人民新報
 ・ 第1432統合525号(2024年4月15日)

                  目次

● 米軍事戦略に一段と組み込まれる日本

        STOP戦争への道・岸田政治

● 24春闘・大企業労組の結果

        闘いによって成果を勝ち取る組合運動が必要

● 郵政ユニオン24春闘のたたかい

        3月15日、全国20職場でストライキ

● 韓流に垣間見る歴史

● 現職を僅差で破った杉並区長選挙ドキュメンタリー

        「〇月〇日区長になる女。」 

● ロシアのウクライナ侵攻に関する階級的一考察 

● さようなら原発全国集会

● せんりゅう

● 複眼単眼  /  安倍晋三と岸田文雄

● 「人民新報」 ウェブ版への移行のお知らせ





米軍事戦略に一段と組み込まれる日本

        STOP戦争への道・岸田政治


日米首脳会談とアーミテージ報告

 内閣支持率低落の中で訪米した岸田首相は、4月10日、バイデン大統領との首脳会談で、「日米同盟の役割がかつてなく高まる中、日米安全保障協力について、岸田総理大臣から、国家安全保障戦略に基づき、反撃能力の保有や、2027年度の防衛費とそれを補完する取組に要する予算水準を2022年度のGDPの2%に引き上げるなど、強い決意を持って防衛力の強化に取り組んでいることを伝え、バイデン大統領から改めて強い支持を得ました。その上で、両首脳は、日米同盟の抑止力・対処力の一層の強化が急務であることを再確認し、米軍と自衛隊の相互運用性強化のため、それぞれの指揮・統制枠組みを向上させることを含め、安全保障・防衛協力を拡大・深化していくことで一致しました。また、バイデン大統領から、日本の防衛に対する揺るぎないコミットメントが改めて表明されました」(外務省発表)と述べた。日米首脳共同声明「未来のためのグローバル・パートナー」は、「日米間の戦略的協力の新しい時代を祝し、自由で開かれたインド太平洋及び世界を実現するために、日米両国が共に、そして他のパートナーと共に、絶え間ない努力を続けることを誓う」とした。
 岸田の訪米の直前4月4日には、米政策研究機関「戦略国際問題研究所(CSIS)」が日米同盟への提言「アーミテージ・ナイ報告書」を発表した。これまでと同様に米国の対日要求指令書と言えるものだ。日米同盟について「軍事的な調整メカニズムが不可欠」とし、自衛隊と在日米軍の連携促進に向けた指揮統制の再構築を求めた。それは、陸海空の自衛隊の「統合作戦司令部」の創設(24年度末)に合わせ、円滑な作戦や計画を調整するためだとして日米合同組織の設置や日本政府が内閣官房の下に省庁横断型の安全保障に関する一元的な情報分析機関の設置、日本製兵器の輸出促進、日米韓や日米豪の安保協力の強化、日米と台湾で安保対話を進めること、そして、重要技術の保護や供給網強化など経済安全保証面での協力などがあげられている。これらは岸田内閣が強行しようとしている政策そのものである。
 総合国力が低下する中で、いまなお世界唯一の超大国として世界覇権を維持すること、オバマ元大統領が「世界の警察官をやめる」と宣言したにもかかわらず世界各地で紛争を起こしているアメリカ・バイデン政権にとって、たのみは、同盟国、同志国なるものであり、日本政府はその尖兵として位置づけられている。岸田もアメリカの力を背景に政治軍事大国を目指す「番犬帝国主義」の道を突き進もうとしているのである。この危険な道を断固として阻止しなければならない。

経済安保関連法・衆院通過

 4月9日、衆院本会議で、機密情報の保全対象を経済安全保障分野にも広げる新法案「重要経済安保情報保護・活用法案」が与野党の賛成多数で可決された。新法案では、「漏えいすると国の安保に支障を与える可能性がある情報」を「重要経済安保情報」に指定し、情報を漏らした場合は、5年以下の拘禁刑などの罰則を科すとする。同盟国・同志国との多国間連携で兵器開発を推進するためのものだ。一部野党の修正を受け入れ、国会による監視を盛り込んだとはいえ、プライバシー侵害が著しいものであり、これから恣意的運用が拡大されて行くことは必至である。 
 今年1月11日に、米国国防総省は、「国家防衛産業戦略(NDIS)」を公表した。これは「防衛産業」を包括的に扱った戦略文書である。「強力かつ強靭な産業基盤は、軍事的優位性のための永続的な基盤を規定する」として、覇権維持のため強大な軍需産業を再構築するつもりだ。今回の首脳会談でも、防衛産業協力に関する両国の協議体を設置し、また日本国内で米海軍艦船の補修の核大、また迎撃ミサイルPAC3共同生産を検討するとされる。
 さらなる日米軍事一体化が進められようとし、岸田は、既成事実化を背景に改憲の動きを加速させている。

