支持を集めた。しかし、当初予想されていた七〇%を下回る六六%に終わったことは党内にもアジア外交の行き詰まりなどを危惧する動きが着実に広がっていることを示すものとなった。五年余の小泉政治は、国内では格差を拡大させ、広範な層に不満が広がっている。とくに外交面での孤立状況への批判は著しい。靖国神社参拝の強行で中国、韓国との関係をかつてないほどに悪化させ、国連の常任理事国入りにも失敗した。
 アメリカの世界覇権戦略に基づく対テロ戦争は、ブッシュの思惑とは逆に中東をはじめ世界各地に反米の機運をひろげ、そのことはブッシュに従って積極的に参戦した日本への反発を強めざるをえない。
 このような内外に蓄積された小泉政治のツケは、来年の参院選での自民党の大後退の条件をつくり、安倍政権をとりまく情勢はけっして甘いものではない。
 安倍は施政方針演説で、「美しい国、日本」をめざすとしている。それは「文化、伝統、自然、歴史を大切にする国」、「自由な社会を基本とし、規律を知る、凛とした国」、「未来へ向かって成長するエネルギーを持ち続ける国」、「世界に信頼され、尊敬され、愛される、リーダーシップのある国」であるとされている。しかし、「美しい」という言葉に隠されている実態は、きわめて危険なものだ。

憲法を否定し、まず手続き法案の成立を狙う

 安倍は憲法について次のように述べている。「現行の憲法は、日本が占領されている時代に制定され、既に六〇年近くが経ちました。新しい時代にふさわしい憲法の在り方についての議論が、積極的に行われています。与野党において議論が深められ、方向性がしっかりと出てくることを願っております。まずは、日本国憲法の改正手続に関する法律案の早期成立を期待します」と、改憲に向けて臨時国会での手続き法案成立を宣言した。
 また安倍の外交方針は、小泉同様の日米(軍事)同盟基軸だ。「主張する外交への転換」として、「『世界とアジアのための日米同盟』をより明確にし、アジアの強固な連帯のために積極的に貢献する外交を進め」る。そのため「外交と安全保障の国家戦略を、政治の強力なリーダーシップにより、迅速に決定できるよう、官邸における司令塔機能を再編、強化…情報収集機能の向上を図り」、「日米同盟については、その基盤である信頼関係をより強固にするため、総理官邸とホワイトハウスが常に意思疎通できる枠組みを整え」るとする。イラクでの航空自衛隊の活動を継続させ、「テロ対策特別措置法の期限の延長など、国際社会と協力してテロや国際組織犯罪の防止・根絶に取り組」むとしている。

現行憲法下でも集団的自衛権行使は可能!


 安倍の政策はアメリカの戦略にいっそう日本を組み込むという方針なのだが、小泉と比べても大きく踏み出している。そのひとつが「集団的自衛権」問題だ。
 安倍は言う。「日米同盟がより効果的に機能し、平和が維持されるようにするため、いかなる場合が憲法で禁止されている集団的自衛権の行使に該当するのか、個別具体的な例に即し、よく研究してまいります」と。
 これまで政府は、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃が行われ、その際に自国が直接攻撃されていないのに、武力反撃を行うという集団的自衛権については、憲法に抵触するとしてきた。それを安倍は改憲を待たずに、行使にむけての条件作りをはじめた。これは、アメリカの覇権戦略が揺らぐ中で、日本の軍事力をその正面に使うためのブッシュ政権からの至上命令であり、同時に日本みずからがアジアで地域覇権を確立するためのものである。
 これが、日米同盟基軸の意味であり、安倍の政策は、教育問題を含め、すべてこの方針にあわせて「改革」するものだ。
 安倍は「初の戦後生まれの首相」を売りにしているが、戦争を知らないということは、平和主義・民主主義だけでなく、戦争をゲーム感覚で安易に考える人々も生み出す。超タカ派の若手政治家に対して、保守派からも戦争の悲惨さを体験した世代から批判的なチェックがあった。それは、無謀な戦争発動は、体制の崩壊にもつながるという懸念からの発言であった。しかし、安倍のやたらに勇ましい発言は、日本が攻撃されていないのに、米軍が攻撃を受けたら戦争に入る(その大部分はアメリカが先制攻撃への反撃であるだろう)、これまではアメリカのために日本人は汗を流し金を使ってきたが、これからは血も流すという決意の表明にほかならない。だが、この道は、いっそう国内外での反発を増大させるのである。

 集団的自衛権の行使にむけた「研究」に反対し、改憲阻止の闘いを強めよう。
 反動安倍政権と対決し、打倒しよう。


教育基本法改悪阻止 !  首相官邸にむけてシュプレヒコール

 安倍政権は、教育基本法改悪を臨時国会での最大の優先課題としている。
 安倍は施政方針演説で、「私が目指す『美しい国、日本』を実現するためには、次代を背負って立つ子どもや若者の育成が不可欠です」として、「まず、教育基本法案の早期成立を期します。 すべての子どもに高い学力と規範意識を身につける機会を保障するため、公教育を再生します。学力の向上については、必要な授業時間数を十分に確保するとともに、基礎学力強化プログラムを推進します。教員の質の向上に向けて、教員免許の更新制度の導入を図るとともに、学校同士が切磋琢磨して、質の高い教育を提供できるよう、外部評価を導入します。こうした施策を推進するため、我が国の叡智を結集して、内閣に『教育再生会議』を早急に発足させます」とその内容を明らかにした。  しかし、それは新自由主義的「改革」そのものであり、「志ある国民」なる国家のために働き死ぬことを強制される人間作りにほかならないものである。

