人民新報
 ・ 第1460統合553号(2026年8月15日)

                  目次


●  支持率低下する高市政権

         戦争国家づくりを阻止しよう

●  トランプ・ネタニヤフはイラン侵略戦争をただちに止めろ

●  総がかり行動実行委

         不当警備と暴力妨害者対応について麹町署に申し入れ

●  守ろう命と暮らし 原発も核兵器もない社会へ

      サイタマPC  自治体へ要請行動。

      ナガノPC   「平和への想いをつないで」36回目を走る

      ハママツPC カナガワPC  浜岡原発申し入れ

      オオサカPC ヒロシマPC  高市政権と維新の横暴を止めたい

●  今月のコラム

        今、改めてアメリカとは・・・
           -吉見俊哉著「アメリカ・イン・ジャパン」を読む- ㊦

●  せんりゅう

●  複眼単眼  /  8月に思う




支持率低下する高市政権

        戦争国家づくりを阻止しよう

「強い経済」と軍事費増

 高市内閣の政権発足から約9か月が経過した。「強い経済」と軍事・経済安全保障を推進するとして、第219回国会(2025年10月21日~12月17日)、第220回国会(2026年1月23日の1日間)を経て、第221回国会(2026年2月18日~7月25日)では、2026年度予算を4月7日に成立させた。一般会計総額は122兆3、092億円と過去最大、新規国債発行額は29兆5、840億円である。今年のいわゆる骨太の方針「経済財政運営と改革の基本方針 2026 『責任ある積極財政』元年・日本の挑戦を起動する!」(7月21日)は「『強い経済』の実現に向けて、国内投資を拡大し、供給力を強化し、潜在成長率を引き上げる。そのため、危機管理投資・成長投資を『成長戦略』の中核に位置付け、大胆な措置を講ずるとともに、エネルギーや資源安全保障、科学技術・イノベーションを始めとする成長基盤の強化、地域の稼ぐ力、人材力の強化、強い外交・安全保障の確立及び国民の安全・安心の確保を一体的に推進する。」としている。だが重点分野に国家資金を投入すれば経済成長が可能になるなどという浅薄な経済政策は莫大な資金の浪費を結果することになるだけだ。
 また国会終了後の8月5日、食料品の消費税率を2027年4月から2年間限定で「1%」に引き下げる基本方針を正式に閣議決定した。消費税導入以来、税率を引き下げる措置は初となる。9月には税制改正大綱を決定した上で、同年秋の臨時国会に関連法案を提出するとしている。また、減税に伴う地方自治体の減収分については、原則として国が地方特例交付金などで穴埋めする方向で調整を進めるとした。年間数兆円規模の減収が見込まれる中、赤字国債への依存や、時限措置終了後に元の税率へ戻すことの政治的困難さを指摘する声は根強く、自民党内からも有力議員などから反対の意見が上がっている。こうした高市の「強い経済」と軍事・経済安全保障の両輪完全実施を前提にしての消費税減税には財源破綻の可能性が高い。財政赤字の懸念から円安が今後も急激に進行することが予想される。そして、特記すべきは、軍事費の大幅増である。骨太の方針では「強い外交・安全保障の確立」として「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序が流動化するとともに、中国の一層の軍事力強化や北朝鮮の核・ミサイル開発の継続等によって、我が国を取り巻く安全保障環境は加速度的に変化し、複雑かつ深刻になっている。ロシアによるウクライナ侵略等の教訓は、『新しい戦い方』への対応や持続的な対応能力の確保の重要性を浮き彫りにした。平素からの安全保障上の課題も多様化している。米国は同盟国に対してより大きな役割を求めており、NATO諸国、韓国、豪州等は、中長期的に国防費を増額する目標73を掲げるなど、安全保障関連の取組を強化している。こうした中、我が国としては、第一に外交力を強化し、主体的に防衛力を強化するとともに、外交力、防衛力、経済力、技術力、情報力、人材力を有機的に連携させ、総合的な国力を強化していく必要がある。」として、防衛省所管予算9兆353億円(前年度当初比3・8%増)とした。加えて海上保安庁の予算や公共インフラ整備など、安全保障に資する関連費用を合算した総額は約10兆6、000億円規模に達した。安全保障関連3文書策定時(2022年12月16日)の見込み額ベースでGDP比1・9%となり、政府目標である2%に迫る水準へ前倒しで増額が進むが、トランプはGDP比3・5%を要求している。

