人民新報 ・ 第1295号<統合388号(2012年11月15日)
  
                  目次

● 人びとの力を大結集して都知事選に勝利しよう。 東京を変えよう!

    資料・「人にやさしい東京」をめざして―都政で実現をめざす4つの柱  ( 宇都宮 けんじ )

● オスプレイ配備反対  低空域訓練反対の全国闘争へ

● 臨時国会における闘いの課題  5・3憲法集会実行委が院内集会

● 「さようなら原発集会」に六五〇〇人が参加  脱原発運動をさらにひろげよう

● 集団的自衛権の行使・改憲の阻止へ!  秋の憲法集会で山内敏弘教授が講演

● 国際的な連帯で領土問題の平和的解決を!

     国の内外に反響を呼ぶ「『領土問題』の悪循環を止めよう!――日本の市民のアピール」

● 映 評  「希望の国」

● せ ん り ゅ う

● 複眼単眼  /  「五省」って知っていますか






人びとの力を大結集して都知事選に勝利しよう。
 東京を変えよう!

         
 宇都宮けんじさんとともに人にやさしい東京の実現を

 石原慎太郎が都知事職を投げ出した。石原の長期にわたる悪政・暴政で都政は荒廃してしまった。東京という大都市の長でありながらの排外主義・差別主義的言動は、近隣の韓国や中国だけでなく、多くの国からの批判にさらされている。「尖閣」問題での火遊び的挑発行為は日中間に重大な緊張を引き起こし、両国関係と日本経済に大きな損害を与えている。危険な極右政治家の象徴としての石原は、国政復帰に向けて新党を結成し、日本政治をいっそう反動化させようとしている。
 多くの人のなんとかしなければ、という声がひろがるなかで、一一月六日、「人にやさしい都政をつくる会」は東京都庁で緊急に記者会見をひらき、大江健三郎、宇都宮けんじ、内橋克人、海渡雄一、鎌田慧、佐高信、辻井喬、暉崚淑子、山口二郎、渡辺治など幅広いひとびとの連名で「声明―私たちは新しい都政に何を求めるか」(別掲)を発表した。声明は、憲法の尊重、脱原発、教育、貧困・格差との闘いという四つの政策を実行する都知事の実現をめざすとしている。

 一一月九日、「宇都宮けんじさんとともに人にやさしい東京をつくる会」の緊急記者会見が、衆議院第一議員会館大会議室で開かれ、多数のメディアが取材にあつまった。宇都宮けんじさんが都知事選立候補を表明する場だ。宇都宮けんじさんは、多重債務問題、消費者金融問題の専門家の弁護士(元日本弁護士連合会会長)で、また年越し派遣村名誉村長、反貧困ネットワーク代表などを務めている。
 宇都宮さんは、立候補にあたっての決意を表明し、「『人にやさしい東京』をめざして―都政で実現する四つの柱」(別掲)を発表した。宇都宮さんは次の諸点を強調した。東京は電力の最大の消費地であり、東電の最大株主である都は率先して脱原発に取り組み次の世代にツケを残さない。巨大な財政規模があるにもかかわらず貧困が進行させたこれまでの福祉・弱者切捨ての都政を転換する。憲法の基本原理を生かし、アジア諸国との関係改善・平和な首都をめざし、人間らしい生活のできる社会を実現する。

 加毛修弁護士(第一東京弁護士会元会長)、吉岡達也さん(ピースボート共同代表)、河合弘之弁護士(脱原発弁護団全国連絡会共同代表)から応援の言葉。作家の辻井喬さん、海渡雄一弁護士(日弁連前事務総長)からの激励のメッセージも紹介された。
 つづいて記者からのさまざまな質問に宇都宮さんは丁寧に答え、会見時間は大幅に伸びた。

 東京都知事選挙は一一月二九日に告示、一二月一六日が投票日の短期決戦だ。
 宇都宮東京都知事の実現は、日本政治の右傾化、格差拡大・貧困化に対する巨大な反撃であり、日本社会の民主主義的な復興の第一歩となる。
 人びとの力を大結集して選挙戦に勝利しよう。
 東京を変えよう!
 宇都宮けんじさんとともに人にやさしい東京を実現しよう!

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資料@

 ― 声 明 ― 私たちは新しい都政に何を求めるか

 惨憺たる石原都政の一三年半であった。
 福祉は切り縮められ、都立病院は次々と統廃合された。都民の安心を奪い、人々を生き難くさせて切り詰めたお金は、都市再開発や道路建設に回され、知事が旗を振るオリンピック誘致や新銀行に無意味に蕩尽された。

 惨状を極めたのが、教育現場である。民主主義が破壊され、強制と強要と分断が横行した。教師たちは誇りを踏みにじられ、精神を病み、教壇を離れていった。子どもたちは競争に追いやられ、教室は荒んだ。都立大学は破壊されてしまった。

 知事の思いつきと独善、押し付け、決め付け、他者を命令・服従の対象としか見ることができない貧困な想像力、剥き出しの偏見と差別意識、公私混同、乱暴な言葉――それらが多くの人の心を傷つけ、公正と公平を貶め、排外主義を助長し、弱い者をさらに追い詰め、社会を荒廃させた。

