人民新報 ・ 第1220号<統合313号(2007年3月5日)
  
                  目次


 憲法記念日までに改憲手続き法案成立狙う自民・公明  安倍内閣の改憲攻撃を打ち破れ!

● アメリカの戦争政策に加担深めるチェイニー・安倍会談

● 5・3憲法集会実行委員会からのアピール  「生かそう憲法、守ろう九条 改憲手続き法はいらない 二〇〇七年5・3憲法集会&パレード」を共同の力で大きく成功させましょう」

● 祝 4・28闘争完全勝利確定!  最高裁が「郵政公社の上告受理申立不受理の決定」

● 1047名の団結で国鉄闘争に勝利しよう  4者・4団体で2・16集会開催

● 立川テント村不当弾圧事件  最高裁闘争に勝利しよう

● NHK・ETV番組「女性国際戦犯法廷」改編裁判  東京高裁判決の意義

● 2・11  反核・軍縮・日木原基地撤去を求める岡山県民集会

● KODAMA  /  奥谷禮子の言動―格差社会作りで大もうけ

● 複眼単眼  /  八重山の戦争マラリアの碑



憲法記念日までに改憲手続き法案成立狙う自民・公明

            
 安倍内閣の改憲攻撃を打ち破れ!

 安倍首相は夏の参議院選挙で憲法改正問題を争点とする考えを繰り返し発言している。二月十四日、衆議院予算委員会で、「憲法は指一本触れちゃいけないという時代が長い間あったじゃないですか。それに対してどうするのか、挑戦していく」と述べ、憲法改正の手続きを定める国民投票法案の今の国会での成立に強い決意を示した。そして同日、自民・公明両与党は、野党が審議に応じなくても、国民投票法案を五月三日の憲法記念日までに与党単独でも成立させる方針を確認したのである。事態はきわめて緊迫してきているのである。
 だが、安倍の野望は簡単には実現できないだろう。各種世論調査でも改憲が必要だとしているのはごくわずかの割合であり、優先政治課題としては上位には入ってはいない。そして、憲法九条改悪の危険な本質が明らかになるにつれて改憲阻止運動は着実に広がってきている。

 今年は選挙の年である。そのために民主党も与党との対決姿勢を強めている。改憲反対の社民党、共産党はもとより、民主党・小沢代表も、手続き法案は憲法改正だけでなく、一般的なテーマについても投票にかけられるようにすべきとした上で、「多数を頼んで、無理やりに五月三日までに、今この時点で通さなければならない性格なものではない」「もっともっと、国民生活に大事な問題はたくさんある」と述べた。そして、民主、共産、社民、国民新党の野党四党は、与党方針に反対することで足並みをそろえた。しかし、あくまでの廃案を求める社共と「早期に成立させる必要はない」とするだけの民主、国民新党との違いもあり、野党共闘が反対で結束することができるかどうかが一つの課題となっている。しかし、二〇日の参院憲法調査特別委員会理事懇談会で、民主党は国民投票法案を与党が単独採決する構えに反発し、「これを取り消さなければ協議に応じられない」として退席した。二十一日の衆院憲法調査特別委員会の理事懇談会では、法案採決の前提とされる公聴会の開催を提案されたが、共産、社民両党は反対し、民主党も回答を留保した。
 国会内の闘いは、院外の大衆運動と連携を強めるならば大きな力を発揮することができるのである。
これまでの闘いを引き継いで、憲法改悪に向けて暴走する安倍内閣と闘う陣形が形成されはじめている。
二月二十二日の昼には、衆議院議員面会所で5・3実行委員会主催の「STOP!改憲手続き法・議面集会」が開かれた。前回二月八日の集会を大巾に上回る人びとが駆けつけた。社民党の保坂展人衆議院議員と、共産党の笠井亮衆議院議員があいさつした。
午後からは、参議院議員会館で、「STOP!改憲手続き法・院内集会」(主催は、許すな!憲法改悪・市民連絡会、平和を実現するキリスト者ネット、平和をつくり出す宗教者ネット)が開かれた。こちらにも大勢の人が参加した。社民党の福島瑞穂党首(参議院議員)と共産党の仁比聡平参議院議員、民主党の下田敦子参議院議員が国会報告を行った。
 反対運動の側は、国会闘争では議面集会・院内集会を頻繁に開催するとともに国会議員とくに民主党の議員への働きかけを強め、手続き法案反対派を一人でも多くすることに全力をあげている。同時に大衆的な改憲阻止・改憲手続き法案粉砕の声を飛躍的に増大させるために、三月、四月に大規模な集会・行動が提起されて、そして五月三日の憲法集会を各地で成功させ、その前段として東京では日比谷公会堂集会と一万人デモを成功させようと呼びかけられている。これらの闘いを一つひとつ成功させ、反戦運動、労働組合運動など諸課題と結合して改憲阻止闘争の飛躍的な前進をかちとろう。


アメリカの戦争政策に加担深めるチェイニー・安倍会談

 ついにイギリスもイラクからの段階的撤退を始めることとなった。ブッシュのイラク戦争をともに戦う多国籍国軍は解体状況となった。
 米チェイニー副大統領の日本、オーストラリア訪問は、イラク戦争を支持しつづける珍しい国となった両国からいっそうの支援を獲得しようとするものである。両国は、イラク戦争の完遂とイランなどへの戦争拡大にもカネも血を提供するように要求されたのである。なおチェイニーの来日は二〇〇四年四月以来である。