高市・麻生と皇室典範

 高市は、年頭記者会見で皇室典範改正を憲法改正などと並ぶ「本年の課題」と述べ、2月18日国会召集時にも、「皇室典範の改正」の実現に取り組むと表明した。6月30日、高市内閣は「皇室典範等の一部を改正する法律案」を国会に提出した。衆議院は7月10日、参議院は7月17日に可決し、7月24日に公布された。改正の最大の特徴は、天皇制維持のための「女性皇族の皇族身分の維持」と「旧宮家につながる男系男子の養子による皇族復帰」である。従来の皇室典範では、女性皇族(内親王・女王)は、天皇・皇族以外の男性と結婚すると皇族の身分を離れることになっていたが、内親王・女王は一般男性と結婚しても皇族の身分を維持できることとした。なお結婚については皇室会議の議を経ることになる。現在の皇室典範は、皇族が養子をすることを禁止しているが、例外を設けた。対象となるのは、かつて皇族男子だった者の男系の子孫で現在は皇族ではない15歳以上の男子配偶者・子がいない者である。皇嗣・皇嗣妃を除く親王、親王妃、内親王、王、王妃、女王が、皇室会議の議を経て、その男子を養子にすることができる。養子となった男子は、その時点から皇族になる。これは1947年に皇籍を離脱した、いわゆる旧11宮家につながる男系男子を皇族に戻すことが可能になる制度である。養子になった男子自身には皇位継承資格はないが、将来的にその養子皇族男子に男子の子が生まれれば、その子孫については皇位継承制度との関係が生じ得る。女性皇族の存在を制度上拡大する一方で、皇位継承そのものについては男系男子原則を維持する。この改正は、高市流の強引なやり方で成立した。「立法府の総意」といっても、全政党が賛成したわけではない。
 皇室典範改正は、「男系による皇統の維持」という保守政治の重要課題であり、天皇制を戦争する国づくりの基軸に据えようとするものであり、高市が政府側で推進する一方、麻生が自民党内・与党間の調整を担った。麻生太郎自民党副総裁(自民党「安定的な皇位継承の確保に関する懇談会」会長)は、「旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎える」という今回の改正の中心部分を、強く推進した中心人物だ。麻生の妹は、三笠宮寛仁親王妃の信子、その娘は彬子女王・瑶子女王である。皇室典範改正で、親王・内親王・王・女王などが一定の条件で男系男子を養子にできる制度が導入された。麻生の親族である女性皇族が、法律の条件を満たす男系男子を養子にすることが可能になる。麻生の野望が垣間見える。

支持率低下加速の高市政権

 2025年10月の政権発足以降、60〜70%台という異例の高支持率を維持してきた高市内閣だが、この夏にかけて支持率が急落し、最低水準を記録しつつある。この趨勢の逆転は困難だ。物価高・家計負担軽減への対応不足、「改正皇室典範」などの重要法案に対する「説明不足」、選挙キャンペーンをめぐる「誹謗中傷ビデオ騒動」、「骨太の方針」閣議決定した直後に急激な円売り「高市ショック」、強引な国会運営などがその要因だ。高市は、中東情勢の緊迫化によりガソリン・電気・ガス代の補助金政策の出口戦略が描けないこと、「国旗損壊罪」の創設や皇室制度の見直しなど保守層の支持基盤を固める法案を成立させるなどイデオロギー色強化と国民の切実なニーズとの乖離の深刻化などはこれからもより鮮明になるだろう。高市政治の暴走に抗して、市民運動・労働組合運動は街頭からのアピールなど共同街宣やイベントを積極的に展開し、野党間の結束と市民運動との共闘を強化していこう。人びとの生活と権利をまもりぬき、憲法改悪阻止・安保法制反対のおおきな運動を強化・拡大していこう。


トランプ・ネタニヤフはイラン侵略戦争をただちに止めろ

 米軍とイスラエルによる無謀な対イラン大規模軍事攻撃から約半年。ベネズエラ奇襲攻撃・大統領拉致につづいてのイラン攻撃は、この秋の米中間選挙を前にしたトランプの人気取り作戦であり、軍事攻撃の激化、制裁の強化などのおどしによって、イラン国内の内部矛盾を拡大させ政権の弱体化・崩壊をねらったが、成果は上がっていない。
 ホルムズ海峡の封鎖は世界的な原油の値上がり・インフレーションをもたらし、これらはトランプの命取りの要因となっている。
 イラン最高安全保障委員会(SNSC)は8月8日の声明で10項目の対米要求をおこなった―イラン・イスラム共和国放送(IRIB)によると、①米国は原則としてイランへの不可侵を保証すること。②ホルムズ海峡の安全航行協定を策定し、イランの支配的地位を確保すること。③イランのウラン濃縮活動を容認すること。④イランに対するすべての一次制裁を解除すること。⑤イランに対するすべての二次制裁を解除すること。⑥関連する国連安保理決議を撤回すること。⑦関連するIAEA決議を撤回すること。⑧イランに賠償金を支払うこと。⑨中東から米国の戦闘部隊を撤退させること。⑩レバノンを含むあらゆる戦線での戦争を終結させること。なにより要人殺害に対して「殉教した指導者の復讐は必ず実行する」という最高指導部・最高安全保障委員会の声明は、米国を追い詰める持久戦および非対称戦略継続の呼びかけであった。
 必要なのは、即時停戦と対話・交渉による政治解決であり、パキスタンなどの仲介を挟んだ接触や一時的な覚書合意の模索の動きは重要であろう。
 6月17日には、パキスタンや、カタール、サウジアラビア、トルコおよびエジプトも交渉の促進に関与した「イスラマバード覚書」(アメリカ合衆国とイラン・イスラム共和国との間のイスラマバード了解覚書)は、イラン戦争の終結を目的として、軍事攻撃の停止、ホルムズ海峡の60日間にわたる商業船舶への無償開放、イランの港湾に対するアメリカ海軍の封鎖の終了、および停戦の60日間延長など14項目からなる。だが覚書に署名後も、ホルムズ海峡を航行する船舶への攻撃が相次ぎ、7月7日、アメリカはイランに対する攻撃を再開、イランも応戦し、翌7月8日、トランプ大統領は「覚書は終わった」と表明した。ここで停戦への取り組みは一時的な挫折を被ることになった。しかし、今後も粘り強く、即時停戦から段階的に難題を解決する複数段階の提案などさまざまな停戦にむけた努力は続けられなければならない。
 トランプはこの窮地をさらなる大規模な軍事作戦の強行で突破する可能性もあり、またイスラエル・ネタニヤフ政権はイラン体制崩壊に向けての攻勢を強める策動を続けるだろう。そうなれば戦火は中東全域に広がり、地域の人びとやインフラにいっそうの被害が出ることは必至であり、さまざまな悲劇的な影響を全世界にもたらすことになる。
 米国・イスラエルの無謀・無法なイラン侵略戦争を直ちに止めさせる運動を拡大していこう。


