人民新報 ・ 第1278号<統合371号>(2011年6月15日)
目次
● 原発事故は最悪のメルトスルー! 日本全国で、全世界で脱原発の運動を拡大しよう
● 「九条の会」発足七周年記念講演会 呼びかけ人の鶴見俊輔さん、澤地久枝さん、 奥平康弘さん、大江健三郎さんが講演
● 郵政改革法案の早期成立をめざし、郵産労・郵政ユニオンが国会前行動
● 最高裁判決・大阪府君が代条例に抗して、日の丸・君が代強制反対を強めよう
● 「日本軍の関与否定」の右派の策動は失敗 大江・岩波裁判勝訴の大きな意義
● 7回目の国会ピースサイクル
自転車を連ねて市民に反戦・反核・平和をアピールし、政府、民主党、東京都、東京電力などへ要請行動
● 政府の原子力政策の変更、全原発の運転中止を目的に、反原発自治体議員・市民連盟
● KODAMA
映画「午後の遺言状」
とんでもない教科書
● せ ん り ゅ う
● 複眼単眼 / 吉村昭「三陸海岸大津波」の警告をどう受け止めたか
原発事故は最悪のメルトスルー!
日本全国で、全世界で脱原発の運動を拡大しよう
広がる原子力災害
三月一一日のから三ヶ月、福島第1原発事故は当初の政府・東電の「早期収束」の言明にもかかわらず、その被害の規模は日に日に拡大している。事故直後の水素爆発はない声明の直後にその水素爆発が次々に起こり、炉心溶融(メルトダウン)が起きたことも追認した。ついには、三月七日、国際原子力機関(IAEA)への報告書で、府の原子力災害対策本部は福島第1原発1〜3号機で溶融貫通(メルトスルー)が起きた可能性も考えられるといいはじめたのである。炉心が損傷して燃料の形状が維持されず溶け落ち、原子炉圧力容器の底にたまるのが、「メルトダウン」だが、「メルトスルー」とは、この溶け落ちた燃料の固まりが、圧力容器の底や、さらに外側の格納容器の底を溶かして突き破ってしまうというまさに最悪の状態のことである。放射能の放出は続き、被害は増加していき、政府・東電の事故の収束のための工程表改訂版(五月一七日)では、今後「五〜八カ月以内に事故を収束」させるという目標を掲げたが、メルトスルーとなれば事態収束はいっそう困難なものとなる。
政府・東電は収拾に全く手遅れの状態にあり、事実も事後報告で被害をさらに深刻化させるなど、かれらの情報隠蔽・操作体質、その上ますます暴露される無能さへの怒りが拡大している。原子力推進の巨大な利権にあつまった集団の強欲さ、依然として原発推進をもくろむ中曽根など保守政治家連中の存在、カネで買われた学者・専門家・マスコミの無責任な発言こそが日本を破滅のふちに追いやっているのだ。だが、事態の深刻さは次々と明らかになってきている。いまこそ、日本も、世界各国も脱原発へとはっきりコースを切らなければならないときである。
脱原発に向けて行動
六月一一日を前後して、脱原発を求める一〇〇万人アクションが展開された。一一日だけで、日本全国の一〇八ヶ所で、また世界でも二〇ヶ所でさまざまなデモ、集会などが行われたと報告されている。この脱原発一〇〇万人アクションのよびかけは、「脱原発」の一点で大きな行動を実現することを目的に、これまで各所で行動を行ってきた主要なグループの関係者が話し合いを行って出されたもので、多くの団体が賛同している。
原水爆禁止日本国民会議、原子力資料情報室、たんぽぽ舎などのよびかけ(協賛・WORLD
PEACE NOW)による「6・11脱原発一〇〇万人アクション・東京」主催の「くり返すな!
原発震災 つくろう! 脱原発社会 6・11集会&デモ」には、東京・芝公園に六〇〇〇名が参加した。はじめに主催者を代表して、原水爆禁止日本国民会議の藤本泰成さんがあいさつ。利益を重んじ生命を軽視する原発推進の政策は完全に破綻した。にもかかわらずいまだに、原発は安全、原発は安上がりだと言って、原発の再開・新増設まで主張している。世界中に脱原発の声をひろげ、すべての原発を停止させよう。
福島原発の現状について原子力資料情報室の伴英幸さんが報告し、つづいて、福島県からの参加者による訴えがあった。福島県郡山市からはバスで約四〇人が駆けつけ、福島県教組郡山支部の鈴木浩行書記長が報告。郡山から東京まで放射線を測りながらやってきた。その数値はほとんど変わらず、さきほど東電本社の前でも時間当たり〇・二マイクロシーベルトという高いものだった。第二、第三のフクシマを出さないように力を出し合おう。
八五歳になる女川原発反対同盟の阿部宗悦さん、大間原発の敷地内に建つ「あさこはうす」を拠点に大間原発差し止め訴訟を闘う小笠原厚子さんからの力強い発言に会場から大きな拍手。 最後にたんぽぽ舎など主催者などから挨拶があり、集会後、経済産業省(原子力安全・保安院)、東電本社へ、そして銀座、東京駅を通って常盤橋公園までのデモで脱原発を訴えた。
また東京では、この行動のほかにも新宿、渋谷などで大きな行動が行われた。
共同を広げていこう
脱原発の運動は大きく盛り上がり、浜岡原発停止も市民の声に政府が押された結果だ。
全原発の停止!