 安倍政権が発足した臨時国会初日の九月二六日午後六時、激しい雨の中、衆院第二議員会館前で、「教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会」の主催による教育基本法改悪反対集会がひらかれ、七五〇人が参加した。この日は、全国各地での教育基本法の改悪に反対するさまざまな集会・行動がもたれた。
 全国連絡会呼びかけ人の小森陽一さんは、教育基本法の改悪は戦争国家への一歩だ、いまが重要なときだ、いまこそ主権者が立ち上がるときだ、とあいさつ。呼びかけ人の大内裕和さんは、都教委の日の丸・君が代強制に憲法違反・教育基本法違反の勝利判決が出た、教育基本法改悪阻止も可能だ、一日一日が勝負だ、とアピール。呼びかけ人の三宅晶子さんは、安倍政権と真っ向から対決していこう、と述べた。
 日の丸・君が代「予防訴訟」で勝利判決を勝ち取った被処分者の会事務局長の近藤徹さんは、判決で打撃をうけた石原都政と都教委をさらに追い詰めていく運動を進めると決意表明をおこなった。大分、広島、大阪、仙台、奈良、北海道からの発言が続いた。国会からは、社民党の福島瑞穂党首や共産党の石井郁子副委員長をはじめ多くの国会議員も参加し挨拶した。
 集会後、首相官邸前に移動し、教育基本法改悪反対のシュプレヒコールをあげた。


国鉄闘争の勝利解決へ   9・15に諸行動

 新自由主義攻撃のさきがけとなった国鉄の分割民営化は国家的不当労働行為によって労働者を切り捨て放り出すものだった。このJR不採用事件は、早くも一九年の歳月が経過し、被解雇者とその家族は、筆舌に尽くしがたい苦痛と苦悩の日々を強いられてきた。また、一〇四七名の当事者のうち、すでに四一名が問題解決をみることなく他界している。これ以上の解決引き延ばしは、人権侵害そのものであり到底許されることではない。しかもこの闘いの過程では、JRに法的責任なしとする四党合意に当時の国労指導部が絡めとられる事態も生まれ、鉄建公団訴訟に決起した闘いはさまざまな妨害に抗しながら勝利解決にむかっての道を切り開いてきた。そして昨年九月一五日、その全体的な内容は不十分でありながらも、組合差別はあったと一部の不当労働行為を認める鉄建公団訴訟東京地裁判決が出された。

 それからちょうど一年目の九月一五日、国鉄労働者一〇四七名の解雇撤回をもとめての行動が展開された。「国鉄労働者一〇四七名の人権回復を!怒りをひとつに」を掲げて九州と北海道から出発したサイクルキャラバン「連帯ロード2006」は東京に入り、郵政ユニオンの仲間などとともに都心を走行し、一〇四七名連絡会による鉄建公団への抗議行動に合流し完了した。
 前日一四日には、鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道運輸機構)に対する申し入れ・要求書の提出を行った。申し入れには、国鉄闘争に勝利する共闘会議の二瓶久勝議長、鉄道建設公団訴訟原告団の酒井直昭団長、鉄道運輸機構訴訟原告団の川端一男代表、国労闘争団全国連絡会議の神宮義秋議長、森哲雄全勣労争議事務局次長、それに国鉄労働組合の佐藤勝雄中央執行委員長と吉田進書記長、全日本建設交運一般労働組合の佐藤陵一中央執行委員長、国鉄闘争支援中央共闘会議の中里忠仁議長が出席した。
 鉄道運輸機構にたいする「JR不採用事件の早期解決に関する申し入れ」の「解決にあたっての具体的要求」(別掲)は、国労第七四回定期全国大会(七月二七〜二八日)、建交労全国鉄道本部・全動労争議団全体会議(八月一九日)、国鉄闘争支援中央共闘会議(二三日)、国鉄闘争に勝利する共闘会議(二五日)のそれぞれの組織で承認決定されたものだ。