総がかり行動実行委

         不当警備と暴力妨害者対応について麹町署に申し入れ

 8月4日、総がかり行動実行委員会は警視庁・麹町警察署に、国会正門前大行動などに対する不当警備と機動隊による暴力行為妨害と妨害者対応について申し入れをおこなった。

 支持率を低下させている高市内閣と極右勢力は、市民の自発的な行動のひろがりに恐れなし、暴力的にも潰す策動を強めている。
 この間における市民の様々な行動に対する暴力右翼の暗躍、そして警察の対応には目に余るものがある。こうしたことを決して許してはならない。
 立ち上がりはじめた広範な市民の行動こそが、高市政権の戦争・改憲策動を阻止する力だ。全国各地で、より多くの行動の展開、参加者の飛躍的な増大のために取り組みを強化していこう。

                         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

要 請

 警視庁麹町警察署警備課長様

     2026・8・4

戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会

 2026年6月19日、同7月19日の当実行委員会が行った「NO!WAR!改憲反対の国会正門前抗議行動」、および8月19日、同9月19日に実施予定の抗議行動に関し、麹町署の警備体制とその在り方などについて、以下の申し入れをいたします。

 (1)6月19日の行動の際、ここ10数年来、当実行委員会が国会正門前で抗議を実施する場合、ステージにしてきた南庭前角の対面に、「日の丸街宣倶楽部」を名乗る妨害者(W某、J某)が居座り、近くに街宣車を配置し、トラメガなどの大音響で妨害した事に対し、貴署は部隊を配置し、この妨害者を防衛し続けました。このW某らは川崎などで許されないヘイトスピーチ行動を繰り返し、同市の条例違反の対象となった上、川口市その他で、妄動を繰り返してきた者たちです。従来、麹町署や警察機動隊はこうした輩が妨害に来る場合には市民との衝突など不測の事態が起きることを予測し、回避するため、妨害者を当方の行動エリアの外で押し止める警備体制をとっていました。
 にもかかわらず今回の貴署の部隊配置は明らかに従来と異なっており、いたずらに危険を招くもので、納得しがたいものです。貴署の署員が現場で「彼らにも表現の自由がある」などと説明しましたが、明らかに目的をもって、市民の表現行動を妨害する策動は「表現の自由」などではありえず、これを貴署の警備が阻止しなかったことは重大な責任です。
 (2)上記の指摘を裏付けるように、7月には、対面にとどまらず南庭角と北庭角を占拠し、当方の行動が設定できない状態にし、この二か所も貴署の部隊が防衛しました。特に南庭角を占拠した「チームK」グループは過去に朝鮮総連本部銃撃事件やタンクローリーで首相官邸突入を企画するなどの経歴がある右翼暴力分子であり、貴署の部隊がこれらによる市民の活動の妨害行為を防衛するなどということは異様なことです。
 (3)やむなく当日、当実行委員会は国会図書館前にセンターを移動しましたが、真夏の炎天下、木陰もない場所に追いやられ、熱中症で倒れる参加者も続出しました。たえきれず、高齢者は道路沿いの木陰に腰をおろしましたが、警備の部隊は、これを炎天下の通路に追い払うという非人間的な警備をしました。抗議行動の途中で参加者が、並木の木陰のある車道にはみだし、涼を取ろうとした際、これを安全のために歩道に戻す呼びかけを歩道からしていた当実行委員会のHさんにたいし、機動隊員が暴力をふるい、つき飛ばして、負傷させる(脚部の全治2週間の打撲傷、診断書あり)事件がおきました。参加者はその機動隊員を特定し、謝罪を要求しましたが、当人(近影写真あり)はニタニタして逃げ回り、居合わせた弁護士が追及すると、機動隊の第4中隊斎藤充隊長が代わっておわびしただけで、本人の謝罪はありませんでした。公務員として許されないことです。私たちはこの暴行者の誠実な謝罪を求め、受け入れられない場合は法的措置も検討する所存です。
 (4)当実行委員会は例年のように8月19日(18:30~9:30)、9月19日(15:30~16:30)も「抗議」を予定しています。参加者は数万に上ると予想されます。この際、「日の丸倶楽部」などの妨害者が南庭角、北庭角など市民の「行動のセンター」を占拠し、混乱が生じることのないよう、あらかじめ適切な措置を取ることを要請します。この市民の「抗議」は全国各地の数百か所での市民が呼応して、注目しております。
 (5)なお、国会周辺での市民の「抗議活動」参加の際に、周辺地下鉄の出口を強権的に封鎖し、参加者をいたずらに遠回りさせるばかりか、高齢者や障がい者などのエレベーターの使用まで困難にしたり、市民が交通法規に従って横断歩道を使用することを封鎖するような警備体制をとることは人権侵害であり、即刻中止させるよう要請します。
 (6)この10年来、国会周辺で、市民の政治的表現が、非暴力で平和的に行動が行われるよう、双方が努力してきた積み上げを、こうした一部の暴力的右翼団体の挑発と不当な警備体制で破壊されることのないよう、貴警察署の尽力を強く要請します。


