人民新報 ・ 第1458号<統合551号(2026年6月15日)
目次
● 抜本的再検討が必要な改憲手続法
改憲手続法の採決強行を許すな!
● 国家情報会議設置から対外情報庁設置・スパイ防止法の制定へ
● 東北アジア平和構築のための日韓市民・宗教者光州宣言(2026年5月16日)
● 大衆運動への過剰警備に抗議
● 「政治的中立」を口実にした教育圧殺
沖縄県教職員組合などが抗議声明
● 追悼―神宮義明さん(元国労闘争団全国連絡会議議長)岩崎松雄さん(元国労闘争団姶良地区オルグ)
● 今月のコラム
今、改めてアメリカとは・・・-吉見俊哉著「アメリカ・イン・ジャパン」を読む- ㊤
● せんりゅう
● 複眼単眼 / 1980年の韓国・光州の戦いを偲ぶ
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抜本的再検討が必要な改憲手続法
改憲手続法の採決強行を許すな!
6月11日、衆議院憲法審査会は、「日本国憲法の改正手続に関する法律」改正案について、18日の審査会で採決することで合意した。自民党ニュース「国民投票法改正案を提出」(6月5日)は「わが党と日本維新の会、国民民主党、参政党の4会派は6月5日、憲法改正手続きを定めた国民投票法の改正案を衆院に提出しました。改正案は(1)開票立会人の選任に係る規定の整備(2)投票立会人の選任要件の緩和(3)FM放送の放送設備による憲法改正案の広報のための放送の追加―の3点。いずれも公職選挙法の規定に合わせ、投票環境の向上を図るのが目的です。令和4年4月にも同じ内容の改正案を提出しましたが、同6年10月の衆院解散で廃案となりました。法案提出者の一人である新藤義孝与党筆頭幹事(憲法改正実現本部事務総長)は記者団に『改正案は外形的事項の整備であり、今後、参院と連携しながら速やかに成立を図っていきたい』と語りました」と報じた。
政府・与党と改憲派野党はこれを「国民投票の環境整備」と説明しているが、その先には自民党が長年狙い続けてきた憲法改悪=日本を「戦争する国」へと変える危険な国家改造断行が存在するのは明らかだ。
現行法は2007年に当時の安倍政権が「改憲ありき」で強行採決した「欠陥法」であるが、今回の改正はその延長線上にある。だが、世論調査でも多数の人びとは改憲を求めておらず、「改憲手続きを整備すべきだ」という声は上がっていない。にもかかわらず改憲派が急ぐのは、主権者の意思を無視している。
現在の改憲手続き法には、最低投票率の規定がなく、広告規制も不十分であり、国民的議論を保障する仕組みも欠けている。問題点については日本弁護士連合会が「憲法改正国民投票は、主権者である国民の基本的な権利行使にかかわる国政上の重大問題であり、あくまでも国民主権の原点に立脚して定められなければならない」としているのをはじめ多くの専門家が指摘してきた。大きな問題点としてあげられるのは、最低投票率の不在であり、投票率が極端に低くても、有効投票の過半数で憲法改正が成立してしまう仕組みをどうするのかということだ。また、公務員や教員の「地位利用」を禁じた規定は定義が曖昧で、結果的に人びとの意見表明を萎縮させることになる。そして、資金力による広告量の格差を規制する実効性のある措置がなく、「巨大な資金力を持つ勢力が有利になる」不公平さがあることだ。また国民投票広報協議会のありかたである。これは憲法改正の発議があった際に、改正案の国民への広報を行うために国会内に設置される臨時の機関とされ、国民投票公報の原稿作成(改正案の要旨・解説、賛成意見・反対意見を掲載)、改正案に関する説明会の開催、放送・新聞広告による広報などをおこなう。総員数は衆議院議員枠10名・参議院議員枠10名で、各議院において、各会派の所属議員数の比率に応じて委員を割り当てるとされる。本委員が欠けたときや事故があるときに代わりにその職務を行う国会議員の予備員が衆議院枠10名・参議院枠10名委員と同じ方法で割り当てられる。日弁連などは、委員構成が各会派の議員数比率で決まるため、改憲賛成派が圧倒的に有利な状況で広報内容が決まり、国民に提供される情報が「賛成意見」に偏る恐れがあると指摘している。なお通常の選挙では選挙管理委員会が中立的に公報を作成するが、広報協議会は現役の国会議員で構成され、しかも多数派に有利となっている。
そして、発議から投票までの期間についても最短60日とされているが、十分な検討期間が保障されているとはいえない。それにもかかわらず政府・与党は、開票立会人の規定整備やFM放送による広報の拡大など、改憲発議を進めるための制度整備だけを急いでいる。これは「環境整備」ではない。改憲へのレール敷きそのものだ。
手続き法改正の先にあるのが自民党改憲4項目である。自民党は①9条への自衛隊明記、②緊急事態条項の創設、③参議院選挙区の合区解消、④教育充実の4項目を改憲案として掲げている。自衛隊明記論は、「現状追認」に見せかけながら、自衛隊を憲法上の軍事組織として位置付け、将来にわたる軍事力増強と海外での武力行使を憲法上正当化するものである。政府・自民党は近年、「敵基地攻撃能力(反撃能力)」の保有を推進し、長射程ミサイルの大量配備を進めている。防衛費はGDP比2%を超えて拡大され、戦後最大の大軍拡が進行している。軍事費は年間十数兆円規模に達しようとしており、その財源確保のために増税や社会保障削減が検討されている。国民生活が物価高騰や実質賃金低下に苦しむなかで、政府は「軍事優先国家」への転換を進めている。