 昨年三月十一日の東日本大震災と福島原発事故は、改めて私たちに、原発に依存する暮らしのあり方、社会のあり方に反省を迫るものだった。福島や新潟にある原発から生まれた電気は、ほとんどすべて東京など、首都圏に送られ、使われているのだ。震災と原発事故直後の石原知事の発言は、「津波をうまく利用して、我欲を洗い流す必要がある。これはやっぱり天罰だと思う」という驚くべきものだった。さらに、原発事故による未曾有の被害が徐々に明らかになり、おびただしい人々が避難生活を余儀なくされているとき、市民の間で広がり始めた脱原発運動を罵倒しつづけてきた。

 そして最後は、東京都政とは何の関係もない尖閣問題に火をつけ、日中関係を極度に悪化させ、経済を大混乱させたのである。その挙句、何の責任も取ることなく、知事職を放り出した。この尖閣問題の経過ほど、石原都政の年月を象徴しているものはない。

 来る都知事選は、このような都政と訣別し、人々が人間らしく生きられる街、平和と人権を尊び、環境と福祉を重視する、いわば「当たり前の都政」に転換する絶好の機会であると私たちは考える。

 石原都政の継続や亜流を、決して許してはならない。
 自治とは、住民の暮らしを守り、福祉を増進させることを本旨とする。教育とは、自ら学び考え、議論を深め、合意を作り上げていく、民主社会の次の担い手を育てることである。東京都政を、こうした自治の原点に戻さなければならない。荒れ果てた教育現場を建て直し、次の世代と私たちの未来を救わなければならない。

 あまりにも、いまの時代は人々が生きづらい。失業、非正規労働、過労、格差・貧困の拡大と福祉の切り下げによって、若者も子育て世代も高齢者も苦しんでいる。その上、国政は、混迷、混乱に加えて右傾化の度合いを増し、改憲や集団的自衛権の行使、近隣諸国との紛争に突き進んでいるように見える。この流れを止めなければならない。

 いま、東京都知事を変えることは、日本の右傾化を阻止する力になると私たちは考える。
 では、どのような都知事を私たちは求めるか。

 第一は、日本国憲法を尊重し、平和と人権、自治、民主主義、男女の平等、福祉・環境を大切にする都知事である。

 第二は、脱原発政策を確実に進める都知事である。石原知事は、原発問題を「ささいな問題」と呼んだが、冗談ではない。東京都民は福島原発からの電気の最大の消費者であり、東京都は東京電力の最大の株主だ。福島原発事故の結果、豊かな国土が長期にわたって使えなくなり、放射能汚染による被害は、むしろこれから顕在化する。原発事故と闘い、福島をはじめとするこの事故の被害者を支えることは東京都と都民の責任である。これまで原発推進政策を推し進めてきた政官業学の原子力ムラと闘うことは、この国の未来を取り戻すことである。政府、国会、経産省、東電を抱える東京での脱原発政策は、国全体のエネルギー政策を変えることになる。

 第三は、石原都政によってメチャメチャにされた教育に民主主義を取り戻し、教師に自信と自律性を、教室に学ぶ喜びと意欲を回復させる都知事である。

 第四は、人々を追い詰め、生きにくくさせ、つながりを奪い、引きこもらせ、あらゆる文化から排除させる、貧困・格差と闘う都知事である。

 以上のような都知事を私たちは心から求める。このような都知事を実現するため、私たちは全力で努力する。

   2012年11月6日

          「人にやさしい都政をつくる会」

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資料A

 「人にやさしい東京」をめざして―都政で実現をめざす4つの柱

                                 
 宇都宮 けんじ

 一三〇〇万の人たちが暮らし、働き、学び、育つ、東京。
 私は、東京の持つ大きなポテンシャルを考えたとき、都知事が本気になって人びとの生活と社会のために働けば、どれほど大きな貢献ができるだろうと考えてきました。

 さる一一月六日に公表された「新しい都政の実現を求める声明」に、私は名を連ねました。私がつくりたいのは、まさに「人にやさしい東京」です。

 私は、多重債務の問題をはじめとして、弁護士として貧困の問題に長くかかわってきました。リーマン・ショックのあった二〇〇八年の暮れから翌年にかけておこなわれた「年越し派遣村」では名誉村長をつとめ、その後、完全無派閥の弁護士としては初めて日弁連会長となり、人権擁護活動や、東日本大震災と原発事故の被災者・被害者支援などに取り組んできました。

 やさしさこそ本当の強さだと、私は確信します。「上から目線」ではない、人にやさしい東京-。その実現のために、皆さんとともに働くことを、私は決意しました。

◆東京を変える四つの柱の実現をめざします。

 (1)誰もが人らしく、自分らしく生きられるまち、東京をつくります。
 貧しい家庭で育った私は、誰もが人間らしく、そして自分らしく生きられる社会にしたいという思いで、弁護士になりました。「何か無駄といってまず福祉」という姿勢の前都政のもと、破壊されてきた東京の「生きやすさ」を、私は再建します。
 私は、若者もお年寄りも、女性も男性も、障がいのある人もない人も、みんなが参加できるまち・東京をつくります。雇用の拡大のための施策、失業時の所得保障を充実し、人間らしい働きかたのできる東京をめざします。
 私は、高齢者や収入のすくない人、自営業者にさらに負担を強いる消費税引き上げに反対します。東京にシャッター街は似合いません。
 大規模再開発などの支出を見直し、福祉・医療を充実できる財政を確立します。

