人民新報 ・ 第1286号<統合379号(2012年2月15日)
  
                  目次

● 普天間基地即時撤去! 辺野古新基地建設阻止!   沖縄の声をアメリカ国内に伝えた市民訪米団

● 12春闘勝利! 人間らしく生活できる賃金を! 非正規労働者の権利確立、均等待遇を実現せよ! けんり春闘発足集会

● 大逆事件101周年院内集会  今につながる国策捜査・検察の暴走

● 【反天連声明】 国家による死者の簒奪を許すな!  天皇出席の3・11「東日本大震災追悼式」に反対する

● 国鉄闘争・JR採用問題は終っていない  元国労闘争団員有志が国会マラソン・ハンスト

● アイヌ民族党結党大会  〜来年夏の参議院選挙で議席獲得を目指す〜

● 実効性ある有期労働契約法を制定せよ   有期労働契約規制法を目指すネットワーク結成

● 郵政非正規社員の65歳定年制の無効裁判の勝利を!

● せ ん り ゅ う

● 複眼単眼 / 武藤類子さんの新著「福島からあなたへ」





普天間基地即時撤去! 辺野古新基地建設阻止!

           沖縄の声をアメリカ国内に伝えた市民訪米団


 普天間基地の移設を口実にした最新鋭の辺野古基地建設を許さない運動の着実な前進の前に日米両政府は追い詰められている。日本政府はあせりのあまりさまざまな失態を繰り返し、続々と暴露され、それが広範な民衆のさらなる怒りに油をそそいでいる。いま、かれらにとって辺野古移設問題の「停滞」を「打開」する展望はなくなっている。このため、普天間基地の固定化をせざるを得ないなどと言い出している。市街地のど真ん中にある普天間基地は、ラムズフェルド国防長官(当時)が世界一危険な基地と認めざるを得なかった。今年になって視察に訪れた田中直紀防衛相も同じことを言ったが、大事故の発生は常にある。まして垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが配備されれば危険性は限りないものとなる。こうしたものを固定化するというのはまったく犯罪行為そのものである。沖縄の人びとは米軍基地に反対し、かつて言われた基地なしには経済が成り立たないなどというデマ宣伝も通用する状況にはない。にもかかわらず、日本政府はアメリカ政府の主張に唯々諾々と従うばかりである。沖縄の米軍基地の必要性についてはアメリカ国内でもさまざまな意見がある。対中国「抑止力」論についても同様だ。しかし、オバマ政権は、居心地のいい沖縄に軍隊を配備し、日本政府はそれによって虎の威を借る狐さながらに振舞っている。国の内外を貫いた基地反対の運動で、普天間基地の即時撤去、辺野古新基地建設阻止の闘いをいっそう強めていこう。

 一月二六日、衆議院議員会館で「沖縄市民訪米団を支援し、辺野古アセスの撤回を求める院内集会・記者会見」が開かれた。JUCON(沖縄のための日米市民ネットワーク)、辺野古への基地建設を許さない実行委員会、沖縄・生物多様性市民ネットワーク、日本環境法律家連盟(JELF)、ジュゴン弁護団、沖縄意見広告運動、許すな!憲法改悪・市民連絡会、憲法を生かす会、日本自然保護協会、グリーンピース・ジャパン、WWFジャパンが共催した。
 沖縄市民訪米団(アメリカへ米軍基地に苦しむ沖縄の声を届ける会)は、山内徳信参議院議員(社民党)を団長に、市民団体および国会、県議会、市議会議員で構成される二四名の団で、一月二一日から二八日まで、ワシントンDCを訪問し、アメリカの連邦議会議員や報道機関、市民などに、普天間基地の県内移設と辺野古新基地建設に反対し、また米軍基地の爆音、生活環境と自然環境の破壊、犯罪や事故などの被害に苦しむ沖縄の実態を訴えることを目的としている。
 院内集会では、照屋寛徳衆議院議員(社民党)、瑞慶覧長敏衆議院議員(民主党)、服部良一衆議院議員(社民党)、赤嶺政賢衆議院議員(共産党)、福島みずほ参議院議員(社民党党首)が、それぞれ普天間基地撤去、辺野古新基地建設はゆさない闘いをすすめようと挨拶した。
 沖縄市民訪米団は、ワシントンからスカイプ中継で山内団長が報告した。訪問した上下両院議員の事務所は四八となり、議員や補佐官が誠心誠意対応してくれた。国防総省には普天間撤去、辺野古撤回、そして高江ヘリパッド禁止、嘉手納拡張禁止、地位協定の改定の五項目の要望書を提出した。沖縄基地問題を解決するには、日米両政府が沖縄県民の主権を尊重することが必要だと訴えている。沖縄の声をアメリカに届けることも必要だ。沖縄の声を聞かない日本の国会議員がアメリカで、日本は米軍基地を望んでいるなどと言っているが、実情を伝えるように活動していくことが必要だ。
 院内集会では金高望弁護士が辺野古違法アセスやりなおし訴訟について報告した。環境アセスメントでは準備書、方法書、評価書という三つの手続が必要だ。方法書と準備書の次に住民の公告縦覧・意見書などが行われ、評価書の提出となる。方法書はたった七頁だがこれに後出しで事業内容がどんどん付け加えられている。評価書に対しては、現在、審査会が開かれて住民らが意見を述べているが三月末に県知事が意見を述べることになる。国が埋立をするためには、県知事が承認する必要がある。その判断のためにはアセスが適当かどうかが大切で、裁判所の判断も影響を与えることになる。 