026夏のピースサイクル

        守ろう命と暮らし 原発も核兵器もない社会へ

●サイタマPC

        自治体へ要請行動

 7月16日(木)、今年40年目を迎えた埼玉ピースサイクルネットによる自治体への要請行動が行われました。急速に進む温暖化により当日は34度を超える猛暑の中で行われました。安全走行や熱中症対策を確認しあって出発しました。要請書の7項目では「戦争を語り続ける取り組み」や「日本政府は核兵器廃絶を批准するよう働きかけること」の要請をしました。当日のコースの初めは埼玉県庁東門中庭で、9時過ぎにピースサイクルからの要請書の読み上げと県庁側のピースサイクルへのメッセージの読み上げという例年と同じような要請行動を行いました。ところが「反戦平和の旗」は良いが「原発ゼロの旗」は県庁敷地内で掲げるのは困ると言うので「毎年同じようにやってきたのにおかしいのではないか」と反論すると、県庁側はピースサイクルとでは意見が違うとの一点張り。そればかりか毎年ピースサイクルへの県知事メッセージは紙ベースだったものがタブレットの読み上げで終了しました。何年か前にも上層部が変わると対応が変わり、敷地外での要請行動もありました。
 次のさいたま市役所、北本市役所、上尾市役所の順で行われましたがどこも前年と変わりなく「旗」のことなど難癖つける自治体はありませんでした。また、寄り道で荒川沿いにある榎本牧場のジェラートが毎年の定番となっています。牧場の牛や豚たちもとても暑そうでした。毎年車で同乗している参加者が今年は全コース走りたいということで自転車3台と2人の参加がありました。しかし、中途で毎年自転車に乗っている一人が熱中症になったので早めにリタイヤして大事に至りませんでした。各自治体のメッセージでは戦争を風化させない戦争展や非核平和パネル展や「原爆被害等を疑似体験できるVRゴーグル」核兵器廃絶と世界の恒久平和実現等、平和意識の醸成に各自治体は努力を払っています。これにひきかえ「戦争の道を突き進む」高市首相は「自治体、市民」の爪の垢を煎じて飲むべきではないでしょうか。

●ナガノPC

        「平和への想いをつないで」36回目を走る

 長野ピースサイクルは今年で36回目となった。今年も松代大本営跡を起点として。、東京電力柏崎刈羽原子力発電所まで約150kmを2日間「平和への思いをつないで」自転車を走らせた。
 7月18日(土)午前8時半過ぎ、長野市、千曲市、上田市。、松本市から参加メンバーが松代大本営跡近くの象山神社前に集合した。走行する自転車に「まもろう9条」「なくそう原発」の旗を付け、自転車の点検、体調の確認をし出発準備を整えた。
午前9時前に自転車実走3名伴走車2台2名が松本から来た仲間の見送りを受けて、松代を出発した。このところ連日暑い日が続く長野県にしては「暑い」に変わりがないとはいえ、少しだけ走りやすさを感じながら元気に出発した。
極右高市政権の下で「国家情報会議法」「国旗損壊罪法」などが強行され、日本が「戦争する国」に向かう流れが強まる一方で、市民による「戦争反対、改憲反対、高市退陣」の動きが高まり、ようやく高市内閣の支持率が下がり始めた中での2026長野ピースサイクルの始まりだ。
 長野ピースサイクルは日本の「戦争加害」と「戦争被害」についての正しい歴史認識を意識して、マツシロからヒロシマ、ナガサキ、オキナワに「平和への思いをつなげよう」とピースメッセージを携えることにしてきた。
 さらに、憲法の前文と9条の意義を認識し、平和・戦争を考えること、原発と核兵器に反対する立場を鮮明にしながら自転車を走らせることとしてきた。今年もヒロシマ、ナガサキ、オキナワに向けての市民や長野県内の市町村長・議長からのピースメッセージを募ってきた。今年は首長9、議長9、市民8(広島、長崎、沖縄あて計78通)となった。
 長野ピースサイクルならではの自転車走行体験ができる急な上り坂を電動自転車が2台を加えて4名の自転車が走り、電動アシストは85才のピースサイクル運動参加を今年も支えた。
次は下りという休憩地点から参加者は今年最高の7名となった。長野新潟の県境を越えたあたりから雨模様になり激しい雨に見舞われた。雨にはたたられたが、妙高市新井のホテルまでしばらく走って1日目の走行は終了した。
 7月19日(日)2日目は朝から少し雲が出ているがやたらと蒸し暑いなかを午前8時過ぎに順調に走り始めた。この日の自転車走行は3名だ。田園地帯を順調に走り、日本海沿いに出て、佐渡島の眺望を期待したが全く見えない状況。海は凪いでいて時折クジラが跳ねていた。昼は高速道路のSAへ裏から入って、食事と休憩。
 午後は一路東電柏崎刈羽原発に向けて、真夏日の暑さがじりじりと迫る中国道8号線を走り、2時過ぎには東電柏崎刈羽原発に無事到着した。東電の担当者が3名待っていた。
 その後、ピースサイクル新潟のメンバーと合流し、柏崎刈羽原発での「東電への申し入れ行動」を行ったが今年部屋にも入れてもらえず、暑い中事務所前の日陰での申し入れ行動になった。東電の担当者を前に「4月に6号機を再稼働させたこと」に抗議し、「福島第一原発事故に対する償いはいまだ終わってはいない、被害者に対する完全な補償を実現すること」、「柏崎刈羽原発は、即刻稼働を停止し、東京電力は廃炉作業に専念すること」、「東京電力は、原子力エネルギーを利用した電力事業に関与せず、再生エネルギーに重点を移すこと」などを中心にした申し入れ書を手交した。東電の担当者に対して、参加したそれぞれの想いをぶつけ、東電の社員自身が自分の問題として考えるよう促したが、担当者は「皆さんからの言葉を上司に伝えます」とだけの対応に終始した。
 この後、ピースサイクル新潟のメンバーと別れを告げ、長野ピースサイクルの夏の実走を終了し、2日間自転車で走った距離を伴走車で走って、それぞれ帰路についた。今年の長野ピースサイクル、参加者は昨年よりも少なかったがそれでも参加者の中からは来年につなげようとの声もあり、楽しく充実した36回目は無事終了した。