そして改憲は、この大軍拡を憲法上固定化するための仕上げとして位置づけている。
緊急事態条項については、政府・与党は大規模災害や感染症への対応を理由にその必要性を主張する。しかし、自民党改憲草案や過去の提案を見れば、その本質は行政権力への権限集中にある。緊急事態宣言が発令されれば、国会の機能が縮小され、内閣が法律と同等の効力を持つ命令を発することが可能となり、国民の権利や自由が大幅に制限される。歴史を振り返れば、民主主義は多くの場合、「非常事態」を口実として破壊されてきた。権力を縛るための憲法に、権力を無制限に拡大する仕組みを書き込むことは、立憲主義そのものを否定する行為である。
自民党改憲の背景には日米軍事同盟のさらなる強化がある。近年の日米首脳会談や日米安全保障協議委員会(2プラス2)で軍事協力の強化が繰り返し確認されている。沖縄・南西諸島では自衛隊基地の増強が進み、ミサイル部隊の配備が相次いでいる。日本列島そのものが米軍の世界戦略を支える軍事拠点・として組み込まれつつある。政府は「抑止力」と説明するが、軍拡競争は相手国のさらなる軍備拡張を招き、地域の緊張を高める悪循環を生み出す。戦争の危険をなくすどころか、むしろ日本を対中軍事衝突の最前線へと押し出す結果になりかねない。
憲法9条は、このような軍事対軍事・軍拡競争の悪循環とは異なる道を示し、これまで有効に作用してきた。必要なのは、武力による威嚇や武力行使ではなく、外交と対話によって平和を築くということである。必要なのは、「戦争の準備」ではなく「平和の準備」であり、軍拡ではなく外交であり、改憲ではなく憲法の実現である。
そして平和な状況のもとで、憲法25条が保障する生存権、憲法26条が定める教育を受ける権利、憲法27条・28条が保障する労働者の権利の実現をかちとらなければならない。
改憲派は強引に進めようとしているが、かれらにとって事態は楽観できるものではない。なにより改憲に反対するデモ・集会への参加者が増え続けていることがあり、戦う軍隊には多くの人びと反対していることがある。また、国際法上の拘束がある。「ポツダム宣言」「日本降伏文書」などでは日本に平和的国家としての義務を課していて、これら国際法文書によって義務づけられた「非軍事的国家」の国内法上の具体化が憲法9条であり、その「実質的改変」は、戦後国際秩序への違反という国際法上の問題をはらんでおり、中国などからの強烈な反対・抗議を招くだろう。
改憲国民投票法改悪を阻止し、憲法を守る大きな世論と運動を広げていこう。
国家情報会議設置から対外情報庁設置・スパイ防止法の制定へ
国家情報会議設置法は戦争国家体制づくりの重要な柱としてある。成立に向けた政府与党などによる強引な議事運営という緊迫した情勢で、経済安保法に異議ありキャンペーン、秘密保護法対策弁護団、「秘密保護法」廃止へ!実行委員会、改憲問題対策法律家六団体連絡会、憲法9条壊すな!実行委員会、日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)などによる国会周辺での反対行動が繰り返された。
だが、国家情報会議設置法は5月27日に参議院本会議で可決・成立した(反対は、立憲民主党、共産党、れいわ新選組、沖縄の風、社民党、福山哲郎副議長、望月良男議員・無所属)。なお、4月23日の衆議院本会議の採決での反対は、共産党、れいわ新選組、河村たかし議員(減税日本・ゆうこく連合)。
国家情報会議・国家情報局の設置にはさまざまの疑念がひろくあり、衆議院内閣委員会での附帯決議がつけられた―①国民のプライバシーを含む自由と権利が、憲法の趣旨に反して侵害されないよう最大限配慮すること。②情報の収集や分析などを行う際、必要最小限の範囲にとどめ、過度な個人情報の取得・保有・利用を行わないよう厳格に運用すること。③政府に批判的かどうか、また政党や候補者を利するか不利にするかという観点から情報収集を行ってはならないこと。特に、選挙や政治活動に関する情報を恣意的に収集しないよう、政治的中立性を徹底すること。④国会への報告や説明責任を通じて、情報活動が民主的統制の下に置かれるよう、制度と運用を整えること。⑤安全保障上支障のない範囲で、制度の仕組みや運用状況について国民への説明と情報提供に努め、不安や疑念を放置しないこと。
6月8日、議員会館前で、共謀罪NO!実行委員会と秘密保護法廃止へ!実行委員会による国家情報会議設置法に反対する行動が行われ、その後、院内で足立昌勝さん(関東学院大学名誉教授)が「どうなる国家情報会議と国家安全保障会議―重なる所掌事務―」と題して講演した。
2013年12月、第2次安倍内閣で国家安全保障会議が作られた。安倍内閣はそれまであった国家はつかない安全保障会議に国家をつけて国家安全保障会議というものに格上げした。 国家情報会議というものも同じで、国家情報会議の方は情報を集めてこの2つが連携するということを示している。