岸田・自民党を追詰めよう

 岸田内閣への批判は強まっている。28日投開票の衆議院3補欠選挙で勝利し、野党と市民の共闘、総がかりの闘いで追撃しよう。


24春闘・大企業労組の結果

       
 闘いによって成果を勝ち取る組合運動が必要

 UAゼンセンのイオングループ主要労組の賃上げ状況は、3月9日時点で正社員5〜6%、パート7%以上と満額で妥結したと発表している(共に定昇込み)。このイオングループの「満額」がUAゼンセンの他の労組を牽引したといわれている。
 UAゼンセン全体では、4月5日時点でパートの賃上げ率は208の組合で6・11%(時給66・7円)、前年同期に比べて0・43ポイント高く、2021年発足以来、最高としている。正社員は定昇込みで5・49%(月額1万6446円)。組合員300人以上の436組合は平均5・49%、1万6446円、299人以下では5・05%、1万4007円と月額で2495円の企業規模により格差がある。前年同時期は1719円で昨年より格差が広がっている。
 また、大手企業については、トヨタ自動車労組は最大で月額2万8440円、年間一時金基準内賃金の7・6か月分の要求に対し4年連続で満額回答と報じられている。自動車総連としても平均で1万3896円、5・6%の賃上げ、50年ぶりの高水準としている。日立製作所、パナソニックHD、三菱電機、東芝などはベア相当1万3000円、三菱重工業、川崎重工業同1万8000円、日本製鉄は定昇込みで14・2%等々高水準の回答相次ぐとしている。金属労協によれば組合員1000人以上は1万2389円、299人以下で8019円、全体の平均は9593円。金属労協金子議長は「9割近い組合が賃上げを獲得した」と語っている。基幹労連は鉄鋼・重工で平均1万7157円、6割の65の組合が満額回答、12組合で要求額を上回る。
 連合傘下の組合員300人未満の中小組合では定昇込みで1万916円、4・50%と発表しているが、これはごく限られた組合で、多くの中小企業ではこの夏にかけて賃金交渉が続くといわれている。労働組合の組織率が16%で、大多数が未組織で「満額」の埒外にいるという現実もある。
 国民春闘共闘委員会(全労連などで構成)の3月25日の第2回集計で単純平均3万400円、10・47%の要求に対し7787円、2・82%の回答になっている。

 今後は、原材料やエネルギー価格の上昇分に加えて人件費の増加分を取引価格に上乗せする価格転嫁が進展するかどうかにかかっている。トヨタの4次下請けの会社の社長は、昨年、自動車部品の事業収入ではなく、日々の節約で2%の賃上げを捻出したと語っている。
 価格交渉拒否は独占禁止法に違反であると公正取引委員会は指針を出している。公取委は協議を経ずに取引価格を据え置いたとして、下請け企業に対して適正な価格転嫁に応じない企業として10社の社名を公表している(3月15日)。そのうち製造業は京セラ、ダイハツ工業、三菱ふそう、日野自動車の部品メーカーのソーシンと錚々たる企業が名を連ねている。

 資本金10億円以上の大企業の内部留保は2008年度で282兆7億円、2023年(7月〜9月期)には527兆7億円(財務省「法人企業統計調査」)と増大し続ける中、実質賃金は同じく2008年度が355万7千円、2023年度4〜9月までの平均318万7千円(厚労省「毎月勤労統計調査」)で反比例するかのように大幅に下がり続けてきた。
 直近の2月分毎月勤労統計調査(速報)によれば、前年同月より1・3%減、23カ月連続の減少となっている。1991年以降で、2007年9月〜09年7月と並んで過去最長だという。名目賃金は3・3%上がっているが、物価上昇分を差し引いた実質賃金はマイナス。物価が賃金の上昇を上回る状況が続いている。
電気・ガス代への補助金は5月末で終了、「子ども・子育て支援金」徴収、5年間で防衛費43兆円確保のための増税、金利緩和による住宅ローン利子増等々が私達の身に襲い掛かろうとしている。「物価上昇を上回る賃上げ」が実現できるとは到底思えない。

 1985年の先進国が協調してドル高を是正する「プラザ合意」を機に日本では円高が進む。円高で賃金が上がり過ぎ、企業を守るためとして、人件費を抑えるために「雇用柔軟型」を設定、非正規雇用を増大させてきた。経営危機を煽りながらも、大企業は前述したとおり内部留保をため込んできた。90年非正規雇用の割合が2割だったが、今や36%を超えている。
正規・非正規労働者、男女別平均給与の実態観ると、全体男性563万円、全体女性が314万円で、そのうち正規労働者男性が584万円、正規女性労働者が407万円、非正規労働者男性が270万円、非正規労働者女性156万円(2022年国税庁)となっている。明らかに正規と非正規、男女間の格差がわかる。最低賃金の全国一律の1500円以上の実現とともに、男女間差別の解消が急務の課題と言える。
 また、移民・難民の永住権取り消しを目論む入管法改悪、転職の自由を制限する育成就労制度の導入は許されられない。
 人手不足を言うのであれば、「労働力」ではなく「労働者」として受け入れるべきである。

 いずれにせよ、今24春闘は「官製春闘」と称されるように、連合大企業労組とその経営者、政府一体の「デフレ脱却」「物価上昇を上回る賃上げ」を合言葉に、三者によるシナリオ通りに進行した。
 労働者の生活苦を背景に世論を押し上げた部分はあったにせよ、所詮、恩恵に与るのは極一部である。前述のとおり、労働組合の組織率は16%で、多くの労働者はその埒外にある。
 組織化、特に中小の労働者、非正規労働者の組織化を通じ、労使対等の交渉による賃上げ、労働条件の改善を求め、闘いによって成果を勝ち取るという労働組合運動が求められている。