 一五日の全一日行動の締めくくりは、一〇〇〇人近くが結集し、社会文化会館ホールで「鉄建公団訴訟判決一周年 9・15中央集会」が開催された。
 司会の音威子府闘争団家族の藤保美年子さんは、判決から一年、不当労働行為が認められたのだから、ただちに解雇を撤回すべきだ、怒りをひとつにして闘っていこう、と発言。
 趙博さんらによる歌・演奏に続き、国鉄闘争共闘会議の二瓶久勝議長が主俵者あいさつ。
 ようやくに当事者四団体一〇四七名の団結、労組、共闘の四組織の団結ができた。われわれの闘いは重大な局面を迎えている。強調すべき第一の点は、早期解決であり、そのためさらなる大衆運動の展開が必要であり、第二には、裁判闘争にまだ立ち上がっていない人もふくめて拡大することであり、第三には当事者を前面に、それを大きく支える体制を作り上げることだ。
 「一刀両断―台頭する国家主義〜国策なら差別や解雇は許されるのか〜」をテーマに評論家の佐高信さんと鉄建公団訴訟主任弁護士の加藤晋介さんの対談がおこなわれ、国労本部、建交労本部、東京清掃労組から発言があった。
 国労の吉田書記長。
 昨日、鉄道運輸機構に四団体などで申し入れをおこなった。解決の新たなスタートラインに立ったといえる。大同団結こそが解決のための前提条件だ。しかし、妨害に対しては毅然たる態度で対処していく。 
 建交労佐藤委員長。
 建交労の大会でも国労大会と同じく、9・15判決をうけての闘う方針を確立した。その三つの確認は、一〇四七名の大同団結、広範な共同、国民的な支持のひろがりということだ。
 東京清掃の西川卓吾中央執行委員長は、都清掃は区移管したが、それ以前も以後もずっと国鉄闘争を支援し、四党合意などいろいろあったが解決に向かって闘いを強めていこうとあいさつした。
 各地の「連帯ロード2006」行動を映したビデオのダイジェストが上映され、参加者からの報告が行われた。
 南コースの中野勇人さん(北見闘争団)は、走って感じたことは出会いということ、それも組織も大事だが一人ひとりの出会いからすべてがはじまるということだ、敵の嫌がる闘いをもっともっとすすめていこう、と述べた。
 北コースの水木俊生さん(北見闘争団)は、解雇撤回・原職復帰を訴えながらの行動だったが、各地で国鉄闘争は風化していないという実感を持つことができた、と述べた。
 特別アピールは、親会社に抗議のため来日し戦っている韓国山本労組から行われ、最後に鉄建公団訴訟原告団の酒井団長が、闘いは最後の追い込みに入っている、さらなる支援強化をお願いするとともに新たな決意でともに勝利しようと力強く述べた。 

解決にあたっての具体的要求

          2006年9月14日

国労闘争団全国連絡会議 議長 神宮義秋
鉄道建設公団訴訟原告団 団長 酒井直昭
鉄道運輸機構訴訟原告団 代表 川端一男
全勣労争議団・鉄道運輸機構訴訟原告団 団長 池田孝治


T、基本的態度
我々は、二〇〇三年一二月二二日の「最高裁判決」並びに昨年九月一五日の「鉄建公団訴訟判決」、「ILO条約・勧告」を踏まえ、政府の決断により、解決を図ることを求める。

U、具体的要求 
 解決にあたり、以下のとおり具体的施策を図るよう求める。

1、雇 用 
@ 鉄道運輸支援機構、JR各社及び関連会社もしくはJR各社に準ずる条件の雇用を確保すること。
A 被解雇者の運営する事業体及び新規起業に対し助成を行うこと。
B 雇用の確保にあたっては、高齢者、病弱者に対する配慮を行うこと。

 2、年 金
 @一九九〇年四月以降も国鉄清算事業向職員同様の年金加入条件とし、被保険者資格期間(受給権)を回復すること。
A資格期間(受給権)の回復が困難な場合は、以下の取り扱いを行うこと。 
 イ 現行年金受給者に対し、同年齢のJR退職者の平均受給額との差額を支払うこと。
ロ 今後年金を受けるものに対しては、JR社員の退職後の受給額との差が生まれないよう、差額分を支払うこと。

3、解決金
解決金として以下のとおり支払うこと。
@JR不採用により受けた損害金を支払うこと。
A精神的苦痛に対する慰謝料を支払うこと。 
    
           以 上


共謀罪新設法案を完全につぶそう!  市民・表現者・議員が院内集会

 臨時国会が九月二六日にはじまった。話し合うことが罪になるという危険な共謀罪新設法案は、先の通常国会において院内での激しい論戦と議会外での大衆運動のひろがり、マスコミでもその危険性がとりあげられるなどして、衆議院法務委員会で採決することができず、継続審議になった。
 反動化の歩みを早める安倍新内閣は、共謀罪法案を早期に成立させる構えである。この臨時国会で、共謀罪の新設を許すのか、それとも通常国会における闘いの教訓を生かし、いっそう広範な反対運動のうねりをつくりだして完全廃案とすることができるのかが、今後の院内外の闘争にかかっている。