 (2)原発のない社会ヘ―東京から脱原発を進めます。
 絶対に繰り返してはいけない原発事故。大消費地として東京は、福島の原発事故にも少なからぬ責任を持っていると私は考えます。福島をはじめとする被災地への支援のために、自治体としてできるあらゆることをおこないます。これまでのように、事故などのリスクを他県に押し付けながらエネルギー供給を得てきた構造そのものの見直しを進め、再生可能エネルギーの普及など、脱原発のために東京都ができるあらゆることを、都民の参加と知恵を得ながら検討し、実施していきます。

 (3)子どもたちのための教育を再建します。
 私は、自由と自治の気風があふれる東京の学校を再建します。教育現場が自由であるほど、子どもたちにとっても良好な教育環境と成果がもたらされることは、諸外国の例を見ても明らかです。前都政が進めた「日の丸」・「君が代」の強制によって、多くの教育関係者が言葉に表せない苦しみを強いられてきました。私は「上から目線」の教育の統制に反対し、自由で生き生きした教育をつくります。学校選択制などで競争をあおるのではなく、着実な教育インフラ整備をはじめとする、子どもたちにあたたかい教育行政に転換し、いじめ問題の解決に取り組みます。

 (4)憲法のいきる東京をめざします。
 憲法は法律家としての私の原点であり、戦後日本の平和の基盤となってきた宝です。私は憲法「改正」に反対します。前都政では、アジア諸国をはじめとする都市との交流は停滞しました。私はそれをすぐに再開します。沖縄の人々とともに、自治をまもる立場からも、普大間基地の辺野古移転、欠陥機オスプレイの配備は認めません。米軍基地のない東京をめざします。
 憲法九条とともに、憲法二五条は、「反貧困弁護士」としての私のライフワークです。

◆都民みんなの声に耳を傾けて、「東京の難問」の解決をはかります。

 四期つづいた石原都政のもとで、都政には課題が山積しています。
 オリンピック招致、築地移転問題、新銀行東京、尖閣諸島買収で集めた寄付金の処理など、前知事が突然、放り出してしまった課題は、「強いリーダーシップ」という名のもと、都民の声に耳を傾けない強引な施策によって引き起こされてきました。

 「解決」を押し付けることは、本当の解決にはなりません。私は、パブリックコメントはもちろん、タウンミーティングなどを積極的に開催し、住民参加のもと、実質的な議論を丁寧に進めて、着実に解決していきます。それこそが、自治とコミュニティの中で求められる本当のリーダーシップだと考えるからです。

 東京は変えられます。人と人が支えあう、もっとあたたかい社会に変えることができます。誰かが変えるのではなく、私たち自身の手で、変えることができます。それが今度の都知事選挙なのではないでしょうか。


オスプレイ配備反対

       低空域訓練反対の全国闘争へ


 一一月四日、米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)への強行配備に抗議して、「止めるぞ!オスプレイの沖縄配備 許すな!低空飛行訓練」集会(東京・芝公園)が開かれ、約四〇〇〇人が参加した(集会は、フォーラム平和・人権・環境とオスプレイの沖縄配備に反対する首都圏ネットワークの共催)。
 主催者あいさつで平和フォーラムの藤本泰成事務局長は、アメリカで飛ばすことのできないオスプレイを日本で飛ばせることを糾弾し、つづいて首都圏ネット参加団体であるピースボートの野平晋作共同代表が、低空飛行訓練の反対を全国的な運動として取り組もうと提起した。
 地元・沖縄からは沖縄平和運動センターの山城博治事務局長が普天間ゲート前行動を報告し、普天間米軍基地から爆音をなくす訴訟団の桃原功事務局次長(宜野湾市会議員)が、連続する米兵犯罪に満身の怒りをこめた発言をおこなった。
 非核市民宣言運動・ヨコスカの新倉裕史さん、アジア女性資料センターの本山央子さんが問題提起。静岡県平和・国民運動センターと沖縄の闘いと連帯する東京東部集会実行委員会から参加団体の発言があった。
 集会後、アメリカ大使館近くを通り、六本木・三河台公園までのデモ行進をおこなった。


臨時国会における闘いの課題

   
 5・3憲法集会実行委が院内集会

 臨時国会開会の日の一〇月二九日、参院議員会館会議室で「集団的自衛権の行使を許すな! 憲法を生かして、平和とくらしを守ろう! 院内集会」が開かれた。サブタイトルには、「原発なくせ!再稼働反対」「領土問題は平和的話し合いで解決を!」「オスプレイ出て行け。基地なくせ!」「国民の声が届く選挙制度を、比例定数削減反対!」「消費税増税、社会保障改悪許さない!」とあり、悪政の末に支持率を急低落させて末期的症状を示す野田政権といっそう反動化を強める自民党などと対決するため、多様の闘争課題が掲げられた。主催は、二〇一三年5・3憲法集会実行委員会事務局(憲法改悪阻止各界連絡会議、「憲法」を愛する女性ネット、憲法を生かす会、市民憲法調査会、女性の憲法年連絡会、平和憲法二一世紀の会、平和を実現するキリスト者ネット、許すな!憲法改悪・市民連絡会)であり、恒例の国会冒頭の院内集会である。