 最後に共催団体集会連名の「辺野古アセス評価書の撤回を求める共同声明」で、政府に次のように要求した。
@ 野田佳彦内閣総理大臣は、辺野古新基地建設を断念して普天間飛行場の早期返還を求め、また、オスプレイ用ヘリパッド建設を断念して北部訓練場の早期返還を求め、米国政府と交渉することA田中直紀防衛大臣は、辺野古アセスを撤回するとともに新基地建設を断念し、北部訓練場でのオスプレイ用ヘリパッド建設を中止することB細野豪志環境大臣は、辺野古アセスに対する大臣所見を発表し、辺野古、大浦湾、やんばるの森の生物多様性保全のための行動計画を作成すること。


12春闘勝利! 人間らしく生活できる賃金を! 非正規労働者の権利確立、均等待遇を実現せよ! 

                 
 けんり春闘発足集会

 二月三日、12けんり春闘発足総会・学習集会が開かれた。
 代表挨拶で金澤壽全労協議長は、昨年春闘は震災自粛ムードの中で行われたが、今年はその分まで取り返す春闘にしようと述べた。
 中岡全労協事務局長がけんり春闘の方針を提起した。けんり春闘は、昨春闘ではいち早く震災被災者支援、激励、連帯に取り組み、原発の即時廃炉とエネルギー政策の転換を要求の柱に付け加え、「さよなら原発一〇〇〇万人アクション」に積極的に関わり九月には六万人集会を成功させるなど、反原発運動の大きな盛り上がりを実現させてきた。
 けんり春闘は、12春闘を以下のようなスローガンで闘う。
 ● 春闘勝利! 人間らしく生活できる大幅賃金引き上げを! どこでも誰でも一、二〇〇円/時間の賃金保障を! 賃上げ要求の目安…一七、〇〇〇円/月、一〇〇円/時 総人件費抑制攻撃を許さない!
 ●公務員労働者に労働基本権を! 人員削減・給与引き下げを目論む公務員制度改革―自律的労使関係制度反対! 橋下「維新の会」による公務員労働者・労組攻撃をゆるすな!
 ●東日本大震災被災地の復興と「脱原発社会」の実現を! 原発の再稼働・海外輸出を許すな! 政府・東電は放射能汚染からの避難する権利を保障し、全ての被害に補償を!
 ●震災を口実とした、雇い止め、解雇・リストラ反対! 全ての争議を勝利に! JAL解雇撤回闘争、郵政六五歳雇い止め撤回闘争。
 ●非正規労働者の権利確立、均等待遇を実現せよ! 派遣法の抜本改正を!有期労働契約の規制を!実効あるパート法の改定を!
 ●貧困・格差社会反対! セーフティーネットの拡充を
 ●消費税引き上げ反対! TPP参加反対!
 ●改憲反対!憲法審査会の始動を許すな! 普天間基地即時撤去、辺野古アセス強行糾弾! 集団的自衛権容認・武器輸出三原則緩和糾弾!
 組織体制としては、金澤壽(全労協)、伊藤彰信(全港湾)、宇佐見雄三(全造船関東地協)、田宮高紀(民間中小労組懇談会)、垣沼陽輔(大阪ユニオンネットワーク)の五名を共同代表とし、事務局長を中岡基明(全労協事務局長)とする。
 今後の闘いのスケジュールの二月を第一波として、八日の有期労働契約規制法を目指すネットワーク発足総会、九日の東部けんり春闘結成・デモ、一一日のさようなら原発一〇〇〇万人アクション、二一日の東京総行動(昼休みには経団連への要請・抗議行動)を闘う。第二波(三月)として、三月一一日の「さようなら原発一〇〇〇万人アクション・福島集会」の成功のために闘う。一六日には全国から代表派遣を要請しつつ大阪総行動・大阪市包囲闘争を展開する。二四日の「さようなら原発一〇〇〇万人アクション・日比谷野音集会」へ結集する。二五日には「外国人労働者のけんりための一日総行動―マーチ・イン・マーチ(上野水上音楽堂)」を行う。同時に、JALの解雇撤回闘争を闘う。また、郵政やNTT関係、その他のストライキ闘争を貫徹する。四月の第三波段階では、経団連・政府にむけた中央総行動決起集会・デモに取り組む。そして、全国運動の集約、中小・未解決組合支援の銀座デモ(四月一八日)に取り組む。
以上の春闘方針は参加者の拍手で確認された。
 つづいて大阪ユニオンネットワーク代表の垣沼陽輔さんが、橋下・維新の会の強圧的な攻撃・ハシズムとの闘いについて特別報告を行った。

