人民新報 ・ 第1437号<統合530号(2024年9月15日)
目次
● STOP! 安倍・菅・岸田路線の継承・延命
野党と市民の共闘で、自民党支配に大打撃を!
● 健康保険証廃止反対!
デジタル管理社会はいやだ
● 歴史認識の問題 (戦争の終わった日)
日本の敗戦・降伏の日=9月2日
● 関東大震災時の大虐殺から101年
関東大震災中国人虐殺を考える集い
● 朝鮮人虐殺犠牲者遺族の声を聴く
● 政府・中央防災会議専門調査会報告にも関東大震災時朝鮮人中国人などの虐殺の記述はある
● 日弁連シンポジウム 「日本学術会議危機を問う」
● 今月のコラム
ほな、看護師さんをしながら 政治家になれるんやな!
朴沙羅(ぱく・さら)著 「ヘルシンキ 生活の練習」「―はつづく」を読む
● せんりゅう
● 複眼単眼 / 戦争はありふれた日常の中で準備される
STOP! 安倍・菅・岸田路線の継承・延命
野党と市民の共闘で、自民党支配に大打撃を!
自民・表紙の付替えに必死
9月12日、自民党総裁選が告示され、27日に投開票される。
立候補者には、高市早苗経済安全保障担当相、小林鷹之前経済安全保障担当相、林芳正官房長官、小泉進次郎元環境相、上川陽子外相、加藤勝信元官房長官、河野太郎デジタル相、石破茂元幹事長、茂木敏充幹事長が立候補を届け出た。9人の乱立状況だが、その基本政策では、改憲、日米安保強化、軍備増強などこれまでの「戦争する国づくり」の路線には変りはない。しかその一方で、軍拡増税はしない、富裕層への課税、政策活動費の廃止、選択的夫婦別姓、健康保険証の廃止時期の延期、学校給食無償化などと主張しているが、その多くはこれまで野党が要求しながらも、自民党が拒否してきたものだ。これは自民党政治の失敗を認めるものなのだが、こうした政策をうちださざるを得ないところにポスト岸田自民党の置かれている立場の苦しさ・厳しさがある。
まして自民党に宿痾のように根付いている自民党とカネ・裏金問題はいっこうに改善の方向は出せずにいる。また依然として統一教会問題には蓋をしたままだ。
二つの内閣の行き詰まり
菅義偉が2021年9月に自民党の総裁選に立候補しないと述べたのにつづいて、この8月には岸田も総裁選に立候補しないと表明した。いずれも支持率の低迷が理由で、二つの内閣は自らの悪政の結果での世論の批判の高まりの前にどうにもやっていけなくなり崩壊することになったのである。この意味は大きい。菅や岸田の個人的資質のだめさ加減は言うまでも無いが、つづけての二つの内閣が行き詰まったということは、長きにわたる自民党政治の制度疲労の表れであり、だれが後継総裁・総理になろうとこの趨勢は変わらないだろう。
総裁選出馬辞退の記者会見で岸田は、「自民党が変わることを国民の前にしっかりと示すことが必要だ。変わることを示す最も分かりやすい最初の一歩は私が身を引くことだ」と述べたが、岸田が身をひいて、自民党の表紙がどう変わろうとも自民党の本質は変わらない。自民党内右派勢力は安倍亡き後中心人物を失いながら反動的な動きを見せていているのであり、自民党は中道右派政党などではなく、純然たる右派政党であることは明らかだ。
かつて、小泉純一郎は「自民党をぶっ壊す」などのデマで、自民党支持率の回復を実現したが、何度もこうした手法は通じない。
自民党による日本社会衰退
日本の国力は衰微しつづけている。世界のGDPの日本割合は急速に低下している。そして日本の債務は対GDP比世界のワースト1位である。なにより深刻なのは、少子化による人口減少で、岸田内閣もその目玉政策に少子化対策をあげた。「『こども未来戦略』〜次元の異なる少子化対策の実現に向けて〜」は「少子化は、我が国が直面する、最大の危機である」として、「急速な少子化・人口減少に歯止めをかけなければ、我が国の経済・社会システムを維持することは難しく、世界第3位の経済大国という、我が国の立ち位置にも大きな影響を及ぼす。人口減少が続けば、労働生産性が上昇しても、国全体の経済規模の拡大は難しくなるからである。今後、インド、インドネシア、ブラジルといった国の経済発展が続き、これらの国に追い抜かれ続ければ、我が国は国際社会における存在感を失うおそれがある」「若年人口が急激に減少する2030年代に入るまでが、こうした状況を反転させることができるかどうかの重要な分岐点であり、2030年までに少子化トレンドを反転できなければ、我が国は、こうした人口減少を食い止められなくなり、持続的な経済成長の達成も困難となる。2030年までがラストチャンスであり、我が国の持てる力を総動員し、少子化対策と経済成長実現に不退転の決意で取り組まなければならない」とする。
だがこうしたことになった最大の理由は、日本経済の根幹にある大企業が短期的な利益の増大に走っているからだ。厚生労働省発表の3月の毎月勤労統計調査によると、実質賃金は前年同月比2・5%減(24カ月連続減少)だ。一方、三月期決算で上場企業の営業利益は20・9%増の36・7兆円、純利益は14・3%増の33・5兆円となった(3年連続で過去最高)。