郵政ユニオン24春闘のたたかい

        3月15日、全国20職場でストライキ


昨年23春闘はどうだったのか


昨年、23春闘では3・58%、30年ぶりの3%を超える賃上げと報道された。郵政グループは「賃上げ5・11%」「民営化後最大の賃上げ」と報じられたがその中身は定昇分2・04%、ベア4800円1・62%、さらにコロナ対策としての特別一時金7万円1・45%、すべて合わせて5・11%。
 ベア4800円だが、全体にいきわたるベアは1000円、夏期・冬期休暇削減を前提とした1700円も含まれた。休暇削減や1回限りの特別一時金がベアなのか、さらに非正規社員には全くのゼロ回答だった。郵政ユニオンは到底妥結できないと、ストライキに突入した。
 2008年600円、14年1000円、15年1000円、そして23年4800円、郵政グループのベアは、民営化以降たった4回のみ。日本社会の「失われた30年」と歩調を合わせ、賃上げを行ってこなかった。生活実感として受け止めることのできる大幅賃上げ、正規・非正規すべての労働者に対する賃上げが必要と郵政ユニオンは24春闘要求を組み立てた。

「大幅賃上げ」「増員」「均等待遇」を柱に

 郵政ユニオンは2月2日、中央委員会を開催し、春闘方針を確立。正社員3万円、全国どこでも時給1500円以上などの@大幅賃上げ。春闘アンケートで職場の不安・不満で毎年第1位となる要員不足、職場改善のためのA大幅増員。郵政20条裁判でも示された、正規・非正規の格差是正B均等待遇・正社員化を3つの柱に要求を策定。2月14日、グループ各社に春闘要求書を提出、以降6回の賃金交渉を展開した。
 3月1日には、「郵政リストラに反対し、労働運動の発展をめざす全国共同会議」主催の郵政本社前集会が、130人で開催された。均等待遇署名1万5519筆を非正規で働く仲間3人が、郵政本社に手渡した。全国の職場や地域で集められた、均等待遇・正社員化を求める切実な声が詰め込まれた署名。毎年の取り組みで、累計では40万2179筆に上る署名が郵政本社に届けられている。

交渉決裂・ストライキ決行

 会社は、回答指定日の3月13日に考え方として、定昇の実施、ベア1・1%など回答。郵政ユニオンは物価高騰で苦しむ社員にたいして回答は低額、強く再考を求めた。
 郵政ユニオンは70・21%の高率でスト権を確立、3月15日にストライキを設定して、春闘交渉を重ねてきた。
 最終的に14日、ベア5100円1・5%、一時金1万5000円、定昇と併せて4%の賃上げと回答。年間一時金4・3月、ゆうちょ銀行4・4月、月給制契約社員5100円の賃金改善などあったが、低額回答は変わらず、さらに時給制契約社員にとっては全くのゼロ回答だった。
 翌15日には早朝より、全国20職場58人の組合員がストライキに立ち上がった。スト参加者のうち22人は非正規雇用で働く組合員だ。あまりの低額回答、ゼロ回答に対する怒りのストライキとなった。

全く納得できない回答

 5100円1・5%のベア、「民営化以降最大のベア」と報道されたが、実態はひどい内容だ。5100円のベアというものの、全体にいきわたるベアは2900円相当、2800円。2、200円相当は若年層・一般職に配分。若年層・一般職を厚くとの考え方は理解するが、すべての層で大幅賃上げが必要、回答は総体的に低すぎる。
 総務省発表の全国消費者物価指数は、2023年1年間で、前年より3・1%上昇した。1982年の第2次オイルショック以来41年ぶりの高い伸び率となった。「賃上げ」では賃金が目減りする、物価上昇を上回る「大幅賃上げ」が必要だ。
 厳しい経営環境と賃上げを渋る会社に、たいして、郵政ユニオンは、日本郵政グループ全体では、実に6兆円を超える利益剰余金を内部留保としてため込んでいる。正社員・非正規社員全体に3万円のベースアップを行っても単年度負担は1700億円程度、利益剰余金の2・8%を切り崩すだけで実現は可能、会社には十分な体力があると、賃上げできる根拠を示し交渉を展開した。

定期昇給の廃止、労働条件改悪

 会社は回答で、今回の定期昇給は完全実施、と回答したものの、今後、地域基幹職1、2級と一般職の統合を検討し、併せて定昇の廃止も検討する、としている。一般職の処遇改善は早急の課題と、「基本給を地域基幹職1級と同等にすること」を郵政ユニオンは春闘要求で求めた。一般職の労働条件引き上げが必要で、地域基幹職の引き下げではない。しかも、定昇廃止は別の問題だ。