 国会初日の二六日、参院議員会館で「共謀罪の新設に反対する市民と表現者の院内集会」が開かれた。この集会は、共謀罪法案反対NGO・NPO共同アピール、共謀罪の新設に反対する市民と表現者の集い実行委員会、共謀罪に反対するネットワークの三者の共催によるもので、臨時国会闘争に向けて幅広い共同行動の態勢がつくられた。
 この間の新しい展開として、政府・与党は条約を理由に日本に共謀罪の創設が必要といっているが、条約批准国の対応についての日弁連によう調査・分析の結果、批准国の対応にはいろいろあり、条約は必ずしも共謀罪の創設をもとめているわけではないことが明らかになっている。
 司会の森原秀樹さん(反差別團際運勅日木委員会事務局長)は、通常国会では凶暴罪法案の成立を阻止したがなぜそれが可能になったかを良く考えると、反対運動を広げていくために「話し合うことが罪になる」などいろいろな言い方を考え出すことが有効だった、すでに反対署名は三六万筆にも達したが、そして今日の集会が三者の共同で開催され、臨時国会における闘いを広範な力を結集して進めていけることになった意義は大きい、この枠組みを維持し絶対に共謀罪法案を阻止するために運動を進めていこう、と述べた。
 集会では、臨時国会での共謀罪反対運動を盛り上げる理論武装として、日本弁護士連合会の共謀罪等立法対策ワーキンググループ委員の山下幸夫弁護士から日弁連の研究成果が報告された。なお、日弁連は、九月一四日に「共謀罪新設に関する意見書」を出している。
 山下さんは「越境組織犯罪条約は必ず共謀罪の創設を求めているわけではない〜日弁連の条約批准国の検討結果報告」と題して講演した。
 政府が凶暴罪新設の理由としている国連越境組織犯罪防止条約では毎年一回開かれる締結国会議の報告書や国連事務総長が受理した通知、宣言および留保に関する報告書はすべてインターネットで公開されている。日弁連はそれら報告書と各国のウェブサイトを調査・分析した。
 合意罪か参加罪かを定めた条約五条は、一項で「(A)二人以上の者の間で犯罪を行うことの合意」と「(B)組織犯罪集団の犯罪活動に参加しまたは犯罪組織集団の犯罪目的を支援する活動に参加する者の行為」をあげ、その一方または両方を、締約国が犯罪化することを求めている。締約国会議のために提出された報告書を分析すると、条約五条の履行状況は次のとおりである。@AとBの両方とも国内法化していると回答した国(四三カ国)、ABだけを国内法化していると回答した国(七カ国)BAのみを国内法化し、かつ、物質的利益のための重大な犯罪を行うことの合意のみを犯罪化していると回答した国(五カ国)、という状況だ。
 ところが、アメリカ合衆国は条約五条を留保しているのである。アメリカは、二〇〇五年一一月三日に条約を批准したが、その際に留保があった。しかし、条約の何条についての留保かを明示していないということになっている。だが、国務長官による批准の提案の中で、国内法における条約五条、六条、八条及び二三条について留保を付すことが提案され、同提案がそのまま上院で議決され、条約批准時に国連事務総長に通知されているから、条約五条も留保されていることは明らかである。国務長官から大統領宛の批准の提案書には、次のように述べられている。
 「本条の履行をわが国の連邦制の下での現行の刑事管轄権の配分と調和させるために、合衆国は本条の義務について部分的な留保を付することを提案する。」「条約五条三項にしたがい、アメリカ合衆国政府は、五条一項(a)(i)に規定する犯罪に関して、合衆国法の下で刑事責任を成立させるためには、合意を推進する外形行為(オヴアート・アクト)の遂行が一般に要求されることを、国連事務総長に対し通知する。」
 これは、条約が求める合意罪(A)について、条約上の義務に合致させようとすると州法の整備が必要となるが、アメリカ合衆国としては、州内で行われる行為についてまで条約五条の犯罪化の義務を負わないという留保をすることによって、州法の整備が必要となる事態を回避し、連邦刑法・州法の改正や新たな立法を行うことなく本条約を批准したのである。
 このようにアメリカ合衆国は,州内で行われる行為についてまで犯罪化の義務を負わないという「留保」を行って、新たな連邦法、州法の制定をすることなく同条約を批准しているのである。このアメリカの例からも判るように、法律を改正しなくとも、まして新しい法律などをつくらなくても条約の批准はできるのであり、日本政府の条約批准のためには凶暴罪新設がなければならないということは成立しないのだ。

 集会では、民主党の松岡徹参議院議員、社会民主党の福島瑞穂党首・参議院議員、共産党の仁比聡平参議院議員などが発言し、市民団体からは、足立昌勝関東学院大学教授、小倉利丸富山大学教員、アムネスティ・インターナショナル日本事務局長の寺中誠さん、日弁連・少年法「改正」問題緊急対策チーム座長の斎藤義房弁護士、許すな!憲法改悪市民連絡会の高田健さん、グリーンピース・ジャパン事務局長の星川淳さんが、それぞれ凶暴罪親新設法案を完全に廃案にするために大きな運動を作っていこうとアピールした。


東京地裁

   判決都教委の「日の丸・君が代」強制は憲法と教育基本法に違反する


 石原反動都政の下、二〇〇三年の都教委は、10・23通達による「曰の丸・君が代」の強制により、強制に従わない教職員のべ三百四十五人を処分してきた。これにたいして、都立高校などの教職員で不起立処分された人などさまざまな立場の人たち四〇一人が、思想・良心の自由、教育の自由を守ることを一致点に共同して「国歌斉唱義務不存在等請求訴訟」(「予防訴訟」)にたちあがった。