自民党総裁選の候補者は、野党政策の多くを剽窃をしているが、雇用・労働政策では自民党らしさ満開である。資本の立場に立つ階級政党という自民党らしさだ。たとえば小泉進次郎は「解雇規制の見直しなど労働市場改革加速」、解雇の金銭解決、労働時間の規制緩和などが、日本経済再興の基盤だという。低賃金・長時間労働による社会的格差の増大・貧困化の状況での資本のいうままの解雇の自由ではいっそうの賃金・労働条件の低下は必至である。
解散・総選挙と野党の動き
報道によると10月1日には、岸田の後継を選出する臨時国会が召集され、自民党総裁選で選ばれた新総裁が新首相に指名され、新内閣が発足することになる。新内閣のボロが出て支持率低下することのないうちに早期解散をして自民党政権の延命をはかるもくろみだ。 最も早ければ10月15日公示、27日投開票となる可能性が高いとされる。いずれにせよ、総選挙の時がせまっているということである。
野党共闘の一層の強化を
自民党政治の延命を阻止し、日本政治の変革をもたらすことは、立憲野党と市民の共闘、総がかりの民衆運動の前進にかかっている。
立憲民主党の代表選は9月7日告示・23日投開票となる。代表選に立候補したのは、野田佳彦元首相、枝野幸男前代表、泉健太代表、吉田晴美衆院議員の4人だ。8日に開かれた討論会では、それぞれ、日米安保を前提とした外交政策を主張しているが、そのうちでも枝野候補は、日米地位協定は明らかに治外法権であり、核兵器禁止条約の締約国会議にオブザーバー参加すべきだと述べた。また吉田候補は経済を基軸とする外交を進めることが安全保障のカギになると述べた。
討論会後の記者会見で、解雇規制の見直しについては、4候補ともに批判する発言を行っている。
自民党と対決すための野党協力では、4人のあいだにはかなりの相違があるにしても、今後、だれが党代表になっても、さまざまな段階で柔軟な形での立憲野党を軸にした野党協力、野党と市民の共闘が追求されていかなければならない。
自民党の支持率低下とともに、注目しなければならないのは、日本維新の会の凋落ぶりである。自民党と変わらない政策・体質、所属議員の相次ぐスキャンダルやデタラメな大阪カジノ万博への批判の高まり、そして大阪・箕面市長選での大敗、斉藤兵庫県知事問題などがその要因だ。馬場伸幸代表は、先頃まで政治改革や憲法問題の立憲民主党の対応を批判し「立憲民主党をたたきつぶす」などと豪語していたころとは打って変わった窮地にある。
自民党と第二自民党たる維新の会の支持率の低下にはこれまでの日本政治の行き詰まりがあることはあきらかで、現在の政治状況のもうひとつの特徴である。。
ペテン的表紙の付け替え新内閣との闘いをつよめ、解散・総選挙への備えを、はばひろい協力で実現し、自民党政治に大きな打撃をあたえなくてはならない。
健康保険証廃止反対!
デジタル管理社会はいやだ
政府は、12月2日以降、新規に健康保険証の発行を停止するとしている。だが、マイナンバーカードとひも付けた「マイナ保険証」の利用率は7月時点で11・13%と低迷している。武見敬三厚労相は「マイナ保険証は、わが国の医療の進歩には不可欠な重要なパスポート」「アナログ的手法からデジタルに変わることが今、日本の社会全体に求められている」と呼びかけているが、現行健康保険証廃止への根強い批判はおさまらず、自民党総裁選(9月27日投開票)でも争点の一つに浮上していて、閣内不一致の様相を呈している。
マイナカード制度は、デジタル監視社会をめざすものだ。政府はマイナンバーカードを、健康保険証をはじめ運転免許証、在留カード、社員証・学生証、自治体の図書館カードや印鑑登録証など様々なカードや身分証明書などと一体化する「ワンカード」化を推進しようとしている。全住民がマイナンバーカードを所持することになるとカードを発行管理する地方公共団体情報システム機構(J―LIS)に全住民の顔写真デーそして、紐付けられた個人情報は芋づる式に漏洩することになる可能性が高い。タが集中することになる。しかし、マイナンバーカードの所持は義務ではない。
デジタル管理社会の到来をけっして許してはならない。
8月31日、渋谷勤労福祉会館で、共通番号いらないネット主催で集会「どうなる保険証 どうする私たち」が開かれた。
共通番号いらないネットの原田富弘さんは次のような報告をおこなった。マイナカード保有数は約9300万人で普及率約74・5%(2024・7・31時点)、マイナ保険証の登録数は約7371万枚で登録率は79・4%(登録数・保有数)(6・30時点)で、どちらもマイナポイント終了後は横ばいだ。
6割の人がマイナ保険証登録済となっているが、オンライン資格確認等システム利用に占めるマイナ保険証利用率は、3月は5・47%、4月は6・56%、5月は7・72%、6月は9・90%、7月は11・13% となっている。