会社別、業績に応じた年間一時金


 今回はじめて、年間一時金に格差を設けてきた。日本郵政、日本郵便、かんぽ生命は4・3月、ゆうちょ銀行のみ4・4月。厳しい経営環境の中で、ゆうちょ銀行は概ね順調に経営状況が推移、としている。
 郵政ユニオンは、郵便局ネットワークを通じて、郵便・貯金・保険サービスを提供している。ユニバーサルサービス責務を果たすことが日本郵政グループに課せられている中で年間一時金回答の格差は不満だ。業績に応じた各社別判断となると、「郵便の役務をなるべく安い料金で、あまねく、公平に提供することによって、公共の福祉を増進することを目的とする」に基づいて郵便事業を運営する日本郵便は、容易に利益を生み出すことは困難。一時金格差は多大な影響があると主張し、全社一律4・5月をあくまで求めた。

非正規社員の賃上げ


 時給引き上げは全くのゼロ回答。郵政では、都道府県における地域別最賃の1円単位を繰り上げ、20円足したものが郵政最賃となるため、10月の最賃改定で時給が引き上げられる仕組みになっている。しかし、今日の状況では10月を待っての賃上げでは遅く、金額も全く足りていない。
 2023年度はグループ平均で52円時給単価が上がったとしているが、物価上昇には追い付いていない。春闘において非正規社員の時給引き上げを強くせまった。
 全国で一番多く非正規社員を雇用するイオングループは、40万人の非正規社員に物価高を上回る7%の時給アップを実施、と報じられた。昨年も同様の引き上げを行い2年連続。非正規社員に対して時給引き上げゼロ回答の日本郵政グループ、イオングループとの違いが鮮明に表れた回答となった。

要員確保が課題

 要員確保のために、社員紹介手当や、自己都合退職者のカムバック採用制度を導入し、労働力確保の観点からも70歳までの雇用も検討するとしている一方、中期経営計画「JPビジョン2025」で3万5000人の削減を進め、職場の要員不足は切実な問題となっている。
 安定的な要員確保の観点からも、職場で基幹的な業務を担う非正規で働く労働者の正社員化が必要だ。
 郵政ユニオンは3年で無期転換、その後2年で希望者を正社員にするべきと正社員化を主張し、その実現を強く求めた。


韓流に垣間見る歴史

 韓流ドラマ・映画を観始めたのは、コロナ禍で蟄居生活を強いられネットで観ることを覚えてから。練りに練られた脚本(グループで作ることが多いらしい)、俳優陣の高い演技力、高度な撮影技術、魅力的な音楽にファッション・・・実に完成度の高い作品が多く、韓国民衆の生活が体感できて楽しい。
 その背景には「韓国には、文化観光体育部という独立した省庁があり、巨大な予算を持っている(略)近年、ついにフランスを抜いて予算面だけをみると彼の国は、世界一の文化大国となった」(平田オリザ)事情もあるだろう。昨年12月、私が韓流ドラマにはまるきっかけとなった「マイ・ディア・ミスター」の主人公を演じ、アカデミー賞作品賞を取った「パラサイト」にも出演した俳優のイ・ソンギュンさんが自死した。薬物使用の疑いで警察とマスコミに晒し物にされた(薬物検査反応は陰性だったのに)のが原因という。渋い魅力的な役者だったのに・・・残念だ。

 韓流ドラマ・映画には日本の植民地化の過程で反乱を起こす農民を描いたもの(「緑豆の花」)や朝鮮戦争後の韓国の苦難を描いたもの(「国際市場で会いましょう」ではドイツの炭鉱への出稼ぎ労働者の姿やベトナム戦争との関わりを瞥見できる)、時代物では“倭寇”が登場するものが少なくない。

ソン・ソヒとALiの歌に涙する人々

 最近はドラマ・映画に加えてKPOPにのめり込んでいる。BTS(防弾少年団)の「アリラン」に魅せられてYouTubeで様々な「アリラン」を渉猟する中で、江原道、密陽、珍島のそれぞれに魅力的な3つのヴァージョンがあることを知り、ソン・ソヒという歌手に巡り合った。小学生の時にのど自慢大会で優勝し、今ではポップス調の楽曲もレパートリーとする人気歌手に育ったらしい。残念ながら韓国語が分からないので一部英語の字幕が付されたもの以外は歌詞の内容が分からない。しかし民謡で鍛えられたのびやかな歌声に圧倒される。伴奏に伝統楽器が多用されているのも魅力だ。幾つも聴いた中に字幕に「3・1」「100」の数字があるものがあって、3・1独立運動100周年記念コンサートのことだろうと気付いた。背景に犠牲となった青年女性の肖像写真(監獄で撮影されたもの)が大きく映し出され、バックコーラスの女性たちが囚人服を着ている。他の年のものもある。絶唱のエレジーだなと思って聴いた歌が、英文のコメントによって日本軍に殺された抗日烈士の夫をそうとは知らず待ちわびる若妻の歌であると教えられた。座して歌う傍らに靴が置かれているのは入水自殺することを暗示しているのだと。10年前に市民運動の仲間と訪韓し、「西大門刑務所歴史館」「八角亭」を訪れて粛然としたことを思いだす。
 次にはまったのはALiという歌手。時には可憐な乙女、時にはなまめかしい誘惑者、千変万化のキャラクターを歌いこなす実力派。英語のタイトルで「Does anyone know this person ?」という歌がある。生き別れになった母親への慕情を切々と歌い上げる。背景のスクリーンに離散家族再会の映像が流れるもの、また4・3済州島事件犠牲者追悼集会で歌っているものもある。
 二人の歌に大喝采を送る聴衆だが、こうした歌の時には客席のあちこちで涙をぬぐっている。 (新)