法案の提案理由は、国政の運営に資する情報の収集調査にかかる活動等に関する重要事項を調査審議する機関だとしている。
高市首相は所信表明演説の中で、「国家間の競争が激化・複雑化・常態化し、私たちが慣れ親しんだ自由で開かれた安定的な国際秩序は、いま、大きく揺らいで」いるとし、その相手国として中国、朝鮮、ロシアを名指しして、危機意識をあおっている。そして、「外交と防衛を車の両輪として、我が国の独立と平和を守り抜くとともに、分断と対立の進む世界を開放と協調に導き、日本と世界が共に繁栄していくよう、積極的に役割を果たさなければ」ならないとした。こうした仮想敵国を設定して施策を進めるのが高市政権だ。
今後、国家情報会議と国家情報局を7月にも正式に発足させ、対外情報庁の設置、スパイ防止法の制定が狙われている。まさに戦争する国家体制の確立を目指すものであることを批判していかなければならない。
東北アジア平和構築のための日韓市民・宗教者光州宣言
ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルによるガザ地区での集団虐殺、米国とイスラエルによるイラン攻撃などが示すように、今日、国連憲章と国際法に基づく国際秩序は大きく損なわれている。終わりのない大規模な軍備拡張の流れが強まる中、国際的な核軍拡も再び加速している。
東北アジアでも同様に、新たな冷戦的な対立と軍事的緊張が極度に高まっている。米国は、日米・韓米同盟の強化だけでなく、中国封じ込めを前面に掲げ、日韓米・日韓米フィリピンの軍事協力など、「アジア版NATO」の構築に拍車をかけている。大韓民国(以下、韓国)は大規模な軍事力増強とともに、米国との核・通常戦力の一体化を推進している。韓米合同軍事演習は強化・拡大され、自衛隊を含む日韓米合同軍事演習が常態化している。日本は平和国家として出発した戦後の約束を覆して「先制攻撃」が可能となるよう、安保法制を改定し、防衛費の大幅増額とともに中長距離攻撃ミサイルを実戦配備した。フィリピンなど域外に自衛隊の戦闘部隊を大挙派遣して訓練を開始したのはもちろん、今や攻撃兵器の輸出まで可能となるよう防衛装備移転三原則を改悪するなど、平和憲法体制を事実上無力化している。こうした中、朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)は核開発を強化し、新型兵器の開発を継続する一方、韓国に対して「敵対的な二国間関係」を宣言した。中国もまた国防費を増額し、東北アジア地域での軍事演習を大幅に増やしており、中露、中朝、朝露間の軍事協力も着実に拡大・強化されている。
米軍駐留を基盤とする冷戦型の対立構造を乗り越えなければ、軍事的な緊張は激化するばかりである。日米韓の軍事協力の強化や「アジア版NATO」構想のように、敵対関係を前提とする枠組みでは、持続可能な平和を実現することはできない。東北アジア域内の軍事的緊張の緩和にとどまらず、未だ解決されていない日本軍「慰安婦」・強制動員・関東大虐殺問題などの歴史的正義の課題、そして朝鮮学校差別をはじめとする民族差別の問題を解決するためにも、サンフランシスコ体制下の冷戦型思考から脱却した東北アジアの平和体制の構築が必要である。
米国がロシア・中国・朝鮮との軍事的緊張を高めた場合、日本や韓国に駐留する米軍基地が攻撃対象になるのではないかという懸念は、すでに中東での戦争において現実のものとなっている。東北アジアを戦場としないためには、軍事的対立ではなく、新たな平和秩序の構築が急務である。朝鮮・中国・ロシアは対立すべき相手ではなく、共に平和を築いていくべき隣人である。各国の主権と体制を相互に尊重するという原則に立ち、多国間の安全保障協力の具体的な方策を模索し、平和体制構築に向けたロードマップを共に描いていかなければならない。
米国を後ろ盾とした軍事独裁政権の暴力的な弾圧と虐殺に立ち向かった5・18光州民衆抗争は、主権と平和、民主主義が不可分の関係にあることを全世界に向かって痛切に証言し、いかなる暴力にも屈しない高貴な抵抗の象徴となった。
今日、ここ光州で、私たちは5月抗争の精神を改めて称え、東北アジアの新たな平和体制の構築に向けた共同行動を開始する。日韓の市民・宗教者が志向する平和は、単に戦争をしないということではない。
私たちは、命の尊厳と普遍的価値に立脚しつつ、真の和解実現のための歴史の真相と責任の究明、誰も取り残さない人権保障、そして相互尊重の精神と対話外交による共同安全保障という正義に根差した平和を志向する。
また私たちは、誰もが他者への敵意に駆り立てられることなく、いかなる核の脅威や戦争の不安に 怯えることもなく、人々の大切な資源が大軍拡のための莫大な軍事費ではなく、福祉や教育、そして民生のためにすべて活かされる社会の実現を目指す。
私たちは、東北アジアの平和体制構築のために、次のような共同課題を提案する。
第一に、 日本の平和憲法の改悪を許さず、朝鮮半島の停戦体制を平和体制へと転換する。
第二に、日本と朝鮮民主主義人民共和国の国交正常化と歴史正義の実現のために取り組む。
第三に、核軍縮と軍備緩和の縮小に向けた東北アジア多国間安全保障協力体制の構築を促す。
第四に、国連憲章と国際法に基づき、主権と人権を尊重する平和協力を促進する。