二月二十一日には、約一時間十五分にわたって、チェイニーは安倍晋三首相と会談したが、シーファー駐日大使も同席し、アメリカの政策への日本の協力について協議・確認した。
 安倍は、「イラクの復興と安定化に向けた米国の努力を支持する。日本も航空自衛隊の活動、政府開発援助(ODA)を通じてイラクを支える。インド洋での海上自衛隊による外国艦船への給油活動を継続する」と述べ、また、「日米はかけがえのないアジアと世界のための同盟関係だ」として、米軍再編の着実な実施やミサイル防衛(MD)協力の加速化が重要だと日本政府の対米追随政策を改めて確約した。これに対して、チェイニーは「米国は日本の安全保障に揺るぎない決意」を表明するとともに「イラク、アフガニスタン、広くテロとのたたかいをめぐる日本の貢献に感謝したい」と満足の意を表した。
 日本政府は二十三日の閣議で、一億四五〇万ドル(約一二六億円)の無償資金協力を緊急実施することを決めた。
 政府の要請よって北朝鮮問題報道を増やしたNHKをはじめ一部マスコミはあたかも拉致問題のためのチェイニー訪日であるかのような報道を行っていた。だが、今回の訪問の狙いの最大のものは、日本の次に訪れたオーストラリアで、「イラク政策では意志の強さが問われている」と語り、テロとの戦いにおいて米日豪連携の重要性を強調したように、ブッシュ政権があくまでイラク・中東に対する介入政策を変更しないことを示すものであった。「揺るぎない」日米関係は、アジアと世界の平和を揺るがすものなのである。


5・3憲法集会実行委員会からのアピール

 「生かそう憲法、守ろう九条 改憲手続き法はいらない 二〇〇七年5・3憲法集会&パレード」を共同の力で大きく成功させましょう


 今年の五月三日は憲法施行六〇周年です。「任期中の改憲」を公言する安倍内閣は、この日に向けて改憲手続き法を成立させようとする動きを強めています。世論の反対を無視し、米国のブッシュ大統領はイラクへの軍隊の増派を進め、いちはやくこれを支持した安倍内閣は、米国が要求する集団的自衛権の行使、「戦争のできる国」づくりをめざして、9条改憲をねらっています。

 私たちはこうした中で開催する「二〇〇七年憲法集会&パレード」を、多くの皆さんの協力で例年の集会を大きく上まわる一万人規模の取り組みとして成功させ、改憲の流れを跳ね返す契機にしたいと思います。

 「5・3憲法集会実行委員会」はこの六年余、各界のみなさんのご協力のもとに、文字通り「憲法改悪に反対する」という一致点を大切にし、思想・信条・立場の違いを超えた共同行動を作り、育ててきました。近年、全国各地でもこうした共同の流れが大きくなりつつあります。今こそ、こうした運動をさらに大きく発展させようではありませんか。

 「二〇〇七年憲法集会&パレード」を成功させるために、以下の項目にただちに積極的に取り組みましょう。
 チラシの配布、宣伝。
 募集している賛同人と賛同カンパの組織を進める。
 当日の参加者を広げること。
 準備および当日の実行委員会の諸業務へのボランテイア参加、など。

 なお、二〇〇七年5・3憲法集会&パレードの企画は次の通りです。

(プログラム)
 一二時…開場、一三時…開会、一五時…パレード出発 
 スピーカー
 浅井基文さん(広島平和研究所所長)/植野妙実子さん(中央大学教授・憲法学)/共産党・社民党両党党首。
 弾き語り&コント オオタスセリさん。 

 会場
日比谷公会堂とその周辺。

       以上

 二〇〇七年5・3憲法集会実行委員会(事務局団体)憲法改悪阻止各界連絡会議、「憲法」を愛する女性ネット、憲法を生かす会、市民憲法調査会、女性の憲法年連絡会、平和憲法21世紀の会、平和を実現するキリスト者ネット、許すな!憲法改悪・市民連絡会


祝 4・28闘争完全勝利確定!

  
 最高裁が「郵政公社の上告受理申立不受理の決定」

 二十八年間にわたった長期の闘いである「郵政4・28首切り処分撤回」闘争がついに完全勝利を勝ち取った。二月十三日に、最高裁(第三小法廷・那須弘平裁判長)は「郵政公社の上告受理申立不受理の決定」(五名の裁判官全員が支持)をしたのである。これで二〇〇四年六月三十日の東京高裁(江見弘武裁判長)の「原告七人全員の4・28免職処分の取り消し・無効=地位確認」という判決が確定した。