厚労省は、「マイナ保険証利用促進集中取組月間」(5〜7月)で、医療機関、薬局、保険者、事業者に利用率向上を狙って、紙の健康保険証では薬を出さない、医療機関で受診に差別、執拗に登録を迫るなどしようとしたが、メディアで批判受け、厚労省は「保険医療機関等において、被保険者証による確認を拒否し電子資格確認を強制するようなことは、適切ではない」ということになった。
東京新聞「読者アンケートマイナ保険証なぜ使わない?不人気の理由を聞いてみた 『便利』の声もあるけれど…〈あなた発アンケート〉」(6月23日)では、「情報漏洩が不安なため」「従来の健康保険証が使いやすいため」「メリットを感じないため」「マイナンバーカードを持っていないため」「病歴や薬歴を明かしたくないため」「登録の仕方がわからないため」などが利用しない理由としてあがっている。
健康保険証の存続等を求める意見書を可決した地方議会も、8月6日現在、合計184議会(県議会2、政令市議会3、区議会1、市議会70、町議会77、村議会31)にのぼり、意見書も191件出されている。
この間の反対運動で、マイナ健康保険証利用促進集中取組月間を終えても利用率を11・13%にとどまっている。保険証廃止の省令改正パブコメ(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う厚生労働省関係省令の整備に関する省令案に関する意見募集)には5万件超の反対意見が提出されており、省令改正が遅延している。
これから、マイナンバーカードを持っていない人やマイナ保険証登録していない人に、健康保険証を使い続けよう、マイナ保険証を作らない、またマイナ保険証登録をしている人には、登録解除申請し「資格確認書」を使おうと話していこう
地方自治体の役割は重要で、政府に対し健康保険証利用の存続・延長を求める自治体議会からの意見書、首長の意見表明などをださせよう。自治体には住民に対して、マイナ保険証を利用せずに保険診療を受けられることを周知するように要求しよう。健康保険事業の運営主体である全国健康保険協会と健康保険組合保険者に対しては、マイナ保険証に誘導せず、資格確認書やマイナ保険証登録解除も周知するようにさせよう。そして厚労省、デジタル庁に対してはヒアリングなどで世論の圧力をかけていくことが求められる。
集会では、「保険証廃止に対する私たちの取り組み」が確認され、次の行動が提起された。@全国で街頭宣伝を!A地方自治体から保険証存続の声を!B厚労省・総務省に対する追及C他団体(マイナンバー制度反対連絡会、全国保険医団体連合会、共謀罪NO!実行委、総がかり行動など)との共闘D統一ビラの作成E立憲民主党代表・自民党党首選立候補者への公開質問。
健康保険証廃止を阻止しよう。デジタル管理社会の到来を許してはならない。
歴史認識の問題 (戦争の終わった日)
日本の敗戦・降伏の日=9月2日
第二次世界大戦が終わったのは、1945年の8月15日ではなく、9月2日である。
日本では、昭和天皇の終戦の詔勅が放送された8月15日が「終戦の日」として定着しているが、東京湾上のアメリカ軍艦ミズーリ号上で日本が降伏文書に調印した9月2日が、日中・アジア・太平洋戦争終結の日付である。韓国・北朝鮮では8月15日を植民地支配から解放された日として祝っているが、世界的・国際的には9月2日が戦争の終わった日とされている。なお、中国は9月3日を「中国人民抗日戦争勝利記念日」としている。
「終戦」ではなく大日本帝国の敗北・「降伏」と言うことを右翼は認めようとしないが、それは戦前・戦中と戦後と連続してみようとする意図からである。
9・2東京湾ミズーリ艦上
1945年9月2日、日本は連合国に投降する「降伏文書」に調印した。降伏文書の内容には、日本の無条件降伏及びポツダム宣言に含まれる各条約の確実な実行、無条件で侵略且つ占領した台湾・澎湖列島等を含むすべての中国領土を中国に返還することなどが規定されている。同日、連合国最高司令官指令(SCAPIN)の「一般命令第一号」がだされ、各地域の日本軍の降伏先司令官が指定された。「日本本土、沖縄、北緯38度線以南の朝鮮、フィリピン→米国太平洋陸軍部隊最高司令官」「日本国委任統治諸島、小笠原その他太平洋の諸島→米国太平洋艦隊最高司令官」「満州、北緯38度線以北の朝鮮、南樺太、千島列島→ソ連極東軍最高司令官」「中国、台湾、北緯16度以北のフランス領インドシナ→蒋介石」「ボルネオ、英領ニューギニア、ビスマルク諸島、ソロモン諸島→オーストラリア陸軍最高司令官」「上記以外の地域→東南アジア軍司令部最高司令官」。
中国戦区での降伏式