 はじめに、実行委員会を代表して高田健さんがあいさつ。今日の集会にはサブタイトルが多いが、今の政治に要求するものが多いためだ。最近、石原慎太郎が都知事職を投げ出して国政にふたたび乗り出すという。そして大阪の橋下らの維新の会などと組んで第三極を形成し、また民主党や自民党の改憲派などと合従連衡で日本国憲法を破棄する流れを作ろうとしている。いま集団的自衛権の行使、改憲への危機感を感じている。今日を契機にこれらに対し立ち向かう運動を強めていかなければならない。

 共産党を代表して穀田恵二・国対委員長があいさつ。第一に暮らしの危機がある。民自公三党は談合で消費税増税を決めた。それだけでなく、自立自助が基本だとして社会保障全体の解体まですすもうとしている。憲法の規定する生きる権利をないがしろにするものだ。第二には被災地復興財源の流用だ。被災者不在の復興ではだめだ。第三に原発事故を風化させず、二〇三〇年までに原発ゼロを可能にしなければならない。第四には平和の問題であり、憲法か安保かの選択の問題だ。オスプレイや米兵による暴行事件は安保そのものが問題なのだ。第五には改憲策動と政党の状況についてだ。石原らの動き、民主党の自民党化、自民党のいっそうの右傾化などの逆流がある。われわれは、これを軽視しないが決して恐れはしない。消費税反対、原発ゼロ、オスプレイ、TPP、これらに反対する国民運動のおおきなもりあがりがある。これが本流だ。

 社会民主党を代表して福島みずほ党首があいさつ。いま危険なオスプレイの配備が問題になっているが、沖縄以外でも低空空域訓練がおこなわれる。爆撃のターゲット訓練だ。大惨事が予想されるが、原発と同じで、事故が起こってからでは遅い。これらは不平等な日米地位協定が根にあるが、社民党はアメリカ公使に見直しの申し入れをおこなった。維新の会や石原新党などが出てきたが、いずれもタカ派のA・B・C…だ。こうした勢力が新自由主義、改憲を主張している。この状況に大変な危機感をおぼえる。タカ派の総結集だがみんなはそんなことは望んでいないし、日本の政治は本来、社会民主主義でなければならない。

 共産党から、田村智子参議院議員、赤嶺政賢衆議院議員が、社民党からは、山内得信参議院議員、吉田忠智参議院議員、中島隆利衆議院議員、服部良一衆議院議員があいさつした。
 また、全労連、九条目黒ネット、キリスト者平和ネット、婦人有権者同盟、許すな!憲法改悪・市民連絡会、平和を実現するキリスト者ネット、全教などからの発言が続き、臨時国会における闘いがスタートした。


「さようなら原発集会」に六五〇〇人が参加

           
  脱原発運動をさらにひろげよう

 一〇月一三日、日比谷野外音楽堂で、さようなら原発一〇〇〇万人アクション実行委員会主催の「さようなら原発集会」が開かれ、六五〇〇人が参加した。
 鎌田慧さんが呼びかけ人を代表してあいさつ。先日の第二六回定期大会でJA(農協)グループが脱原発の運動方針を採択した。この決定は大きなできごとだ。農業は命を生産する。原発と全く相容れないものだ。この農業者の固い決意に応え、原発を叩き潰そう。
 落合恵子さんからのメッセージが紹介された。第二次世界大戦について、私が中学生の頃、大人たちはなぜみんなで反対しなかったかを訊ねたが、今、私たちが原発の問題で同じことを問われている。福島の子どもたちは被曝にさらされながら成長している。原発を停めることは一日たりとも待てないことだ。
 つづいて哲学者の高橋哲哉さん。震災・原発事故で、この国の政府は平気で国民を捨て去り、国民以外の住民を排除していることがわかった。オスプレイの配備でも同じだ。福島県民健康管理調査をめぐる「秘密会」問題やSPEEDI隠ぺい問題でもそうだ。国を変えるとともに、福島県を変えなければならない。
 福島現地からは、森園かずえさん(子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク)。福島では、蚊、トンボや蛾などが去年に比べずっと少なかった。いま懸命に収束作業に当たっている被曝労働者のほとんどは福島県民だ。加害者が被害者を雇っている。福島原発告訴団、ふくしま集団疎開裁判、「子ども・被災者支援法」制定などをみんなの力で実現させよう。
 青森県の大間原発で電源開発と闘っている小笠原厚子さん(「あさこハウス」)は、どんなに孤立させられても、私の母は決して土地を売らなかった。一人でもあきらめず闘うことがなにより大事だと訴えた。
 呼びかけ人のひとりの大江健三郎さんは、原子力ムラの弱点は、希望を示せないことだが、私たちにはこうして運動を続ける限り希望がある。みんなで道を作り、希望を持って生きようと述べた。
 閉会のあいさつは城南信用金庫の吉原毅理事長(城南信用金庫は脱原発を宣言している)。
 集会を終わって、参加者はデモに出発し、人々に脱原発をアピールした。


集団的自衛権の行使・改憲の阻止へ!