 全逓は、七八年十二月より約二ヶ月間、「反マル生越年闘争」を闘ったが、郵政省(日本郵政公社)はそれへの報復処分として一九七九年四月二十八日に五十八人の懲戒免職をはじめ八〇〇〇人を越える処分をだした。これへの反撃の闘いが続けられてきたが、闘いの途中で、4・28処分に驚愕し右傾化を加速させた全逓(現・日本郵政公社労組)本部は闘争を放棄・妨害し、九一年六月三十日には4・28免職者を労組からも追放した。それ以降、4・28闘争は、郵政現場の心ある仲間や共闘の支援を受けながら厳しい闘争を継続してきた。
 東京高裁の江見判決は、マル生攻撃の実態については認めなかったが、その重点は「処分裁量権の誤り」ということだった。「全逓本部の指導に従って闘争参加した一般組合員を懲戒免職にしたのは、処分裁量権の明らかな誤り」と判断したのである。4・28処分は、闘争を指導した全逓役員には軽い処分で指導責任を問わず、指導に従った一般組合員には免職を含む極めて重いものだった。これは、現場の一般組合員への見せしめとするものであり、きわめて悪質な政治的処分であったのであり、その不当性を認めたのは重大な意義を持つものとなった。最高裁が、それを踏襲したことは、役員以上に一般組合員に重い処分を下して労働組合運動を否認するというやり方にスットプがかけられたということでもある。長期闘争4・28勝利は、七人の原告のみならず、その他の被処分者に対しても処分の不当性を認めるものであり、また郵政以外の労働組合運動にとっても大きな勝利であった。

 二月十六日は東京総行動の日だったが、郵政公社前では、勝利した池田実さん、名古屋哲一さんをはじめ郵政ユニオンや国労闘争団、争議団、労働組合の仲間が公社への申し入れ行動を行った。
 2006けんり総行動実行委員会と郵政4・28を共に闘う全国ネットワークは、@二十八年間近くにも及び、不法不当に、免職者・家族等へ苦しみと人権否定を強いたことを謝罪すること、A最高裁決定に従い、直ちに、原告七人全員の処分撤回を表明するのは当然として、五十八人の免職者全員に「処分撤回・職場復帰」可能を通知すること、B即刻、原職復帰・原職就労を実現すること。このための交渉を誠意を持って行い、各免職者の生活便宜などを最大限尊重すること、C今日までの未払い賃金を支払うこと、D年金の遡及回復を即刻行うこと、E健康保険証を即時発行すること、Fその他いっさいの権利・権限を回復すること、Gマル生差別を自己批判し、現在も続く労働者イジメをすぐに止めること、H慰謝料・争議解決金を支払うこと、の九項目を要求した。

 「4・28ネットニュース」号外は「今回の私たちの勝利は、郵政公社の敗北であると同時に、政府自民党の労戦再編深謀の通り免職者を切捨てた全逓(現JPU)本部の敗北である。この深謀からすれば『在ってはならない』はずの、郵政ユニオンなど郵政現場の仲間、全労協など地域の仲間、国鉄闘争や東京総行動や弁護団等々の努力が、今日の勝利となった。本年十月の「郵政民営化」反対運動等にもこの勝利を活かしていきたい。今後も、職場復帰に関する当局との交渉や謝罪要求など、最後の総仕上げの闘いも控えている。引き続きご支援連帯をお願い致します」と完全勝利までの闘う決意を述べている。


1047名の団結で国鉄闘争に勝利しよう

       
4者・4団体で2・16集会開催

 二月十六日、けんり総行動を終えて、日本教育会館に一三五〇名が結集して、「今こそ解決を!具体的要求実現をめざす2・ 総決起集会」が開催された。主催はJR採用差別事件の四者(闘争団全国連絡会議、鉄建公団訴訟原告団、鉄道運輸機構訴訟原告団、全動労鉄道運輸機構訴訟原告団)と四団体(国労、建交労、国鉄闘争支援中央共闘会議、国鉄闘争共闘会議)。
 二〇年の闘いの過程では、98年東京地裁5・28不当判決が出され、それに国労本部が動揺しJRに法的責任なしとする四党合意路線に走り、その誤った方針に抵抗して新たに鉄建公団訴訟に立ち上がった闘争団員を組織処分しさまざまな圧力をかけてきた。国鉄闘争は分裂の危機に瀕した。だが、一昨年の点検公団訴訟9・15東京地裁判決で流れは変わった。判決は不十分なものではあったが、それでも、その積極面を生かして戦線を構築し、国労本部も「バスに乗り遅れるな」とばかりに路線を微調整して、被解雇者を中心とする団結の方向にむかった。そして、昨年の九月には、国労闘争団全国連絡会議、鉄建公団訴訟原告団、鉄道運輸機構訴訟原告団、全動労争議団・鉄道運輸機構訴訟原告団の四者は、雇用、年金、解決金にかんする「解決にあたっての具体的要求」を確認した。昨年十二月には国労と闘争団員原告五〇五名と遺族三十五名が鉄道運輸機構を相手取って裁判を開始し、ここに基本的に一〇四七名が裁判闘争に立つという共通の立場ができた。しかし、その一方で、国労の訴訟は損害賠償請求のみで解雇撤回・地位確認を求めたものではなかった。そして、国労本部は依然として政治解決(その見返りに訴訟取り下げということになる)中心であり、今後の大衆運動の盛り上がり、闘う側の団結の質、再度の四党合意路線の阻止などが国鉄闘争が勝利を勝ち取れるか否かを決定する。まさに、闘いは山場であり、非常に緊迫した段階にさしかかろうとしている。
 集会では主催者を代表して闘争団全国連絡会議の神宮義秋議長が発言。
 今日、二十一回目の2・16を迎えた。JR各社の安全問題、JR北海道・九州・四国そして貨物は赤字だ。分割・民営化が失敗だったことは誰の目にも明らかだ。われわれは、解決のための具体的要求の三本柱を軸に、大きく団結して、勝利的解決に向かって進んでいく。
決意表明は、鉄建公団訴訟原告団の酒井直昭団長。
われわれはこの二十年間塗炭の苦しみの中で闘いぬいて来た。この間一番勇気つけられたのは郵政4・28闘争の勝利だ。私たちもこれに続きたい。
 家族からの訴えは、北海道美幌闘争団の遺族原告である三浦成代さん。
 全動労鉄道運輸機構訴訟原告団の渡部謙三副団長が集会アピール(別掲)を提案した。
 原告団中央協議会の金児順一副代表が次のように行動提起。@四者による「解決行動委員会」を設置し、集中した大衆行動を配置し早期解決をめざす、A政府・省庁・鉄道運輸支援機構に対し、「解決交渉テーブルの設置」を求め、BJR発足二〇年の「3・30」には「四者四団体」主催の日比谷野音大集会を開催する、C裁判傍聴体制を強化し、地裁・高裁等への運動を再強化する、D学者・文化人一万人アピール運動や国鉄分割民営化検証運動など、解決機運の高揚・世論作りをめざす。
 集会には講釈師の神田香織さんが激励出演して会場を沸かせ、最後に団結ガンバローで、闘いへの決意を固めあった。