現職を僅差で破った杉並区長選挙ドキュメンタリー

       
 「〇月〇日区長になる女。」 

 「〇月〇日区長になる女。」は選挙ドキュメンタリー映画なのでロングランはめずらしく、4月に入っても東京、愛知、広島、熊本、大分で上映されている。この映画を一言いえば知名度・組織力・資金力「3なし」新人の逆転劇である。4期目をめざす現役区長を187票差で破った新人候補岸本聡子さんと、彼女を草の根で支えた市民一人ひとりの成長と特に女性が奮闘していることに焦点を当てています。映画の出だしは杉並区在住の劇作家・演出家であるペヤンヌマキ監督が、アパートの1室で猫とまったりしている日常から始まる。とある日、体調を崩して訪れた近所の診療所に道路拡張計画反対を訴える署名が置いてあった。住んでいるアパートが立ち退きの危機にあることを知り、計画を止める方法を調べ始めたことをきっかけに本作の制作を開始した。
 東京都杉並区は57万人が暮らす町で市民運動は古くから盛んであり、原水爆禁止署名運動の発祥地、ゴミ処分場建設反対運動、「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書採択反対運動があったが市民が望む区長は一度も誕生してこなかった。市民たちは候補者が決まってない中で2022年1月30日「住民思いの杉並区長をつくる会」を発足させていた。このころ選対本部長の内田聖子さん(アジア太平洋資料センター共同代表)が岸本さんに区長候補の打診をしていた。区政刷新を求める市民団体の要請で立候補を表明出来たのは2022年4月。出遅れたが、杉並区がエリアの衆院東京8区で、昨年、自民党の石原伸晃元幹事長を立憲民主党の吉田晴美候補が破った野党共闘のネットワークの人たちが杉並区長選に引き継がれて行った。選挙運動は行政主導で進める道路拡幅、児童館廃止計画を住民参加で見直すように訴え、支持を広げていった。住民と対話しながら日を追うごとに公約をバージョンアップするユニークな選挙戦を展開。支持者たちは自主的に候補者PRで杉並区内の鉄道19駅に「一人街宣」も編み出した。選挙運動のやり方の違いで市民と候補者のぶつかる場面も出てくる。当選した日は選対事務所で万歳はやらず、「選挙は続くよどこまでも」をコールして勝利を祝った。 岸本候補は2003年オランダに渡り、現地のNPOで自治体の公共サービスを研究。欧州で1980年代以降に広がった水道事業民営化の問題を著書にまとめている。新自由主義政策よる地域経済の破壊、雇用悪化、公共サービスの低下などを「公共の再生化」する研究を20年続けてきた。新自由化主義に対置するものとして「ミニュシパリズム」(政治参加を選挙による間接民主主義に限定せずに、地域に根付いた自治的な民主主義や合意形成を重視するという考え方や取り組みのこと)住民自治とも呼べる新しい社会のあり方を提起している。東京都杉並区長選は2022年6月20日開票され、無所属新人で公共政策研究者の岸本聡子さん(47)を立民、共産、れいわ、社民が推薦、4選を目指した無所属現職の田中良候補(61)ら2人を破り、初当選を果たした。野党7党に支援を求めたが、維新の会、国民民主党へは主旨が違うので呼びかけなかった。東京23区では、新宿区の中山弘子元区長、足立区の近藤弥生区長に次ぐ3人目の女性区長となる。
 前田中区長は「政策を伝えられなかった。私の力不足」と敗戦の弁を述べたが、敗因は都の緊急事態宣言中の2021年夏、群馬県のゴルフ場に公用車で出張して批判されたことや、議会での居眠りなどがある。そして区内の道路拡幅計画や児童館廃止・機能移転計画では反対する区民の声を「話し合いも結構だが決めるのは区長」と切り捨てていたことだ。
 投票率は37・52%。与野党の事実上の相乗りで目立った争点がなかった前回18年(32・02%)を5ポイント以上、前々回14年(28・79%)を10ポイント近く上回った。街頭で岸本氏への支持を呼びかけた人たちは「自分も地域を変える力になれることが分かった」と口をそろえる。この区長選を支えた市民たちが2023年4月の統一地方選に多くの女性が立候補した。
 選挙結果は新人15人が当選、現職は12人落選、議席構成は男性23人、女性24人、性別非公開1人となり過半数を超え、のちに女性議長も選出された。 内田聖子さんは杉並区長選の「経験と教訓」を地方に呼ばれて講演している。なぜ勝てたのかの問いに、「奇跡の連続だった。5%の投票率を上げるだけでも当選できる。」「政治は自分事としてとらえる」、「なりたい人より出したい人」、「地方自治は民主主義の学校」、「市民は緩やかにつながり、放牧的にやる」、「展望は見えないが続けていくこと」などと民主主義に希望を見出していることを伝えている。
 岸本区長は就任後パートナーシップ条例や、小中学校の給食無償化を制定した。くじ引き抽選で道路拡幅問題や自転車利用、緑地化など市民対話集会を数多く開催している。
 課題もある。「女性は衆院議員で1割、全国の自治体の首長ではたった2%。杉並区でも主要な部長や副区長は全員男性だ」と述べ、「日本では一般に女性の地位が低く、役職に就く人の年齢も高い」と欧州との違いを訴えている。就任2年「さとこビジョン」は対話を続ける。