エネルギー政策の抜本的転換!
脱原発社会へ!
「九条の会」発足七周年記念講演会
呼びかけ人の鶴見俊輔さん、澤地久枝さん、 奥平康弘さん、大江健三郎さんが講演
六月四日、日比谷公会堂で「九条の会」発足七周年を記念する講演会(サブタイトル「未来世代にのこすもの―私たちは何を『決意』したか」)が開かれ、四人のよびかけ人が講演した。集会には地震・津波・原発事故の被災三県から駆けつけた人も含めて二〇〇〇人が参加した。
はじめに哲学者の鶴見俊輔さん。
日本はヒロシマ・ナガサキに原爆を落とされたが、私たち日本人はその問題に答えていない。ビキニ・第五福竜丸事件は2・5番目の原爆といえる。そして今回の福島原発事故で、それはまだ続いている。原爆は、科学・技術は悪用してはならないというギリシャ以来の伝統の終焉だった。ドイツからアメリカに亡命したアインシュタインたちはナチスが先に原爆を持ったら大変だというので原爆製造に加わった。しかしナチス・ドイツは戦争に負けた。にもかかわらず、原爆を造ったアメリカはどうしてもこれを使って実験を行いたかった。そしてトルーマン大統領はヒロシマに原爆を投下させた。ヒロシマとは違う種類の原爆をナガサキにも落とした。ヒロシマ、ナガサキと二度も被爆を経験した人が、「もてあそばれたような気がする」といったが、こうした認識から出発することが必要である。
つづいて作家の澤地久枝さん。
なによりも必要なのは原発を止めることだ。ところが今の政治は首相の不信任決議やら何かと相手を攻撃するだけの貧しいものになっている。この時期に自衛隊は海外に基地を作ろうとしている。チェルノブイリ原発事故の時にロシアを旅行したことがあるが避難民の悲惨さが印象にある。日本の場合は、これからも原発がどうなるかも分からないし、時間が切られていないというもっとひどい状況にある。しかも情報もかつての大本営発表と同じで信じることができない。市民は憲法九条をよりどころに世直しをする必要があり、政治を変えなくてはダメだ。呼びかけ人の九人のうち三人がなくなった。小田実さんは「一人でもやる。ひとりでもやめる」と言った。ロシアの詩人プーシキンは「火花はやがて炎となって燃え上がる」と言った。オーストリアでは原発をやめた。日本はまず原発から離脱しなければならない。
憲法研究者の奥平康弘さん。
憲法九条は明確に非武装を規定しているが、政府・国家権力は違った憲法解釈で自衛隊を持った。個別的自衛権は憲法を越えるものとしてあり、自衛のために必要な最初限度の実力はもてるというのだ。実力であって戦力ではないと強弁する。そして核武装についても留保ということになっている。今では海外派兵までも行っている。核武装反対・原発反対をかかげて対抗していかなければならない。憲法にふさわしい文化をわれわれはつくらなければならない。その原動力は独立した人格だ。
最後に作家の大江健三郎さん。
わたしは「決意」という言葉が好きだ。今日のサブタイトルにもあるように、何を決意するかだ。憲法の前文には「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」などとある。この両方ともいい。法律には、何らか立法を必要とする状況が存在するからこそそれが立案されるという立法事実ということが大事だ。日本の原子力政策のはじまり一九五五年の原子力基本法だ。その前年の三月にビキニでのアメリカの水爆実験で第五福竜丸が被爆するという事件が起こっている。原子力推進の中心は中曽根康弘だが、彼は今回の原発事故が起こっても「一層の原発推進」を言っている。なすべきことは、憲法の立法事実をもう一度思い起こし、そこから再出発することだ。
郵政改革法案の早期成立をめざし
郵産労・郵政ユニオンが国会前行動
郵政民営・五分社化から三年半が経過した今日、郵政サービスは大きく後退し、そこで働く労働者の状況もいっそう悪化した。郵政民営化は小泉構造改革路線の目玉であり、格差拡大、貧困層の増大をもたらす突破口となった。民主党などは二〇〇九年夏総選挙で「郵政事業の抜本的見直し」を掲げ、それが自民党政治の終焉・政権交代をもたらす重要な要因となった。昨年の通常国会提出の郵政改革法案は、郵便、貯金、保険の基本業務の一体的利用、郵便局ネットワークの維持などが入っている。そしてこの四月一二日衆議院において郵政改革法案を審議する郵政改革法特別委員会が設置された。
だが審議は行われず法案成立の見通しも立っていない。郵政民営化の見直しは、日本社会の現状を変える一環となる意義を持つものであり、郵政改革法案の早期成立と小泉郵政民営化の抜本的見直しが求められている。