集会アピール

 本日、日本教育会館で「今こそ解決を!具体的解決要求実現めざす二・一六総決起集会」を開催し、怒りを胸に、全面解決を勝ち取る決意を固めあい、集会は大きく成功しました。

 二月一六日、忘れもしない屈辱の日です。一〇四七名JR採用差別事件の早期解決を求めるたたかいは、二〇年を迎えました。この長期にわたる闘争の中で、四〇名を超える被解雇者が解決を見ることなく他界し、高齢化や精神的・肉体的疲労で病に伏している仲間も増えています。

 この間、政府・鉄道運輸機構は、「まとまらなければ解決をはかることは難しい」と被解雇者や当該労組・支援組織に責任を転嫁してきました。私たち「四者・四団体」は、『JR採用差別事件の当事者が納得のいく早期解決』の一点で、大同団結をはかるとともに、「解決にあたっての具体的要求」をまとめ、関係省庁や鉄道運輸機構に申入れを行なってきました。
しかし、いまだに解決のためのテーブルに着こうとはしていません。こうした政府・鉄道運輸機構の無責任な態度を許すことはできません。
 
 昨年一二月に国労闘争団と遺族が鉄道運輸機構を被告とする訴訟に立ち上がり、一〇四七名は裁判闘争においても、足並みが揃いました。一昨年九月の東京地裁判決で、鉄道運輸機構の不法行為を認めさせた鉄建公団訴訟は、現在、東京高裁で争われています。
さらに、東京地裁で係争中の国労闘争団鉄道運輸機構訴訟、全動労争議団鉄道運輸機構訴訟は、今年の春から夏にかけて結審・判決という重大な局面となります。
ILO(国際労働機関)は、昨年一一月、日本政府に対し一〇四七名の解雇争議の早期解決を求める七度目の勧告・報告を出しました。

 政府・鉄道運輸機構に解決を決断させるためには、一万人アピール、署名、議会決議、キャラバン、集会、国鉄分割民営化二〇年の検証などによる世論の結集、司法の場での公正な判決が必要不可欠となっています。これらの闘争を背景に政治解決をめざす、いよいよ正念場を迎えました。

 今こそ解決を!この間のたたかいで切り開いてきた新たな局面を生かし、具体的解決要求の実現めざして全力を挙げてたたかいぬきます。全国の仲間の一層のご支援を心から訴えます。

 二〇〇七年二月一六日

        今こそ解決を!具体的解決要求実現めざす二・一六総決起集会


立川テント村不当弾圧事件 

  
 ――最高裁闘争に勝利しよう

 ブッシュのイラク侵略戦争に当時の小泉内閣は直ちに自衛隊をイラクに派兵させようとした。東京・立川の反戦運動グループ「立川自衛隊監視テント村」は近所の自衛隊官舎に、「イラク派兵にについて一緒に考え反対しよう」と呼びかけるビラをポスティングしたが、二〇〇四年二月二十七日に三名が逮捕され七十五日間も拘留されるという事件が起こった。
 東京地裁八王子支部地裁では当然にも三人とも無罪の勝利判決だったが、しかし東京高裁は逆転有罪の不当判決を出し、現在、最高裁で闘われている。
 立川反戦ビラ弾圧事件以降、さまざまな不当弾圧事件が続いているが、これら弾圧に反撃する闘いは合流して前進している。