ロシアのウクライナ侵攻に関する階級的一考察 

                         関 孝一


 2022年2月から3年目になる現在においてもロシアの侵攻による戦火はやむ気配すらない。ロシアによる非人道的行為、正義に反する虐殺行為・戦争行為そして核行使の威嚇に対しては厳しく批判し国際的枠組みの下で記録し糺していくことは必須である。一方ではこの侵略国家ロシア及び被侵略国のウクライナおける階級的側面の分析を行うことは極めて重要な課題と考える。

 @ ロシアの支配構造と侵攻に至る経済的背景

 現在のロシア国家は旧ソ連の崩壊以降、市場経済体制に移行する中で形成された。とりわけ主要な国営企業を実質的に支配していた企業長・支配人らの旧ノーメンクラトゥーラ層(特権的党幹部)が民営化に乗じて膨大な国家資産を占有・私有化して政商的な新興財閥・寡頭資本家=オリガルヒが支配する資本主義的階級社会に転換した。典型的なオリガルヒは旧ソ連ガス工業省から形成されたガスプロムや軍と結びついた軍産複合体の巨大企業集団などであるがその背景には政府の恣意的な許認可権や優遇措置よって生まれた銀行=金融資本集団の存在がある。ロシア経済は先進資本主義国の成り立ちとはことなり体制転換による上から(政権主導)の資本主義化に特徴がある。ロシアは60〜80年代のアジアNIES(韓国・インドネシアなど)が採った「開発独裁」(経済発展のために政治的安定が必要として形式的に議会選挙制度は採用するが労働者・市民の政治参加を制限・抑圧する独裁的政治によって資本主義的大企業を育成した)と類似する「官僚的権威主義国家」の相貌を呈している。またその産業構造は軍需・宇宙産業を除いて主要な輸出は素材(原油・天然ガス他穀物含む)と素材系の加工品(鉄鋼やアルミなど)が全体の61・2%(2023年度)、輸入は機械・設備・輸送用機器で51・1%(同)が占めている。これは体制転換以降も基本的に資源を輸出し機械類を輸入するという典型的な資源国(発展途上国型)パターンを脱し切れていないことを示している。とりわけ2010年代以降の原油価格の低迷と2014年のクリミヤ危機に端を発する欧米からの経済制裁はロシア経済の成長の重圧になっており2011〜2020年の10年間の経済成長率は1・1%と停滞していた。そして同時期ロシアは国民総所得(GNI)に基づき世界を4区分する統計において、高所得国の地位を失い発展途上国の範疇に含まれる「上位中所得国」に転落した。無謀なウクライナ侵攻に踏み出した背景にはロシアの停滞した経済的実態が存在していた。

 A プーチンのユーラシア主義

 下斗米伸夫著の「プーチンの戦争の論理」(インターナショナル新書)によれば、『プーチン大統領が2021年7月に発表した「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」の論文の中で「ロシアとウクライナは、同じナロード(narod)である」と主張している。ナロードとはロシア語で「人民」を表す言葉、英語では「people」に当たるが、危機が起きてから日本のメディアではこの言葉を「民族」という訳語をあてた。この語訳の結果、今回の戦争の原因は「ロシアとウクライナは同一民族」と考える素人歴史家=独裁者プーチンの「ゆがんだ歴史観」にあるとし彼を取り除けば問題は解決するという見解を生んだとする。』そしてプーチン大統領は侵攻直前の2022年2月21日に「ボルシェビキの政策によって生じたのがソビエトのウクライナであり、現在も『レーニンのウクライナ』と呼ばれるにふさわしい。ウクライナが脱レーニン、非共産化を望むならなら、レーニンがあげたものをすべてロシアに返還すべきだ」を主旨とする演説においてウクライナの「民族自決権」を否定し本来ロシア人の範疇に属すべき存在として大ロシア主義を正当化している。大ロシア主義とはかっての帝政ロシアの領土拡張主義・植民・同化政策を正当化する帝国主義イデオロギーでありレーニンが厳しく批判していたものである。またプーチンは「ウクライナとベラルーシ、ロシアは三位一体」とする国家観を持つとともにロシアは「ヨーロッパやアジアの一部ではなく地政学的概念であるユーラシアに属する」として旧ソ連空間の再統合を目的とする「ユーラシア連合」を提唱している。