東北アジアにおける平和体制は必ず実現しなければならない。第9条を初めとする平和憲法を最後まで守り抜こうとする日本の、そして分断と戦争体制を完全に克服しようとする韓国の市民・宗教者は、東北アジアの平和を推進する大きな力となるだろう。これまで、日韓の市民・宗教者は、平和が歴史的正義の上に成立し、その実現のために各国の民主主義の確立が不可欠であるという信念の下、共に行動し、連帯してきた。私たちはこの連帯の精神をもって日韓をこえ、国際的な共感の輪を広げ、ついには東北アジアの平和体制を構築する。
2026年5月16日
日韓和解と平和プラットフォーム、東北アジア平和体制 国際連帯
大衆運動への過剰警備に抗議
高市政権が改憲・戦争する国づくりなど「国論を二分する政策」を強引に押し進めようとすることに反対する運動が高まるなか、5・3日憲法集会や国会前行動などで、許しがたい過剰な警備が行われている。
6月1日、共産党の山添拓参院議員、中道の有田芳生衆院議員、社民の福島みずほ参院議員、「沖縄の風」の高良沙哉参院議員は、警視庁に「国会前警備に関する抗議と申し入れ」を行い、①国会正門前に至る道路をコーンなどで半分にふさぐことなく、参加者も通行人も普通に歩ける態勢にすること②警察官の威圧的な対応を改めること③地下鉄駅構内の歩行規制を緩めることなどを求めた。
8日には、戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会のメンバーと国会議員国会内で記者会見を開き、「2026年5月3日憲法集会での参加者への不当な身体及び所持品検査への抗議声明」を発表した。
2026年5月3日憲法集会での参加者への不当な身体及び所持品検査への抗議声明
2026年5月3日、江東区にある有明防災公園にて憲法集会が開催された。
当日の午後12時26分ごろ、有明防災公園の東ゲートから入場した年配の女性Aさんに対して警察官が複数人で取り囲み、湾岸警察署に連行する憲法集会始まって以来の前代未聞の許しがたい事件が起きた。
被害報告を受け、SNSで情報提供を求めたところ、多くの参加者たちが憲法集会当日、東ゲート付近で金属探知機による職務質問ないし所持品検査を受け、手荷物を開披させられた、身体検査を受けたとの情報が集まった。
Aさんは憲法集会の会場で一緒に参加していたお連れ合いさんとフルーツを剥いて食べようと、果物ナイフとフルーツをカバンに入れ参加しようとしていた。しかし、金属探知機の検査に引っ掛かり、果物ナイフを警察によって押収され、銃刀法22条に抵触する可能性があるとされ、刃渡り何センチか正確に測る必要があると、湾岸署へ連行しようとした。そこへ午後1時頃弁護士が駆けつけ対応にあたった。
Aさんが逮捕されて弾圧事件化すると恐れを感じた弁護士は、Aさんの警察署での任意聴取に応じることにした。警官が前言を翻して逮捕するなどの事態も想定されたことから、弁護士が湾岸警察署まで同行した。
警察署で警察はAさんに対し、身長体重、足のサイズ、血液型、顔写真、顔を含む身体の撮影まで記録されるというプライバシー権の強度の侵害を伴う許しがたい行為を行った。
その後、そもそも、なぜ果物ナイフを持っていることが警察に発覚したのかという話になり、主催者である弁護士は湾岸警察署で初めて金属探知機を用いた参加者への所持品検査等をしていたという事を知った。
Aさんに対し、警察は「キャンプなどの目的ならいいが目的外はだめだ」と言ったとのことである。非暴力で平和を求める憲法集会はレジャーシートを敷き、集会に参加するピクニックの様なほのぼのした雰囲気であり、キャンプとそう変わらない状況であることは一目瞭然であり、「業務その他正当な理由」(銃刀法22条)に該当することは明らかである。
Aさんは突然多くの制服警官、私服警察に囲まれ、大きな恐怖を感じたと話していた。このような卑劣な警察の横暴により、Aさんの楽しい憲法集会への参加時間は奪われた。その後も身体情報を警察にとられたことで監視対象になるのではないかという恐怖を抱えながら暮らしている。
そもそも、複数ある公園の出入口の中で金属探知機を用いた参加者への所持品検査等は東ゲートでしか確認できていない。仮に本当に参加者を守るためにチェックするのであれば、すべてのゲートで実施をしないと意味がないはずである。なぜ、一番人通りの少ない場所で行っていたのか。
過去の憲法集会含めて公園内に危険物を持ち込んだ人物がいた、危害を加える予告があったなどの具体的な事情は一切存在せず、公園内に入ろうとする市民に対して身体・所持品検査等を行う根拠が存在しない。所持品検査は一般的に強度のプライバシー侵害を伴う行為であり、職務質問を伴う所持品検査についても司法は厳しい制約を課している以上は、何らか所持品検査を行う危険行為等の存在が必要である。そのような事情がない以上は本件の身体・所持品検査は行政警察権の裁量を逸脱・濫用した違法なものと言わざるを得ない。