     
 秋の憲法集会で山内敏弘教授が講演

 一一月ニ日、日比谷図書館コンベンションホールで「秋の憲法集会」が開かれた。
 主催は、11・3憲法集会実行委員会(構成団体――「憲法」を愛する女性ネット、憲法を生かす会、市民憲法調査会、全国労働組合連絡協議会、日本消費者連盟、VAWW―NETジャパン、ピースボート、ふぇみん婦人民主クラブ、平和憲法二一世紀の会、平和を実現するキリスト者ネット、平和をつくりだす宗教者ネット、許すな!憲法改悪・市民連絡会)。

 はじめに高田健さん(許すな!憲法改悪・市民連絡会)が主催者あいさつ。
 明日は憲法公布から六六年目だ。二〇〇一年から春の5・3集会、秋の11・3集会を開催し、全国各地で共同行動を積み重ねてきた。二〇〇一年は憲法をめぐって緊迫した情勢だったが、いまも安倍の下で極右政党化した自民党、石原、橋下らのいわゆる第三極などが憲法問題を前面に押し出そうとしている。野田政権は、脱原発を踏みにじり、オスプレイの強行配備、尖閣国有化で日中関係を激化させ、また、それを口実にしての集団的自衛権行使と改憲への動きという緊張する状況を作り出した。いま直面する諸課題はすべて憲法に関係する。改憲を許さない闘いを巻き起こそう。今日はそのために頭の中を整理するための集会としてある。

 つづいて、一橋大学名誉教授の山内敏弘さんが、「自民党などの改憲草案を批判する」と題して講演した。
 現在の厳しい情勢を作り出したのは石原慎太郎都知事であり、その責任は大きい。野田首相はそれにのっかり、領土問題の「棚上げ」という暗黙の了解を一方的に破棄して、尖閣国有化を行い、一九七二年の日中国交正常化以来四〇年にわたる両国の友好関係を壊した。これにはマスコミも責任があり、一部の週刊誌に至っては好戦熱をあおっている。こうして尖閣列島や竹島をめぐって中国や韓国との対立が鮮明となり、双方の国でナショナリズムが燃え上がってきていて、武力衝突をも辞さずと言った意見が日本国内でも一部に出てきている。この状況は、改憲論を勢いづかせる役割を果たしている。
 そもそも自民党は一九五五年に保守合同して結党した時点で、「自主憲法の制定」ということを言ってきた改憲政党であり、二〇〇五年には「新憲法草案」を発表し、二〇〇七年に安倍内閣の下で改憲手続法を制定した。しかし護憲運動の反対で改憲の動きは停滞してきた。そのなかで二〇〇四年に結成された「九条の会」などは大きな力となった。だが、東日本大震災を契機に、非常事態に備えるためと称するあらたな改憲への動きが出ている。野党になった自民党は、民主党との違いを出すためにより保守的となり、今年四月に「日本国憲法改正草案」を発表した。これはこれまでの新憲法制定ではなく、現行憲法の改正であることを明示したものだが、内容的には、より保守色が強いものになり、憲法の国民主権、人権尊重、平和主義の原理をないがしろにする時代逆行的な改憲案となっている。まず改憲案の前文で、「日本国は、天皇を戴く国家」だとして、国家の上に天皇を位置づける。そして一条で「天皇は、日本国の元首であり、日本国、日本国民統合の象徴」とし、六条四項で「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の進言を必要」として、現行の「助言と承認」が「進言」に変更された。天皇に対し「助言と承認」は畏れ多いからといような理由かもしれない。また三条二項で「日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない」とあり、これでは石原都政や大阪の橋下などのところで問題になっている教職員のみならず、国民全部が、儀式などにおいて「君が代」を唱わなければならず、「日の丸」に敬礼しなければならなくなるだろう。そして、一〇二条では「1 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。2 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う」としている。これは憲法で権力の恣意的な動きを規制する立憲主義の原理ではなく、逆に、国民に憲法尊重擁護義務を課すというものだ。その一方で、天皇については、憲法尊重擁護義務をはずしている。これは天皇を憲法の上に位置するものとする明治憲法への復帰というべきものとなっている。
 「改正案」の特徴のひとつは、災害便乗型改憲論である。いわゆるショック・ドクトリンだ。九条では、「国防軍」の保持を明記し、主として「国家」を守ることを任務とし、国民の安全の保持は二次的なものとされる。そして、前文で「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り」と規定していることで、法律によって徴兵制を導入することも可能となるものだ。 
 そして、改憲の口実として、新たにプライバシー権、説明責務、環境保全、犯罪被害者へ配慮などを入れるというが、それらはいずれも「人権」の実質をもつとは言い難い規定の仕方となっている。九条改憲の代わりに、これらのものを導入することでよしとする意見もあるが果たしてそれでよいのかが問われている。
 そして、憲法改正条項だ。日本国憲法九六条は、各議院の「総議員の三分の二以上の賛成」で国会が憲法改正を発議するとなっているのを、自民党の改正草案は、衆参両議院の「それぞれの総議員の過半数」の賛成で国会が発議できることにし、また、国民投票で「有効投票」の過半数の賛成で改正がなされるとしている。憲法九六条は、時々の国会での多数派によって最高法規の憲法が恣意的にいじられないようにするための重要な条項であるが、それをはずそうというのである。
 橋下の「維新八策」は、保守的・反憲法的な姿勢であり、石原や「立ち上がれ日本」の憲法論も同様だ。それは大衆迎合的で、そのポピュリズム政治は、確たる定見があるのではなく、大衆の気に入りそうなことをいっていた小泉政治の再来ということだ。
 こうした中で、私たちの護憲・改憲阻止の課題として次のようなものがあげられるだろう。
 第一に、きたるべき衆議院選挙、参議院選挙は、極めて重要な意味をもつ歴史的な選挙であり、改憲派の議員の数をできるだけ少なくするような投票行動を行うこと、またそのような呼びかけを行うことが緊要となっている。
 第二に、近い将来にあるかもしれない憲法改正国民投票への備えとして、仮に国会で改憲の発議がなされても、国民投票で改憲を阻止するために、九条を中心とする日本国憲法の意義を、さまざまな草の根の市民運動が互いに運動の輪を広げつつ内外の多くの人々に説いていくことが必要となっている。
 第三に、脱原発運動と反安保の運動の幅広い連携だ。脱原発の運動とオスプレイ配備反対の運動の根っこにあるのは、生命の尊重とそれをないがしろにする核の廃絶の思想であり、これは、日本国憲法の精神でもあることを踏まえて、脱原発と反安保の運動を広く連携させていくことが望まれる。
 第四に、尖閣列島・竹島など領土問題への対応である。これらの無人島の帰属をめぐって日中、日韓の間でナショナリスティックな排外主義が台頭しているが、こういうときこそ、この九月に出された「日本の市民のアピール」が述べているように憲法の趣旨に則った紛争の平和的解決を目指すべきである。
 日本政府は尖閣列島について「領土問題は存在しない」といった対応ではなく、事実を認め、領土問題はあるということを認めた上で、棚上げ論をとるか、あるいは国際司法裁判所への提訴を日本の側から提案すべきではないだろうか。