●ハママツPC カナガワPC

         浜岡原発申し入れ

 ピースサイクルの浜岡原発への申入れ行動で分かったことは「犯罪的なデータ捏造で浜岡原発の再稼働をもくろむ中電に、反省の色なし」ということだ。中部電力の林社長は今年の1月5日、原子力規制委員会で再稼働の審査中であった浜岡原発3号機・4号機の「耐震設計に関わるデータ」申請に捏造・不正行為があったことを公表した。
この問題が規制委員会に公益通報されたのは2025年2月で、通報を受けて規制委員会の調査が10月に始まったが、規制委員会は全く動きが鈍かったうえに、規制委員会と中部電力は共謀してデータ捏造を直ちに公表せず、今年の1月5日に中電が公表した。対応が遅い理由は規制委員会が、この時期に泊原発と柏崎刈羽原発の再稼働の審査を進めていたため、2件の再稼働審査に影響が及ばないようにしたから。
 中電が行っている基準地震動のデータ捏造は、計算条件を変えて20組作成した地震動の中から、最も平均に近いものを「代表波」にしていると規制委員会に説明していたが、実際には、20組の地震動のセットを多数作成し、審査に通る都合の良い数値を「代表波」として選んでいた。
 このような経過の中で5月22日、ピースサイクル浜松とピースサイクル神奈川は、浜岡原発申し入れ行動を原子力館の会議室で行った。今年の話し合いのメインは、中電が規制委員会に提出していた再稼働申請の中で行った基準地震動のデータ捏造問題。1時間超の話し合いで分かったことは、データ捏造という禁じ手を中電は行なったにも拘わらず“反省の色なし”が明らかになったことだ。

 とりわけピースサイクルの第三者委員会についての質問では、原発の社員曰く、「当社は1月5日に、データ不正の調査については透明性・公正性を確保して、当社との間に利害関係のない独立した外部専門家のみで構成される、第三者委員会を設置して適切に対応してまいります」と説明をしたが、第三者委員会の森川弁護士は、TMI総合法律事務所から規制庁に出向した際、福島避難者訴訟では東電の代理人、原発再稼働差止め訴訟では国の代理人を務めている。そしてTMI総合法律事務所に戻ってきた弁護士だ。
ここまでハッキリしていて、どの面下げて利害関係がないと言えるのか。つまり森川弁護士は、原子力ムラのど真ん中にいる人物であり、この「第三者委員会」なるものは「原子力ムラ御用達委員会」だ(なお、中電は7月31日付の新聞報道によれば、「第三者委員会」の名称を理由を言わずに「調査委員会」に変更している。)。
前代未聞のデータ捏造の中部電力は、原発事業から全面撤退しろ! 