翻って考えれば、本件の最大の目的は、身体及び所持品検査という手段を用いてデモに参加する人々を萎縮させる、場合によっては任意同行・逮捕するという警察・権力による不当弾圧あるいは暴走だったのではないだろうか。国会正門前を中心に3万6000人が集まった4月19日、憲政公園ではピクニックデモやティータイムデモが行われたことが好意的に広く知れ渡った。このことに警察・権力は恐れをなし、憲法集会でも果物や何らかの軽調理をするために果物ナイフを持っている人がいるのではないか、銃刀法違反でひっかけてやろうという意図があったのではないだろうか。
主催者として、右翼・妨害者対策に関しては警察側と事前に念入りに打ち合わせをしているが、参加者に対する身体・所持品検査は一切要請していない。もちろん金属探知機を用いる検査などお願いしていない。なんの根拠があってそのようなことをしたのか。参加者を委縮させる、ひいては民主主義を委縮させる行為は断じて許されない。
また憲法集会にかぎらず、このところ国会周辺でのデモ参加者への過剰警備に対しても併せて抗議をする。地下鉄の出入り口を塞いだり、横断歩道を渡らせなかったり、ハンドマイクで女性の耳元で大きな音を出すなど、もはや「警備」ではなく「嫌がらせ」である。このような警察によるデモ参加者の不当な規制は憲法21条にも違反するもので、「全体の奉仕者」(憲法15条2項)として憲法尊重擁護義務を負う民主警察としてあるまじき行為だ。
今後、参加者の皆さんが安心して参加できるように、またAさんを守るために今回の警察・権力の弾圧を実行委員会として厳しく糾弾し、再発防止のため徹底追及していく。
「政治的中立」を口実にした教育圧殺
沖縄県教職員組合などが抗議声明
3月16日、京都府の同志社国際高校の生徒を乗せた船2隻が転覆し、生徒と船長の命が失われるという事故が発生した。高市政権は、学校側の安全管理体制や海難事故としての過失と今後の改善ではなく、「政治的中立性(教育基本法第14条第2項)違反」として、学校の教育内容や平和学習そのものを攻撃している。5月29日、沖縄県の玉城デニー知事が定例会見で「教育の内容に(文科省が)指示を出すとか、辺野古の事故を契機に教育の内容を点検することは本来あってはならない」と述べた。
6月5日、沖縄県高等学校障害児学校教職員組合、沖縄県教職員組合、沖縄県高等学校障害児学校退職教職員会、沖縄県退職教職員会など4団体は、沖縄県庁で記者会見を開き、文部科学省の指導に対し、抗議声明「文部科学省による同志社国際高校への教育基本法違反認定に対する抗議声明~子どもたちの学ぶ機会を守り、自由で開かれた教育実践を支えるために~」を発表した。
8日には、長崎県内の長崎原爆被災者協議会や長崎県被爆者手帳友の会など被爆者団体13団体が抗議声明を出した。
政府の意向に反する題材・取組みは許さないという政府・文科省への批判は、教育現場や専門家、地方自治体などの間で広がっている。
★「文部科学省による同志社国際高校への教育基本法違反認定に対する抗議声明~子どもたちの学ぶ機会を守り、自由で開かれた教育実践を支えるために~」は、「亡くなられた方のご冥福を心よりお祈りするとともに、ご遺族の皆さまに深い哀悼の意を表します。」とし、「教育における政治的中立とは、教職員が特定の政党や政治的立場や価値観を子どもたちへ押しつけることなく、子どもたちが多面的・多角的に学び、自ら考える機会を保障することです。…学校現場の「自粛」が過度に進み、多面的・多角的な学びを支える「必要な情報」が得られなくなることがあってはなりません。子どもたちが沖縄に足を運び、沖縄の現状に向き合うことも、平和教育の大切な取り組みの一つです。…
教育基本法第1条では、『教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない』
と定められています。私たちは文科省の教育基本法違反認定に抗議するとともに、これからも、子どもたちの学ぶ機会を守り、自由で開かれた教育実践を支えていきます」とアピールした。
追悼―神宮義明さん(元国労闘争団全国連絡会議議長)岩崎松雄さん(元国労闘争団姶良地区オルグ)
神宮義明さんが昨年12月5日に他界されていたことを知った。帰鹿して色々と国労関係の人に連絡をとったがたどりつけなかった。また同級生で神宮さんの出身地の人に尋ねたりした。鹿児島での9月の集会の実行委員会でやっと国労関係の人に会えた。「神宮さんは昨年亡くなったよ」とのことだった。
蒲生新留は蒲生の北部の少し高いところにある。山々の間に数軒ずつ点在する
集落は漆や西浦とはたたずまいを異にする。神宮さんはこの新留から蒲生中、加治木工業高校へと進学されていった。卒業後に国鉄に入社し門司に配属された。そして国労に入り活動し民営化攻撃の中で全国の国労闘争団の連絡会議の議長として精力的に活動されたのである。それは政府、国鉄当局との差別採用による国労つぶし及び分割民営化・再編による資産収奪と24年間もたたかうことになった。
新留の山間にある神宮さんの実家には兄弟たちも他県に出ているために空き家となっている、庭には軽トラックが止められたままになっている。その地面に横向きの看板が置かれていた。そこには「地域活性化支援隊」と大書されている。「やることは全部やった」と言っていたという神宮さんの真意をみる気でハッとした。新留で家を尋ねた際に皆「義明は死んだよ」という人だけで神宮さんが歴史的な活動に全国的にたずさわっていたという人はいなかった。それは蒲生の社会でも同様である。国鉄民営化阻止の歴史的な意義と神宮義明さんの関わりを語り継ぐのは私たちの使命であると強く感じる。