国際的な連帯で領土問題の平和的解決を!

    国の内外に反響を呼ぶ「『領土問題』の悪循環を止めよう!――日本の市民のアピール」

 尖閣(釣魚島)や竹島(独島)問題は、東アジアに緊張した状況を作り出した。こうした中で、「『領土問題』の悪循環を止めよう!――日本の市民のアピール」が提起され、国の内外に多くの好意的な反響を生み出している(本紙前号参照)。市民アピールは、現在の問題の背景には近代の歴史問題があることを指摘 するとともに、関係諸国におけるナショナリズムのエスカレートを危惧し、「いかなる暴力の行使にも反対し、平和的な問題の解決」を主張している。領土問題においては、「協議」「対話」での解決しかなく、周辺資源については共同開発、共同利用しかない、そして、「主権をめぐって衝突するのではなく、資源を分かち合い、利益を共有するための対話、協議をすべきである。私たちは、領土ナショナリズムを引き起こす紛争の種を、地域協力の核に転じなければならない」として、「私たちは『領土』をめぐり、政府間だけでなく、日・中・韓・沖・台の民間レベルで、互いに誠意と信義を重んじる未来志向の対話の仕組みを作ること」を提案している。

 一〇月一八日には議員会館前での行動が展開され、この行動も海外メディアによって全世界へ報じられた。

 一〇月二五日には、アピールの世話人が首相官邸を訪ね、対応した斎藤つよし内閣官房副長官に、市民アピールと約二〇〇〇名の賛同人名簿を提出した。斎藤副長官との会談では、野田佳彦首相あてに要請をおこなった。「…このアピールを通じて、私たちは多くの日本市民と東アジアの人びとが東アジアの人びとの共生を願い、問題の悪循環に終止符をうち、平和的な解決を切望していることを痛感しました。こうした中でかたくなに『領土問題は存在しない』としてこの問題での対話をこばんだり、日米合同軍事演習を繰り返し、沖縄へのオスプレイの配備を促進したりすることは解決への逆行です。…野田内閣におかれましては、これらの人びとの切実な声を受け入れ、政府の責任において、一刻も早く、問題の平和的な解決のために全力を尽くされるよう、要請します」。

 日本の市民アピールは、日本語だけでなく、中国語、ハングル、英語などで発信された(その他の言語への翻訳がつづいている)。韓国や中国のメディアが日本の市民たちの活動を詳しく報道したのをはじめ、東アジアにとどまらず海外で呼応する動きも活発化している。
 一〇月四日には、中国の有識者、市民らが「日中関係の理性的を取り戻せ」のアピールをインターネット上で発表し、署名を集めている。
 一〇月九日、台湾の「民間東アジア・フォーラム」が「歴史に向き合い、爭議を解決し、平和に邁進しよう」との声明を発表。
 一〇月一七日には、韓国の「韓日知識人共同声明韓国署名者」が、「日本の市民アピールへの支持声明」を発表した。……

 海外での動きは、また、日本においてもさまざまな市民の平和・友好の活動を生み出している。
 メディアの中にも、今回のアピールを高く評価する報道・論評が見られる。東アジアの緊張激化でふたたび犠牲にされるのは沖縄であるが、「琉球新報」 一〇 月一〇日の社説「日中市民呼び掛け冷静に悪循環を断とう」は日本の市民アピールとそれらに連動する中国での動きについて書いている。「冷静かつ理性的な対応こそ肝要であるとの認識が日中両国で広がりを見せ始めている。尖閣諸島をめぐる問題で悪化した日中関係について、中国のインターネット上で『中日関係に理性を取り戻そう』との呼び掛けがあり、知識人や学生ら数百人が署名している。呼び掛けは日本の尖閣国有化を批判。その一方で、九月に中国各地で起きた反日デモでの暴力行為について『強く非難する』と表明している。さらに『民間交流のパイプを増やして相互理解を深めることで、世々代々の平和を築いていくべきだ』と主張しており、理性的だ。中国側の呼び掛けは、先月末にノーベル賞作家の大江健三郎さんら約一二〇〇人の名前で発表した『《領土問題》の悪循環を止めよう!』と題する日本側の市民アピールに呼応した行動のようだ。」と分析し、「日中の領土ナショナリズムがぶつかり合って武力衝突など危険な状況に陥ることは何としても回避しなければならない。そのためにもこうした市民同士の冷静な呼び掛けを広げることは有効だ。両政府も悪循環を断つため、領有権問題に冷却期間を置くなど、出口戦略を詰めるべきではないか。」としている。