●オオサカPC ヒロシマPC

        高市政権と維新の横暴を止めたい

 戦後81年目を迎えた8月5日の正午を前に盛大な拍手の中を7台の自転車が列をなして原爆ドーム前に姿を現した。 
 8月1日に大阪を出発したピースサイクルは、各地で交流を重ねて、前日の4日に日鉄呉跡地問題に揺れる旧海軍都市の呉市に到着した。
 呉市は戦争の反省から1950年に旧軍港市転換法に基づき平和産業港湾都市へ転換し、1985年には非核三原則を堅持するという核兵器廃絶・平和都市宣言を議決している。その呉市が今、高市政権の軍拡路線の矢面に立たされている。
 翌、5日の午前9時のホテル前には呉から走る1名と伴走車1台2名が合流し、ピースサイクル広島の面々に見送られながら出発した。
真夏の陽射しが厳しい正午の原爆ドーム前でおこなわれた郵政産業労働者ユニオン中国地本主催のピースサイクル到着集会には30人ほどが集った。
 先ず主催者を代表して全国共同代表の伊達さんが挨拶に立ち、労いと連帯のメッセージを送った。続いて長崎、島根からの参加者や中央本部役員も挨拶に立った。
最後にピースサイクル大阪の新旧代表者二人が次のようにメッセージを返して会を閉めた。
「昨年の戦後80年と40回目を機に一区切りと思っていたが、高市政権になり戦争の危機が一段と深まった。若い人に背中を押され、共に反対の声をあげるために41回目の今年もやってきた。
 8・5、8・6のヒロシマはピースサイクル大阪にとって平和運動の原点だ。初心を忘れず共に頑張りたい。」
 
相生橋に核廃絶願う光 
 8月5日の午後も反核平和の関連行事が目白押しだ。その中でもホットな取り組みが6日付の中国新聞朝刊に取り上げられた。以下に全文を転載する。
「原爆の日を前に、ペンライトを手に核兵器廃絶を訴える集いが5日夜、広島市中区の相生橋であった。日本被団協が原水禁国民会議や日本原水協などに呼びかけ、初めて企画した。
米軍が原爆投下目標にしたT字型の橋の歩道に約千人が集い、おのおのペンライトを持った。『NO!NUKES』などと記した横断幕も掲げた。
 日本被団協の箕牧(みまき)智之代表委員は取材に『戦争被爆国として政府は世界に率先して核廃絶の行動を起こすべきだ』と話した。
日本被団協、原水禁、原水協の3者は昨夏、核廃絶の共同アピールを発表。今回の行動につながった。」
8月5日のヒロシマの夜に鎮魂のペンライト灯が静かに揺れた。

お花畑より焼け野原が良いのかと問いたい 
 翌8月6日は午前7時からの原爆ドームを正面にして遠くに望む、ひろしまゲートパーク内のピースプロムナードでおこなわれる「グランドゼロのつどい」、8時15分の原爆投下に合わせた「追悼のダイイン」、8時30分出発の「8.6反戦・反原子力・反ジェノサイド広島デモ」と分刻みの行動に参加をする。
デモは広島の繁華街紙屋町を経由し鯉城通りを南に平和祈念式典会場を右手に平和大通りを渡る1.2キロほどのコースを「軍都廣島!忘れない」「高市政権の軍拡と憲法破壊に反対」「中国電力は原発やめよ」など150種類もの伝えたいことをコールしながら中国電力本社へと向かった。
本社前の脱原発座り込み行動は黙祷から始まり、福島原発告訴団団長の武藤類子さんのメッセージの代読、歌を挟んで、昨夜のつどいで講演された一橋大学名誉教授の鵜飼哲さん、広島・長崎原爆81年朝鮮人犠牲者追悼式韓国参加団(25名)、他3名からのアピールへと続き、最後に名曲「故郷は原発を許さない」の熱唱とシュプレヒコールで行動を無事に終えた。


今月のコラム

        今、改めてアメリカとは・・・
           -吉見俊哉著「アメリカ・イン・ジャパン」を読む- ㊦

ニュー・ルック作戦→アトムズ・フォー・ピース戦略
 帰国後マッカーサーは大統領選に出馬する野望を持っていたがそれは潰え、52年の大統領選に勝利したのはかつてのマッカーサーの部下アイゼンハワーであった。彼が進めたのは全世界の米軍基地への核配備であった。膨大な維持費がかかる通常兵力から核兵器で相手を威嚇する「ニュー・ルック作戦」へと軍事戦略を移行させた。1954年春までに戦略航空司令部の戦争計画では、ソ連攻撃には600から750発の核爆弾を使用し、ソ連を「二時間で灰と放射能でおおわれた廃墟」にするとなった。これによると「118の都市の人口の80パーセント、すなわち6000万人を殺害することになっていた」(ピーター・カズニック、田中利幸「原発とヒロシマ」)。彼らはそれまで原子力委員会の下にあった核兵器の管理権を軍に移しNATOに7000発、沖縄にも800発近い核兵器が配備されたと言われる。しかし、ソビエトも核実験を成功させ水爆実験をするに及んでアメリカの圧倒的優位は揺らぎ、アメリカが核攻撃に踏み込むことは「世界の破滅」につながるという危機感が広まる中、「アトムズ・フォー・ピース」戦略が登場する。アイゼンハワーは1953年の12月の国連総会でこれを公にする。あらゆる媒体を使って世界中にばらまかれた内容は、アメリカが諸外国と原子力の「平和利用」に関する共同研究や原発建設で協力することを約束するというもの。長期化が予測される冷戦の下で軍事費を抑えて財政を安定させつつ軍備増強を図るためには、核兵器は安上がりで圧倒的な攻撃力を有する技術であった。また核の平和利用を謳うことはヒロシマ・ナガサキを忘れさせる効果が期待された。日本では中曽根康弘と正力松太郎が積極的に呼応する。1954年3月、ビキニ環礁の水爆実験で第五福竜丸が被爆し乗員は放射線症と診断され一名が死亡、他の乗員も後遺症に苦しんだ。またマーシャル群島の住民も多くが被爆し死亡、その後も後遺症で苦しんだ。アメリカ側は一貫して責任を回避し、米政府原子力委員会委員長のルイス・ストロースは、第五福竜丸は「共産主義のスパイ」、船長は「ロシア人に雇われていたに違いない」としCIAに調査を要請する。政権の高官は「日本の核兵器に対する感情は病的に過敏」「日本人は選ばれた犠牲者という選民意識を持っている」と大統領に報告した。杉並の主婦グループが起こした原水爆禁止運動は急拡大し圧倒的な世論となった。こうした状況を鎮静化させるために「核の平和利用」が使われた。原子力委員会のトーマス・マレーは日本に原子力施設を建設することは「惨劇の記憶から我々を解き放つ劇的でキリスト教的な身ぶり」となるだろうと主張した。「アトムズ・フォー・ピース」戦略展開の背景には米大企業の商売上の思惑もあった。原子力潜水艦の開発を指揮したハイマン・G・リッコーヴァ―は沸騰水型の「マークⅠ」原子炉を開発した後米国発の商業用原子炉となるシッペンポート原発を建設、これにGE等の企業が参加し、これらの企業が原子力産業へと発展する足がかりとなった。