五月一七日昼に、郵政改革法案の早期成立をめざして、郵政産業労働組合と郵政労働者ユニオンの主催(協賛・郵政民営化を監視する市民ネットワーク)による、郵政改革法案の成立を!国会前行動が被災地からの参加者も含めて展開された。
郵政産業労働組合と郵政労働者ユニオンは共同で「郵政改革関連法案の成立を求める要請書」をもって郵政改革法案の早期成立をめざして要請行動を行った。
「郵政改革関連法案の成立を求める要請書」は、「今国会に提出されている『政改革法案』は基本理念で、『国民の権利として郵政事業に係る基本的な役務を利用者本位の簡便な方法により郵便局で一体的に利用できるようにするとともに将来にわたりあまねく全国において公平に利用できることを確保する』『郵便局ネットワークの活用その他の郵政事業の公益性及び地域性が十分に発揮されるようにするための措置を講じ、国民生活の安定向上及び国民経済の健全な発展並びに豊かで住みよい地域社会の実現に寄与する』と述べ、郵便、貯金、保険の基本業務についてあまねく全国で公平な利用を確保することを郵政改革の目的に組み入れています。また、これまでの五社分割から三社体制へ再編し、国の新日本郵政持ち株が三分の一超、新日本郵政の金融二社の持ち株が三分の一超と規定し、一体性を確保するとしています。さらに、労働環境の整備が盛り込まれ、非正規雇用や処遇改善へ踏み出そうとしています。このように、政府が臨時国会で成立を期す『郵政改革法案』は、現行の『郵政民営化法』に比較すれば国民・利用者・労働者にとって一歩前進といえます」と指摘し、「@郵政改革関連法案の今国会での成立をおこなうこと、A経営目的に『公共の福祉の増進』を明記すること、B三事業一体経営で金融と通信のユニバーサルサービスを法律に義務づけること、C『郵政改革素案骨子』で指摘した『高い非正規雇用率』問題の解決にむけて努力していただくこと」などを求めた。
最高裁判決・大阪府君が代条例に抗して
日の丸・君が代強制反対を強めよう
二つの最高裁判決
大震災・原発事故の被害が深刻化する中で、教育の反動化を進めようとする動きが激しい。日の丸・君が代強制と闘う運動を圧殺しようとする一連の出来事である。この間、最高裁は二つの不当判決をだしたが、いずれも東京都教育委員会が、卒業式等において「国歌」斉唱時に教職員らが「国旗」に向かって起立し、「国歌」を斉唱することを徹底するよう命じ、これに従わないものを処分するとした二〇〇三年の「10・23通達」にかかわるものだ。五月三〇日に最高裁第二小法廷は嘱託採用拒否事件で「違憲ではない」との不当判決を出した。
つづいて六月六日に最高裁第一小法廷での一三名の都立高校嘱託採用拒否事件でも同様の判決があった。その判決は、卒・入学式は教育上の行事にふさわしい秩序、式典の円滑な進行が必要で、思想・良心の自由の間接的制約はあるが、職務命令等には、上記制約を許容し得る必要性・合理性があるとして、思想・良心の自由を侵すものとして憲法一九条(「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」)に違反するとは言えないというものだ。しかし五名の裁判官のうち一名は、起立斉唱の強制が「少数者の思想・良心の核心に対する侵害」「魂というべき教育上の信念を否定することになる」として「10・23通達」が「不利益処分をもってその歴史観等に反する行為を強制する」として原審に差し戻すことを主張してもいる。こうした判決に、東京都君が代嘱託採用拒否事件原告団・弁護団は「都下の教育現場で続いている異常事態に、皆様の関心を引き続きお寄せいただき、教育に自由の風を取り戻すための努力に、皆様のご支援をぜひともいただきたい」と闘いのいっそうの拡大をアピールした。
大阪知事橋下の暴挙
六月三日、大阪府議会は、橋下徹府知事が代表の「大阪維新の会」府議団が提出した「大阪府の施設における国旗の掲揚及び教職員による国歌の斉唱に関する条例」を強行可決させた(公明、自民、民主、共産は反対、自民一人が退席)。その目的は「府民、とりわけ次代を担う子どもが伝統と文化を尊重し、それらを育んできた我が国と郷土を愛する意識の高揚に資するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと並びに府立学校及び府内の市町村立学校における含む規律の厳格化を図ること」とされ、橋下がこれまでも行ってきた日の丸・君が代強制をいちだんと強力に推しすすめるためのものだ。こうした動きには、地元大阪の労働組合や市民運動が反対運動を起し、また日本弁護士連合会会長が反対の声明をだすなど、反対の声は各界にも広がった。