 いまこそ、偏狭な民族主義・愛国主義に陥ることなく、国際主義的な連帯で、問題を平和的に解決していく流れを作り出そう。


映 評
 
   
 「希望の国」

     2012  日本・イギリス・ドイツ・台湾  133分

     監督・脚本  園 子温(その しおん)


  主演
       小野泰彦 (夫)    ……  夏八木勲
          智恵子(妻)  ……  大谷直子
          洋一 (息子)  ……  村上淳
          いずみ(息子の妻)  ……  神楽坂恵
       鈴木 健       ……  でんでん


 3・11東日本大震災の数年後、また日本に大地震が発生し、津波も襲来し、大きな被害が出た。原子力発電所もふたたび大爆発、多量の放射能が周辺地域に拡散してしまった。小野一家が住んでいる長島県大原町にも徐々に放射能汚染の危険性が迫りつつあった。この架空の町の名前は、広島、長崎、福島の三つの放射能・放射線の被害をこうむった場所からつけられたものであることは容易に想像できるだろう。原発被害の拡大により二〇キロ圏内の同心円内の避難区域が設定され、その境界線が小野家と鈴木家の間に引かれてしまう。円内に位置した鈴木一家は去ってしまい、飼い犬だけが残された。哀れに思った泰彦はその犬を引きとって飼うことにした。自宅の前にはどんな交流をも拒絶するかのような有刺鉄線を巻きつけた柵が設置されてしまった。
 両親と別居している洋一といずみはやがて親の住む場所も避難地域になると思い、その土地を離れるように説得するが泰彦はかたくなに拒絶し続ける。いずみは産婦人科で受診して妊娠していることを知り、お腹の中の赤ちゃんを自分で守ろうと決意する。病院の玄関を出ようとしたいずみは玄関の外に多くの放射能が飛散するのが見えてしまう。あわてて家に帰ると部屋中を目張りし、外気が入ってこないように密封する。やむなく外出する時は防護服を身に着ける。その行為はまわりからは嘲笑の対象になるのだが本人は真剣そのものである。だれが彼女の行為を誰が笑うことができようか。
 実は泰彦の妻の智恵子は認知症を患っていて、自宅でくつろいでいる時でさえ、夫に「ねえ、もう家に帰ろうよ」と懇願する。泰彦はそんな妻に「時計の長針が二つ進んだら帰ろう」とやさしく答える。放射能の被害は拡大を続け、避難地域は見直され小野家も避難対象になる。酪農を営んでいる泰彦は自治体職員の説得もきっぱり跳ねのけていたが、最後に決意する。銃をもって牛舎に行き牛たちを泣く泣く殺処分し、家の前で夫婦抱き合って自死するに至る。泰彦たちに帰る場所があったのか。帰る場所を奪ったのはいったい誰なのか。鋭い問いかけが残る。
 この映画は観客に対して大きな問題提起をしている。3・11から一年半しかたっていない時点で作品を作り出したことは積極的に評価していいし、監督たちの勇気を賞賛してもしすぎることはない。しかし、これからの述べる点において不満な点が残ることも事実なのだ。
 まず第一に原発事故に対して被害を受けている広範な民衆の姿が見えてこない点、大きな物語になりえていないのだ。避難区域の境界線をはさんだ二つの家族(実際にはひとつの家族)の物語の中でしか発展しない。
 音(効果音)の使われ方にも問題があると思う。境界線に打ち込む「カーン、カーン」という杭の音が延々と後のシーンまで流され続ける。これは逆に観客に不安をいだかせる効果しかないのではないだろうか。この映画には大地震の惨状、津波の被害などはまったくでてこない。原発事故もテレビニュース映像を通してのみだされる。ラスト近くのシーンで牛を射殺する場面も、夫婦で自殺する場面も音のみ、あるいは象徴的なシーンのみで表現される。これは園監督の独特の演出方法なのかもしれないが、やはり不親切だろう。確かに放射能・放射線は目に見えないので映像にするにはたいへんな苦労がつきまとう。若い妻が放射能の浮遊・拡散を感じた時に画面を着色するしか表現のしかたがなかったのだろう。実は、私は以前に同じような映像を観たことがあった。それは黒澤明監督の「夢」(90)という作品で「こんな夢を見た」で始まるいくつかの物語のひとつだった。富士山が噴火し、それにともなう地震で原発の事故が発生し、飛散する放射性物質に人びとは海岸まで追い詰められ逃げ惑う。そこには色のついた放射能らしきものが人びとに襲いかかっていく。「夢」はそれほど評価の高くない作品だが、私はこの作品がたいへん好きだ。黒澤明には死の灰の恐怖を描いた「生きものの記録」(55)もある。
 印象に残るシーンをいくつか。認知症を患っている智恵子にかつて聞こえていたであろう祭ばやしが聞こえてくる。盆踊り用の衣装を身に着けて手拍子をつけて外に踊り出てしまう。寒い冬の日にもかかわらず、そこは津波に流されたにぎわいのあった場所、若いころに泰彦と出会った場所だったのだろう。今は雪に覆われてしまっているが。苦労して智恵子を探し出した泰彦はそんな妻がいとおしく、抱きしめる。心が豊かになる場面だ。避難区域に指定されてもかたくなに避難を拒否する泰彦が職員に、庭の大樹を指さして、この木は祖父のころからある木、その向こうの木は祖父の父のころからある……と説明する。役所の都合で生まれ育った土地を離れ他の場所へなど行けるものかという強い意志のあらわれである。しかし最後にも自分で死を選ばざるをえなくなってしまうのだが、認知症の妻の「おとうさん、もう帰ろうよ」という呼びかけは死ぬことによって実現されたのかもしれない。この映画は自立の物語かもしれない。大事故が起こっても最終的には自分で自分を助けざるをえない。それは悲しい選択なのだろう。
 園監督のこの作品は早く作られすぎた映画と言えるのかも知れない。(東幸成)