 B プーチン政権の「特別軍事作戦」下での市民運動・労働運動に対する弾圧

 ロシアにおける労働組合のナショナルセンターの一つであるロシア独立労組連盟(FNPR―組合員数1970万人-2022年現在)はプーチン与党の「統一ロシア」の強力な支持団体でありプーチン政権の「戦争目的」を支持する声明を出している。開戦直後の2022年3月4日、ロシア連邦議会はロシア軍の信頼を損なわせようとする行為を刑事罰の対象とし、軍に関する偽情報の拡散を禁じる新法を可決している。侵攻後ロシアの多くの都市で反戦デモが発生したが警察の暴力にさらされ抗議者や活動家・ジャーナリストの恣意的な逮捕が全土で報告されている。中には反戦の落書きを理由に逮捕・起訴されている例もある。最高刑15年の懲役という悪法の下で反戦を訴えるデモはほぼ姿を消すに至っている。そうした中で少数のナショナルセンターの一つであるロシア労働同盟(KTR―組合員数210万人―同)はトーンダウンした「意見違いは交渉によって解決すべき」とする実質的な戦争反対声明を出している。また同年4月にはロシアの独立系労組「クーリエ」(フードデリバリー企業の労働者を組織化)が戦争と制裁が配達労働者の仕事を少なくするだろうとする声明を発し「特別軍事作戦」(戦争)が結果として雇用労働者の危機が全面的な形で押し寄せ、配達員の労働条件も悪くする」としてストや抗議集会を呼びかけたが同労組のキリル委員長は「公共の安寧を妨げること」を罪する条項を適用され逮捕された。この逮捕に対し釈放を要求する運動がロシア国内で開始されているが、その呼びかけ文の中でも軍事侵攻のことは全く触れられていない。今のロシアでは徹底的な言論統制が行われており誰もが自由に意見が言えない状況に置かれている。軍事侵攻と労組弾圧が関係あることを暴いた独立紙「メドゥーサ」もロシア国内では禁止されている。プーチン政権の戦争に反対し、言論・結社の自由と労働組活動の自由を如何に実現するかはロシアの市民と労働者階級の喫緊で重要な課題となっている。

 C 反侵略のウクライナにおける支配構造 

 不法なロシアによる軍事侵攻を受けているウクライナでは全土で反侵略の闘い・戦争が行われている。しかしその只中においても階級矛盾は解消したわけではない。ウクライナ経済はロシアと同様に1990年代以降の市場経済への移行において国有資産の急速な民営化が行われオルガルヒ(新興財閥)が国内の総資産の多くを占有し政治・軍事・経済に強い影響力を持っている。ソ連時代は軍需・航空産業など重工業化が進んでいたが旧共産圏の崩壊により西側に比べ割高だったウクライナの工業製品は競争力を失い、その後30年にわたり産業貿易構造の転換に失敗してきた。結果IMF(国際通貨基金)とEUのからの金融支援・融資と政府の財政赤字に過度に依存するようになり債務返済のための緊縮政策で経済は疲弊していた。停滞する経済の中で政治は混乱を極め、汚職が蔓延し国際NGOの2021年度の「腐敗指数」は180ヶ国中122位である。ゼレンスキー政権になってEU加盟のため、汚職との闘いとして「反オルガルヒ法」を制定したが新たに政権に癒着するオルガルヒに入れ替わっただけとされる。

 D 反侵略の下のウクライナにおける労働運動の苦難

 ロシアによる軍事侵攻後の3月15日にウクライナ国会は「戒厳令における労使関係の組織をについて」の法律を制定した。主な内容は、T労働時間を週60時間まで延長可能とする。(以前は週40時間)U使用者は戒厳令下では、雇用契約に定められていなくても、本人の同意がなくても労働者を他の職場に移動させることができる。V使用者は戦闘行為その他によって支払いが不可能な場合、労働者に賃金を払うことを停止できる。W使用者は休暇を拒否できる。X使用者は、労使協定の効力を停止することが出来る等である。ナショナルセンターのウクライナ労働連盟(FPU―270万人―22年12月現在)とウクライナ自由労働組合総連合(KVPU―16万人―同)はこの規制法をウクライナの勝利のために支持している。しかし侵攻以前から問題となっていた労働時間の延長と賃金の未払いの合法化がなされ、労働協約を使用者が一方的に「効力を停止できる」とし使用者側の権利を大きく拡大していることにFPU傘下のウクライナ郵便労組ポロシコ副委員長は「労働者の社会的条件の切り下げが戦争という条件の中で労働法を修正することによって簡単に行われている」と述べている。ゼレンスキーの与党「人民の奉仕者」はさらに1日12時間労働、正当な理由なく労働者を解雇することを経営者に認める労働法の改悪を進める予定をしているとされる。労働組合側は抵抗を強めているが、戒厳令の下、ストはもちろん抗議集会も開催出来ない条件のもと違憲として憲法裁判所やILOに提訴している。(参考資料 同前メルマガbU68・713)またウクライナの22年のGDPはマイナス28・8%、23年はプラス5・3%、消費者物価指数(CPI)22年2・6% 23年7・1%とされるが生活は極めて厳しくなっている。24年は国家予算の半分以上の軍事費となっていることと欧米の資金提供・融資が滞っているため1200万人の公務員給与と年金給付の支払いが遅れる可能性が出ている。露宇両国内においては「諸国民を離反させている階級矛盾は、戦時においても、戦争のうえでも、また軍事にかんしても存在しつづけるし、姿をあらわすであろうということである」(「社会主義インタナショナルの現状と任務」レーニン国民文庫13P)
 