そして9月9日には、在中国の日本軍が中国に投降する降伏文書に署名した。9月9日9時、中華民国南京市中央陸軍軍官学校の大講堂で、日本国政府及び大本営の代表である大日本帝国陸軍支那派遣軍総司令岡村寧次大将が「投降書」に署名し、中国戦区最高司令官蒋介石の特別代表である中国戦区中国陸軍総司令何応欽に無条件降伏を申し入れた。
降伏文書には次の規定が含まれている。@日本帝国政府及び日本帝国大本営は既に連合国軍最高司令官に対し無条件降伏したA連合国軍最高司令官第一号令の規定に従い、「中華民国(東北三省を除く)台湾及びベトナム領内北緯十六度より北の区域内に所在する全日本陸海空軍及び補給部隊は蒋介石委員長に降伏する」B吾等の前記の全区域内に所在する全日本陸海空軍及び補給部隊の指揮官等は、各自の部隊を率いて蒋介石委員長に無条件で降伏する意をここに示す。…
なお中国戦区では、10月25日に台北公会堂で行われた台湾受降区での式典など16の戦区受降区でそれぞれ降伏署名式が行われたのだった。
9月2日の東京湾上での降伏式とともに、その後の各戦区で降伏情況がどうだったのか。何が約束されたのかを見ることが重要だ。例えば、朝鮮の南北分断の兆し(38度線)はすでにここに現れている。戦後の出発点を明確にし、そこで何が決まったかをもう一度確認して、今日の情況を見ることがなされなければならない。
関東大震災時の大虐殺から101年
関東大震災中国人虐殺を考える集い 「虐殺被害者名簿の存在の意義」
2023年9月1日の関東大震災は10万人を超える死者という大災害であった。恐ろしい自然災害は今日の日本でも繰り返されているが、このときには、悪質なデマに扇動されて、朝鮮人、中国人、朝鮮人・中国人と疑われた日本人、そして日本の共産主義者・無政府主義者・労働運動活動家多数が虐殺された。その背景には、日本帝国主義の残酷な植民地支配があり、それへの反抗をおそれる支配層の組織的な関与があったことが明らかになってきている。
9月1日には、両国・都立横網町公園での「関東大震災101周年朝鮮人犠牲者追悼式典」をはじめ各地で集会が行われた。
江東区総合区民センターでは、「関東大震災101年中国人受難者追悼式」がおこなわれた。黙祷、献花につづいて遺族あいさつがおこなわれた。また中国大使館あいさつ、国会議員メッセージ紹介、地元区議からの発言があった。
被害者名簿の存在の意義
ひきつづいての「関東大震災中国人虐殺を考える集い」のパネル討論「日本政府の虐殺責任を追及する意味」では、中国人被害者遺族の発言があり、専修大学兼任講師の小笠原強さんが「『被害者名簿』の存在についての説明とその存在意義について」と題して講演。事件の全体像を浮かび上がらせるために重要な史料と考えているのが「被害者名簿」だ。先行研究により名簿の存在は周知され、部分的な利用がなされることはあったものの、未だ詳細な分析はなされていない。数年前より名簿分析に着手するもなかなか進展していない。被害者(死者・受傷者・行方不明者)の個人情報が掲載されている「被害者名簿」は、日本外務省外交史料館(東京)と中央研究院近代史研究所档案館(台北)に所蔵されている。
外務省外交史料館・外務省記録は、1923年12月7日、中華民国駐日公使館より日本外務省へ「被害者名簿」として提出されたもので、複数の調査報告を駐日公使館が集約する形でまとめられたものと推測できる。それには500人の姓名が記載され、死亡者数387人、受傷者数69人、生死不明者44人とある。名簿の項目は「姓名」、「籍貫」(本籍)、「職業」、「災前住所」(災害前の住所)、「被害時間」(被害に遭った日時)、「被害地方」(被害に遭った場所)、「加害者」、「被害情形」(身体的被害)の8項目だ。被害者の多くが浙江省温州周辺出身者で他に山東省、福建省とある。生死不明者の中には関東大震災の直後、江東区大島で日本陸軍により殺害された吉林省出身の王希天の名前もあった。「被害時間」は9月1〜4日で特に9月3日に集中している。同日には大島町事件が発生している。
また台北の中央研究院近代史研究所档案館にある「日本震災惨殺華僑案」は、関東大震災下で発生した中国人殺傷事件について、中華民国北京政府外交部が記録した8冊に亘る外交文書で、24の被害者名簿がふくまれている。名簿の項目は被害者の「姓名」、「年齢」、「籍貫」、「職業」、「災前住所」、「被害時間」、「被害地方」、「加害者」、「被害情形」(身体・金銭的被害)、「備考」(証言者・目撃者)で、さらに被害者について報告した人物、組織名など、各人の被害に関する情報源が記載された「備考」欄がある。「惨殺華僑案」所収の名簿に見られる死者数は289〜551人だが名簿により、それぞれの人数に違いあり。多くの人々が被害に遭ったことがわかり、事件の過酷さが確認できる内容となっている。