 第二部の学習集会では、農業ジャーナリストの大野和興さん(TPPに反対する人々の運動)が「TPP参加は日本社会を破壊する」と題して講演した。

 最後に全員で団結ガンバローを行い、けんり春闘は本格的にスタートした。


大逆事件101周年院内集会

    
今につながる国策捜査・検察の暴走

 一月二四日、参議院議員会館講堂で「大逆事件と誤った処刑」院内集会が開かれた。この日は大逆事件で幸徳秋水ら一一名が処刑された日から一〇一年目に当たり、昨年の「大逆事件百年後の意味」と題した院内集会を引き継ぐものである。
 大逆事件は、当時の日本国家による韓国併合の状況の中で、支配階級による一切の反政府言論弾圧・圧殺のために作られた事件であり、一九一〇年一二月一〇日に裁判が始まり、証人申請もまったく認められないまま、翌一九一一年一月一八日に大審院判決が出るという超スピード裁判で、そして判決からわずか六日後の一九一一年一月二四日に一一人が処刑され、菅野スガが二五日に処刑された(一二人が無期懲役)。

 集会のはじめに福島みすほ参議院議員(社民党党首)があいさつ。大逆事件は、冤罪、表現の自由、民主主義への弾圧という観点など、多くの観点から考えなければならない重要な事件で、今にもつながっている。昨年の集会でも述べたが、この事件を国会でやる意義は大きい。

 ノンフィクション作家の田中伸尚さんは「過去の声にどう応えるか」と題して発言した。二〇〇九年、処刑された森近運平(一八八一年一月二〇日〜一九一一年一月二四日 三〇歳で没)の妻しげ子の実家に秘匿されてきた書簡など大逆事件の資料が発見された。森近の獄中書簡の七つの原本もはじめて出てきた。しげ子は運平処刑で強制的に離別させられたが、このような資料を大切に隠していたのは、怒りを誰かに伝えたかったのだ。だが、そこまでの愛情、無念さに思いをはせるジャーナリストはいなかった。

 ルポルタージュ作家の鎌田慧さんは、「政治裁判を問う」と題してのお話。一〇〇年前は大変だったが今はいいという意見があるが残念だ。今も国策捜査、検察の横暴ということは変わっていないし、現在も強制されても自供したら罪人にされてしまう。なによりあの大逆事件がまだ無罪となっておらず、抜本的な司法改革が必要だ。

 「大逆事件の真実をあきらかにする会」世話人の大岩川嫩さんは、「大逆事件一〇一年目の真実」で政治裁判であるとともに思想裁判である大逆事件の内容を批判した。幸徳秋水の「三弁護人宛陳弁書」には「……検事予審判事は先ず私の話に『暴力革命』てふ名目を附し、『決死ノ士』などいふ六ケしい熟語を案出し、『無政府主義の革命は皇室をなくすることである、幸徳の計画は暴力で革命を行ふのである、故に之に輿せる者は、大逆罪を行はんとしたものに違ひない』といふ三段論法で責めつられたものと思はれます。そして、平生直接行動、革命運動などいふことを話したことが、彼等を累して居るといふに至っては、実に気の毒に考へられます」とある。幸徳らの思想は無政府主義である。だから治者、被治者を認めない。そうであるなら大逆を起すはずだというのである。