原子力平和利用キャンペーン
 そうしたアメリカ側のイニシアティヴのもと、1950年代世界各地で原子力平和利用博が同時並行的に開催され盛況を博する。日本でも名古屋、京都・大阪等でそれぞれ中日新聞、朝日新聞等の地方有力紙が共催してゆく。正力松太郎が原子力平和利用のキャンペーンを本格的に展開するのは1954年に新宿の伊勢丹百貨店で「誰にもわかる原子力展」を開催した頃から。展示には広島、長崎、第五福竜丸などの被爆写真や現物がありまず原水爆の被害の実態を示す、次に原水爆が使用された場合の被害の巨大さを示し、「世論の正しい声によって原子力の平和的利用を促進せねばなりません」と畳みかける。この動きは全国を巡回する原子力平和利用博覧会に発展、全国各地で260万人もの来場者を集める。村岡花子や真杉静枝らも協賛の声を寄せ、原子力の「平和利用」は「原爆」から分離することが可能で、原子力の「偉大な」潜在力は、資源小国日本のこれからの産業復興の切り札となり、やがて家庭に便利で豊かな生活をもたらすだろうことを主張していた。56年5月に開催された平和記念資料館と平和記念館を会場とする広島での原子力博は特別な意味を持った。主催者の一つである中国新聞は社説で語る、広島市民は原子力に対し、「まず主観的な要素を捨て、これを客観的に科学的な眼で」見つめ、「恐怖とか憎悪とか反感などの先入的な感情を捨て、客観的に対処」すべき」と。原子力博を訪れた団体客の中には原水爆被害者団体協議会に出席するために広島を訪れた長崎原爆青年乙女の会一行が見学し、インタビューに答えて「私たちは原爆と聞いただけで心から憤りを感じますが、会場を一巡してみて原子力がいかに人類に役立っているかが分かりました」と語っている。原子力博の主張は核兵器の破滅的な力の被害者となった日本こそ被爆経験の恐怖を乗り越え、経済成長と豊かさのために前進することが使命である、ということだ。そしてこのことは日米抱擁を前提とする戦後日本の体制構築にとって必要な橋頭保だった。

東アジアに広がる米軍基地のネットワーク
 「ナマコの眼」等で知られる鶴見良行は1950年代に東京近郊の米軍基地周辺を調査した民族誌を書いている。基地周辺の住民たちは戦前から日本軍の基地を受け入れていた時の関係意識を引き継ぎ、彼らの対米意識が、基地周辺で働く女性たちへの差別的なまなざしを内包している。「つまり、彼らにはアメリカに対する完全な従属を願いながら、その従属の手段として女性たちを利用搾取し、しかも自分は一段上の高みにあって女たちに対する反感を示す」という自己矛盾に満ちた態度が見られた。
この時代、全世界で米軍基地が増殖していた。アメリカは19世紀末に全盛期を迎えたヨーロッパの帝国主義列強とは異なり、植民地獲得でなく世界各地の基地という飛び地を結んで地球規模の覇権を維持する。冷戦が終わるまでアメリカの防衛費は連邦予算の20%、国内総生産比の5%を下らなかった。「自由資本主義のもとで未曽有の豊かな社会を生み出したこの国の戦後は、同時にいわば凖戦時体制下にあり続けた」(古矢旬「アメリカニズム」)。日本の米軍基地も1952年には本土に733個所、総面積で大阪府とほぼ同じ広さを擁していた。そして主要な米軍基地となったのは旧日本軍の基地であった。戦後、東アジアに広がる米軍基地のネットワークは、そもそもは大日本帝国の軍事施設を基盤に展開したものであり、日米「抱擁」は決して日本国内の政治体制や社会意識のレベルだけでなく、文字通り軍事的な東アジア全域に広がる基地システムとしても生じていた。
東京では、米軍基地の多くが早々に返還され物理的暴力は見えなくなり、その後には「アメリカ文化」の発信だけが残った(六本木、原宿、湘南…)。一方沖縄の場合は米軍基地は1960年代以降も強化されるが、そのような基地の歴然たる残存にもかかわらず人々の関心や経済基盤を変化させることは可能だった。ハワイやグァムと同様大きな役割を果たしたのは「観光」だった。とりわけ1970年代以降、沖縄は軍事基地のイメージを背景化させつつ、「リゾート」のイメージを前面化している今日に及ぶ。