岩崎松雄さんが、たまたま鹿児島の人であることや国労姶良闘争団の担当オルグであったことを知った。そこで神宮さんについて蒲生の人でないか尋ねた。「そうですよ。一度神宮さんに連れられて蒲生の大クス(蒲生八幡神社境内にそびえ立つ大楠)を見にいった」とのことだった。もう少ししたら鹿児島に帰る予定とのことだったのでその時には鹿児島で会いましょうということになった。その岩崎さんは2017年2月28日に鹿児島で68歳の若さで他界された。
岩崎さんは大分県出身で国労闘争団としては鹿児島でオルグとして活動されていたようである。四党合意により解雇撤回闘争が挫折の岐路に立った時、中央で中心的に活動された。労働情報副編集長として活動されたり国際連帯交流活動にも参加されたようである。
姶良市では今年の市長選挙で鹿児島県で初の女性市長が誕生した。この市長の立候補時のリーフレットには2面にわたってイギリス留学時代に読んだサッチャーへの賛辞が述べられていた。私たちにとっては民営化と労働者への攻撃は中曽根政権と国鉄当局、財界であるがイギリスではサッチャー政権であった。
民営化によって長期的には独立採算制をとることによって交通手段の大都市集中、人口数の大都市集中が加速されていく。全国的に廃線がすすめられていった。交通手段の減少は地方に大きく人口減少を加速していく結果になり、産業はさらに大都市に集中していく傾向にある。日本鉄道の再国有化の観点と地方の多面的な活性化こそは急務である。 神宮さんが掲げた「地域活性化支援隊」はその一つの回答であるのではないだろうか・残された生家はまさにそうした課題の聖なる空間であり、姶良市蒲生を訪れる人々に発信していきたい。K・K (鹿児島県在住)
今月のコラム
今、改めてアメリカとは・・・
-吉見俊哉著「アメリカ・イン・ジャパン」を読む- ㊤
アメリカ・イスラエルによる国際法無視のイラン攻撃に始まる戦争状態は、トランプの舌先三寸に振り回されながら未だ収束していない。事態を見守りながらふとアメリカとはどういう国なのか、という素朴な疑問が湧いてきた。本書は著者がハーバード大学教養学部で2018年に行った講義の記録である。著者の視点は「『日本の中のアメリカ』という日本人の経験を、日本側からではなくアメリカ側から」の「まなざしの歴史の中で捉え返す」ことに置かれる。
「西部開拓」と「西部侵略」
独立宣言(1776年)を発した宗主国イギリスからの独立戦争の時代、大陸の大西洋沿岸に位置する東部13州のアメリカ人たちは大西洋の方しか向いていなかった。しかし、フレンチ・インディアン戦争勝利により劇的に拡大したイギリス植民地は独立革命の結果ニューイングランドのプロテスタントの手に落ち、以降「西漸(せいぜん)運動」という西への不可逆的拡張が始まる。アメリカ政府は買収や戦争により次々に領地を拡大した。「西漸運動」はかつて牧歌的なイメージの「西部開拓」とも呼ばれていたが実態は「西部侵略」というべき、「ヨーロッパから来た白人たちが先住民から土地を強奪し、彼らを絶滅に追いやる殺戮の過程」であった。そして、米墨戦争は後の「アメリカの戦争の多くと同じように、アメリカの相手に選ばれた敵は経済的に脆弱で、軍事的にも劣等だったため、戦況はアメリカ側の人的損失を最小限に留めたままアメリカの勝利の連続となり、またたくまにアメリカはメキシコシティとメキシコの大半を占拠した」、この「『国民を鼓舞できる事件を待つか、あるいは事件を起こすかして、戦争を開始するやり方』は、その後も延々と続くアメリカの開戦方法の最初」の事例だった(ブルース・カミングス「アメリカ西漸史」)。
「マニフェスト・デスティニー(明白なる運命)」
アメリカ人は18世紀末から19世紀末までの膨張を通じ「マニフェスト・デスティニー」を追求し続けた。それは西漸運動が古代地中海世界からイギリスへ、そこからアメリカ東海岸へ、さらに西へと文明の中心が移動していく運命的な過程の一部であり、これは神の定めなのだという西欧中心主義的文明観であり、この妄想は1845年にジョン・オサリヴァンによって一世を風靡した。「既得権益でがんじがらめのヨーロッパに対し『アメリカ』は全く新しい〈自由〉の地なのだという物語が構築されることで、この名は旧秩序に対する新秩序の代名詞となって」いき、「約一世紀の歳月をかけて、先住民たちがそれまで何世紀も自然と一体化して暮らしていた大地から彼らを悉く排除し、国土全体を法的な権利に覆われた広大な不動産へと変容」(同書)させた。「西漸運動」はカリフォルニアに行きつくとさらにその西へ、太平洋へと拡張し、52年にはペリー提督が東インド艦隊を率いて広大な太平洋の西端の島々への遠征に出発する。
「黒船来航」と「ペリー遠征」