被害者名簿は、いつ、どこで、どれくらいの人がどのような被害に遭ったのか。加害者はどのような人で、その被害者の事件を誰が証言・報告しているのかといった情報を提示し、具体的な被害者数を明らかにすると同時に、事件の様相を端的に示してくれる史料だ。一方で、複数の名簿において記載された内容に差異や重複があり、名簿の大半は複数人によって作成されたもので、各名簿間でのデータやその様式は統一されていない。分析の確実性を高めるためにも、克服すべき問題はある。
名簿から算出される人数に注目が集まることは理解できるが、人数の多寡のみが問題なのではない。このように被害者名簿や史料が存在していることは、いかに否定しようと相手が何を言おうと事件があったことの証拠であることに変わりはない。名簿から震災下での事件のことを考え、被害者一人ひとりに思いを寄せることが大切だ。事件の証拠として史料の存在をアピールする必要がある。
再び戦争準備と国民動員
九州から参加の木野村間一郎さんは「大分から見えてくる関東大震災から101 年目の『戦争準備と国民動員』」と題して報告。
関東大震災での虐殺被害者追悼活動は、韓国・中国の遺族を中心に、国際的な連帯をひろげ、日本でも運動の大衆的拡大、そして国会での追及がおこなわれた。国会で明らかになったことは、各公文書の存在であり、各資料の発掘がつづいている。「政府内に記録が見当たらない」というのは日本政府の無責任を露呈しているだけであり、責任を免れることはできない。今の日本政府や与党が侵略戦争と虐殺の歴史と現実にどう対応しようとしているのか。例えば石破茂は「関東大震災から学ぶことは、緊急事態の対処、国を守る、抑止力の強化」等と言い、自然災害と戦争の意図的すり替えをおこない、緊急事態対処すなわち臨戦態勢構築をねらっている。関東大震災時の虐殺は侵略戦争・総力戦体制構築、民族排外主義、国内弾圧と一体のものだった。いま大々的な反中国キャンペーンのなかで)沖縄ー九州―全国に広がる戦争基地化が進んでいる。大分でも戦争基地化と住民監視、敷戸の敵基地攻撃用長距離ミサイル保管の弾薬庫建設、湯布院第2特科団強化がある。大分空港、大分港の軍事利用、日出生台日米軍事演習、自衛隊施設の強靱化(継戦能力、司令部地下化、高高度電磁パルス攻撃・攻撃対処)がある。迷彩服、迷彩車両の常態化、自衛隊行事・広報などが強行されている。
こうした中で、戦争と排外主義動員に対決する民衆運動の責任として関東大震災時の虐殺問題を取り上げる意味は、「100年前の話」ではない現実性がある。
朝鮮人虐殺犠牲者遺族の声を聴く
関東大震災朝鮮人ジェノサイド100年となった昨年、その国家責任を問う国会質問が通常国会および臨時国会において繰り返しなされたが、日本政府は、証拠書類を掲げて国家責任を追及する野党国会議員の質問に対して、「政府としては事実を確認できない」との答弁で一貫した。
あの大虐殺によって愛する家族を失ったことを知った後も、どこにも訴える道が開かれず、悲しみと怒りの中で日本国家の責任を追及する道を模索してきた遺族に寄り添い、その声を聴き、その地平から共に国家責任を追及していくことが、民衆責任のあり方だろう。
9月2日、日比谷コンベンションホールで「関東大震災朝鮮人虐殺犠牲者遺族の声を聴く集い」が開かれた。集会では、関東大震災時にデマや流言にあおられた住民らが朝鮮人たちを虐殺した事件をテーマにドキュメンタリー映画を制作している在日朝鮮人2世の呉充功(オ・チュンゴン)さん、虐殺犠牲者の゙権承(チョ・グォンスン)さんの孫の゙光煥(チョ・グァファン)さん(韓国慶尚南道居昌郡在住)、虐殺目撃者の家族の尹峰雪(ユン・ボンソル)さん(千葉県在住)からの発言があった。韓国在住のご遺族からのメッセージが代読され、集会呼びかけ人の前田朗さん(東京造形大学名誉教授)、西崎雅夫さん(一般社団法人「ほうせんか」理事)、山本すみ子さん(関東大震災時朝鮮人虐殺の事実を知り追悼神奈川実行委員会代表)、江藤善章さん(埼玉・コリア21代表)からのコメントが行われた。
韓国からは、市民の会「独立」代表の朴徳鎮(パク・トクチン)さん、在日華僑で関東大震災中国人受難者を追悼する会共同代表の林伯耀(りんはくよう)さんが連帯のあいさつをおこなった。
つづいて呉充功監督の『隠された爪跡』と新作プレビュー『名前のない墓碑ーー関東大震災ジェノサイドの歴史否定』が上映された。
政府・中央防災会議専門調査会報告にも関東大震災時朝鮮人中国人などの虐殺の記述はある
2009年の政府中央防災会議の「災害教訓の継承に関する専門調査会」は関東大震災時の虐殺事件について報告している。中央防災会議は、「内閣の重要政策に関する会議の一つとして、内閣総理大臣をはじめとする全閣僚、指定公共機関の代表者及び学識経験者により構成されており、防災基本計画の作成や、防災に関する重要事項の審議等を行っています」(内閣府)とされるものだ。