アメリカ・イン・アメリカの再演としてのアメリカ・イン・ジャパン

 1983年東京ディズニーランドが開園する。これが年間1000万人以上の入園者を集め、テーマパークブームを起こすことを予測する人は少なかった。それまでの「日本の中のアメリカ」が理想化された「アメリカ」への羨望に突き動かされたのに対し、1980年代以降に浸透していく「アメリカ」は、人々の日常意識を空気のように包んでいく。人々はディズニーランドでは場所的な広がりをもった世界の住人からスクリーンの中の人物へと変身する。そして来場者が劇中人物へと自己を疎外していく、その舞台となるのは19世紀以来という意味での「アメリカ」の完璧な再演であるということ。ウエスタンランドでは「本質的に征服と開発の旅」であり、アドベンチャーランドでは「川岸に突然現れる人喰い人種は他の区域の、今や選別された、あるいは降参したインディアンと同じ、開発の対象となる敵対者」なのだ。このようにして、約150年の歳月をかけて広がってきた「アメリカ・イン・ジャパン」は、いまや「アメリカ・イン・アメリカ」の完璧な再演となる。おそらくこの再演は、たとえばベトナムやアフガニスタンを空爆し、パレスティナを徹底的に痛めつけるイスラエルを支援し続けるアメリカに寄り添い、「日米同盟」が自らのアイデンティティの支えであると信じる現代日本人の心理において上演され続けるだろう。(おわり)     


せんりゅう

     軍国へと熱中症レベル4

          反省なく原発軍国タカイチ

     介護危機軍事より重大危機

          兵隊体験幼なへも聞かせる

     反戦の父の真実を語る

          してならぬいくさへと情報局

     日の丸立法戦争美化の印

          鼎みたいトランプ関税の重さ
 
                  ゝ  史

 2026年8月


複眼単眼

        8月に思う

 人口に膾炙している「詠み人知らず」の名句がある。
 ●八月や(は)六日九日十五日
 いずれも先の十五年戦争の歴史を考えるうえで忘れられない日だ(8月15日については異論があるが、別の機会にゆずりたい)。
 毎年、八月の六日、九日はヒロシマ、ナガサキで「平和記念式典」が開かれる。私も若いころから何度も広島と長崎を訪れたことがある。1970年代の初めには、佐藤栄作首相が広島の記念式典に参加することに抗議して、広島や東京の青年たちと一緒に「佐藤来広反対デモ」を組織したこともある。
 よく知られた言葉に「過ちは繰り返しませぬから」がある。
 主語は何かという議論があるが、私は「人類は」と解するのが妥当だろうと思う。人類が戦争に原爆を使うことは二度と許してはならないことだ。
 今年も広島・長崎の式典に高市早苗首相が出席した。しかし、今年は例年と違って「非核3原則」にかかわる首相の発言が注目された。
案の定、高市首相は広島でも、長崎でも「非核3原則を堅持している」と、現状の事実関係を説明した発言をするにとどまり、今後とも「堅持する」とは述べなかった。
 従来、歴代首相は、安倍晋三首相も、岸田文雄首相も、石破茂首相も、1966年に佐藤栄作首相が国会で表明した「核兵器を持たず、つくらず、持ち込ませず」という非核3原則を「堅持しつつ、国際社会の取組を主導していく」と述べ、「国是」として位置づけてきた。
 こともあろうに今年の高市首相の発言からはこれが削除されている。
 昨年12月、安全保障担当の官邸官僚(市川恵一安保局長といわれる)が「私は核を持つべきだと思っている」などとオフレコで発言した。
 この人物はいまだに明らかにされず、解任もされていない。はからずも高市首相が「非核3原則」の見直し論者であることを裏書きした事件であった。
 小泉進次郎防衛相も今春の記者会見で「政府としては非核3原則を政策上の方針(国是とは言わない)として堅持する。その上で『持ち込ませず』の部分については2010年当時の民主党政権の岡田克也外務大臣による答弁を引き継いでいく」とのべ、民主党に責任転嫁を図りつつ、非核3原則の見直しを述べている。
 この岡田答弁とは「(米軍の)核の一時的寄港を認めないと日本の安全が守れないというような事態がもし発生すれば、政権の命運をかけて決断し、国民に説明する」というものだ。
 この岡田発言自体がトンデモな発言だが、歴代首相の非核3原則を継承せず、岡田発言のみを継承するというのは御都合主義が過ぎるというものだ。
 「非核3原則」は実際には在日米軍によってすでに破られているという説もある。そうかもしれない。
 しかし、あきらめてはならない。非核3原則は東アジアで熱核戦争を阻止するうえで、いまだ有効だ。「あやまちをくりかえさせない」ために、これを守り、掲げて、さらに東アジア非核兵器地帯を実現する、世論をおこしていく必要がある。   (T)


 新報 2026年8月号.pdf へのリンク