 二月十八日、国分寺労政会館で「立川反戦ビラ弾圧から三年 最後は勝つぞ最高裁! 2・18集会」が開かれた。
 はじめに主催者の立川反戦ビラ弾圧事件救援会の大沢ゆたかさん(立川市議)があいさつ。
 立川の事件はほかの同様な弾圧事件と連携しながら闘っている。イラクでの状況はアメリカ本国でも反戦運動をもたらしている。反戦ビラの指摘していたことが現実になっている。日本でもがんばらなければならない。最高裁での勝利を実現するために力を合わせていこう。
 講演では、最高裁闘争を有効にすすめるために、明治大学の西川伸一教授が、「最高裁ってどんなとこ?」をテーマに話した。
 立川同様に弾圧を受けた国家公務員法弾圧の堀越明男さん、板橋高校卒業式事件の藤田勝久さん、葛飾マンションビラ配布弾圧事件の荒川庸生さんが闘いの状況を報告し、また座談会「獄中こうしてたたかった」で、教育社労働組合、自由と生存メーデー、立川テント村の被弾圧者が警察・検察の不当性を告発した。

「最高裁ってどんなところ?」(西川伸一さん)

まず確認すべきは、最高裁裁判官は「最高」の裁判官ではないということだ。最高裁には三つの小法廷がある。大法廷はそれが憲法問題などにかかわるなどのときにひらかれるが、大法廷裁判官がいるわけではない。またほかの裁判所と違って裁判官のプロだけではない。最高裁の裁判官は、十五人だが、民事裁判官が四名、刑事裁判官が二名、弁護士出身が四名、検事出身が二名、その他は行政官僚や学者など三名で、この比率は引き継がれている。そしてプロの裁判官もじつはプロではないのだ。
 現在の最高裁長官の島田仁郎氏の経歴を見ると、一九六四年に判事補任官になり、その後,東京地裁、名古屋地、最高裁刑事局を経て、その後は、ほんの短期間だけしか裁判にかかわっていない。そのかわりに、司法研修所教官、最高裁調査官、最高裁事務総局刑事局第一課長兼第三課長、最高裁事務総局刑事局長兼図書館長、宇都宮地裁所長、司法研修所長、大阪高裁長官をへて、二〇〇二年に最高裁判事になり、二〇〇六年一〇月一六日に最高裁長官になった。この経歴をみればわかるように島田氏は裁判官というより司法行政に通じた司法官僚というほうが正しいだろう。
 憲法七六条は「すべて司法権は,最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する」としていて、すべての裁判所は裁判部だけでなく事務局をもっている。最高裁の場合は、裁判部門は大法廷と三つの小法廷であり、司法行政部門は事務総局だ。これら事務部門の規模は実に大きい。二〇〇六年一〇月五日の共同通信配信の記事に「町田長官は二日に安倍晋三首相に面会したが、この際に島田氏を次期長官に推薦したもようだ。現職の長官が最も適任とされる候補者を首相に推薦し、内閣はこの推薦通りに指名することが慣例となっている。法曹関係者の間では、一般市民が刑事裁判に参加する裁判長制度のスタートを控え、現場経験が豊富で刑事裁判に精通する島田氏に白羽の矢が立ったとの見方が有力だ」とある。町田氏は、前最高裁長官だ。
 しかし、まえにも説明したように、実際は「刑事裁判の司法行政に精通する島田氏」というべきなのだ。こういう現場から離れた裁判官が最高裁には多い。
 そして、事務総局に「一番いい人材を集めている」。裁判官が裁判でなく司法行政に携わっているが、それは、財務省などと「対等に折衝」するための「格」の維持のためだ。また、裁判官の中にも格差があり、エリートの「陸上勤務組」と、各地方の裁判所、それも支部を回される「海上勤務組」に二極分化している。
 最高裁が非常に保守的になったのには歴史的経過がある。六〇年代には、全逓中郵事件最高裁大法廷判決、東京都公安粂例違反事件東京地裁判決など政府・自民党に不利な判決が続いた。それを、政府・自民党・財界などは「偏向裁判」だとキャンペーンをはり、「青年法律家協会(青法協)」に所属していた裁判官のパージや再任拒否などが続いた。七〇年代の石田和外長官時代には、最高裁判事の人事は、リベラルなひとがすべて保守派に変えられたのであった。
 すなわち最高裁は裁判をしない保守的なエリート裁判官の牙城というべきものになっているのである。

立川反戦ビラ弾圧から三年・大がんばり集会決議

 二〇〇四年二月二七日、立川反戦ビラ弾圧がおきたその日から、もうすぐ三年が経とうとしている。自衛隊の宿舎に反戦ビラを投函しただけで、私達の大切な三名の仲間が逮捕され、七五日間に及ぶ勾留と、長い裁判闘争が課せられたその日から、もう三年が経過しようとしているのだ。
 この弾圧は、日本に住む多くの人に、そして世界の人々に、軍隊を戦地に堂々と送り出すことになった日本の姿を映し出す弾圧として受け止められた。ビラ入れに対する弾圧はその後も相次ぎ、政府の意に反するポスティングに対する不当逮捕が横行しているのは周知のとおりだ。
 しかし私達は、沈黙することなくここまで走り続けてくることができた。三年の間に、全国から地裁・高裁・最高裁に届けられた署名はのべ四五〇〇〇筆を超え、救援カンパは計一六〇〇万円以上に及んでいる。全国のマスコミが社説で「無罪」を訴え、一〇〇名を超える法学者が声明を出し、五〇〇名を超える弁護士が選任弁護士を引き受けてくれた。のべ二〇〇〇名を超える仲間が、裁判所に、集会に、デモに足を運んだ。
 弾圧を計画した人々は、小さな市民団体に圧力をかけ、イラク派兵に反対する人々の間に楔を打ち込もうとしたに違いない。だが、彼らの目的は破綻した。私達は、この弾圧を経て、より大きな団結を作り上げることができた。昨日まで知らなかった者どうしが、同じ目的を共有する喜びを得ることができた。この蠢きは、きっと自衛隊員たちの心も揺さぶっているに違いない。