日本にとっては青天の霹靂のペリー艦隊の来訪だが、アメリカにとっては日本を開国させアメリカ西海岸を起点とする太平洋航路を開く道筋をつけるためのものだった。「黒船来航」によって日本はそれまでのユーラシア大陸東端から太平洋西端でもあることを思い知らされる。日本にとって近代とは「脱亜入欧」以上に「脱亜入米」であった。ペルーは蒸気船等の技術力で日本を威嚇しかつ誘惑もしていた。日本についての入念な情報収集と来日してからの観察で実に的確な認識を導き出した。「この国ではそれぞれの組織が相互監視を徹底させて失敗を許さない仕組みを発達させており、内部からの変化はきわめて起こりにくい」「いかに賢明な、また必要な案であっても、改革を提案するには、それが是認されなかった場合の厳しい報い覚悟しなければならないために、誰もがしり込みをする」「そうした監視システムは、一般庶民の間にも日常的に浸透して」いる。まさに「忖度」と「自粛」の文化。さらに日本人の技術的なものに対する強い関心、技巧的な才能についても触れている。
ペリー来航からわずか7年もたたない1860年幕府は遣米使節団を送り、咸臨丸を同行させた。一員として同行した福沢諭吉は鋭敏に彼我の社会の違いに着目している。
宣教の国アメリカ
今日アメリカの総人口3億3600万人の約7割がキリスト教で多くがプロテスタント。最大の宗派は南部福音派でトランプの支持基盤である。しかし、19世紀には会衆派や長老派などのリベラルな傾向の宗派が主流で、奴隷廃止運動、禁酒運動、参政権拡大運動、日曜学校建設や貧民救済などの改革運動を推進していた。アメリカにおける大学の設立の目的はこうした宗派の牧師養成にあった。ハーバード、イェール、プリンストン、ブラウン、ラトガース、ダートマス等アメリカ東部の名門大学はそもそも神職者養成のための学校だった。もともとピューリタン入植者には英国の大学で学位を得た後に移住した者が多く、彼らの大半は牧師職に就いていた。相次ぐ牧師養成のための大学設立はニューイングランドへの入植者が急増し、より多くの牧師が必要とされたという背景があった。カトリック教会の神父とは異なり「プロテスタント教会の聖職者像とは、特別に聖なる身分をもつ秘跡の施行者ではなく、説教という手段によりこの人間形成の理念に従って一般信徒を教育する教育者であった」(森本あんり)。そのためにアメリカの「神学校」は限りなく「リベラルアーツ・カレッジ」に近いものとなり、やがてこの基盤の上に専門知の「グラデュエート・スクール」を乗せることで20世紀の大学の標準形が形成されていく。
リヴァイヴァリズム(大覚醒運動)
しかし、イングランドだけでなくスコットランドやアイルランド、さらにドイツからニューイングランドに次々に移民してきた庶民にとって、このように高度な知性主義的な牧師の説教では新天地で抱える不安は癒されず、リヴァイヴァリズム(大覚醒運動)が1730年代以降に沸き起こる。野外の演説会場での熱弁と演技力、新聞やパンフレットを駆使したプロパガンダ能力によって広がった。
革命戦争の勝利でアメリカ合州国が誕生し、西漸運動が本格化していく1790年代から1830年代にかけて第二次リヴァイヴァリズムの運動が巻き起こる。主唱者となったのはチャールズ・フィニー、たたき上げで弁護士となった宣教師で徹底した聖書主義による覚醒運動を導いた。強力な奴隷制廃止論者で、後に彼が学長となったオーバリン大学(桜美林大学とつながりがあるようだ)は、白人、黒人、女性の入学をアメリカで最初に実現した大学となった。第二次の運動の特色は時には宗派を超えて数万人の宗徒が集まる野外での大集会で、これは今日の大統領選での屋外大集会につながっている。
一方、2度にわたるリヴァイヴァリズムの宗教的気運は、大衆的なレベルでの大集会の隆盛だけでなく知的な若者たちも宣教に導いた。各地で神学校や聖書協会、国内外への宣教団体等の設立が相次いだ。中でも1810年、ウィリアムズ・カレッジの卒業生たちが啓示からアメリカン・ボードを立ち上げ、これが19世紀を通じてアメリカ最大の海外宣教組織に発展していく。
アメリカン・ボードと日本の接点
ボードはインド、スリランカ、ハワイ、中国、シンガポール、タイ、中東、アフリカに宣教師を送る。1830年代末以降、ボードでは現地人宣教者の養成が重視されるようになる。現地からすればキリスト教宣教師になることが、自国での教育界のリーダーとなることと重なり始めた。このタイミングで日本がボードの視界に入ってくる。1860年代から70年代にかけて有力な宣教師が次々に日本に送り込まれた。上州安中藩士の子として生まれ、密航して最初にアメリカン・ボードの宣教師となったのが新島襄、アメリカで本格的な高等教育を受けて学位を得た最初の日本人であった。新島は帰国し元会津藩士山本覚馬とその妹八重と協力し、ボードの宣教師たちに支えられながら同志社大学を設立し、また、同志社女学校を設立している。ボードが派遣した女性宣教師によって創立されたのが神戸女学院(今は内田樹が学長を務める)、澤山保羅が創立した梅花女学校の校長を務め、日本女子大を創立した成瀬仁蔵はボードと関係が深かった。ボード以外にも幕末に来日したプロテスタント系各派宣教師の布教を起源とする私立大学は多い。明治学院、立教学院、青山学院、関西学院等各地に多数存在する。「近代日本の私学高等教育は、そのきわめて重要な部分で、アメリカのプロテスタント系宣教師の活動を基盤としている」。