その専門調査会報告の「1923 関東大震災【第2編】」「第4章 混乱による被害の拡大」「第2節 殺傷事件の発生」は、「関東大震災時には、官憲、被災者や周辺住民による殺傷行為が多数発生した。武器を持った多数者が非武装の少数者に暴行を加えたあげくに殺害するという虐殺という表現が妥当する例が多かった。殺傷の対象となったのは、朝鮮人が最も多かったが、中国人、内地人も少なからず被害にあった。加害者の形態は官憲によるものから官憲が保護している被害者を官憲の抵抗を排除して民間人が殺害したものまで多様である。また、横浜を中心に武器を携え、あるいは武力行使の威嚇を伴う略奪も行われた。殺傷事件による犠牲者の正確な数は掴めないが、震災による死者数の1〜数パーセントにあたり、人的損失の原因として軽視できない。また、殺傷事件を中心とする混乱が救護活動を妨げた、あるいは救護にあてることができたはずの資源を空費させた影響も大きかった。自然災害がこれほどの規模で人為的な殺傷行為を誘発した例は日本の災害史上、他に確認できず、大規模災害時に発生した最悪の事態として、今後の防災活動においても念頭に置く必要がある」としている。報告は、震災での死者・行方不明者は約10万5000人としているが、「殺傷事件による犠牲者」が「1〜数パーセント」では、数千人という規模となる。
なおこの報告の「おわりに―関東大震災の応急対応における教訓」は「6 流言が殺傷事件を招くとともに、救護にあてるべき資源と時間を空費させた。a、軍隊や警察、新聞も一時は流言の伝達に寄与し、混乱を増幅した。軍、官は事態の把握後に流言取締りに転じた。b、火災による爆発や火災の延焼、飛び火、井戸水や池水の濁りなど震災の一部を、爆弾投擲、放火、投毒などのテロ行為によるものと誤認したことが流言の一原因。c、軍や警察による武器使用はもちろん、不安をやわらげるつもりの武力誇示や保護のための連行も流言を裏書するように誤解された場合がある。空き巣や略奪といった犯罪の抑止のためには軍隊、警察、民間の警備は有効ではあったが、流言と結びついたため、かえって人命の損失を招いた。過去の反省と民族差別の解消の努力が必要なのは改めて確認しておく。その上で、流言の発生、そして自然災害とテロの混同が現在も生じ得る事態であることを認識する必要がある。不意の爆発や異臭など災害時に起こり得ることの正確な理解に努め、また、テロの現場で犯人を捕捉することの困難や個人的報復の禁止といった常識を大切にして冷静な犯罪抑止活動に努めるべきである」としている。
日弁連シンポジウム 「日本学術会議危機を問う」
2020年、当時の菅義偉首相は、日本学術会議が推薦した候補者105人のうち、理由を示さずに6人を任命しなかった。日本学術会議が推薦した候補を政府が任命しなかったのは初めてのことだ。6人は、岡田正則さん(早稲田大学教授)、小澤隆一さん(東京慈恵会医科大学教授)、加藤陽子さん(東京大学教授)、松宮孝明さん(立命館大学教授)、芦名定道さん(京都大学教授)、宇野重規さん(東京大学教授)で、いずれも安保関連法・特定秘密保護法・共謀罪法などに批判的な学者たちであり、政治的な意図での排除であることは明白だった。
会員任命拒否からの4年の間に、政府は、学術会議への介入を一段と強め、いま「国とは別の法人格を有する組織になることが望ましい」とした法人化を強行しようとしている。これに対して学術会議の歴代の会長は「学術会議のあり方を法人化の見通しのなかに置くのであれば、日本学術会議の社会的役割が損なわれ、変質をもたらす危惧が極めて大きい」「政府主導の見直しを改め、日本学術会議の独立性および自主性を尊重し、擁護することを要望する」と批判する共同の声明(6月10日)を出している。
日弁連は6月19日に、「当連合会は、政府に対し、学術会議の独立性・自律性を侵害するおそれのある大臣決定に反対しその撤回を求めるとともに、2020年10月の学術会議会員候補者6名の任命拒否問題の是正を含めて、学術会議との関係を正常化し、改めて学術会議の独立性と自律性を尊重し、相互の信頼関係を構築することを求める」という日弁連渕上玲子会長声明を出した。
8月28日、日本弁護士連合会の主催でシンポジウム「日本学術会議の危機を問う」が開かれた。
はじめにこれまでの日弁連の学術会議問題への取り組みの報告、続いて、隠岐さや香・東京大学大学院教育学研究科・教育学部教授が、「科学史研究者から見た学術会議のこれからの在り方」と題して発言―戦中の「国策のための学術」が強調され、自由な研究と発言が圧殺され、戦争協力を強いられた。こんなことを繰り返してはならない。
小森田秋夫・東京大学名誉教授は「任命拒否から法人化論へ―何が問題か?」と題して報告―任命拒否につづく「組織の独立性」を口実にした法人化の動きは政府の人事介入の第二段階だ。経済安全保障の名による科学と軍事が一体化になることを許してはならない。
パネルディスカッションでは、会場に参加した4名とビデオメッセージ2名の「任命拒否」対象者全員から発言があった。
今月のコラム
ほな、看護師さんをしながら 政治家になれるんやな!