 最高裁は、先の見えない、姿の見えない闘いの場だ。しかし、届けられる上申書が、積み上げられる無罪署名が、私達の常識感覚と民主主義に対する信念が、一人一人の裁判官の心を動かす力を持っていると確信しよう。私達は一層団結を深め、ポスティング無罪という最高裁判例を勝ち取るその日まで、最高裁への働きかけを続け、広範な世論を作り上げていくと宣言する。

 以上、決議する。
           二〇〇七年二月一八日


NHK・ETV番組「女性国際戦犯法廷」改編裁判

               
 東京高裁判決の意義

 二月二十三日、渋谷勤労福祉会館で、放送を語る会主催で、「放送フォーラム「ETV2001裁判」高裁判決でNHKが問われたもの」が開かれた。これは、二〇〇〇年十二月に開かれた「女性国際戦犯法廷」がNHK・ETV番組となり、翌年の一月に放映されたものだが、自民党の安倍晋三や中川昭一ら政治家など右からの圧力がかかり、重大な内容改編がなされた。これに対して「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(バウネット)が訴えたものである。

 集会では「ETV2001裁判」の大沼和子弁護士が報告した。
 東京高裁判決の意義は、NHK側の責任を認めたことであるが、それも、同じ被告である株式会社NHKエンタープライズ21(訴訟承継人・株式会社エヌエイチケイエンタープライズ)や株式会社ドキュメンタリー・ジャパンに比べて二倍の責任を認めたことである。判決は、バウネットに対してNHKに二百万円、その他二社にはおのおの百万円を支払えとしているのである。
 判決では、政治家の圧力について、「あったと認める証拠」はないとしているが、なかったとはしていない。にもかかわらず、NHK側は二月一日の記者会見で「『政治家による介入がなかった』とした点は、NHKの主張が認められた」と言い、NHKの放送でもそうしたことを流しているがこれは間違いだ。放送でそうしたことを言うのは、NHKの報道機関としての役割を逸脱したものだ。
 「取材を受けた番祖内容について被取材者に認められる権利・法的利益」について判決は、期待と信頼が侵害されたとした。その侵害とは、番組内容が、期待したものと相当程度乖離したものとなったことである。NHK側は、編集の自由を主張した。判決は「番組制作者の編集の自由と、取材対象者の自己決定権の関係については、取材の経過等を検討し、取材者と取材対象者の関係を全体的に考慮して、取材者の言動等により取材対象者がそのような期待を抱くのもやむを得ない特段の事情が認められるときは、番組制作者の編集の自由もそれに応じて一定の制約を受け取材対象者の番組内容に対する期待と信義が法的に保護されるべきである」としている。
 これは、番組の取材では、取材される対象が、どのような放送内容になるのかについて一定の期待を抱くのは当然で、バウネットの場合は、取材に積極的に協力したが、もし、NHKで実際に放映されたような内容になると事前に説明されていれば、協力のしかたが変わったり、もしくは取材協力を拒否する場合もあるのであり、それをしなかったNHKなど被告側に責任があるということだ。
 つぎに政治家の介入の問題では、「一審被告NHKの予算担当者及び幹部は神経を尖らしていたところ、本件番組が予算編成等に影響を与えることがないようにしたいとの思惑から、説明のために松尾と野島が国会議員等との接触を図り、その際、相手方から番組作りは公正・中立であるようにとの発言がなされたというものであり、この時期や発言内容に照らすと、松尾と野島が相手方の発言を必要以上に重く受け止め、その意図を忖度(そんたく)してできるだけ当たり障りのないような番組にすることを考えて試写に臨み、その結果、そのような形へすべく本件番組について直接指示、修正を繰り返して改編がおこなわれたものと認められる」といっている。松尾武放送総局長、野島直樹総合企画室国会対策担当局長の名を上げて、かれらが安倍晋三官房副長官(当時)の「番組作りは公正・中立に」という発言などに対応して、番組を変えたということだ。忖度とは「他人の気持ちや考えを推し量ること」だが、安倍などの日ごろの言動を熟知しているNHKの幹部は、「公正・中立」ということが何を意味しているかを理解しており、これで番組の改編を行ったとしているのであり、「政治家の介入はなかった」としているものではない。

 バウネットの西野瑠美子さんは番組改編について報告した。
 国際法廷で昭和天皇に有罪判決が言い渡され閉廷すると、右翼の抗議が始まった。NHKには放送中止を求める抗議・誹謗中傷のファックスやメール・電話が続いた。一月二十五日にNHKは予算を提出し、国会議員への説明が本格化したちょうどこのころ自民党タカ派集団の「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(会長・中川昭一)から説明を求められていた。野島、松尾が安倍に会ったのは一月二十九日で、また複数の国会議員に会っている。その直後に、野島、松尾と伊東律子番組制作局長の三人が立会いで、試写が行われ、野島がカット部分を指示し、同日第一夜「問われる戦争犯罪」が放映されたという経過があった。
 高裁では勝利判決を勝ち取ったが最高裁で覆させないように大きな運動をつくっていかなければならない。