アメリカから来たプロテスタント系の宣教師に影響された日本知識人たちのグループとして「熊本バンド」「横浜バンド」「札幌バンド」の3つの系譜が注目される。3つのバンドには違いもあるが著しい共通点がある。それは構成員の世代的共通性だ。彼らのほとんどが、1850年代半ばから60年代にかけて生まれている。1830年代後半から40年代にかけて生まれた多感なサムライは幕末に革命家になったが、それより20年後に生まれた旧士族層は、すでに明治維新が終わった新時代の中で新たな価値観を求めていた時、キリスト教に出会いそれを一生の価値軸としていった。彼らの内面には「武士道」的なエートスや国家観が、深いところでキリスト教と融合していた。
内村鑑三の場合
1880年代中国人に代わる新たな低賃金労働力として日本人の移民が始まっていた時代に「自由の聖地」「基督教文明の優越性」を疑わずに私費で渡米した内村は3年半の滞在の内にこうしたアメリカ像を打ち砕かれる。第1に拝金主義と私有財産への異様なこだわり。第2に人種差別。インディアン、アフリカン、中国人に向けられる偏見・嫌悪・反感の残酷さ、内村にはアメリカがキリスト教の理念から乖離した野蛮な異教国に見えた。「余は如何にして基督信徒となりし乎」はこれに加えて賭博や拳闘への熱狂、大規模なラム酒取引、政治的デマゴギー、資本家の圧制、貧富の格差などを次々に批判する。「世紀末のアメリカを覆っていたのは、キリスト教的な高潔さどころか、差別だらけの現実と混乱、狂気と刑務所、膨大な貧困層」であった。内村は新島襄以来アメリカのプロテスタント系宣教のネットワークに乗っていた人々と一点で異なっていた。アメリカのキリスト教のまやかしや限界、つまり「アメリカ」と「キリスト教」が実は対応していないことを見据えていた。
日本人の日常を取り込むアメリカ
第一次大戦後ヨーロッパ帝国主義からアメリカに覇権が移る。関東大震災後、銀座は一挙にアメリカニズムに席巻される。丸の内一帯は「雑草ぼうぼうたる原」から「新メトロポリスとしての光景」に様変わりし、新しい東京では自動車、道路、ビルディング、デパート、カフェが一種の巨大な機械装置を成し、人々はそれに合わせた生き方を求められることになる。アメリカ文化の浸透を象徴的に示したのがモダンガールのイメージだった。その議論には頽廃した資本主義が生み出す徒花かそれとも明るさと合理的な行動様式、解放された性を見出すかという対立があった。(つづく) 新
せんりゅう
中立という右翼的教育指導
戦事体制へと情報局しんせつ
情報局?理性撲滅局か?
この先危険タカイチ道の標識
もがみ あぶくま川じゃない流れ
先ず日の丸から戦争への道
実質沈没賃金あるから繁栄
株高株高株高賃金没落
自己中毒的原発症候群
九条は苔の生すまで巖となりて
ゝ 史
2026年6月
複眼単眼
1980年の韓国・光州の戦いを偲ぶ
1980年5月18日から27日まで、韓国のソウルから南へ遠く離れた光州で、軍事独裁に対抗して民主主義を守るために「5・18民主化抗争」が燃え上がり、10日間という短期間だったが市民の民主主義的解放区を生み出した。全斗煥軍事独裁の過酷な弾圧の前に、5800以上の死傷者(155名の死者、傷痍死亡113名)を出し、鎮圧された。
外部から全く遮断され孤立させられた市民軍の広報部は最後に大ピーカーで訴えた。「市民の皆さん、今戒厳軍が攻めてきます。愛する我が兄弟姉妹が戒厳軍の銃や刀に倒れています。私たちは光州を死守します。私たちは最後まで戦います。どうか私たちを忘れないでください」と。そして市民に家に戻り、次の闘いにそなえるよう訴えたという。
日本でも映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017年)で知られるようになった。
あれから46年、昨年の尹独裁政権が打倒されたあと誕生した李在明大統領は18日、光州東区に位置する旧全南道庁前(最後の戦場)の5・18民主広場で行われた「第46周年5・18民主化運動記念式典」に出席した。この記念式典は、46年前にこの地の民主主義を守るために軍事独裁に抗った市民と学生の精神を記憶し、「5月、再び広場を抱く」というテーマで犠牲者の遺族を慰めるために開催された。
今回の記念式典には、5・18民主功労者と遺族、政府関係者、一般市民など3000人以上が参加し、5・18民主化運動の犠牲者を追悼し、感謝の意を表した。
記念式典は、国民礼、テーマ映像、記念挨拶及び記念公演、旧全南道庁開館特別公演、「イム(君)のための行進曲」の斉唱の順で進行された。
いま、韓国ではこの光州民主化運動を憲法前文に書きいれようとする運動が射ている。
17日、光州市で開催された記念式典の前夜祭では「東アジア平和構築のための日韓市民・宗教者の光州宣言」(別掲・三面)が日韓の市民によって朗読された。 (T)
「国立5・18民主墓地」で毎夕ながれる「イム(君)のための行進曲」の歌詞は以下だ。
愛も名誉も名も残さず
一生を捧げようと誓い合った
同志はいまはなく
旗だけがなびき
新しい社会が訪れるまで
退きはしまい
歳月は流れても
山河は知っている
ふたたび目を覚まし叫ぶ
消えることのない喊声
先に立って進むから 生き残った者よ
後に続け
先に立って進むから 生き残った者よ
後に続け
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