 集会では、大逆事件の真実を明らかにする会などからの発言、幸徳秋水を顕彰する会などからのメッセージが紹介された。


【反天連声明】

    
 国家による死者の簒奪を許すな!   天皇出席の3・11「東日本大震災追悼式」に反対する

 一月二〇日、政府は「東日本大震災一周年追悼式」を開催することを閣議決定し、内閣府に「追悼式準備室」を設置した。報道によれば、「追悼式」の会場は東京都の国立劇場で、一五〇〇名の規模。「地震発生時刻の午後二時四六分に一分間の黙祷をささげる」「実行委員長を務める野田佳彦首相の式辞や、天皇陛下のお言葉、岩手、宮城、福島三県から招く遺族代表のあいさつなどを予定している」という。
 一年前のこの日、筆舌に尽くしがたい惨事が東北を中心とする人びとを襲った。それまでの生活は一瞬にして破壊され、たくさんの命が失われた。それを目の当たりにした人びとにとって、また、そういった人びとに直接繋がる人びとにとって、この日が特別の意味をもつことは当然であり、失われた命に思いを寄せ、その死を悼むことはあたりまえの感情である。だが、国家が「追悼式」において果そうとしていることは、国家がそういった人びとの感情をすくい取り、さまざまな人の持つ多様な思いを、ある種の政治方向へと集約していくことにほかならない。だからこそ私たちは、国家による「追悼式」をけっして許すことはできない。
 野田首相は、一月二四日の施政方針演説で次のように述べている。「大震災の発災から一年を迎える、来る三月一一日には、政府主催で追悼式を執り行います。犠牲者のみ霊に対する最大の供養は、被災地が一日も早く復興を果たすことに他なりません。……東日本各地の被災地の苦難の日々に寄り添いながら、全ての日本人が力を合わせて、『復興を通じた日本再生』という歴史の一ページを共に作り上げていこうではありませんか」。
 「犠牲者のみ霊に対する最大の供養」が「復興」であるという。これは、例年、八月一五日に天皇出席のもとで行なわれる「全国戦没者追悼式」における、国家による死者の「追悼」の論理とそっくりである。私たちは、毎年、「全国戦没者追悼式」への反対行動に取り組んでいるが、それは、戦争の死者を生み出した責任の主体に他ならぬ日本国家が、その死者を「戦後日本の繁栄」をもたらした存在として顕彰することによって意味づける儀式であるからだ。そこに決定的に欠落しているのは、その死をもたらした戦争に対する反省の意識である。国家がなすべきことは、戦争の死者を褒め称えることではない。被害者(戦場に駆り出された兵士たち、空襲や原爆投下などによるおびただしい死者、そして日本の植民地支配と侵略戦争によって生み出された他民族の被害当事者と遺族たち)にたいして責任を認めて、謝罪と補償(恩給などというものではなく!)を行うことである。
 この8・15と同様の政治が、3・11においても起動されようとしている。そして8・15において隠蔽されるものが国家の戦争責任であるとすれば、3・11において隠蔽されるものは国家の「原発責任」とでも言うべきものである。
 野田の演説において、地震・津波災害と原発事故災害とは、たんに並列されているだけである。地震・津波の被害をあれほどに拡大させてしまった責任は国にもあるはずだが、それ自体は「自然災害」ではあろう。しかし、それによって起こされた原発事故は一〇〇%の人災である。国家的なプロジェクトとして原発を推進し続けた国に、事故の根本的な責任があることは明白である。自然災害はおさまれば確かに暮らしは再建され「復興」に向かうはずだ。しかし、現在進行形の原発事故は、決して旧に復することのできない深い傷を、日々刻み続けている。原発政策をそのままにした「復興」などありえない。野田もこの演説で「元に戻すのではなく、新しい日本を作り出すという挑戦」が「今を生きる日本人の歴史的な使命」であるなどと述べている。だがそれは、「自然災害に強い持続可能な国づくり・地域づくりを実現するため、災害対策全般を見直し、抜本的に強化」することであり、「原発事故の原因を徹底的に究明し、その教訓を踏まえた新たな原子力安全行政を確立」することでしかない。こんなことは、従来の原発推進路線においてすら、タテマエとしては掲げられてきたのではないか。
 このふたつの災害を切り離して前者のみを語ることは、その責任を負っている国家にとっては、決して許されることではないはずだ。「追悼式」において、死者の死はもっぱら今後の「復興」にのみ結びつけて語られ、いまなお原発事故の被害を受け続けている人びとをも含めて、被災一般・苦難一般へと問題は解消され、それを乗り越えて「復興に向けて頑張ろう」というメッセージへと「国民的」な動員が果たされる。野田の演説にも見られる「全ての日本人」「日本再生」といった言葉は、多数の被災した在日外国人を排除するだけではない。被災者のおかれているさまざまな苦難の差異を消し去り、あやしげな「共同性」に囲い込み、挙国一致で頑張ろうと忍耐を求める国家の論理なのだ。
 さらに、国家によって「追悼」されるのは、個々の固有の名を持つ死者ではありえない。儀礼的な空間の中で、具体的な個々の死者は、集合的に追悼されるべき単一の死者=「犠牲者」なるものに統合されてしまう。その抽象的な死者に対して、国家のタクトにしたがって、「国民的」行事として一斉黙祷がなされる。それはあくまで、儀式を主宰する国家の政治目的のための「追悼」なのだ。それはそのとき、さまざまな場所で、自らの思いにおいて個別の死者を悼んでいるだろうすべての人びとの行為をも、否応なく国家行事の側に呑み込み、その一部としてしまう。それが、国家による死者の簒奪でなくて何であろうか。
 この儀式において、天皇の「おことば」は中心的な位置を占めるだろう。天皇は、昨年の震災直後にビデオメッセージを発し、また、被災地を慰問して回った。そこで天皇が果した役割は、被災者の苦難にたいして、その悲しみや怒りを、「慰撫」し「沈静化」させることであった。そのパフォーマンスは、マスコミなどで「ありがたく、おやさしい」ものとして宣伝され続けた。しかし、天皇とは憲法で規定された国家を象徴する機関である。そのような存在として天皇は、震災と原発事故が露出させた戦後日本国家の責任を隠蔽し、再び旧来の秩序へと回帰させていく役割を、精力的に担ったのだ。それこそが天皇の「任務」なのであり、3・11の「追悼式」において天皇が果すのも、そのような役割であるはずだ。
 国家がなさねばならないことは別にある。震災と原発事故の被災者の生存権を守り、被害に対する補償や支援をし、さらには被害の一層の拡大を防止するためにあらゆる手立てが尽くされなければならない。そして、これまでの成長優先社会の価値観からの転換がなされなければならない。しかし、政府が行おうとしている方向性は逆だ。原発問題一つとっても、老朽原発の寿命の延長を可能にし、インチキな「ストレステスト」を強行して無理やり再稼働に進もうとしているではないか。それは、「復興」されようとしている社会が3・11以前と同じ社会であること、そこにおいて利益を享受していた者たちの社会であることを物語ってしまっている。この点で私たちは、国家による「追悼式」への抗議の声を、3・11というこの日においてこそ、反原発という課題に合流させていかなければならない。