大阪教育合同労働組合は、その「君が代」起立条例に対する声明「条例で起立を強制しても、組合の不起立方針は変わらない」で、この条例は「『君が代』のもつ歴史的、現在的な問題点をすべて捨象し問題をすり替えることによって、不起立教職員を『大阪府民への挑戦』などと俳談中傷して、かつての『非国民』扱いとしようとするもので、到底認めることはできない。…橋下知事が起立を強制する条例をつくったとしても、私たちの方針は変わらない。私たちは不起立を含む闘いを強化し、『日の丸・君が代』の強制をはねのける」と決意を述べている。
「日本軍の関与否定」の右派の策動は失敗
大江・岩波裁判勝訴の大きな意義
二〇〇五年八月、沖縄戦当時座間味島の日本軍司令官だった梅澤裕と渡嘉敷島の司令官だった赤松嘉次の弟の秀一が作家の大江健三郎さんと岩波書店を「名誉毀損」「出版等の差し止め」で訴えた。
この裁判は、『沖縄ノート』(大江健三郎、一九七〇年)、『太平洋戦争』(家永三郎、一九六八年)、『沖縄問題二十年』(中野好夫・新崎盛暉、一九六五年)などの岩波書店発行の書物で書かれている「集団自決」の記述について「日本軍の命令」はなかったとする右翼勢力から仕掛けられてきたものだった。
だが、二〇〇八年三月に大阪地裁が原告請求棄却の判決、同年一〇月には大阪高裁が控訴棄却をだし、今年の四月二一日には最高裁も上告が棄却を言い渡し、原告ら右翼勢力は完敗したのである。
五月二四日には、東京・文京区民センターで、大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会、大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会、沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会の共催で、「『大江・岩波沖縄戦裁判』最高裁勝訴報告集会」が開かれた。
はじめに大江・岩波沖縄戦裁判弁護団の秋山淳さんが経過報告。
裁判では「集団自決」について、集団自決が発生したすべての島に日本軍が駐屯していたこと、日本軍が駐屯しなかった島では「集団自決」が発生しなかったことからして「集団自決」については日本軍が深く関わったものと認められ、座間味島と渡嘉敷島では梅澤、赤松を頂点とする上意下達の組織であったことからすると、二人が関与したことは十分に「推認」できる、とした。
岩波書店の岡本厚さんは、『沖縄ノート』が出版されてから四〇年近い裁判で初めはとまどいもあったが、かれらの目的は「軍命はなかった」として旧軍の名誉を守りたいというもので、この背景には歴史修正主義があり『集団自決』を殉国美談にすり替えるために提訴したもので、裁判勝訴の意義は大きいと述べた。
なお岩波書店は最高裁決定に対するコメントで、「本裁判は、特定の歴史観をもった人々が、名誉毀損訴訟という形をとりながら、沖縄戦の真実を歪曲しようとしたきわめて政治的なものであった。その意味で、今回の勝利は、勇気を奮って記憶と体験を語った沖縄戦体験者の勝利であり、またその体験者たちを全力で支えた沖縄の人びと、またその支援者の勝利である」としている。
集会には共産党の赤嶺政賢衆院議員、社民党の山内徳信参院議員、服部良一衆院議員が出席してあいさつした。
最後に主催団体からは、二〇〇六年度の教科書検定では裁判が起されたことなども口実として沖縄戦について不当に書き換えられたが、最高裁の上告棄却・勝訴を受けて、「集団自決」の記述の回復など教科書の沖縄戦に関する不十分な記述を見直し、改善するとりくみをすすめていこうと提起された。
7回目の国会ピースサイクル
自転車を連ねて市民に反戦・反核・平和をアピールし、政府、民主党、東京都、東京電力などへ要請行動
一九八六年に大阪の郵便局で働く青年たちがはじめた自転車を使って全国を走る平和運動ピースサイクルが今年もスタートする。六月の沖縄を皮切りに七、八月にヒロシマ・ナガサキ・六ヶ所村に向けて全国で平和・環境・人権に関することをアピールする。夏のピースサイクル本走前段の「国会ピースサイクル」も二〇〇五年から取り組まれている。