 九月二一日、「予防訴訟」での東京地裁民事第三六部(難波孝一裁判長)の判決はじつに明確な内容であった。「日の丸・君が代」強制は憲法違反だ!というこの判決は、教育基本法改悪の先取り実施を強行してきた被告(東京都と都教育委員会)にたいして大きな打撃となった。
 判決の骨子は、@国旗と国歌は強制ではなく、自然のうちに国民に定着させるというのが国旗国歌法の制度趣旨であり、学習指導要領の理念でもある、A入学式や卒業式で国旗への起立、国歌斉唱を強制する東京都教育長の通達や各校長の職務命令は教育基本法に反し、思想・良心の白由を侵害する行き過ぎた措置、B原告教職員に国旗への起立、国歌斉唱、ピアノ伴奏の義務はなく、都教育委員会はしないことを理由として、いかなる処分をしてはならない、C職務命令による精神的苦痛への賠償は一人三万円を下らない、というものだ。
 判決は、思想・艮心の自由の侵害を認めただけでなく、教育基本法一〇条(「教育行政が現場を不当に支配してはならない」)を適用して、通達と各校長の職務命令の違法性を指摘し、10・23通達の違法性を明確に指摘した。
 これは、「わが国憲法訴訟上、画期的な」判決であった。原告らは都教委に10・23通達撤回を求めていく闘いをすすめる。
 石原ら都側輪は深刻な打撃を受けつつも、依然として反動教育を続けていく。この判決を契機に、「日の丸・君が代」強制と教育基本法改悪に反対する闘いをいっそう強めていこう。

(9・21東京地裁)判決後の声明

    国歌斉唱義務不存在確認等訴訟原告団・弁護団
    「日の丸・君が代」強制反対予防訴訟をすすめる会


 本日、東京地方裁判所民事第三六部(難波裁判長)は、都立学校の教職員らが原告となって、東京都と都教育委員会(都教委)を被告として、国歌斉唱義務不存在確認等と損害賠償を求めた訴訟(いわゆる「予防訴訟」)について原告らの訴えを全面的に認め、10・23通達を違法とし、@原告らに卒業式等における国歌斉唱の際に、起立・斉唱・ピアノ伴奏の義務がないことを確認し、A起立・斉唱・ピアノ伴奏をしないことを理由にいかなる処分もしてはならないとし、B10・23通達によって原告らが被った精神的損害に対する慰謝料の支払いを命ずる、極めて画期的な判決を言い渡した。
 本件は、都教委が二〇〇三年一〇月二三日付けで、卒業式、入学式等の学校行事において、教職員に対し「国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する」ことを命じ、それに違反した場合は、懲戒処分を科すとして全国的にみても異常ともいえる「国旗・国歌」を事実上強制する通達(「10・23通達」)を出したことに起因する。原告ら教職員は、教育現場での「国旗・国歌」の一律の強制は、教職員一人ひとりの思想・良心の自由、教育の自由等を侵害することになるとともに、生徒の思想、良心の自由をも侵害することになるとの思いから提訴に至ったのである。
 判決は、義務不存在確認請求、処分差し止め請求に訴えの利益が認められることを前提に、10・23通達の内容が、過去の歴史的事実から、国民の間にさまざまな見解が存する「日の丸・君が代」を教職員に対して一律に職務命令や懲戒処分等の手段をもって強制するものであって、憲法一九条の保障する思想・良心の自由を侵害するものであると明確に判示した。
 また、都教委による10・23通達とその後の校長らに対する指導名目の締め付けが、卒業式や入学式について、各学校の現場における創造的かつ弾力的な教育の余地を残さないものであることなどを理由に、教育基本法一〇条一項で禁止される「不当な支配」にあたるとした。さらに、判決は、都教委の「不当な支配」の下で裁量の余地なく出された校長の職務命令は、教職員の思想・良心の自由を侵害する「重大かつ明白な瑕疵」があり、違法なものであることを認めた。
 今回の判決は、憲法で保障された思想・良心の自由の重要性を正面からうたいあげたもので、わが国の憲法訴訟上、画期的なものである。
 また、判決は、今まさに改悪の危機にさらされている現行教育基本法の趣旨を正しくとらえ、行政権力による教育への不当・不要な介入を厳に戒めたものであり、教育基本法改悪の流れにも強く歯止めをかけるものといえる。
 都教委は、判決に従い、違法な10・23通達を直ちに撤回し、教育現場での「日の丸・君が代」の強制をやめるとともに、生徒や教職員の自主性、教育の自由を侵害するような教育政策を直ちに改めなければならない。
 この判決を機会に、われわれの訴えに対し、国民の皆様のご支援をぜひともいただきたく、広く呼びかける次第である。

          二〇〇六(平成一八)年九月二一日

「予防訴訟」原告団と弁護団が、石原都知事と中村都教育長に申しれ

 都教委の日の丸・君が代強制・処分に対する「予防訴訟」(国歌斉唱義務不存在確認等請求訴訟)の東京地裁勝利判決をうけて、同原告団と弁護団は、石原都知事と中村都教育長に対して、次のような申しれをおこなった。(編集部)