二〇一二年二月一日

         反天皇制運動連絡会


国鉄闘争・JR採用問題は終っていない

            
元国労闘争団員有志が国会マラソン・ハンスト

 現在の深刻な労働問題・労働運動後退の大きな突破口が国鉄分割民営化攻撃であった。当時の首相だった中曽根は、国鉄分割民営化によって労働組合運動を叩き潰したと公然と口にしている。だが、国鉄分割民営化に抗する闘いは、同時に、資本の攻勢に反撃する運動の中心となってきた。
 二〇一〇年に最高裁での和解がなされたが、最も重要な雇用問題は解決してはいない。
 一九八七年二月一六日が解雇通告の日だったが、それから二五年目の一月二六日から二月一七日まで三人の元鉄建公団訴訟原告による行動が始まった。元国労北見闘争団の中野勇人さんが、国会マラソンを行うことになった。一〇四七名解雇にちなんで国会周回一〇四七kmマラソンである。それを支援するのが佐久間忠夫さん(元国労東京闘争団)と猪股正秀さん(元国労佐賀地区闘争団)による国会前ハンストだ。

 一月二六日、弁護士会館で、「JR不採用問題は終っていない! JRの責任を追及する国会前マラソン&ハンスト宣言スタート集会」が開かれた。主催したのは、JR不採用問題は終わっていない!元国労闘争団三人を応援する会。
 大口昭彦弁護士が新たな闘いの意義について述べた。最高裁での和解によっても、雇用の問題は全く解決してはいない。われわれはあくまでも、JRに対して雇用問題の解決を要求し、また、JRへの指導を怠った政府に対して、約束どおり問題解決を促進するよう要求してゆく。「闘争団員の名誉回復」どころか、逆に組織から排除した国労を強く批判すると共に、更に団結して雇用闘争を闘い抜く決意を明らかにされている闘争団有志の闘いを断固支持し、広汎な闘争陣形を形成し、連帯して共に戦い抜く。二〇〇三年の最高裁判決は、内容的に憲法やILO条約に反する「国鉄改革法」を形式主義的に解釈して、労働委員会を敗訴せしめたが、反対意見との差も僅差であった。それだけでなく、闘争団員自身はこの事件の当事者ではなかった。したがって闘争団員は、法的にこの判決に縛られないことが明確に確認されるべきである。また、二〇一〇最高裁和解に先立つ確認は、鉄建公団に関するものであって、JRに対するものではない。一連の経過に於いて、一貫してJRは当事者ではないから、「雇用を争わない」旨の意思表示は、対JRについては無関係である。
 中野勇人さんは、JR不採用問題の政治解決で雇用ゼロということを認めてしまえば、闘いが結局金で終わることになってしまう。約束を守せる運動を続けていきたいと決意を語った。


アイヌ民族党結党大会

       
 〜来年夏の参議院選挙で議席獲得を目指す〜

 一月二一日、北海道江別市においてアイヌ民族党の結党大会が開催され、北海道内外から約二〇〇人が参加した。
 結党大会で、冒頭あいさつに立った萱野志朗・結党準備会代表は、結党に至った経過や基本政策について、いくつかのポイントに絞って提起したが、基本は「先住民族アイヌの権利回復」が中心である。
 最初に民族の言葉であるアイヌ語の現状などについて述べた後、「格差社会の是正」を取り上げ、低賃金と生活不安に喘ぐ働く者の状態を改め、雇用の確保に努めることを強調した。
 また、アイヌ民族が関わっている多くの運動についても「アイヌがバラバラにやっていては為政者にとって都合が良いことになる。今こそアイヌ民族の団結が必要」と力説し、アイヌ民族党に結集して闘うことを壇上から呼びかけた。
 さらに、「アイヌ社会は、コタン(村)に置き去りにされたり捨てられた和人(北海道に移ってきた日本人)の子どもでも大事に育てたり、老人を大切に敬う社会だった」として、多文化・多民族共生社会をつくり上げていくことの重要性も訴えた。
 萱野さんは、かつてアメリカで巻き起こった「公民権運動」のさ中で掲げられた「ブラック・イズ・ビューティフル」〜黒(人)は美しい〜というスローガンについて触れ、「それに習って、アイヌ・アナクネ・ピリカ、人間は素晴らしいという言葉を、アイヌ民族党の標語にしたい」と、あいさつを結んだ。
 つづいて、来賓として招かれたアオテアロア(ニュージーランド)の先住民族であるマオリが結成した『マオリ党』の院内幹事で、現職国会議員であるテ・ウルロア・フラヴェルさんがあいさつに立った。
 フラヴェルさんは、「イ・ラン・カラプ・テ」(こんにちは)とアイヌ語で語り始めた後、「アイヌ民族党の結成を歓迎し、自分たちの土地での政治的活動に貢献しようとするアイヌ民族の決意に連帯する」旨を表明し、アイヌ語で「イ・ヤイライ・ケレ」(ありがとうございます)をもってあいさつを締めくり、持参したマオリの槍(タイアハ)とマオリ党旗を、連帯のシンボルとして、萱野代表に贈呈した。
 大会は、目的に賛同する一八歳以上の個人(在外邦人と在日外国人を含む)を入党資格とする党規約や基本政策(別掲)、二〇一三年の参議院選挙に候補者を立てて闘う諸準備を盛り込んだ二〇一二年度の活動方針と予算案、役員体制を審議し、出席者の意見等も受け入れて可決承認した。
 最後に、役員を代表して萱野さんは「権利は実現されなければ絵に描いた餅でしかない。アイヌ民族党は国政への政治参加を通して、公平で公正な、温かく優しい社会の実現を目指し、全ての人の人権が大切にされる社会の構築を目指す」と決意を表明し大会は終了した。