五月二七日には、「二〇一一国会ビースサイル」が行われた。今年は参加者も多い。午前八時半に市ヶ谷駅改札口に集合して、近くの公園で集会を開き、防衛省前に移動、門前での集会を行い、菅直人首相と北澤俊美防衛相に以下のような申し入れを行う。@辺野古への基地建設断念と普天間基地の無条返還を求めます。A東村・高江にヘリパッドを建設することを中止してください。B沖縄の米軍基地の集中は、戦後の米軍占領状態のままです。基地の押しつけは、沖縄差別と呼ばれるべきもので容認できません。沖縄に存在するすべての米軍基地の返還を求める交渉を行うこと。C日米安保条約を見直し、破棄をすること。D在沖縄米軍再編による、沖縄での南西地域への自衛隊の軍備の増強等を行わないこと。E大震災、「非常時」を理由とした日米両軍の一体化行動に反対します。
つづいて東京都庁に移動。議会棟での石原慎太郎東京都知事、木村孟東京都教育委員会委員長への申し入れには、教育庁総務部教育情報課が対応した。以下の申し入れを行う。@二〇〇三年一〇月二三日付「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」を廃止すること。A「日の丸・君が代 (国旗・国歌)」の取り扱い方については、それぞれの学校の裁量に委ねる旨を各学校、児童生徒及び保護者に伝えること。Bすべての「日の丸・君が代」を強制する職務命令違反での処分を撤回すること。
昼食の後に、東京電力本社へと向かう。申し入れの会場である東京電力別館地点からの参加者も多く、みんなで会場の中へ。東電へは事前に質問事項が届けられていて、それへの回答も含めて東電側からの説明があった。参加者からは、東電の責任の追及、情報の開示、事故の早期の収束、原発の即時停止などの要求が突きつけられ、東京電力の勝俣恒久会長、清水正孝社長へ申し入れを行った(別掲)。
国会内の民主党控え室で政府・民主党への申し入れでは、日本軍「慰安婦」被害者問題の早急な解決を求めて、直人首相、松本剛明外相宛に、@国際社会の要請を受け止め、歴史の事実を認め、信頼関係の崩壊をとめること、A日本軍性奴隷制「慰安婦」被害の解決について、国連調査官の求めた原則に従うこと、B緊急の取り組みとして、政府に担当機関の設置を提案すること、C国会での公聴会を提案し、被害者が存命中に名誉回復への第一歩を記すこと、D「戦時性的強制被害者問題解決促進法」制定を早急に実現すること、を求めた。また、菅首相には、甚大な原発震災を反省し、今こそ、原発から自然エネルギー政策への転換を求め、また政府は憲法9条を守って、沖縄・普天間基地の無条件閉鎖、辺野古への建設を断念することを求める要請を行った。
最後に、参議院会館で総括交流会をおこない、夕刻から日比谷野外音楽堂で開催された脱原発集会に参加した。
国会ピースサイクルの東京電力(株)勝俣恒久会長・清水正孝社長あての要望書
甚大な原発震災を反省し、今こそ、すべての原発を廃炉にすることを求めます。
三月一一日に起きた東日本大震災によって、三万人を超えるとみられる死者と行方不明者を出し、今尚数十万人の避難者が想像を絶する困難な中で避難生活を余儀なくされています。今日本は、大地震による大津波、福島第一原発における原発震災によって未曾有の危機に遭遇しています。
大混乱と展望の見えない中でも、全国各地はもとより世界中から被災者支援の行動と脱原発の行動が広がりだしています。私たちピースサイクルも全国各地で、地域の市民たちと連携して微力でも被災者への支援に関わっています。
私たちピースサイクル全国ネットワークはこの二六年間、自転車で全国の人々と連なり、反戦一反核、平和、人権、環境保護を訴えてきた平和団体です。
●不安と怒りの責任は、電力会社と政府の責任です!
大震災から二ヶ月、私たちは大きな不安の中で生きています。この巨大地震と大津波による広範にわたる甚大な被害のうえに、福島原発による原発震災によって、日本列島だけでなく、地球環境に対して予測不能の災害を起こしているからです。原発震災によって、広域にわたる土地・水・海・大気を汚染され、政府はついに二五年前のチュルノブイリ原発事故に匹敵する国際評価尺度で最悪の「レベル7」を認めました。周辺住民の避難、自主避難から避難地域の拡大と事態はより深刻になっています。
さらに、私たちは怒っています。『安全神話』によって莫大な被害をあたえておきながら、『想定外』と『安全性』を連発し、責任逃れに躍起の東電経営陣、原発推進政策を棄てない政府、『安全性』を強調するだけの原発専門家、うその報道を垂れ流し続けてきた報道機関に対してです。今、多くの市民は、こうした人々の報告・報道を信頼していません。
●すべてを奪った東京電力!