申 入 書
          二〇〇六年九月二二日

   東京都知事 石原慎太郎殿
   東京都教育委員会教育長 中村正彦殿

 本年九月二一日、東京地方裁判所民事第三六部(難波孝一裁判長)は、国歌斉唱義務不存在確認等請求訴訟において、原告の訴えを認めて、「原告ら教職員が、都立学校の入学式、卒業式等の式典において、国歌斉唱の際に、国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する義務、ピアノ伴奏をする義務を負うものと解することができない」と判断した。
 裁判所は、10・23通達及びこれに関する被告都教委の一連の指導等は、教育基本法一〇条に反し、憲法一九条の思想・良心の自由を侵害するものであることを明確に判示している。また、原告ら教職員らが起立しないこと、国歌を斉唱しないこと、ピアノ伴奏をしないことを理由として懲戒処分等をしてはならない旨を命じている。
 原告団及び弁護団は、東京都及び都教委に対して、この東京地裁判決を重く受け止めるよう強く要求するとともに、以下の点を要請する。
 記

 (一)10・23通達を取り消すこと。
 (二)10・23通達に基づくすべての懲戒処分を取り消すこと。
 (三)東京地裁判決を真摯に受け止め控訴をしないこと。

 原告団・弁護団は、東京都及び都教委の責任ある回答を求める。

          国歌斉唱義務不存在確認等請求訴訟原告団  共同代表 永井栄俊
                                        同     宮村博
          国歌斉唱義務不存在確認等請求訴訟弁護団  弁護団長 尾山宏  事務局長 加藤文也


田中宇氏のブッシュ政権論について

アメリカのブッシュ戦略の混迷は、帝国主義の本性なのか、それとも大陰謀なのか
 9・11事件から五年が過ぎた。
 二一世紀のはじめの年に起こったこの事件とその後の事態、とくにアメリカ・ブッシュ政権による「対テロ戦争」は世界の状況を激変させた。ソ連の崩壊によって唯一の超大国にのし上がったアメリカ帝国主義は、いま、内外の困難に揺らいでいる。イラク戦争の「泥沼」「ベトナム」化は、新自由主義改革路線による内外の経済政策の破綻とあいまって、力の余裕を失いつつある。中東だけではない。ヴェネズエラ、ボリビアなど中南米を中心に反米気運は全世界に広がった。アメリカは、世界新秩序=唯一の覇権確立のために引きおこした戦争によって、逆に世界の各種の矛盾を激化させ、その中で、コントロール不能の状況を作り出してしまったのである。

 こうした事態はブッシュ政権を政治的代弁者とするアメリカ帝国主義権力者にとってはまさに「誤算」であったはずだ。しかし、そうではない、これらは計算されたシナリオ通りだという論者がいる。評論家の田中宇(さかい)がその一人だ。田中は一九六一年生まれの国際情勢解説者で、いくつもの鋭い分析で注目されており、聞くべき点も多い。しかし、今日の事態は、ブッシュ政権がアメリカの自滅をめざして自覚的に行っているとする視点はどんなものだろうか。

 田中の著書『非米同盟』(文春新書)から、田中の論理を見ておこう。
 第一の引用。
 「アメリカの行動の異様さは二〇〇一年の9・11事件の後で強まった。…9・11事件に対する捜査の不十分さに始まり、先制攻撃や単独覇権主義の提唱、大量破壊兵器に関してウソをついてイラク侵攻したことなど、アメリカのおかしなやり方はしだいにエスカレートした。さらにイラク戦争後はイラク人をわざと怒らせる占領を展開する一方で、米軍はイラクと近隣諸国との国境をほとんど警備せず、外部からテロリストが入ってくることを奨励していた観さえあり、自滅的な傾向が強まった。経済面でも、財政赤字の急拡大、サウジアラビアを中傷して石油価格高騰を招いたことなど『こんなことをやっていたらしっぺ返しがくる』と最初から分かっていることをあえてやり、その結果としてアメリカ自身が窮地に陥る事態となっている。アメリカの異様な行動は、クリントン政権時代の一九九八年ごろから始まった。当初は国連に対する非難、アメリカを批判する国に対する非寛容な態度、地球温暖化防止条約など国際条約に対する批准拒否などが行われ、その後9・11事件を経て拍車がかかった。最初は『アメリカは世界中の悪意を持った勢力からなめられないようにするため、強硬派として振る舞っている』という見方も納得がいったが、そのうちに悪意があるのはアメリカの方だと世界中の人々が思うようになった。これらのすべてを『失策』と見るには、あまりに長期間でしかも多岐にわたる失策となり、無理がある。常識で考えると、どんな国の政府であれ、自国を自滅させようとする行動をとるはずはない。私は、アメリカがやっていることには、アメリカの国益に寄与する別の意図があるのではないかとも考えたが、実際の展開は、それまでの異様な政策の成果のようなかたちでイラク占領の泥沼化とアメリカに対する世界からの反発が強まり、『これはやはり自滅作戦なのではないか』と思わざるを得なくなった。」(九〜一〇ページ)