2・11  反核・軍縮・日木原基地撤去を求める岡山県民集会

 昨年は日木原日米合同演習が差し迫る中で連合の参加もあり一五〇〇名を超える結集が勝ち取られましたが、今年は例年どうりのかたちに戻して二〇〇名強の参加で集会が開催されました。
 集会は開会挨拶のあと部落解放同盟の内海さんの司会で、主催者を代表して共闘会議議長福島さん、弁護団を代表して大石さん、日本原農民を代表して内藤さん、東京・日木原農民と連帯する会の澤村さんがそれぞれ挨拶された。つづいて大声コンテストがおこなわれ、集会アピールを確認し、最後に閉会挨拶・団結ガンバローを美作地区平和センター岩本議長が行って閉会となりました。発言者の中から代表して二人の発言を紹介したいと思います。

現地農民内藤秀之さんの発言

 (演習場内の射場を示しながら)背後地には民有林があり、水源涵養保安林でもある。昨年二月二〇日から二四日までの日米合同演習がやられ化学防護服を着用しての訓練も行われた。自衛隊法が改正され海外派兵が自衛隊の本来任務となり、防衛庁が省になって、更に憲法改悪、徴兵制へと進められようとしている。イラクヘ圧倒的軍事力をもって米軍は侵略したが、功を奏さず、イラク情勢は混沌としている。これを見ても分るように軍事力によって平和はもたらされない。軍事力は殺人と破壊をもたらすだけだ。平和は平和を求める人々の行動によってもたらされる。今日のこの集会を出発点にしてこの一年間を戦い抜く。ともに頑張りましょう。

毎年、日本原集会に激励に来てくださる澤村武生さんの発言

 毎日、暗いニュースが続きいやなことの多い世の中ですが、昨年嬉しかった事がひとつあります。それは、アメリカの昨年十一月の中間選挙でブッシュ与党の共和党が大敗したことです。ブッシュ大敗の原因は、米国内におけるイラク戦争批判の高まりにあることは間達いありません。イラク戦争開始前から、私達はイラク侵略戦争に反対の声を挙げてきましたが、この声が世界中に届き、米国内のイラク戦争反対の闘いと結合して、アメリカの世論を動かし、中間選挙における共和党の大敗へと結びついたのです。一人ひとりの声は小さくても、それがひとつにまとまれば偉大な成果に結びつくことが証明されたのです。ブッシュは大敗し、イラク戦争の軍事的責任者であるラムズフェルドを更迭しました。しかし、ラムズフェルドよりたちの悪い副大統領のチェイニーが残っています。もちろん、ブッシュも残っています彼らは、直ちにイラクから撤退すればいいものを二万五千人の米兵を追加派遣しようとしています。下手な博打うちが負けが込んで、更に、つぎ込み、傷を深くするのと同じ結果になるのは目に見えています。実は、もう一つ嬉しいことがあります。それは中南米における反米・反グローバリズムの闘いの高揚です。中南米はかつて「アメリカの裏庭」といわれアメリカにすき放題な目にあわされて来ました。その中南米で反米左派政権が誕生しています、世界第五位の産油国ベネズエラの一二月に行われた大統領選挙におけるチャベス大統領の圧勝をはじめとして、二〇〇五年一一月から連続的に実施された一二カ国の大統領選挙で、ペルーやメキシコでは借しくも僅差で敗れましたが、左派ないし中道左派と見なされる大統領八人が当選したんです。左傾化という形容を自他共に認める「二一世紀初頭の広域アイデンティティ」が確立されたのです。中南米から反米・反グローバリゼーションの大きな流れが巻き起こってきている。この流れは全世界へと広がっていくに違いありません。一方、国内を見れば、安倍内閣は、歴代の首相ができなかった防衛庁の「省昇格」を強引にやり遂げ、憲法改悪を目論み、国民投票法案を五月三日までに成立させようとしています。衆院で与党が三分の二を占めるという非常に厳しい状況下での闘いです。一切の犠牲が労働者人民に転嫁され、ワーキングプアにみられるように格差がますます拡大し人民の側には閉塞状況が漂っているように見える。しかし、夜明け前が一番暗いということは、夜明けが近いということです。国家独占資本の側がなりふり構わず攻撃を仕掛けてきているということは、彼らの危機の裏返しなのです。安倍政権は世界の中で孤立しています。アジアを含む世界の人民と連帯して闘いましょう。勝利は人民の側にあります。

 集会後、「平和憲法の会・岡山」を中心とする五〇名強が駐屯地まで三キロほどをデモ行進し地域住民に「憲法改悪反対・イラク派兵反対・日米合同訓練反対・軍事力は平和をもたらさない」などを訴え、流れ解散となりました。