大地震と特に原発震災により、浪江市や南相馬市では多<の行方不明者の捜索が行われない悲惨な状況を生みだされています。水素爆発による放射能汚染は、原発近隣では避難制限区域となりその場で生活することのみならず、四〇キロ離れた飯館村はおろか、さらに遠い福島市や郡山市にまで及び、学校の校庭が汚染され、子供たちにもたらす健康被害の不安を募らせています。また、多くの人々が住みなれた家から避難を余儀なくされ、生活・仕事や田畑、ペットや家畜の命を奪われ、双葉病院では尊い人命すら奪われました。
●責任の転化を許さない
まず、『想定外』という言葉に対し私たちは許しません。私たちの言葉に耳を傾けなかった東京電力の責任は重大です。乳幼児、妊婦、病人、高齢者、障がいを持った人々、在日外国人の人々に東京電力は避難の手を差し伸べたのでしょうか。南相馬市の市長が言っていました。「東京電力には誠意が見られない。」私たちも同じ思いをしています。
●要請事項
1、福島原発を即時廃炉にし、他の原発も直ちに停止し、廃炉に向け準備すること。
2、原発や大規模発電を見直し、自然エネルギーヘ転換すること。
3、事故の調査を徹底的に行い、その責任の所在を明らかにすること。
4、陸地、海洋を問わず放射能測定地を増やし、数値を速やかに公開すること。
5、放出されたすべての放射性核種や数値を速やかに公表すること。
6、大震災を理由とした免責は許されない。東京電力の責任において被害者すべてに対し補償すること。
7、計画停電による損害は計り知れない。操業停止や操業短縮に追い込まれた企業への賠償、労働者の解雇・待機などの処置に対し補償をすること。
8、放射能汚染により、仕事、希望、生活を奪われた自営業者、酪農業者や農業者、漁業者らに謝罪と補償をすること。
9、風評により被害を受けた、農業者、漁業者、観光業者などに対し補償すること。
10、安易に電気料金の値上げなどで国民に負担を押し付けないこと。
11、 生命にかかわる放射線にさらされて作業をしている労働者の安全、労働条件に万全を期するとともに、被ばく線量の管理を徹底すること。
12、東京電力は総力を挙げ速やかに事故を収束させること。
以 上
政府の原子力政策の変更、全原発の運転中止を目的に
反原発自治体議員・市民連盟
五月二二日、東京・全水道会館ホールで、「反原発自治体議員・市民連盟」結成総会が開かれた。第一部の結成総会では、準備会を代表して福士敬子東京都議が、今年一月の準備会以降の活動についての報告。
つづいて、審議に入った。討議の結果、規約、行動計画、会計、役員について決定された。「連盟」の性格は規約で、「本会は政府の原子力政策を改めさせ、全ての原子力発電所の運転を中止させることを目的」とし、そのために、「@反原発情報の交換、A反原発に関する諸活動への協力、B反原発に関する要請活動、C反原発に関する学習会、D上記に関わる一切の活動を行う」。「行動計画」では、「@浜岡原発を運転中止から廃炉にするための第一歩として、他団体と連携して七月一六・一七の静岡・浜岡行動を実施します。A原発を推進する電力会社による電気料金は高額です。電力会社に頼らない電力供給を一層推進するため、政府・自治体に働きを強めます。B全国の反原発団体・市民と連携し、予定されている六・一一、九・一九等の反原発集会を成功させます。C市民団体と協力して講演会・学習会を実施し、情報の収集・学習に努めて原発の反社会性を明らかにします。D財政と事務局体制を確立し、反原発運動の一翼を担うために奮闘します。E議会の権能を最大限発揮して反原発の論議を巻き起こす」とした。
役員には、共同代表(相沢一正・東海村議、佐野けい子・静岡市議、福士敬子・都議、布施哲也・前清瀬市議)をはじめ会計監査、運営委員と事務局長(柳田真たんぽぽ舎・代表)が選出された。
第二部でははじめに、反原発アニメ『源八おじさんとタマ』が上映され、ひきつづく記念講演は國學院大学教授の菅井益郎さんが行った。
第三部では、東京都立川市での東電以外からの電力の供給、福島第一原発の被害の状況、静岡浜岡原発廃炉にむけて、茨城東海第二原発の地震・津波被害、東電前アクション、千葉県船橋市における反原発運動などの報告が行われた。
反原発自治体議員・市民連盟(たんぽぽ舎気付)― http://www.tanpoposya.net/
KODAMA
映画「午後の遺言状」
やはり最近亡くなった長門裕之はサザンオールスターズの桑田佳祐にそっくりだと思っていた。彼が亡くなったので追悼しようと思い、今村昌平の「豚と軍艦」を観た。戦後の荒れた社会をユーモアたっぷりに描いている。殺した人間の入れ歯が豚を食っているシーンがある。みんな笑って食い始めるが、入れ歯は対立するヤクザの親分のものだ。そこで、上海に日本軍が侵攻した時に、多くの中国人を殺して海に投げたがその肉を食って育った上海蟹を食べながら笑う日本人将校を思い出した。