 E マルクス主義における民族自決権について


 レーニンは「民族自決は、完全な民族解放のための、完全な独立のための、そして領土併合に反対の闘争と同じものである。そして社会主義者は、社会主義者たることをやめないかぎりは、蜂起または戦争にいたるまでのあらゆる形態のこのような闘争を拒否することはできない」(「マルクス主義の漫画および『帝国主義的経済主義』について」国民文庫61P)としておりロシアに対するウクライナの反侵略の闘いは民族自決権の問題であることは明らかである。そしてまた「あらゆる民族運動のはじめに、当然のこととしてこの運動の領導者(指導者)として登場するブルジョアジーはあらゆる民族的志向を支持することを実際的だと言っている。だが民族問題におけるプロレタリアートの政策は…一定の方向でブルジョアジーを支持するだけであり、けっしてブルジョアジーの政策と一致するのではない。労働者階級がブルジョアジーを支持するのは、単に民族の平和…を確保するために、平等の権利を確保するために、階級闘争のもっともよい環境をつくりだすためにだけである」(「民族自決権について」国民文庫93P)

(つづく)


さようなら原発全国集会

 3月20日、代々木公園で「さようなら原発全国集会」が開催され、6000人が集まった。落合恵子さん、澤地久枝さん、全港湾や全日建等の青年層を中心に作られた「フクシマ連帯キャラバン」、「これ以上海を汚すな市民会議」、「志賀原発を廃炉に!訴訟原告団」、「女川原発の再稼働を許さないみやぎアクション」、阿部功志東海村村議、鎌田慧さんが発言。
 集会後は渋谷コースと原宿コースに分かれデモ。


せんりゅう

     党紀処分…アベノミクスの結び

          不都合はみんなで忘れる仲良し
 
     ウソ吐けば誉められもする倫理観
 
         ネコひねりに負けぬ裏金ひねり

     超高層りっぱ賃上げちょびっと
    
         留保金ごってり給料ちょっぴり

     英伊へと九条輸出するがよい
    
         光と影きみはどこに
  
                   ゝ  史
  2024年4月


複眼単眼

        
安倍晋三と岸田文雄

  2020年の自民党総裁選で菅義偉に敗れた岸田文雄は、翌年の菅の不出馬の下で再度総裁選に立候補し、河野太郎、高市早苗、野田聖子らと争った。総裁選では河野は麻生派であり、高市を安倍個人が推すという噂もあったが河野との決戦投票になった。党内第4派閥(宏池会)の領袖にすぎない岸田が総裁選で勝つためには、党内最大派閥の安倍晋三派(清話会)の支持が不可欠だった。
 岸田は自らの権力欲の実現のために宏池会の伝統的イデオロギーの「リベラル派」の立場を捨て、任期中の改憲を公約して清話会の改憲派の立場に同調することを担保にし、安倍派の支持を獲得し、最高権力者の総理・総裁になった。
 もともと安倍は「美しい国日本を作る」ことを政治目標とし、「戦後レジーム(体制)」からの脱却をめざして、現行憲法を頂点とした行政システムや教育、経済、安全保障などの枠組みを古くなったものとして、それらを全面的に見直すことを目指した政治家だ。この意味で安倍は祖父の岸信介を尊敬する公言する通り、自民党内で極右改憲派の政治家としての立場を一貫させていた。
 しかし岸田はそうではなかった。首相になって何がやりたいかではなく、「首相になる」のが岸田の目標だったと言ってよい。だから岸田の政治主張はその政治生活の過程で大きく変化した。岸田は所属する宏池会の主張に沿ってしばしば「改憲不必要論」を明言した。宏池会はその前会長の古賀誠のように「憲法9条は世界遺産だ」「自民党を愛し、安倍首相を尊敬するが、それでも9条の改正だけは許さない」などと公言することを辞さなかった。
 たとえば岸田は2017年9月5日、自民党政調会長時代にも「憲法改正は党内で慎重に議論することが必要で、戦争の放棄や戦力の不保持を定めた第9条の改正は不要との考えは変わっていない」などとのべ、安倍との立場の違いを主張している。
 しかし、岸田はこの政調会長時代にも、外相時代にも、安倍からの政権禅譲をねらって、事を荒立てないように配慮してきた日和見的な政治の節もしばしば見えたのがその個性だった。
 そして岸田は二度目の総裁選に立候補した2021年9月17日の記者会見で、「(自民党の改憲案の)4項目の実現を(3年の)総裁任期中にめどはつけたい」と踏み込んで表明した。これは政権を放り出す前の安倍の口癖とうりふたつで、安倍もその後の安倍派総会で、岸田が改憲実現に踏み出すのなら、全面支援する考えをアピールした。
 岸田も自らの政権を維持するため、さらに選挙中に銃撃され死亡した安倍が強い意欲を示していた改憲について「思いを受け継ぎ、果たせなかった難題に取り組んでいく」と実現を目指す考えを強調した。敵基地攻撃能力の保有を含む軍事力の強化についても「国民の命を守るため何が必要か議論する」とし、改めて前向きな姿勢を示した。
 私たちはいま自らの権力欲のためにはこのような政治的変節をいとも簡単にやり遂げる首相を持っていることを確認しておかなくてはならない。  (T)


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