 第二の引用
 「アメリカ政府は二〇〇三年末から、アメリカ単独のイラク占領が失敗したので、国際社会や国連と仲直りしてイラク占領に協力してもらおうとした。これが成功すると、国際社会がもう一度アメリカの傘下に入り、世界システムは元に戻る感じになる。だが、世界がこのコースをたどることは非常に危険である。もはやアメリカは、世界の多くの人々の目に、不正を犯した国として映っている。この状態で、以前のようなアメリカ中心の世界に戻ることは、裁判官や教師が、重大な犯罪を犯した後も同じ職に就いているようなもので、無法状態を広げる結果になる恐れが強い。今のアメリカには、もう一つ問題がある。それは、アメリカが経済的に危険な状態になっているのではないかという懸念である。巨額の財政赤字、外国からの頭脳の導入を絞った結果の技術開発力の低下、原油価格の高騰など、アメリカ経済にはマイナスの要因が積み重なっている。しかも、すでに説明したとおり、これらの悪い状態は、アメリカ政府が意識的に行った政策の結果である。アメリカ中枢に、自国の経済を自滅させようとしている勢力がいるのではないかとも思える。アメリカは二〇〇四年春までは少しずつ景気回復しているが、潜在的に危険な状態になっているという指摘は、あちこちから出ている。アメリカで金融市場の崩壊が起きた場合、その結果としてアメリカは金のかかる世界支配から全面的に手を引いて孤立主義の状態に入り、その結果『非米同盟』がその後の世界を動かしていかねばならなくなるかもしれない。常識的に考えると、こうした『世界のリセット』が起きるとは考えにくいが、…財政赤字拡大や原油価格高騰などが起きた経緯そのものが、常識を超えたアメリカの自滅行為だったことを考えると、この先アメリカの経済的な崩壊が起きても不思議ではないと思える。」(二一一〜二一三ページ)
 なお「非米同盟」とは、田中によると「アメリカの単独覇権派を敬遠する同盟体であり、アメリカの国際協調主義派も非米同盟の一員である。なお『非米同盟』という呼び名は私のオリジナルであり、非米同盟を名乗っている国家間の同盟体があるわけではなく、学会などで確立している名前でもない。」(一九九ページ)ということだ。
 
 第三の引用
 なぜアメリカは自滅の道を歩むのか。それは、世界を多極化させ、産業革命を世界にひろげ、その国に投資している資本の投資効率を良くするためだという。
 「アメリカだけが世界の経済成長を牽引する従来の経済体制から脱却し、他の大国が経済成長できる素地を作るためだろう。資本の理論が秘密主義にならざるを得ないので、世界システムに関する分析は仮説の連続になってしまうのだが、私はそのように考えている」(二二七ページ)。 
 田中は、アメリカの支配層に「単独覇権派」「国際協調主義派」が存在するという。この意見は、多くの人が認める常識的ものだ。田中の特徴は、この二派が実は一体であり、主体は国際協調主義派であり、単独覇権派とされるネオコンもチェイニー副大統領もラムズフェルド国防長官もみんな「隠れ」国際協調主義派なのであり、「アメリカだけが世界の経済成長を牽引する従来の経済体制から脱却し、他の大国が経済成長できる素地を作るため」にみんな一緒になって、アメリカを自滅に導いているとするのであり、そう見なければ、ブッシュ政権のアメリカ自滅の行為がわからないとしている点である。しかし、田中の「仮説」しかなりたたないわけではない。

 歴史をふりかってみれば、昭和の日本はまさに敗戦に向かってまっしぐらに進んだように見える。途中でいくつかの選択肢があったにもかかわらず、それは破滅への最短コースをたどった(ようだ)。たとえば石橋湛山の小日本主義(中国本土はもとより、台湾や朝鮮の植民地の放棄)などの主張もあり、満州事変を起こした石原莞爾のそれ以上の戦線不拡大論もしりぞけられ、日独伊軍事同盟(一九四〇年)から日米開戦(四一年)にいたるまでにもさまざまな「和平」工作がありながら、ことごとく粉砕されヒトラー、ムッソリーニらと組んで、中国だけでなく世界を相手の戦争に突入した。ここで重要な役割を果たしたのは、帝国陸軍であり、東条英機などの昭和軍閥首脳であり、岸信介など文民の帝国主義者たちである。これらがA級戦犯指定となった連中である。かれらは、結果として、大日本帝国を崩壊させ、戦後体制をつくる前提条件をつくった。しかし、かれらを、自覚的な隠れ敗戦派であり、戦後世界のアメリカ覇権体制をつくるために、また戦後の日本国憲法体制と経済成長を実現するために、日本支配階級内部で対立を演出しながら、「自滅への道」を推進したとは勿論いえないだろう。
 同様に、ソ連社会帝国主義は、一九六八年夏にチェコスロバキアに、一九七九年末にアフガニスタンに侵攻し、国際的に孤立した。とくにアフガン戦争は、アメリカのベトナム戦争と同じようにソ連を疲弊させ体制崩壊の重要な要因となった。当時のブレジネフらのソ連共産党指導部が、ソ連体制を崩壊させるために自覚的にそうしたのか。そうとはいえない。ソ連を最終的に崩壊させたゴルバチョフにしても、ソ連解体のために、ペレストロイカ政策を始めたとはいえないだろう。
 それらは、いずれも、その経済社会構成体の侵略的な本性から生じ、当然にも多くの反対勢力を生み出し、自国の空洞化をまねき、崩壊していったのであった。その過程で、権力者たちは自己を強大なものと自認する思い上がりからさまざまな誤った政策、戦術を取り、それがいっそう没落を早めるのだ。