やはり、と書き始めたのは、日本映画において黒澤明以上にソンケーしているのは今村昌平と、いま九〇歳を過ぎて生きている新藤兼人氏を何度も繰り返し観てるからこそで、長門裕之は何本も出演しているのでという意味である。やはり、やはり、何度観てもイイ。
新藤兼人氏は「午後の遺言状」(95)という名作は、嬶の音羽信子(一九二四〜一九九四)がガンで死の寸前であったにもかかわらず、医師をつけて長野の別荘に三ヶ月も留まらせて撮影を敢行したものだ。その結果、音羽は映画の公開以前に七〇歳で亡くなった。新藤は映画のためには人も殺す職人だともいえようか。
出演した主な人々は今では故人となっている。本人そのものの人生を語るために出演した杉村春子(一九〇六〜一九九七)は、一回だけ舞台を観たことがあるが、凛としてすばらしかった。彼女の演劇人生のスタートは、かつての築地小劇場で、当時は戦争に反対して、ロシアの「どん底」などの左翼演劇ばかりやっていたので何度も官憲にとらえられたという誇りある経歴がある。
映画には、朝霧鏡子(一九二一〜一九九九)がボケた同僚として出てくるが、チェーホフの「かもめ」のセリフを話すと正気に戻り、ダンスさえする。チェーホフを知る人は人間愛に満ちていると思えてくる。杉村春子の演じる女優の別荘に脱獄犯が侵入してきた時に、ピストルを捨てさせたのも彼女だし、永島敏行演じる警官の暴行を「可哀想よ」と止めさせるのも彼女である。ボケをバカにしてはいけない。彼女は県警から金一封をもらう。湖のレストランで、杉村、朝霧、そして彼女の夫の能楽師でもある観世栄夫(一九二七〜二〇〇七)が一匹一万八千円のマスを食べるシーンがある。朝霧は築地時代を思い出し、シャンソンが流れる中、「かもめ」のワンシーンとなっている姉妹になりきって杉村とダンスを踊る。思わず泣いてしまった。
美しい娘が映画のはじめに出てくるが、音羽の娘ということになっているが、実は音羽と杉村の夫との間にできた子だったことを音羽が話すと二人は対立する。激しい言い合いが心をうつ。しかし、娘の結婚によって二人が和解する。音羽は杉村の別荘の管理人である。
結局は、朝霧、観世夫婦は入水自殺する。赤いフーセンを手にして互いにかばいあいながら。
杉村は有名女優である。新聞記者の倍賞美津子が情報を提供しながら、杉村の悲しみの後追い的軌跡旅行を取材する。倍賞が知的輝きを放っている。
年齢はさまざまだが男も女も年齢に応じたオーラを発するということを描きたかったのだろうと思う。それが素裸で川に飛び込む二十代の娘にしろ、ボケがきた老女にしろ、生きるということは何らかのかたちで人の役に立つものだと教えてくれる作品である。当然にも朝霧夫婦の心中は杉村によって否定される。「おむかえ」が来るまで、ジタバタしながらも生きるべきである。
杉村春子、音羽信子というような役者中の役者はしばらく出てこないだろう。 (H・T)
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とんでもない教科書
新しい歴史教科書をつくる会は分裂し、「つくる会」(会長・藤岡信勝)は自由社から、教科書改善の会(代表世話人・屋山太郎)は扶桑社の子会社・育鵬社から教科書(歴史・公民)を発行している。歴史をわい曲し、侵略賛美、差別、核政策推進などの内容だ。すでに一部の地域・学校でそれらの教科書が使われているが、多くの間違いが指摘されているにもかかわらず、訂正もしないし、教育委員会も出版社に訂正を求めていない。今年は中学校教科書の採択が行われる。右派勢力はさまざまな手段で採択させようとしているが、絶対に許してはならない。
「子どもと教科書全国ネット21」は、新刊パンフレット「子どもに渡せない 育鵬出版・自由社版教科書」(一部
円)を出した。それは、「全国のすべての採択地区で育鵬社版・自由社版教科書の採択を許さない運動」を広げるためのもので、右派の動きを次のように描いている。「『つくる会』や日本教育再生機構=『教科書改善の会』などは、横浜市や杉並区で採択に「成功」した方法を全国に拡大しようとしています。彼らは首長に働きかけ、彼らの教科書を支持する教育委員を過半数獲得し、教育委員の投票によって教科書を採択させるという方針です。自民党などの国会議員、地方議員が育鵬社版・自由社版の採択活動を応援しています。彼らは教員・学校現場の意見の排除を教育委員会に働きかけています。教科書を実際に使って教えるのは教員です。その意見こそ大切にすべきです。彼らは、地方議会や教育委員会に対して、『教育基本法や学習指導要領改正の趣旨に最もふさわしい教科書を採択すること』という請願(陳情)を出し、いくつかの府県議会や市議会で採択されています。これは、彼らの教科書を採択させるための教育委員会への圧力であり、議会による教育への不当な政治的介入であって、〇六年『改正』の教育基本法にも違反するものです」。