 アイヌ民族の権回復をめぐる動きは二〇〇七年の『先住民族の権利に関する国際連合宣言』、二〇〇八年の『アイヌ先住民族国会決議』以降活発になり、鳩山政権による「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」「アイヌ政策推進会議」の設置や超党派の議員連盟「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」(会長鳩山由紀夫元首相)の設立などが相次いだが、その後は、混迷する民主党の政権運営と党首の交代、東日本大震災と福島第一原発事故等への対応の中で次第に色あせ、当初の積極的な権利回復に向けた施策が足踏みする状況が続いていた。
 今回の、アイヌ民族党の結成は、そうした閉塞状況を既成政党に頼って「改善」するのではなく、アイヌ民族が主体となって在日外国人も含めた幅広い国民と、世界の先住民族と連携しながら、基本に立ち返ってアイヌ民族の権利回復の道を歩もうとするものである。
 これまでも、アイヌ民族の復権に向けた取り組みに対しては、様々な勢力から攻撃や妨害があり、アイヌ民族党が目指す参議院選挙における議席の獲得や基本政策の実現には、幾多の困難が横たわっている。しかし、自民族だけの利益ではなく、人権の確立を柱にした広範な人々の課題を真正面から掲げて進もうとする姿勢には多くの共感が寄せられることは疑いない。政権維持のためには原則をも投げ捨てる政治と決別し、自前の財政を持って高い理想にまい進しようとする方向性を堅持すれば、必ずや大きな成果を挙げることが期待されるところである。
       
◎ アイヌ民族党基本政策

 1、アイヌ民族の権利回復と教育の充実
 ・「先住民族の権利に関する国連宣言」に記されている権利の法制化
 言語権、土地権、資源利用権、自治権、教育権の保障 
 「アイヌ民族庁」の設置、特別審議会の設置、アイヌ民族公的代表機関の設置 
 ・「北方領土」返還交渉へのアイヌ民族の参加
 ・アイヌ民族が食べる分のシャケ(鮭)、クジラ、イルカの捕獲権の回復
 ・幼稚園から大学までのアイヌ民族教育機関の設置
 ・アイヌ民族の歴史と文化に関する理解を深めるための教育の実施
 2、アイヌ民族の福祉の充実
 ・歴史を踏まえたアイヌ民族高齢者の生活保障
 ・アイヌ民族に配慮した老人施設の設置
 3、多文化・多民族共生社会の実現
 ・学校教育におけるバイリンガル教育・多文化教育の実施
 ・地域における日本語教育の充実
 ・外国人学校・民族学校の制度化  ・永住外国人への地方参政権付与

4、自然の循環のなかで生かされる(持続可能な)社会の実現
 ・脱原発の推進
 ・太陽光、風力、地熱などの再生可能エネルギーの利用促進
 ・食の安全保障を目指した農林水産業の再生
 ・環太平洋経済連携協定(TPP)不参加
 5、行財政改革の実施
 ・国の借金を未来の子どもたちに残さないための財政再建
 ・お金のかかる選挙制度の改革(供託金の金額を下げるなど)

 * * * 

◎ アイヌ民族党      結党宣言

 「カムイ オロワノ アランケプ ヤク サクノ シネプ カイサム」(神の国から降ろされたもので、役目なしに降ろされたものは一つもない。)
 アイヌ民族の世界観では、神の世界から人間世界へは、人間を含む動物ならびに植物、菌類に至るまで、すべての生き物は役目を待って送られてくると考えます。