朴沙羅(ぱく・さら)著 「ヘルシンキ 生活の練習」「―はつづく」を読む
書店の新刊コーナーで「ヘルシンキ 生活の練習はつづく」(筑摩書房)が目に留まり即買い求めた。前著「ヘルシンキ 生活の練習」が文庫化されていたのでこれも買った。単行本で読んでいたのだが、感銘を受け学校勤めの息子夫婦に薦めて渡したので読み直したいと思って。著者は父が韓国人、母が日本人、日本で育ち日本国籍をもち日本人と結婚した。2020年から就学前の子ども二人を育てながらフィンランドのヘルシンキ大学で講師を務める、お連れ合いは日本で仕事をしていて長期休暇には相互に日本とフィンランドを行ったり来たりしている。
なぜ海外で仕事したいと思ったのか…「日本でも韓国でもない国に住みたい−略−歴史も現状も何も踏まえず、日本人から『朝鮮人は朝鮮へ帰れ』と言われるのに比べたら、地球の反対側で『イエローモンキーはファーイーストでバナナでも食ってろ』と言われるほうがましだ」。上の子は配偶者の姓を継ぎ下の子は著者の姓を継いでいる。子供の将来が不安だ。「ていうか、だから、なんで私がこんなことに悩まなあかんねん。いつまで、このネタを引っ張らせる気や、日本社会は」著者と子どもの京都弁が楽しい、時にそれがこのような悲鳴になることもあるのだが。タイトルはフィンランドでは外国人の地方参政権があり、地方議員になら立候補できる、但し地方議員には報酬がないので、ほかの仕事を続けながらパートタイムで議員をしなければならない、という母親の説明を受けて上の女の子が嬉しそうに発した言葉。
保育園に通うのは子供の権利
自然環境も歴史も日本と全く異なったフィンランドでの生活は戸惑うことばかり。「フィンランドの保育園では、雨が降ろうが氷点下であろうが、地面が凍っていようが風が吹いていようが、ほぼ必ず外で遊ぶ」「悪い天気などない、不適切な服装があるだけだ」とか。でも、一番のカルチャーショックは社会の子ども観というか根本的な人間観にあるようだ。姉弟は保育園に入ることになるが、「日本との最大の違いは、保育園に入る権利は、保護者である親の労働状況にではなく、子どもの教育を受ける権利に紐づいていることである−略−親が学生であろうが、主婦/主夫であろうが、働いていようが、子どもは基本的に保育を受ける権利がある(すなわち、自治体は保育環境を整備しなければならない)」こうして整備されている保育園の人員配置基準は例えば年長クラスで1対13(日本は1対30)。著者の子どものために日本語のできる保育士が一時的に派遣される。保育士の中には「ロングヘアで無精髭を生やし、髑髏マークのついたタンクトップを着て」いる男性もいる(!?)。
それはスキルの問題なんです
保育園終了後1年間の就学前教育がある。最初の1週間目は「友達の作り方のスキルを勉強する」という。保護者会で子どもが喧嘩したらどうするか?という質問に対し、先生は「いま、子どもたちがあらゆるスキルを学んでいる最中だと考えている。だから、今の教員の仕事は『この人が悪い』『ここが悪い』とジャッジすることではない。『このスキルを学んでいる最中だね』とお互いに確認するのを手伝うことだ」と答える。スキル?保護者面談で聞く子どもの「正直さ」「忍耐力」「勇気」「感謝」「謙虚さ」「共感」「自己規律」などを「才能」ではなく「スキル」と捉える指導方針について、最初は「狐につままれたような気分」だった著者は数日後には「目から鱗が落ちる」ように感じる。「私は、思いやりや根気や好奇心や感受性といったものは、性格や性質だと思ってきた。けれどもそれらは、どうも子どもたちの通う保育園では、練習するべき、あるいは練習することが可能な技術だと考えられている」最初子どもが褒められた時、ここは「褒めて伸ばす」方針なのかと思ったが違ったらしい。「これから練習の必要なスキルがあれば、それらが話題になるだけだ。それも、『できていない』『能力がない』『才能がない』と評価されるのではないし、目標達成に向けて努力しているか否かすら、恐らく問題にされていない。もっとあっさりと『ここはもうちょっと練習しましょう』と言われるだろう」「なんと盛り上がりに欠ける話だろう。でも『あなたはすごい』だの『お前はダメだ』だの評価されるより、淡々と、『これを練習しましょう(したければ)』と言われるほうが、気が楽ではないだろうか」
「仲間外れはいけないと思いまーす」ではなく
我が子をからかう子がいて嫌がっていたがそれがなくなった。どうしたのかと子どもに聞くと「お話し合いした」のだという。先生の説明は「私たちは物事を笑うことと、人を笑うこととは別のことだと教えました。前者は友達と楽しめるが、後者はそうではありません」「(からかった子には)友達を楽しませる技術を知り、それを練習する必要があります」「そのため、自分のやっていることを意識化するほうがいいと私たちは考えました。だから、クマとウサギのお話を読み、友達を嬉しい気持ちにする方法に何があるかを話し合いました」これを聞いて著者は驚く。「叱りつけるのではなく、淡々と教えればいいのだった。物事を笑うことと、人を笑うことは別のことだ。世の中には友達を楽しませる技術がある、だからそれを練習しよう。何事も学習と練習が大事なんだなあ」
子どもが友達が遊んでくれないと寂しがった。先生に相談すると先生は「子ども同士で人形を使って、友達をなぐさめるときに何を言えばいいか、一人で遊んでいる子にどういうタイミングでどのように声をかけたらいいか、自分が一人で遊びたいときや友達と遊びたいときに何を言いどう振る舞えばいいか、などの場面の練習をした」のだという。「この対応も驚いた。この方法だったら、いろんな場面を話題にできるうえに直接的すぎない。終わりの会で『仲間外れはいけないと思いまーす』とかじゃないんだ」そしてつくづく思う、「フィンランドは理想郷でもないし、とんでもなくひどいところでもない。単に違うだけだ。その違いに驚くたびに、私は、自分たちが抱いている思い込みに気がつく。それに気がつくのが、今のところは楽しい」と。