KODAMA

     
奥谷禮子の言動―格差社会作りで大もうけ

 「格差社会と言いますけれど、格差なんて当然出てきます。仕方がないでしょう、能力には差があるのだから」「下流社会だの何だの、言葉遊びですよ。そう言って甘やかすのはいかがなものか」「自分でつらいなら、休みたいと自己主張すればいいのに、そんなことは言えない、とヘンな自己規制をしてしまって、周囲に促されないと休みも取れない。揚げ句、会社が悪い、上司が悪いと他人のせい。ハッキリ言って、何でもお上に決めてもらわないとできないという、今までの風土がおかしい」。
いまや有名になった、奥谷(米澤)禮子の週刊東洋経済二〇〇七年一月十三日号などでの発言である。
奥谷は、人材派遣会社ザ・アール社長で、日本郵政株式会社社外取締役、経済同友会理事、人事院・多様な勤務形態に関する研究会委員、厚生労働省労働政策審議会(労働条件分科会)委員などの役職にある。
 週刊誌での発言は「過労死は自己責任」という意味で、そうした思想の持ち主が、厚労省労政審(労働条件分科会)の委員を務めているのだが、この分科会は、時間外労働規制を外ずそうとしているホワイトカラー・エグゼンプションを論議してきたところだ。
 奥谷の夫は、米澤明憲・東京大学大学院情報理工学系研究科教授で、専門はオブジェクト指向プログラミング言語や分散コンピューティングである。しかし彼は研究者としての顔のほかにもう一つの顔を持っている。それは、新自由主義改革の尖兵の一人であるというものだ。明憲は内閣府総合規制改革会議委員でもある。禮子も同委員会委員だ(なお会議議長は、小泉改革を利権にした男として有名な宮内義彦・オリックス株式会社取締役兼代表執行役会長・グループCEO)。宮内義彦とくれば村上ファンドだが、奥谷は村上ファンド運用会社MACアセットマネジメントへ二〇〇〇万円を拠出している。
 奥谷夫婦は、そろって改革推進に全力を挙げているのである。 
 奥谷がなぜこうした役職についたのか。その理由の第一はもちろん彼女の反労働者的な思想が根本にあるが、それに狡猾な人脈作りの才能だ。奥谷ののし上がりで重要な人物は、経済同友会の代表幹事の牛尾治朗(ウシオ電機代表取締役会長)、副代表幹事の生田正治(日本郵政公社総裁)、幹事の丹羽宇一郎(伊藤忠商事取締役会長)たちだった。なお牛尾治朗は安倍晋三の兄の義父にあたる。
 格差拡大社会は自然にできるのではない。それにはこうした設計者がいるのだ。それに、日本経団連会長の御手洗富士夫キャノン会長を加えておこう。かれは、自分の会社が偽装請負で批判されると、法律が悪い、法律を変えろと公言した男だ。
 このような連中を許しておけるのか。  (M)


複眼単眼

  
 八重山の戦争マラリアの碑

先ごろ、沖縄を訪れる機会があった。私はこれまで幾度、沖縄を訪れただろうか。その回数だけで言えば、実に数え切れないほど沖縄に行っている。しかし、いまだにあまり沖縄のことを知らない。今回もそのことを思い知らされた。
 今度、教えてもらった「戦争マラリア」の話にしても、本も出ているし、資料もそれなりにある。知ることはできたのだ。しかし私は知らなかった。考えてみると、この年になるまで、私はこの国の各地を結構駆け歩いている。しかし、ほとんどゆっくりと土地のことを学んだことはない。
仕方がないのだけれど、なにかもったいないような気もする。
 「戦争マラリア」、先の大戦の末期、日本軍は沖縄に守備軍をつくり、南西諸島、石垣島などの八重山には「独立混成第四五旅団」が配備した。
 沖縄本島が「鉄の暴風」と呼ばれるような筆舌に尽くしがたいほど激しい米軍の攻撃で占領される前後の時期、この石垣島では米軍の攻撃に備えて、日本軍によって多くの住民が強制的に移住させられた。
 日本軍は住民が米軍との戦闘の邪魔になる、米軍に住民から情報が漏れる、などをおそれたのだ。移住先は人間が住めるようなところではなく、間もなく住民はマラリアに罹りはじめる。しかし、日本軍は苦しむ住民にマラリアの特効薬であるキニーネを軍需物資として、渡さなかった。
 住民たちは次々に斃れ、死んだ数は約四〇〇〇人にのぼるという。
 私は話を聞いていて、同じ沖縄県の中でも戦争の犠牲者の死に方がこんなにも異なるということを思い知らされ、愕然とした。本島を中心にした沖縄戦の中でも、住民は米軍に殺されただけではなく、多くの人びとが日本軍の犠牲になったということは知っている。しかし、石垣の日本軍の犠牲者はすさまじい。
 第四五旅団は自分たちの作戦のために住民を暗い山間部の谷間に追い込み、マラリアの犠牲にさせただけでなく、キニーネを独占して住民を見殺しにした。まず軍人のためにキニーネを確保した。まさに軍隊は住民を守らず、国家を守る、国家の背骨である軍隊自身を守るために存在するということだ。
 最近、この「戦争マラリア」を忘れないために住民たちが公園に「戦争マラリアの碑」を立てようとしたら、自治体当局が「戦争マラリア」の「戦争」をとってくれと言ってきたのだそうだ。住民たちは「マラリア」では何の犠牲かわからなくなる。戦争という言葉は削ることはできないといって、闘って碑を作ったという。 (T)