 二〇一二年一月二一日、アイヌモシリのエベツに、アイヌ、シサム(アイヌの良き友人)、そして世界の先住民族の皆さんの立会いの下、神の世界から人間の世界に送られてここにアイヌ民族党が誕生しました。
 アイヌ民族党の「役目」は、まず、今日も続くアイヌ民族に対する差別をなくし、先住民族としての権利を回復することです。知里幸恵さんは『アイヌ神謡集』の冒頭で次のように述べています。「其の昔此の廣い北海道は、私たちの先祖の自由の天地でありました。天真爛漫な稚児の様に、美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は、真に自然の寵児、何と云う幸福な人たちであったでしょう。」そうした幸福な暮らしを奪われて一四〇年近くが過ぎようとしている今日、アイヌ民族党としてあらためて権利回復を求める声を上げることを私たちは決意しました。
 アイヌ民族党は、また、アイヌ民族の価値観やアイヌプリ(アイヌ民族の習慣)に基づいた政策を提案し、実践することを求められています。

 三月一一日に起こった東日本大震災で二万人近い尊い人命が奪われ、さらに原子力発電所の事故により東北地方を中心に大気・海洋・土壌への放射能汚染が甚大となり何十万の人が避難生活を強いられています。この3・ を境に日本中の価値観に揺れが生じています。  
 私たちは、あらためて一人ひとりが社会や暮らしのあり方を見つめ直し、そして政治のあり方を根本から変えなくてはならないと感じていますが、そこでアイヌプリが必要とされています。
 アイヌ民族党に課せられたこうした歴史的役割を果たす道のりは、決して平坦なものではありません。しかし、本日この結党大会に集うアイヌ、シサムそして、残念ながら参加できなかった皆さんも含め、アイヌ民族党に期待するすべての声を結集すれば、私たちの夢は実現可能だと確信します。
 ニュージーランド(アオテエロア)マオリ党の皆さんをはじめ、世界の先住民族の皆さんのあたたかく、そして力強い連帯の言葉にも励まされつつ、ここに、アイヌ民族党の結党を宣言します。

二〇一二年一月二一日

         アイヌ民族党結党大会


実効性ある有期労働契約法を制定せよ

       
有期労働契約規制法を目指すネットワーク結成

 二月八日、有期労働契約規制法を目指すネットワークの結成総会が開かれた。設立の目的は「有期労働契約法の審議状況が予断を許さぬ中、骨抜き法案にさせないため、連帯して労働者にとって実効ある法案成立を目指す運動体をつくる」ことであり、要求項目として、七点をあげている。
 @雇用の基本は『直接雇用』『期間の定めのない常用雇用』であり、有期労働契約は『例外的な』雇用と位置づけることA有期労働契約は、臨時的・一時的な業務に限って認めること(入り口規制)B有期労働契約であることを理由にした労働条件・処遇・賃金の差別を禁止すること(均等待遇)C現在の有期雇用労働者は、可能な限り常用雇用への転換を図るように使用者に義務付けること。また常用雇用の募集には、その職場の有期雇用労働者を優先的に採用すること(常用雇用への転換義務)D有期雇用労働者からの契約期間中の退職請求を常用雇用労働者と同等な条件にすること(退職=職業選択の自由の確保)E有期労働契約の契約期間は最長一年または更新回数三回を限度とし、これらのいずれにも相違・違反した場合は常用雇用とみなすこと(出口規制)F雇い止めについては、労働契約法第一六条を適用し、社会的に相当・正当理由の無い解雇・雇い止め権濫用禁止規定を設けること(出口規制)。
 主催者を代表して、全国一般東京東部労働組合の菅野存委員長が、拡大する有期労働契約を規制する運動を強めていこうとあいさつ。
 日本労働弁護団常任幹事の小川英郎弁護士が労働政策審議会報告の問題点を指摘した。郵政労働者ユニオン、ユニオンヨコスカ、女性ユニオン東京、全国一般東京なんぶから有期労働契約の現場の声が報告された。 工藤ひとみ衆議院議員(民主党)は、集会の内容を政府・与党へ積極的に提起していく緊急性を訴えた。
 最後に、次の四点を確認した。
@ 国会の情勢を緊張感を持って注視し、各地選出の議員に対して実効性ある有期労働契約規制法の成立を求めて働きかけましょうA「有期契約リーフレット」を作成して各労組単位の学習会開催を支援し、有期労働契約について組合員へ問題意識と規制の必要性の浸透を図りましょうBインターネットやチラシ、懇談会などを通して情報の共有を行い、より多くの全国の労組・団体・個人との連帯に努めましょうC集会や情宜行動を活発に行い、有期労働契約規制法成立に向けた社会的な広報に勤めましょう。


郵政非正規社員の65歳定年制の無効裁判の勝利を!