パンフは次のように呼びかけている。「@学習会を開き育鵬社版・自由社版の危険な中身を知リ、広めましょう。A六月の教科書展示会で教科書を見て、意見を教育委員会に届けましょう。B教育委員会を傍聴しましょう。教育委員会に対し、教科書採択では学校現場の意見を尊重するように、そして、育鵬社版・自由社版教科書を採択しないように、みんなの力を合わせて申し入れましょう」。
「子どもと教科書全国ネット21」 http://www.ne.jp/asahi/kyokasho/net21/top_f.htm
せ ん り ゅ う
アメリカ人辺野古はだめと分かる人
起立せよ良心すてよと教育
IAEA来る直前にメルト言い
放射能あびて働く下層民
防護服なしには行けぬわが家なり
ヽ 史
桜ごとむくろを包む薄月夜
瑠 璃
◎ 15年にわたる反対運動沖縄民衆の力の前に、米軍人レビン氏がアメリカ議会に異見提示した。我々の敵はどこにいる。
体を張った言論闘争の勝ち目がやっと……
◎ 国家に対する個人の抵抗権の保障は民主主義の原則だが、これが教育現場で否認された最高裁判決(5/
30)。
複眼単眼
吉村昭「三陸海岸大津波」の警告をどう受け止めたか
東北地方へ出かける途中、新幹線の車中で読むために、本屋に立ち寄ってこの小さな本を手に入れた。本は店の入り口近くに平積みにされていた。
歴史好きのせいもあり、吉村昭(二〇〇六年没)の本は「桜田門外の変」「長英逃亡」「天狗争乱」をはじめ、何冊か読んだことがある。しかし、この本は衝撃だった。
今回の東日本大震災に伴う福島第一原発の事故は、時が経つにつれ、当初、言われていた「津波の衝撃での事故」ということでもなさそうで、津波以前に、地震による損傷が事故の原因ではないかと言われるようになってきた。であれば津波対策だけでは原発事故は防げないことは明らかで、とりわけ日本のような地震多発地域では原発の建設自体が無謀な企てであることを物語っている。「安全神話」を振りまきながら原発列島政策を推し進めた結果としての今回の原発震災はまさに「人災」であった。
一方、津波は自然現象で、天災であると言われる。今回の東日本沿岸を襲った「大津波」ももちろん、自然災害であった。しかし、東日本大震災は原発を含む意味で「複合災害」であっただけでなく、日本資本主義とその東北地方における収奪構造、とりわけ新自由主義的資本主義の展開の中でつくり出された歪みによる「人災」の側面を否定できないことからも、「複合震災」だ。それは「平成の大合併」に伴う地域社会の破壊や行政の大合理化の例を見れば明らかだ。
この吉村の本は私たちが今回の災害の「人災」の側面をより深めて考えるうえでの有効な素材である。
本書は一九七〇年六月に「海の壁」と題して書かれ、八四年に現題に改題された。吉村記録文学の面目躍如たるところで、二〇年にも及ぶ徹底した資料調査と足を使った聞き書きによって書き上げられている。
本書の記録は「明治二九年(一八九六年)の津波」「昭和八年(一九三三年)の津波」「チリ地震(一九六〇年)津波」の三部に分れている。他にも三陸地方を襲った津波は数知れず、吉村があげた主なものだけでも、千余名の死者を出した貞観十一年(八六九年)の津波以来、明治元年まで十七回に及ぶ。
明治の津波について吉村は、取材を始めた頃、幸運にも生き残っていた二人の古老を捜し出して聞き取りをした。
本書の三回の津波の死者と家屋流失は、明治二九年が二六三六〇名(九八七九戸)、昭和八年が二九九五名(四八八五戸)、チリ津波が一〇五名(一四七四戸)にのぼる。
吉村は調査をしながら、自然の巨大な力に畏怖し、三陸の人びとが歴史の長期にわたって、津波の災害と苦闘し、生きてきたことに思いを寄せる。そしてこの苦悩の歴史の中から、なんとしても希望の端緒でも見えないかと模索する。それは調べれば調べるほど、強くなった吉村の三陸の人びとへの深い愛情であろう。
吉村は田老町の一〇・六五メートルの巨大な防波堤について、明治二九年には海水が五〇メートル近くもはい上がったことを指摘する(実は、今回の津波も一部で五〇メートルに及んだ)。そして、今後も津波が防波堤を越すことは間違いないと指摘しながら、吉村は「その場合でも、……頑丈な防波堤は津波の力を損耗させることはたしかだ」として、いくつかの津波を体験してきた土地の古老の次の言葉を「重いもの」として紹介する。「津波は時世が変わってもなくならない。必ず今後も襲ってくる。しかし、今の人たちはいろいろな方法で十分警戒しているから、死ぬ人はめったにないと思う」
私は吉村のこの記述の前に立ちすくむ思いがする。この古老の希望と、吉村の期待は今回の東日本大震災で打ち砕かれたのだ。吉村の予測が甘かったなどというまい。吉村はその作業によって、これだけの厳然たる事実を私たちに突きつけているのだ。
それにしても吉村のこの「警世」を生かし切れなかった現代とは一体、何なのか。今日の政治の責任は免れまい。
【文春文庫 一九二頁 四三八円】 (T)