特権と人権
2冊の著書から一番印象的だった部分を紹介した。この4年間はコロナ禍があり、ロシアのウクライナ侵略があってフィンランドも騒然とした。特に後者はフィンランドの歴史(2度にわたるソ連との戦争「冬戦争はソ連がフィンランドンへ侵略して始まったが、継続戦争ではフィンランドはナチス・ドイツと同盟を結んでソ連に侵略し」共に敗北した)があって日本とは比較にならない大きな問題だった。フィンランドの政治状況にもNATO加入の経緯についても、実に多様な移民の問題にも触れている。人種差別反対デモに参加した体験も語っている。労働者の頻繁なストライキについても。
それでも著者の最大の問題意識は彼女が他国で働きたいと思った動機「いつまで、このネタを引っ張らせる気や、日本社会は」にあるだろう。フィンランドと日本の違い、それは「その国の公用語を学ぶ機会が、移民の子どもたちに保障される一方で、多様な『母語』を学ぶ機会が保障されている」かどうか。「多様性を認めるというのは、特殊な何かを、普通の何かの中に受け入れてあげることではない。『普通』であるはずのマジョリティもまた、その特殊で多様な『何か』のひとつに過ぎないものになるということだ」「だから、もしあなたが今、国籍や性的指向、障害の有無や使う言語といった特定の属性を理由に、他の人間集団ができないことができたり、差別から守られたりするのなら、それは特権であって人権ではない。日本に『普通の日本人』にしか認められない権利があるのなら、それは特権であって人権ではない。そんな特権の存在は、個々人の振る舞いや善意によってではなく、法と制度によって解体されなければならない。最も不利な立場の人間に認められている権利が、その社会における人権であるなら、今の日本で保障されている人権は、なんと限られていることだろう」
親類縁者の韓国人からの聞き書きをまとめたオーラルヒストリー「家(チベ)の歴史を書く」(ちくま文庫)も手に取ってほしい一冊だ。 (新)
せんりゅう
ひととひと国境こえて仲が良い
人権を守れば戦争できっこない
総裁選ここで裏金のねうち
裏金もデブリの如く奥深く
憲法道を逆走してる自民車
国民を幼稚化したいNHK
省エネ無縁24時間テレビ
また値上げ米もないぞスーパー
ゝ 史
2024年9月
複眼単眼
戦争はありふれた日常の中で準備される
最近、SNSなどで台湾を訪れた人の感想をみてしばしば考え込むことがある。
いわく。
☆ 政府の言う「台湾有事」は、台湾の情勢を正しく表しているのでしょうか?少し違う気がするのです。日本の軍事化のために言い立てているような! 私の知り合いの台湾の方は、あり得ないと言います」。
☆「私も台湾の人と話していて、『台湾有事』の危機感のなさに驚きました。市民運動のいまの課題は、乱開発による環境汚染問題だそうです。いずれにしろ『台湾有事』『日本の軍拡』問題をしっかり考えていく必要がありそうです」などなどだ。
そりゃそうだろう、とも思う。北東アジア地域で戦争を煽っているのは、この地域に関係するごく少数の支配層たちであって、台湾海峡両岸の人びとの大多数は戦争が起こることを望んでいない。目下、「休戦」でしかない朝鮮半島でもそうだが、人びとは朝から晩まで毎日、戦争の危険におびえていることはないだろう。
現地に行った人の具体的な体験を通して語る感想は一定の説得力があるので始末が悪い。だが、考えても見てほしい。「台湾有事」の危機は、たんなる架空のもので、日本の支配層が資本力を投下して軍事力を強化したいがためにのみ煽っていることなのかどうか。この地域での戦争はありえないことなのかどうか。単なる杞憂にいすぎないのかどうか。
かつて「九条の会」の活動で御一緒した作家の小田実さん(故人)は「戦争を知らない人は、戦争に向かっていくときは街に軍歌が鳴り響き、みんなが日本の勝利をひたすら祈っているような異常な状況になると思っているらしい。でも私の経験では、ありふれた日常の中で進行し、戦争へと突入していった」と言っている。
私の師匠筋の山川暁夫さん(故人・政治評論家)もつねづねこう語っていた。
「15年戦争がはじまったころ、隅田川では花火があがり、若者たちが浴衣すがたで下駄をならして、みな見物に行ったものだ。戦争などはどこか遠くの話でしかなかった。戦争はそういうなかではじまるんだ」と。
確かに、戦争を準備しているのは米国にしろ、台湾にしろ、日本にしろ、中国にしろ、支配層の一部の好戦派だ。しかし、実態としては日本でも南西諸島をはじめ、全土基地化は急速に進んでいる。2015年の「戦争法制」、22年の「安保関連3文書」、24年の岸田訪米と「日米共同声明」などなど、たてつづけに進められている「戦争のできる国」から「戦争する国」への変質は、もはや法制的には憲法第9条の破壊による、フルスペックの「戦争する国」化を残すだけだ。
いま、反戦を願う日本の市民社会に必要なのは警戒の声をあげるカナリアではないか。カナリアの警告を活かして、戦争を阻止することこそ必要だ。反戦・反軍拡・反改憲の課題への全力をあげた行動こそが重要だ。小田さんや山川さんがいま生きていたら、そう語るだろう。
このところ、沖縄や、大分、熊本などの市民運動の仲間たちから発せられる悲鳴にも似たメッセージを聴くにつれ、思うことである。 (T)
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