 日本郵政は昨年九月に年齢が六五歳を超えていることを理由に全国で一万三〇〇〇人をこえる非正規社員を一斉に解雇(雇い止め)した。就業規則の「期間雇用社員が六五歳を超えた以降の雇用更新は行わない」というところを口実にしたものだが、このことは採用時には説明されず、「できるだけ長く働いてください、」「働ける限り働いてください」等と言われていたし、採用された時点ですでに六五歳を超えていた人もいるのだ。非正規職員に定年制を適用すること自体がおかしい。解雇された労働者は、就業規則の無効と解雇の取り消しを求めて裁判に立ち上がった。これは高齢者の働く権利と生活を守る闘いでもある。

 一月二五日、「郵政非正規社員の『定年制』無効裁判を支える会」が結成された。会は、「郵政非正規社員の『六五歳雇止め』に反対し裁判闘争を闘う原告団を支援すること」を目的とし、次の諸活動を行う。
 @裁判の目的と意義を宣伝して運動の輸を広げていくために、会報の発行と配布、パンフやリーフレットの作成、マスコミヘの情報発信やインターネットの活用、学習会や集会の随時開催A原告を拡大し、闘いの裾野を広げるB原告や裁判を支えていくために公判への傍聴支援や会員の拡大とカンパに取り組むC闘いの輸を広げるために、東京総行動への参加をはじめ、裁判や争議を闘っている仲間と共闘、連帯する。
 支える会の役員として、代表に平賀健一郎さん(中小労組政策ネットワーク)をはじめ事務局員などが選出された。
 長谷川直彦弁護士が裁判の訴状の概要を説明した。非正規への六五歳定年導入は公序良俗違反であり、雇用対策法の年齢制限禁止にも違反していて、解雇権の濫用の法理の類推適用が出来る。
 @雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認A賃金の支払いB慰謝料として各一〇〇万円を支払うこと、などを請求する。
 共闘からの挨拶に続いて、原告団の決意表明が行われた。


せ ん り ゅ う

      番付のトップクラスで脱税王

      仮想敵つくって攻めて金儲け

      わが家には来ない天下のまわりもの
  
      パワハラの先にちらつく有期職

      中国で烏坎(うかん)に学べ民主主義

                            ヽ 史

 ◎ パワハラという国定概念が発表された。異議あり、非正規や有期労働こそパワハラ契約じゃねえか! 有期労働契約法案が準備されているらしい。
 ◎ チュニジアに学び始まるアラブの春、アメリカで99%の声、中国では広東省の烏坎に起こる民主主義の動きは深く、世界は変わる。


複眼単眼

        
 武藤類子さんの新著「福島からあなたへ」

 本誌一二八二号の本欄で書いた「鬼の伝説」は「さようなら原発一〇〇〇万人アクション」が主催した九・一九の六万人集会での武藤類子さんのスピーチに関するものだった。彼女のスピーチは大きな感動を呼び、会場の六万人だけでなく、その後、インターネットを通じて全国、全世界に広がった。短期間のうちに英語、中国語、ドイツ語、フランス語などに翻訳され、関連した動画の再生回数は四万回を超えるという。
 その武藤類子さんのスピーチを基にした本が出た。
 「福島から あなたへ」(大月書店刊)で、フォトジャーナリストの森住卓さんの写真がふんだんに使われ、そのスピーチの他に「福島からあなたへ」という文章と、彼女の友人・安積遊歩さんの文章、森住卓さんの文章、スピーチの英訳文などで構成されている、凛とした感じのする一冊だ。
 本書の帯には私が本欄で注目した一文「私たちはいま、静かに怒りを燃やす東北の鬼です」がかきこまれている。
 本書、「かすかに燃える赤い熾(おき)」という章で武藤さんはこう書く。
 「太古、大和民族に鬼と恐れられながら、激しく抗いつづけた蝦夷の残像はいまなお、私たちの心にあかい熾(おき)となってかすかに燃えつづけていると私は信じたいのです。そして新しい息を吹き込み、ふたたび燃えさかることを……」
 北国の人が「熾」と呼ぶものがおわかりだろうか。電気、ガスが燃料となる現代にはもはや無縁かも知れないが、私たちの幼い頃の生活では「おき」はとても大事なものだった。囲炉裏で薪をもやして煮炊きし、暖をとったあと、その赤く燃えた火種(熾)を灰で埋めて保存するのだ。灰の中の熾は翌朝まで真っ赤に熱を持ち続け、その灰の中から掘り起こした熾を火種にして、ふうふうと息を吹きかけ、火を燃やす。この様を武藤さんは「新しい息を吹き込み、ふたたび燃えさかる」という。「大和に抗いつづけた蝦夷(鬼)の残像」を彼女は「おき」と呼んだ。
 本書で武藤さんは「私は三〇年ほど前から、日本に古くより伝わる民俗舞踊を踊っています。とくに東北に伝わる素朴で力強い踊りが好きです」「どの時代にもどの民族にも、シンプルでユーモラス、そして力強い踊りがあったのだと思います。しかし、近代化の中でこれらの踊りは、弾圧され、禁止され、作り変えられてきました。禁止されてもなお、細々と隠れて踊りつづけられ伝えられてきました」と書いている。
 武藤さんのこの文章にあらためて東北の鬼の怒りや哀しみや、生の営為が民俗舞踊になって伝わっているのを感じる。その悠久の民俗舞踊の舞台に、いま色も匂いもない放射能の毒が降り注いだ。それを想うと、私の中の熾も何か踊りたくなるような衝動に駆られる思いがする。
 本書はお薦めである。一二〇〇円+税。 (T)