 現在のアメリカについても同様であろう。アメリカ帝国主義権力者は、ベトナム戦争の教訓を忘れ、唯一の超大国になりあがった自己の強大さと世界の人民と国々に対する蔑視から、今日のような状況をうみだしたのであって、田中の言うような「仮説」は必要としない。
 また、現在のアメリカのおいつめられた状況が、アメリカ支配層自らが計画的につくりだしたのなら、アメリカ帝国主義は敗北しつつあるのではなく、勝利しつつある、多国籍資本の利益のための世界が実現しつつあるということになる。帝国主義は全能だ、これが、「仮説」からもたらされるものだが、実際はまったく逆なのではないだろうか。支配層の思惑通りに歴史は動くわけではないのだ。

 先にも述べたが、田中の発信する国際情報には有意義なものが多い。もちろん、そうでないものもある。たとえば、二〇〇三年イラン戦争時には、その直前まで開戦はないと主張していた。しかし、情報をどう分析し評価するかは、情報を受け取る側の責任で(も)あるのは言うまでもない。田中の提供する諸情報を積極的に評価するがゆえに、その陰謀史観的な構図を批判的に取り上げてみた。(MD)


複眼単眼

    
 今日のマスコミ状況を考える一つの視点

 最近、あるジャーナリストの話を聞く機会があった。
 彼はこのところ、次々と立法によるメディア規制をかける動きが強まっている一方、権力者がメデイア操作に積極的に動くようになってきたことを指摘していた。有事法制における「指定公共機関」、個人情報保護法制におけるメディア規制、あるいは改憲のための国民投票法案や共謀罪法案の中でもそうしたことを実現しようとする動きがあった。
 これらのメディア規制の一方で、特にテレビ報道を利用したメディア操作が、あの「小泉劇場」に典型的に表れたように、戦略的に計算ずくで行われるようになった。安倍晋三もそれを狙っているかも知れない。
 そして、イラク戦争報道においては、防衛庁側の「検閲」を実施したことと、メディア側がそれを容認してしまったという事実も語った。一部新聞社が率先してこうした事態を容認することで、差別待遇、排除をおそれる他のメディアが雪崩うって追従するという構図も語られた。これは記者会見後に行われる習慣の記者懇談会での選別排除への怖れという形でもでるという。
 彼は、だから強圧的な大政翼賛会的な動きというよりは、今日では大勢に流されていくという形でのメディアの翼賛体制ができつつあるのではないかと指摘していた。
 そういえば、確かに戦犯法廷報道に政治家が介入したNHKと朝日の問題が、朝日新聞社内での当該記者の配転(処分)という形で収束させられたことも、朝日側の自主的な屈服の形であろう。これは一種の柔らかいファシズムか。
 筆者の周辺でも、少なからぬ人々が昨今のメディアの右傾化を嘆く。
 しかし、そうした動きを推進するためのマスコミをめぐる構造があることを知るべきだろう。
 日本のマスメディアの収入の半分以上が企業や政府機関などの広告収入に依存していることは決定的で、ここから大企業や政府機関との癒着構造が形成されている。
 最近、顕著なメディア業界の情報産業化の推進は、金融大資本との抜き差しならぬ関係もつくり出しているはずである。
 イラク報道規制でも明らかだが、「記者クラブ」制度は政府機関などによる情報の提供・統制を容易にしているし、メディアの自主規制の装置にもなっている。
 様々な政府諮問機関へのメディア幹部の登用などによる癒着もある。読売の渡辺恒雄が有名だが、その結果、メディアのトップが己が権力者だと思いこんでいるような事態も生じてくる。
 朝日新聞阪神支局襲撃のような事件は、最近では昭和天皇の発言を筆記した横田メモをスクープした日経新聞への暴力的脅迫のように、今日なおも続いている。山形の加藤紘一事務所の焼き討ちも、メディアに対しても同様の効果を上げているに違いない。
 こうして無数の糸がマスメディアを絡め取り、マディアもまたその中で利益を見出しているという構造がある。様々なメデイアへの不満の中には、一つにはこれらの構造を無視した商業マスメディアへの過剰な期待や幻想もあるのではないか。
 しかし、だからあきらめるべきだというのではない。ほとんどのマスコミ各社は「倫理綱領」などを持ち、その社是の中で「公正」「公平」「独立」「不偏不党」などを掲げているし、メディアで働く人々の中に多くの良心的なジャーナリストがいる。この視点に立った読者・視聴者からの批判と激励は必要で有効であろう。商業メディアもまた、広範な読者の民意を無視することはできないのだ。
 ただただ嘆き、怒っていても何もはじまらない。もっとも悪いのは何もしないで嘆くことに終始することだ。それがいかに困難でも、このマスコミ状況を変えるための闘いを工夫し、始めなければならない。 (T)