せ ん り ゅ う

     
  ― 空 ―(連句)―

    雲切れて生まれ変わったような空       

    「十三条」をひらき見る吾れ          

    身に入むやカニ食いながら「蟹工船」

    闘志を燃やす沖縄の民

    強配備強姦もあり利は資本

    核発電のない世の空を

                               ヽ 史

 二〇一二年十一月


 ◎ 発句を瑠璃さんよりいただきました。

 ◎ 日本国憲法「第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」


複眼単眼

   
 「五省」って知っていますか

 野田佳彦首相の自衛隊観、安保防衛問題に関する心情などについて、知れば知るほどほんとうに危険な政治家だと思う。
 というのは一〇月十四日の海上自衛隊観艦式でのことだ。野田首相はその訓示で、「安全保障環境はかつてなく厳しさを増し、領土や主権をめぐるさまざまな出来事が起きている。新たな時代を迎え、自衛隊の使命は重要性を増している」と度はずれに高揚した調子で演説し、そのなかで旧海軍兵学校の精神訓である「五省(ごせい)」を読み上げ、最後に「諸君が一層奮励(ふんれい)努力することを切に望む」と締めくくったのだ。
 「一層奮励努力」のフレーズは一九〇五年、日露戦争の「日本海海戦」において、東郷平八郎連合艦隊司令長官が、自らが乗る旗艦「三笠」のマストに「最後」を意味する「Z旗」を掲揚し、「皇国ノ興廃(こうはい)此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ」と指令したときの言葉からとったものだ。野田首相は尖閣諸島や竹島をめぐる緊張の最中に、あの「日本海海戦」に思いを馳せ、自らを東郷長官に擬して、演説をしたのだ。
 「五省」は、「一、至誠(しせい)に悖(もと)るなかりしか、一、言行(げんこう)に恥(は)ずるなかりしか、一、気力(きりょく)に缺(か)くるなかりしか、一、努力に憾(うら)みなかりしか、一、不精(ぶしょう)に亘(わた)るなかりしか」(註)の「五つの反省」のことで、帝国海軍の江田島兵学校で生徒の教育に日常的に使われ、現在の海上自衛隊幹部候補生学校でも生徒の修養に使用されている言葉だ。
 政治家たちがこういう言葉を得意になって、何のためらいもなく使ったり、靖国に参拝して「国のために命をささげた英霊に対して、自民党総裁として尊崇の念を表するため」(安倍自民党総裁)だなどと意味づけすることが当たり前のようになっているこの国の状況を、アジアの隣国は不安に感じている。
 領土問題でも隣国に「毅然と」対応することが政治家の美徳のように語られるのが、最近の風潮だ。
 「原発事故」を「ささいなこと」と言い捨てる石原前都知事によって、日中国交回復四〇周年祝賀行事は水をかけられ、日中関係はこの四〇年来、最悪の状況になった。中国を仮想敵国とした離島奪還演習が日米でくり返され、台湾に届く六〇〇キロの航続半径を持つオスプレイが沖縄の人びとの全島挙げての反対を押し切って強行された。まもなく中国にターゲットを絞って日米ガイドラインの再々定義も行われる。
 この雰囲気の中で、集団的自衛権の行使を当然とする主張が多くの政党によって語られ、さらに、石原のような憲法破棄論という度はずれの暴論まで含めた改憲論が横行している。この国はきわめて重大な曲がり角にさしかかっている。いま、私たちは覚悟を決めてこの逆風に立ち向かわねばなるまい。  (T)

註:「五省」
 一、至誠(しせい)に悖(もと)るなかりしか(真心に反していなかったか)
 一、言行(げんこう)に恥(は)ずるなかりしか(言行不一致はなかったか)
 一、気力(きりょく)に缺(か)くるなかりしか(精神力は十分だったか)
 一、努力(どりょく)に憾(うら)みなかりしか(十分に努力をしたか)
 一、不精(ぶしょう)に亘(わた)るなかりしか(最後まで手をぬかなかったか)